医薬品合成化学の分野では不斉合成反応の有用性は近年特に高まっており、中でも触媒量の不斉源から光学活性化合物を得る触媒的不斉合成反応が活発に研究されている。触媒的不斉合成反応には、遷移金属触媒が多く用いられるが、これに配位する不斉リガンドは殆どが不斉ホスフィン配位子が用いられており、不斉アミン配位子を利用した例は数少ない。特に、パラジウム触媒下の新規不斉アリル位置換反応では、これまでに不斉3級アミンを配位子として用いる報告例は天然のアルカロイドであるスパルテインのみであり、汎用性に乏しい。そこで、不斉3級アミンを利用した新規不斉アリル位置換反応の開発に着手した。 (I)meso型の-アリルパラジウム錯体に対するアリル位置換反応の不斉誘起は、求核試剤の攻撃するアリル位末端の位置選択性に起因する。そこで、この2つのアリル位末端を区別しうる不斉環境として、Fig1に示すような不斉空間をデザインし、C2対称な不斉ジアミンリガンド1-4を合成した。これらの不斉リガンドは文献記載の方法に従って得られる光学活性ピロリジン類から容易に合成可能である。 これらの不斉ジアミンリガンド(6mol%)及びパラジウム(5mol%)からなる不斉触媒存在下、1、3-ジフェニルプロペニル-2-アセテートを基質として用いマロン酸エステルとの不斉アリル位アルキル化反応の検討を行った。(Table 1)その結果,不斉リガンド1が最も高い不斉誘起能(89%e.e.)を有することを見いだした。この不斉リガンド1はアキラルなエチレンジピロリジンよりも高い反応性を示すことから、リガンドの不斉環境が中間体の-アリルパラジウム錯体の反応性を高めていると考えられる。また、本反応は溶媒等の反応条件には余り影響されないが、アセトニトリル中では反応は速やかに進行し反応温度4℃では91%e.e.の不斉収率を実現できた。 図表Fig1.Design of the palladium complex / Table1.Asymmetric allylic alkylation catalyzed by palladium complexes with chiral diamine ligands (II)この不斉ジアミンリガンド1を用いる不斉アリル位アルキル化反応における不斉誘起のメカニズムを探る目的で、反応中間体である不斉ジアミンー-アリルパラジウム錯体を合成し、PF6塩5として得、これを結晶化させた。 X線解析により錯体の結晶構造を調べたところ、予期した通り不斉リガンドと基質の-アリル基との立体反発が確認された。(Fig2)すなわち、2つのアリル位末端とパラジウム間の結合距離が異なる(0.04A)こと、さらにパラジウムの平面4配位の配座のねじれが観測された。さらに、この錯体の各種NMRを解析した結果、立体反発のある側とない側のアリル位末端が電子的にも区別されていることがわかった。13C-NMRでは立体反発のあるアリル位末端のケミカルシフトが13ppm低磁場シフトしていたことから、こちらの末端の方がよりカチオニックになり求核試剤の攻撃を受けやすくなっていることが示唆される。 Fig2.Structure of palladium complex5 (III)これまで述べた不斉ジアミンリガンドを用いる不斉アリル位置換反応では、用いる求核試剤に制限があった。そこで、一般性の高い不斉アリル位置換反応の開発を目的として、より反応性の優れた不斉リガンドの設計に着手した。すなわち、反応の中間に生じる-アリルパラジウム錯体の反応性を向上させるために、ジアミンリガンドの1つのアミノ配位子を-acceptor性を有するホスフィン配位子に変換した不斉リガンドを種々デザイン、合成した。 これらリン原子及びC2対称不斉アミンで配位する種々の不斉P/Nリガンド9-16を用いて、不斉アリル位置換反応を検討した。(I)と同様の反応条件で不斉P/Nリガンド8をパラジウムに対して1.2等量用いたところ、反応は極めて短時間で終了するが不斉誘起は殆ど誘起されなかった。しかし、不斉P/Nリガンド13に対しパラジウムの方を過剰に作用したところ、反応も速やかに進行し、極めて高い不斉収率で目的物が得られることを見いだした。 各種の不斉P/Nリガンドのなかでも、立体的に嵩高いジヒドロアゼピン骨格を有する8,9が最も高い不斉収率を与えることがわかった。(Table 2)リンと窒素が炭素鎖3つで架橋された9はリガンドと-アリル基が強く相互作用可能なため、2つで架橋された8よりも若干効果的(8:93%e.e.,9;96%e.e.)であったと考えられる。 さらに、トリフェニルホスフィン型の配位子10もまた、極めて高い不斉収率(96%e.e.)を与えることを見いだした。この不斉P/Nリガンド10ではリガンド/パラジウムの比率に対する不斉収率の依存性は見られなかった。これは、リガンド10では単座ホスフィン配位型中間体が生成されないためであると考えられる。 次に、高い不斉誘起を実現した不斉P/Nリガンド8,9,10を用いて、各種炭素求核試剤とのアリル位置換反応を検討した。その結果、いずれの場合も極めて高いエナンチオ選択性で目的の化合物を与えることがわかった。 Table 2.Asymmetric allylic alkylation catalyzed by palladium complexes with chiral P/N hgands (IV)以上の結果をふまえて、これまで報告例が少ない不斉アリル位アミノ化反応への応用を検討した。各種窒素求核試剤とアリルアセテートを不斉触媒存在下反応させたところ、いずれも高いエナンチオ選択性を示し、特に求核試剤としてナトリウムジブチルジカルボキシアミドを作用した場合には極めて高い不斉誘起(92%e.e.)を実現できた。(Table 3)このように不斉P/Nリガンド10は不斉アリル位アミノ化反応においても優れた不斉配位子となることが示された。 Table 3.Enantioselective allylic substitution |