学位論文要旨



No 212473
著者(漢字) 田渕,義彦
著者(英字)
著者(カナ) タブチ,ヨシヒコ
標題(和) 事務所照明の快適性に関する研究 : 執務エリア内の各面の好ましい照度と輝度
標題(洋)
報告番号 212473
報告番号 乙12473
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12473号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 最近は、事務所で重要な執務エリアにおいても、定型的な情報処理の効率化および知的生産性の向上の見地で、照明の快適性が一層重要になってきている。環境計画に反映するための、実務に立脚した快適性の研究の必要が強く感じられ、特に快適性に及ぼす影響の大きな質的要因の発見と総合化が強く望まれている。また、省エホルギーも特に強く要請されている。

 執務者にとって重要な書類などを置く机上面に対して、周辺の各面が明る過ぎれば執務に集中し難く、暗過ぎれば陰気で不安であるので、これらの各面の好ましい照度および輝度に関して設計推奨値を明らかにするために、水平面と鉛直面の好ましい照度分布と輝度分布に関して研究し、照明設計の指針を与えた。

 まず、机上面照度に対する好ましい周辺照度の関係を明らかにし、設計のための推奨値(最適値と節減値)をまとめた。机上面照度に対する好ましい周辺照度の関係の羃指数は、机上面照度が500lx以上の範囲で、約0.4〜0.5であり、許容範囲(最適/下限)は3倍である。推奨値の一例を示せば、机上面照度を照明基準にいう750lxに設計した場合の、最適値は580lx、節減値は270lxである。

 周辺照度の推奨値は、節減値の場合でも机上面照度よりかなり低いので、このような照度を、例えばタスクアンビエント(不均一水平面照度)照明を用いて実施すれば、設計照度や執務エリアの机の配置の密度の組み合わせによっても多少の相違はあるが、執務者一人当たりの消費電力は、全般照明に対して約40〜55%の節減となり、大きな省エネルギー効果が得られることを試算例によって示した。

 次に、机上面照度に対する好ましい壁面照度と壁面輝度の関係を明らかにし、壁面照度の推奨値をまとめた。

 均一水平面照度の場合は、机上面照度に対する壁面照度の関係の羃指数は、評価区分や壁面反射率によっても多少異なるが、低反射率(0.3)壁面に対する上限値の場合を除けば、約0.6〜0.8であり、照度の許容範囲(上限/下限)は3倍である。

 なお、机上面に対する好ましい壁面輝度の関係において、壁面反射率に対する好ましい壁面輝度は同率に比例するのではなく、反射率の増減に対する好ましい壁面輝度の増減は緩和される方向にあり、同様に、壁面反射率の増減に対する好ましい壁面照度の増減は(比例定数1の反比例より)緩和される方向にあることを明らかにした。この効果を、"反射率(明度)の変化に対する、好ましい視対象輝度の変化率の圧縮"と言い、"反射率(明度)に対する輝度圧縮"と名付けた。また、直線の勾配を、反射率の変化が輝度の変化として幾らに圧縮されるかという意味で"輝度圧縮比"と言い、また輝度圧縮比の逆数(1より大)を"輝度圧縮率"と言うことにした。輝度圧縮率は、本章の場合は約1.3〜1.8であり、かなり大きい。

 不均一水平面照度の場合は、机上面照度に対する好ましい壁面照度は、均一水平面照度の場合の関係とは傾向が異なり、両対数グラフ上において直線にならず、机上面照度の増加に対してやや飽和する傾向を示す。実験の際に設定した周辺照度の節減値の増加が、机上面照度の増加に対してやや小さいことが影響している。

 均一水平面照度の場合および不均一水平面照度(周辺照度に節減値を採用する)の場合の、机上面照度に対する壁面照度の壁面反射率ごとの最適値、および設計の便宜のため、壁面反射率が0.3〜0.8の範囲で任意の値をとるとした場合の、好適値および良好値をまとめた。一例として机上面照度を750lxにすれば、均一水平面照度の場合は、好適値は420lx、良好値は260〜570lxであり、不均一水平面照度の場合(周辺照度の節減値は270lx)は、好適値は380lx、良好値は230〜670lxである。

 さらに、対談相手の好ましい顔面照度を、低輝度背景(背景が壁面)の場合および高輝度背景(背景が窓面)の場合について明らかにし、顔面照度(輝度)の推奨値をまとめた。

 低輝度背景(背景が壁面)の場合においては、顔面を机上面と見比べる場合と見比べない場合の両方について、机上面照度および背景輝度のそれぞれが、好ましい顔面照度に及ぼす影響を明らかにした。

