学位論文要旨



No 212475
著者(漢字) 舟渡,裕一
著者(英字)
著者(カナ) フネワタシ,ユウイチ
標題(和) リブ型渦促進体を有する平行平板間流れの層流熱伝達
標題(洋)
報告番号 212475
報告番号 乙12475
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12475号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚沢,一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨

 リブ型促進体による熱伝達促進の研究はこれまで乱流域において数多くなされ,その有効性が明らかになっているが,層流域ではリブ型促進体が伝熱促進に役立たないことがRowleyら(1)によって示されている.彼らは周方向フィンを有する円管内の層流熱伝達の数値解析を行い,二つのフィン間に生じる循環流は伝熱促進の効果を有するが,フィンが流れを壁面から遠ざけるために,フィンによる伝熱面積の増加にもかかわらず空気のような低プラントル数流体では熱伝達率は平滑流路より低下し,水のような高プラントル数流体の場合にわずかに増加することを示している.これに対し,本研究では,リブ型促進体を壁面との間に隙間をもうけて設置すると,促進体によって発生する渦によって流れが撹拌され,熱伝達が促進されることを二次元非定常数値計算により明らかにした.

 本研究で対象とした物理モデルを図1に示す.二次元平行平板間流路内に,リブ型渦促進体が壁面との間に隙間をもうけて等間隔に配置されている.流路下部の壁面を等熱流束加熱し,その他の壁面は断熱とする.計算領域は図中に点線で示した一ピッチ区間とする.速度場と温度場が完全に発達した領域を扱うこととし.流入側と流出側の断面に周期境界条件を適用する.計算に用いる基礎方程式は二次元ナビエストークス方程式,圧力の式およびエネルギー方程式である.基礎方程式の離散化に際しては,対流項に河村ら(2)の三次精度風上差分,その他の空間微分項には中心差分,時間微分項にはオイラーの後退差分を用いている.離散化された方程式の解法にはMAC法を用いている.格子点数は流れ方向に40,流路高さ方向に50とし,壁面近傍で格子点間隔が密となるように配置している.

図1 物理モデル

 相当直径と平均流速を代表値としたレイノルズ数Re=1000,プラントル数Pr=0.7の場合につき,無次元促進体間隔L/Hと,無次元隙間S/Hのいくつかの組み合わせについて計算した.その他の形状パラメータはB/H=0.2,D/H=7とした.

 S/H=0の場合は,流れは定常であり,促進体上端と加熱壁面の間の領域では流れがほとんど淀んだ状態である.温度場には促進体近くにわずかな歪みが見られる.この場合の局所ヌセルト数はいたる所で平滑板流路の値を下回っており,Rowleyら(1)の行ったフィン付き円管内層流熱伝達の場合と同様に,隙間のない場合には熱伝達が劣化することがわかる.

 加熱壁面と促進体の間に隙間をもうけると流れは非定常となり,ヌセルト数と摩擦係数は時間的に変動するようになる.

 S/H=1.0の場合について速度場をみると,促進体のすぐ下流で生じた渦がその大きさを成長させながら下流に流され,下流側の促進体近くで消滅している.渦が促進体から離れ大きくなると渦の逆流域が加熱壁面に及ぶようになる.隙間を通る流れは,渦が下流側の促進体近くにある時刻に減少し,渦が促進体間中央部にある時刻に多くなる.隙間を通った流れは渦の右回りの運動により主流側に向かう流れとなる.渦の前方では主流を壁面に運び込む流れが作り出されている.主流は渦の動きにつれて穏やかな蛇行をしている.

 この場合の温度分布は,S/H=0の場合と比較して,温度場の乱れが大きい.加熱壁面近くで等温線が密集しており,高温部分が壁面近くに集中し,主流部分では等温線の間隔が広く温度の変化が少ない領域が多い.渦の後方での主流に向かう流れにより壁面で加熱された流体が主流側に放出され,渦の前方での主流から壁面に向かう流れにより主流の低温流体が壁面近くに運び込まれている.また渦の中心周囲は温度変化が少なく,渦の下側に低温流体が回り込んでいる.

 局所ヌセルト数Nuは時間的に変動するが,どの時刻においてもNuは平滑板流路の値Nufより高い値を示し,熱伝達が促進されている.この時間変動の周期は渦の発生成長流下の周期と一致している.また促進体近くでのNuの促進が促進体間中央部より顕著である.促進体近くでヌセルト数が高い値を示しているときには隙間を通る流れは少ないが,主流の低温流体が促進体が位置する壁面近くに運び込まれており,この低温流体により壁面が冷却されていると考えられる.

