学位論文要旨



No 212476
著者(漢字) 高橋,治道
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ハルミチ
標題(和) 表検索アルゴリズムによる有限要素解析の高速化
標題(洋)
報告番号 212476
報告番号 乙12476
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12476号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 渡辺,勝彦
 東京大学 助教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 有限要素法解析に対する要求は,年々複雑・大規模化する傾向にある.複雑な形状をした構造物や実証試験が困難な大型構造物等の解析では,分割要素数が数万要素となり,マトリックスサイズが数十万元に達する場合もある.また、各種非線形問題では,荷重増分,時間積分等の反復計算が行われ,多大な計算時間が解析のために費やされている.そこで、1)入力データの作成,2)数値計算,3)結果データの整理,という基本プロセスを総合的視野でとらえ,モデル化から結果整理までの解析サイクルの時間的流れを尺度とした有限要素解析の高速化が重要な課題と考えられるようになってきた.

 1)と3)は,ポスト処理支援システムによる処理の省力化と時間短縮を目的として,支援システムに関する研究が盛んに行われている.

 他方,有限要素解析の中核をなす数値計算は,技術革新により次々と発表される高速で高性能な計算機の演算特性を生かした全体マトリックス解法アルゴリズムが研究され,既に汎用型ソルバーも提案されてる.しかし,要素マトリックス計算と全体マトリックス組み立てに関しては,数式処理システム援用などの新しい試みがなされているが,いまだ確立された汎用的手法を提案するまでには至っておらず,新たな汎用高速計算手法の開発が望まれている.

 本研究は,有限要素解析の高速化を目的として,有限要素法プログラムの基本構造,要素マトリックス定義式,各種解析モデルにおける解析手法を分析し,要素形状と要素マトリックス計算との間に内在する従属関係を用いた全体マトリックス高速計算法の提案と数値実験による検証を行った.本論文は,以下の7章から構成されている.

 第1章「緒論」では,研究の背景と有限要素解析高速化に関するこれまでの研究に対する概説を通じて,全体マトリックス高速計算の必要性とこれまでの高速化技法の問題点を明らかにし,本研究の位置づけ,意義および目的を示した.

 第2章「幾何形状を基準にした要素分類と要素マトリックス計算法」では,要素形状と要素マトリックスの関係について述べている.

 要素マトリックス計算式を数学的に分析し,1)合同・相似な要素の要素マトリックスは等しい(2次元要素)か線形関係(3次元要素)がある,2)幾何学的対称性を有する要素の要素マトリックスは線形関係がある,3)内挿関数のカーテシアン導関数とJacobiマトリックスの行列式には共通項が存在し,係数に置き換え可能である,という特徴が要素にあることを明らかにした.

 そこで,要素を要素タイプと内挿次数別に大分類した上で,幾何形状に従い合同・相似な要素,幾何学的対称性を有する要素,その他の要素に細分類することを提案した.各要素グループは,要素マトリックス計算に関して等価な性質を持った要素の集合体であり,共通項を整理した係数や要素マトリックスを共有することにより,全体マトリックス計算時間を短縮できる可能性があることを熱伝導解析,弾性解析,弾塑性解析について示した.

 第3章「要素マトリックスの保存と検索・取り出し」では,要素の幾何形状データを指標にした要素マトリックスの共有法について述べている.

 要素マトリックスの計算手続きと同じように,引数が決まれば戻り値が一意的に決定されるという関数一般の性質を持つ再帰手続きの高速処理法について分析を行い,ハッシュ法を用いたキー検索法を使った表検索計算法が要素マトリックス共有法に適用できることを明らかにした.

 第4章「要素マトリックスの表検索計算」では,熱伝導解析をモデルとして取り上げ,第2章と第3章から得た結論をもとにした要素マトリックスの表検索計算法の基本概念と有限要素解析への適用法について述べている.

 表検索計算法では,等しい検索キーに対する検索結果が常に等しくなるように検索レコード(検索キーと検索データからなるデータ構造体であり,検索表の基本構成要素である)を作成しなければならない.そこで,第2章で分類した要素グループについて,検索レコードの作成法を検討した.