 顔面を机上面と見比べる場合と見比べない場合の両方ともに、好ましい顔面照度は壁面反射率に殆ど依存せず、壁面輝度に対する関係として簡単に表すことができる。好ましい顔面輝度に及ぼす机上面照度の影響は、壁面輝度に比較すれば多少は認められるが、例外を別にすればその程度は小さい。また、好ましい顔面輝度は、机上面照度が十分高い(500lx)場合には、背景輝度が低い範囲でほぼ一定である。

 前述の結果より、机上面照度に対応する壁面輝度の、好適値および良好値を求め、これらに対する顔面照度の推奨値を求めた。机上面照度が750lxの場合は、顔面を机上面と見比べる場合の好適値は910lx、良好値の下限は210lx、顔面を机上面と見比べない場合の好適値は750lx、良好値の下限は180lxである。

 高輝度背景(500cd/m2以上)の場合には、背景輝度に対する好ましい顔面輝度の羃指数は0.85でかなり大きい。背景輝度に対する顔面輝度の比は、累積出現率50%値で、"ややよい"ならば0.25〜0.3lx/(cd/m2)、"下限"ならば0.12〜0.15lx/(cd/m2)である。

 最後に、本研究の結果を、照明設計の種々の事例に普遍的に応用するために、各種の複数の面の間に成立する関係に関する、本研究以外の従来の代表的な研究結果も併せて列挙し比較して、これらの間に見られる傾向を考察した。他の研究は、机上面照度に対する好ましい天井面輝度の関係、光源輝度に対する好ましい天井面輝度、背景輝度に対する好ましい光源輝度、視野中心にある光源による不快グレア、および視野周辺にある光源による不快グレア、VDT表示面における好ましい文字輝度である。これらの研究においては、評価の対象とした視対象(基準面と評価面)の特性、およびこれらを評価する際の評価条件がかなり相違しているので、照度あるいは輝度の関係の羃指数、および照度あるいは輝度の許容範囲はお互いに異なっている。羃指数および許容範囲に対して、視対象の特性およびこれらの評価条件が及ぼす影響に関して考察して、以下のような傾向が見られることを明らかにした。

 基準面と評価面の二つの面の間に、快視性の見地で成立する照度と輝度の関係の間に、見られる傾向として、共通的に、評価面として取り扱われる側の羃指数が小さい。VDT表示面の文字のように、無性格な基準面と評価面が、注視状態で同時比較される場合でも、羃指数は1ではなく0.7である(同率に比例するのではない)。評価面が顔面のように独立した複雑な図形であり、かつ皮膚などの微妙な材質感を知る必要がある場合には0に近い。同様に評価面に対する関心が大であったり、評価面の面積が大であったりする場合の羃指数の方が小さい。また、評価面が基準面に対して同類であるか、具体性が高いかあるいは関心が高い場合、あるいは基準面に隣接せず視角的に離れている場合のように、評価面が基準面との対比で見られるのでなく、独立に見られる場合の方が羃指数が小さい。

 また照度の許容範囲は、評価面が基準面に対して具体性の高い場合の方が、許容範囲が大きい傾向にあることを示し、顔面照度の許容範囲(最適/下限)が大きく5〜6倍であるが、顔面以外の場合は共通的に約2〜3倍である。

 以上のように、事務所照明の快適性の見地で、机上面照度に対する好ましい周辺の各面の照度や輝度を定量的に明らかにして、執務エリアの照明設計のために必要な推奨値を明らかにすることができた。

 本研究の結果は、実際の事務所照明の設計に広く活用することができる。さらに事務所ビル内の他のエリア、例えば重役室やコミュニケーションエリアなどや、執務エリアとは構造の異なるアトリウムなどでも、書類の閲覧や来客などとの対談が重要であり、注視対象は執務エリアとほぼ同種であるから、推奨値は同様に活用できる。また、スポーツなど、行われる活動が執務エリアとはかなり異なる場合でも、相撲や柔道などの格闘技では、注視対象は相手の顔面であり、推奨値は上述の成果から同様に推定できる。さらに球技などでも、ボールに関しては、例えばVDT表示面の好ましい文字輝度に関する結果を、ボールと天井の輝度の関係に応用することによって、設計のための少なくとも第一近似が得られる。

審査要旨

 本論文は、照明の快適性が重要になってきた事務所内の執務エリアにおいて、快適性への影響が大きい要因に注目し、執務環境を模した数々の光環境評価実験を通して、作業環境上重要な机上面に対しての周辺各面の好ましい照度および輝度に関する推奨値を明らかにし、省エネルギーを考慮に入れた照明設計の指針を与えたものである。