 時間面積平均ヌセルト数NuavとS/Hの関係をみると,NuavはS/H=0,0.5では平滑板流路の値5.385よりわずかに小さいが,S/Hが大きくなるにつれてNuavは増加しS/H=1.5で最大値23.1を示した後,いったん減少してS/H=2.5で極小値をとり,再び増加している.

 また,NuavとL/Hの関係は,L/H=3,5ではNuavは平滑板流路の値より低いが,L/Hが増加するとNuavは大きくなり,L/H=10で最大値をとる.

 一般に熱伝達率の増大には流動抵抗の増大が伴う.本研究で得られた最大のヌセルト数の場合でみると,時間面積平均ヌセルト数の約4倍の増大に対し時間平均摩擦係数は約9倍増加している.

 本研究で得られたヌセルト数を,平滑平板間流れで実現するのに必要なポンプ動力を求めてみる.平滑平板間流れの完全に発達した層流では,ヌセルト数はレイノルズ数に無関係で一定値5.385であるので,乱流を考えなければならない.あるヌセルト数に対する乱流でのレイノルズ数と摩擦係数を,それぞれKaysの式とブラジウスの式から計算し,同じヌセルト数を促進体付き流路と平滑板流路の乱流により得る場合に必要なポンプ動力の比を,流体と相当直径が等しい場合について計算すると,本研究で得られた最大のヌセルト数23.1について,この比は28.2となり,等しいヌセルト数を実現するのに,促進体を用いた層流の場合には平滑板流路に比べて約1/28のポンプ動力しか必要としないことがわかる.

 本研究で対象としている流れの伝熱促進機構は,促進体で発生する促進体高さ程度の大きさの渦による温度場の撹拌と,主流部低温流体の加熱壁面への輸送であると考えられる.S/H=1.5,L/H=10の場合について促進体中央部断面内と下流側促進体に最も近くに配置された格子点を含む断面内の温度分布を,温度とバルク温度の差の時間平均値でみると,温度分布は全体的に平坦であり,主流部の温度場が均一になっている.この均一化が渦による主流の撹拌の効果であると考えられる.また,下流側促進体近傍の温度分布は中央部に比べて加熱壁面近くで低くなっているが,これは,主流部の低温流体がこの部分に持ち込まれることの効果であると考えられる.ところで,壁面熱流束一定条件でのヌセルト数の増大が意味するところは,バルク温度と壁面温度の差の減少である.壁面熱流束一定条件下では,この温度差の減少は断面内主流部温度分布の均一化により達成することができる.乱流においては,この均一化は種々の大きさの渦によりなされているのであるが,本研究の結果は,促進体高さ程度の大きさの渦のみによっても時間平均的には温度分布が十分均一化されることを示すものである.

 計算結果の格子点数依存性を見るために,いくつかの場合について,格子点数を変えた計算を行い結果を比較した.S/H=1.5,L/H=10の場合で見てみると,平均ヌセルト数は格子点数が増すにつれてその変化の割合が減少し,格子点数が4200から7200へ増した場合の平均ヌセルト数の増加は約0.3%である.したがって,平均値を見る限り格子点数依存性のない解を得るために必要な格子点の数は約10000程度であろうと推測できる.

 周期境界条件の影響を検討するために,周期境界条件を適用する促進体のピッチ数を変えた計算をいくつかの条件でおこなった.その結果,隙間と促進体間隔の組み合わせによって周期境界条件が成立する場合と成立しない場合があることがわかった.周期境界条件が成立しない場合(S/H=1.5,L/H=10)には,ピッチ1と2の場合の平均ヌセルト数には18%の違いが見られるが,ピッチ2と3の場合を比べると平均ヌセルト数の違いはわずか2.4%である.また,流れ場を比較してみると,いずれの場合もその基本的な特性は,促進体で発生した渦が成長しながら下流に流され,下流側促進体で消滅するというものである.また,この渦の発生成長流下の周期はピッチによらない.このことから,さらにピッチを増しても,流れ場と平均ヌセルト数には大きな変化はないものと考えられる.

 以上,本研究では,リブ型促進体を有する平行平板間流れの層流熱伝達の数値解析を行った.その結果,促進体が壁面との間に隙間をもうけて設置されると,流れ場が非定常となり,熱伝達が促進されることが明らかとなった.また,熱伝達の促進に最適な隙間と間隔は,S/H=1.5,L/H=10程度であり,伝熱促進の機構は,渦による主流の撹拌と低温流体の加熱壁面への輸送であると考えられることを示した.