 その結果,合同・相似要素のグループは,要素左下の節点を座標原点とし,かつ任意の節点間座標値で正規化された節点座標値を用いると,検索表に登録されている要素マトリックスを応力-ひずみマトリックス[D]が等しい要素の間で共有できることを明らかにした(これを要素マトリックスの同値性と名付けた).そこで,マトリックス[D]の成分と正規化された局所座標系で表された節点座標値を検索キー,要素マトリックスを検索データとする検索レコードを提案するとともに,検索表から要素マトリックスを計算する(これを要素マトリックスの同値計算と名付けた)全体マトリックス計算アルゴリズムを示した.さらに,提案した同値計算アルゴリズムは,等分割,等差数列あるいは等比数列分割された要素分割モデルの全体マトリックスをこれまでのガウス積分法に比べて高速に計算できることを4節点四角形要素を用いた熱伝導解析により確認した.

 他方,幾何学的対称性を有する要素グループの要素マトリックスは,各辺が単位長さの要素(これを単位要素と名付けた)の要素マトリックスとの線形関係から計算できる.そこで,要素の内挿次数とガウス積分点の数を検索キー,単位要素の要素マトリックスを検索データとした検索レコードを提案するとともに,要素マトリックス同値計算法を用いた全体マトリックス計算アルゴリズムを示した.

 さらに,内挿関数のカーテシアン導関数やJacobiマトリックスの行列式には,要素の次数とガウス積分点毎に定義される係数に置き換え可能な共通項が存在する.そこで,その他の要素のグループの要素マトリックス表検索計算では,要素の内挿次数とガウス積分点の数を検索キー,共通項を置き換えた係数を検索データとする検索レコードを用いることを提案するとともに,要素マトリックスの同値計算法を用いた全体マトリックス計算アルゴリズムを示した.提案した全体マトリックス計算アルゴリズムは,従来の要素マトリックス計算法に比べて幾何学的対称性を有する要素や任意形状要素の要素マトリックス計算時間を短縮でき,全体マトリックス計算を高速化できることを軸対称熱伝導解析をモデルにした数値実験により確認した.

 第5章「階層検索による汎用化」では,同値計算アルゴリズムの階層化による汎用同値計算アルゴリズムの提案と数値実験による全体マトリックス高速計算効果の検証結果に付いて述べている.

 様々な形状の要素が混在した要素分割モデルは,各要素グループの同値計算アルゴリズムの階層化により,分割モデル内の全要素を同値計算できることを明らかにするとともに,3層構造に階層化された同値計算アルゴリズムを提案した.さらに熱伝導解析をモデルにした数値実験を行い,提案したアルゴリズムは,要素形状が不均一な分割モデルの全体マトリックスを高速に計算でき,かつ有限要素解析全体を高速化できることを確認した.

 第6章「構造解析における同値計算法」では,4節点四角形要素を例に取り上げ,弾性解析,弾塑性解析における同値計算法について述べている.

 弾性解析は,ヤング率,ポアソン比,要素を構成する節点の座標値,平面応力/平面ひずみ解析識別子からなる検索キーを使うことにより,合同・相似要素の要素マトリックスを同値計算できることを明らかにした.また,長方形要素は-座標系で表される[K1]〜[K6]の基本マトリックスとの線形関係から要素マトリックスを同値計算できることを示した.四辺形要素は,既に述べた係数を用いることにより要素マトリックスを同値計算できることを明らかにした.さらに,要素グループ別に同値計算アルゴリズムを示した.

 他方,弾塑性解析は,ヤング率,ポアソン比,垂直応力,せん断応力,ひずみ硬化率,要素を構成する節点の座標値,平面応力/平面ひずみ解析識別子からなる検索キーを使うことにより,合同・相似要素の要素マトリックスを同値計算できることを明らかにした.さらに,弾塑性要素マトリックスは,弾塑性応力-ひずみマトリックス[Dep]が弾性応力-ひすみマトリックス[De]と塑性応力-ひずみマトリックス[Dp]の差で表されるため,弾性要素マトリックスと塑性要素マトリックスに分けて計算できる.そのため,長方形要素の塑性要素マトリックスは,-座標系で表される[K1]〜[K10]の基本マトリックスとの線形関係から同値計算できることを明らかにした.また,四辺形要素は,既に述べた係数を用いることにより要素マトリックスを同値計算できることを明らかにした.さらに,要素グループ別に同値計算アルゴリズムを示した.

 提案した同値計算アルゴリズムは,全体マトリックス計算を高速化できることを,板曲げ問題(弾性解析)と内圧を受ける厚肉円筒問題(弾塑性解析)をモデルにした数値実験により確認した.

 第7章「結論」では,本研究の総括を行い,要素の幾何学的類似性を利用した要素マトリックスの同値計算により,全体マトリックスの計算高速化され,有限要素解析を高速化できることを結論づけた.さらに,本研究の今後の展望に付いて示した.