 内容的には、まず、机上面照度に対する好ましい周辺照度について、その羃指数が机上面照度が500 lx以上の範囲で約0.4〜0.5、許容範囲(最適/下限)が3倍であることを、また、推奨値としては、机上面照度を750 lxに設定した場合、最適値580 lx、節減値270 lxを導いている。そして、タスクアンビエント照明を用いて実施すれば、執務者1人当たりの消費電力は、全般照明に対して約40〜55%の節減となり、大きな省エネルギー効果が得られることを試算例によって示している。

 次に、机上面照度に対する好ましい壁面照度と壁面輝度について、均一水平面照度の場合は、低反射率(0.3)壁面における上限値の場合を除けば机上面照度に対する壁面照度の関係の羃指数が約0.6〜0.8であり、照度の許容範囲(上限/下限)が3倍であることを、壁面反射率の増減に対する好ましい壁面輝度の増減は緩和される方向にあることを明らかにしている。この効果を「反射率(明度)に対する輝度圧縮」、直線の勾配を「輝度圧縮比」、さらにその逆数を「輝度圧縮率」と命名し、輝度圧縮率約1.3〜1.8とかなり大きくなることを導いている。不均一水平面照度の場合は、机上面照度に対する好ましい壁面照度が机上面照度の増加に対してやや飽和する傾向であることを明らかにしている。そして、机上面照度に対する壁面照度の壁面反射率ごとの最適値、壁面反射率が0.3〜0.8の範囲の実務的な好適値、良好値などをまとめている。例えば、机上面照度を750 lxに設定した場合、均一水平面照度では好適値420 lx、良好値260〜570 lx、不均一水平面照度では(周辺照度の節減値270 lx)、好適値380 lx、良好値230〜670 lxであるとしている。

 さらに、対談相手の好ましい顔面照度について、低輝度背景(背景が壁面)においては、顔面を机上面と見比べる場合見比べない場合ともに、好ましい顔面照度は壁面反射率にほとんど依存せず、壁面輝度に対する関係として簡単に表せることを、机上面照度が十分高い(500 lx)場合、好ましい顔面輝度は背景輝度が低い範囲でほぼ一定であることを明らかにしている。さらに、例えば、机上面照度が750 lxの場合、顔面を机上面と見比べる場合の好適値910 lx、良好値の下限210 lx、顔面を机上面と見比べない場合の好適値750 lx、良好値の下限180 lxなどの推奨値を導いている。高輝度背景(500cd/m2以上)においては、背景輝度に対する好ましい顔面輝度の羃指数は0.85でかなり大きく、背景輝度に対する顔面輝度の比として、累積出現率50%値で、「ややよい」ならば0.25〜0.3 lx/(cd/m2)で、「下限」ならば0.12〜0.15lx/(cd/m2)を求めている。

 最後に、本研究の結果を照明設計の種々の事例に応用するために、既往の研究結果も併せて、各種の複数の面の間に成立する照度、輝度の関係について総合的に考察している。快視性の見地で成立する照度と輝度の関係では、評価面として取り扱われる側の羃指数が小さい。例えば、VDT表示面の文字のように無性格な基準面と評価面が注視状態で同時比較される場合でも、羃指数は1ではなく 0.7である。評価面が顔面のように独立した複雑な図形であり、かつ皮膚などの微妙な材質感を知る必要がある場合には0に近い。評価面が基準面に対して同類、具体性が高い、あるいは関心が高い場合は、評価面が基準面との対比で見られるのでなく独立に見られ冪指数が小さい。また、照度の許容範囲は、評価面が基準面に対して具体性の高い場合の方が、許容範囲が大きい。顔面照度の許容範囲(最適/下限)は5〜6倍と大きいが、顔面以外の場合は共通的に約2〜3倍である、などを導いている。さらに、本研究の成果が、事務所の執務エリア以外の照明の設計でも広く応用できるということを、アトリウム空間の照明、スポーツ照明などの事例により説明している。

 以上のように、本研究は、評価実験を通して、照明の快適性の見地から、執務エリアにおける各面の照度や輝度の関係を定量的に明らかにして、照明設計のために必要な推奨値を導いたものであり、従来個別に扱われてきた執務エリアの光環境上の指標について、体系的に整理する一方、実務に応用できる数値を整備したものだといえる。この研究で得られた様々な知見は、学術的な信頼性が高く、技術的な有用性も十分備えており、建築学とりわけ建築照明学の学問領域に対して、寄与するところは大きいと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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