文献(1)Rowley,G.J.and Patankar,S.V.,Int.J.Heat Mass Transf.,27-4(1984),553(2)Kawamura,T.and Kawamura,K.,AIAA-84-0340
審査要旨

 エネルギーの有効利用,電子機器の冷却,材料の製造,宇宙環境の利用などにおいては,伝熱促進が重要な技術の一つであり,従来から多くの研究がなされている.対流伝熱の伝熱促進の研究はこれまで主に乱流域でなされてきたが例えば最近の電子機器に見られるように,伝熱に関与する代表長さが小さい場合,あるいは,粘性の高い流体の熱交換の場合などには,層流域での伝熱促進が必要となる.従来,層流域では流れの非定常性により熱伝達が促進されることが指摘されているが,それに関する研究はまだ十分でない

 本論文はリブ型渦促進体を有する平行平板間流れの層流熱伝達について述べており,7章より構成されている

 第1章は研究の沿革と本論文の概要である.伝熱促進法を概説し,層流域での伝熱促進の必要性を述べ,層流域での伝熱促進に関する従来の研究を概観し.本論文の構成についてふれている.

 第2章は本論文で用いる数値解析法についてである.基礎方程式であるナビエストークス方程式,圧力の式およびエネルギー方程式を不等間隔格子で扱うために座標変換を行い,周期境界条件と壁面境界条件を導出し,対流項の離散化について検討した後,離散化方程式を導いている.周期境界条件の導入により必要となる平均圧力勾配と平均温度勾配の決定方法についても説明を行っている.

 第3章は計算結果である.レイノルズ数を1000,プラントル数を0.7として隙間と促進体間隔を変化させた計算を行っている.促進体と加熱壁面の間に隙間があると流れ場が非定常になり,ヌセルト数が平滑流路の値より増大することが示され,ヌセルト数の増大に対する隙間と促進体どうしの間隔の最適値が求められている.流動抵抗は時間変動を示すが,変動のほとんどすべてが促進体の形状抵抗によるものであることを明らかにし,また,壁面摩擦抵抗が全流動抵抗に占める割合は20〜40%であることを示している.さらに,伝熱促進の評価を行い,同一ヌセルト数を実現するのに必要なポンプ動力が,促進体付き流路の場合には平滑流路の乱流における値の1/28ですむことを明らかにしている.

 第4章は計算精度についてである.計算結果の格子点依存性を見るためにいくつかの場合について格子点数を増した計算を行い,本論文での計算結果には格子点数依存性が認められるものの,定性的な特性は十分にとらえていることを示し,格子点数依存性のない解を得るために必要な格子点数は10000程度であろうと推測している.

 第5章は周期境界条件についてである.周期境界条件を適用する促進体のピッチ数を変えた計算をいくつかの条件で行い,隙間と促進体の間隔の組み合わせによって周期境界条件が成立する場合としない場合のあることを示している周期境界条件が成立しない場合には,境界条件を適用するピッチにより計算結果の数値に違いが見られるものの,流れ場と温度場の定性的な特性にはピッチによる違いがないことを示している.

 第6章は伝熱促進機構についてである.流路断面内温度分布の時間平均値を促進体間中央部と下流側促進体近くの断面で比較し,主流部の温度分布が均一になっていることと,下流側促進体近くの断面の温度分布が促進体間中央部より加熱壁面近くで低くなっていることを指摘し,本論文で扱った系の伝熱促進機構は,促進体で発生する促進体の高さ程度の渦による主流部温度場の撹拌と,主流部低温流体の加熱壁面への輸送であると考えられることを示している.

 第7章では研究の結果を総括している.著者はリブ型促進体を有する平行平板間流れの層流熱伝達の数値解析を行い,促進体と壁面との間に隙間を設けると,流れ場が非定常となり,熱伝達が促進されることを明らかにした.また,熱伝達の促進に最適な隙間は促進体高さの1.5倍程度,最適な促進体の間隔は促進体高さの10倍程度であることを示している.ここで扱われている系は非常に簡単な構造のものであり,実際の機器への応用は容易であると考えられ,その伝熱特性を明らかにした意義は大きい.

 以上要するに,本論文において著者は,リブ型促進体を有する平行平板間流れの層流熱伝達について斬新な説明を行い,壁面との間に隙間を設けて設置したリブ型促進体が層流域での伝熱促進に有効であることを見いだし,その最適な配置を明らかにしている.これらの知見は工学的にもまた工業的にも価値のあるものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50957