審査要旨

 本論文は、「表検索アルゴリズムによる有限要素解析の高速化」と題し、7章からなる。有限要素解析に際して、要素形状の幾何学的類似性に伴って要素行列に存在する同値性に着目し、要素行列を類似要素の既計算結果から表検索により求め、その再計算を省略することによって、全体行列計算の高速化をはかる手法を提案し、そのアルゴリズムを開発して有効性を数値実験により検証したものである。

 第1章は「緒論」であり、有限要素解析高速化に関する従来の知見を調査して、全体行列高速計算の必要性と従来提案されている手法の問題点を明らかにしている。

 第2章は「幾何形状を基準にした要素分類と要素マトリックス計算法」と題し、本論文の主要部である。即ち、幾何形状が合同あるいは相似である要素同志の要素行列には、二次元要素では等しく、三次元要素では線形関係が存在、また、幾何学的対称性を有する要素では線形関係が存在し、カルテシアン導関数とJacobiの行列式に含まれる共通項は係数に置き換えられることを明らかにし、この数学的分析に立脚して、要素を形状と内挿次数別に先ず分類し、その内で、合同・相似関係のある要素、幾何学的対称性を有する要素、それ以外の要素に分類することにより、要素行列計算に関して等価な性質を持つ要素ごとにグループ分けできることを明らかにした。この検討結果に基づき、この分類法に基づく要素群ごとに要素行列計算を行うことにより全体行列計算の時間を短縮できることを、熱伝導解析、弾性解析、弾塑性解析について示した。

 第3章は「要素マトリックスの保存と検索・取り出し」と題し、要素の幾何形状データーを指標とする要素行列の検索、保存、取り出し操作を検討し、同じデーターを持つ要素が多い場合に対応できる方法として、ハッシュ法を用いたキー検索法による表検索が、要素行列のデーター操作に適していることを明らかにした。

 第4章は「要素マトリックスの表検索計算」と題し、第2章とともに本論文の主要部である。熱伝導解析を例とし、前2章の結果に基づき要素行列の表計算の基本概念と有限要素解析への応用について述べている。合同・相似要素の場合は、節点の一つを原点とする局所座標を用いると検索キーが同一となり、要素行列が等しくなることを見出し、局所節点座標を検索キー、要素行列を検索データーとする検索レコードを考案して、表計算から要素行列を直接計算する全体行列計算方法を作成し、4節点四角形要素を用いた熱伝導計算で、全体行列計算高速化の効果を立証した。

 幾何学的対称性を持つ場合の要素行列については、要素の内挿次数とガウス積分点の数を検索キー、その要素の単位要素行列を検索データーとする検索レコードとし、更にその他の要素では、要素行列定義式中のカルテシアン導関数とJacobi行列式の、要素内挿次数とガウス積分点で定義される係数で置き換え可能な共通項を検索データー、要素内挿次数と積分点数を検索キーとする検索レコードのアルゴリズムを作成し、軸対称熱伝導計算で全体行列計算高速化の効果を立証した。

 第5章は「階層検索による汎用化」と題し、以上の同値計算アルゴリズムの階層化による汎用計算法を提案し、形状の異なる要素が混在する場合、各要素群の同値計算にこれを採用することにより全要素の同値計算が可能であることを示し、熱伝導計算によって、要素形状が不均一な場合も、この方法で全体行列計算の高速化が可能であることを立証した。

 第6章は「構造解析における同値計算法」と題し、2次元4節点四角形要素を例とする弾性解析、弾塑性解析における要素行列の同値計算により、本方法の効果について検討した結果を述べている。弾性解析では、要素の局所節点座標の他、弾性定数を検索キーとすることにより本方法が適用でき、従って、その計算高速化効果が認められる。弾塑性解析では、応力ひずみ行列を弾性成分と塑性成分に分解することにより、弾性成分については同様の効果が認められることを示した。更に、板曲げの弾性解析、内圧を受ける厚肉円筒の弾塑性解析により、以上の効果を確認した。

 第7章は以上の結果をまとめた「結論」である。

 以上要するに、本論文は、有限要素解析における要素を、その幾何学的特徴に従って分類し、同一群に属する場合、その要素行列を表検索を用いて算出することにより要素行列計算を省略し、全体行列計算の高速化を実現できることを示し、その検索アルゴリズムを作成し、熱伝導解析、弾性解析、弾塑性解析でその効果を立証したもので、機械工学の発展に貢献する所が極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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