学位論文要旨



No 212477
著者(漢字) 岡野,秀晴
著者(英字)
著者(カナ) オカノ,ヒデハル
標題(和) 原子炉格納容器内点検ロボットの開発研究
標題(洋)
報告番号 212477
報告番号 乙12477
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12477号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨 1.本開発研究の目的

 現在、日本では原子力発電所の数が増大しており、原子力発電所内が特殊環境であることを勘案すると、近い将来に保全作業員の不足が深刻化すると考えられている。したがって、今後は原子力発電所の保全作業はロボット化の方向に進むと考えられる。今回、原子力発電所で必要とする保全作業のうち、特に「放射線レベルや温度の高い運転中の原子炉格納容器内の監視点検作業のロボット化」について検討し、格納容器内の運転監視点検作業の遠隔化・自動化を達成する点検ロボットの開発を行った。

2.現状分析

 原子力発電所でのパトロール員による運転中監視点検作業の実態を調査し、点検作業の現状を分析した。点検項目・箇所が膨大であるため、パトロール員の点検作業を固定計装で代替するよりも、移動計装すなわちロボットによるべきであると結論した。

 以上の状況から、点検ロボットの開発に着手した。点検対象としては、相対的に使用環境の厳しい格納容器内とした。

3.開発に向けての基本的考え方

 原子炉格納容器内の環境条件、点検内容、制約条件、使用条件などの検討を行い、格納容器内ロボットの開発上の固有の問題を摘出した。主要な問題は下記の6項目である。

 (1)移動通路が狭隘複雑

 (2)環境が過酷

 (3)点検内容・種類が多種

 (4)点検機器に接近しにくく、しかも見通しが悪い

 (5)格納容器内の機器に悪影響を与えない

 (6)1年間メンテナンスフリー

 上記の問題を解決するに当たっての基本的な考え方を検討した。問題解決の方法としては、

 (1)格納容器内の設備の改造・変更により解決する方法

 (2)ロボットの高機能化で解決する方法

 の2つの方法が考えられる。両者を比較した結果、通産省の工事認可が必要となるような大掛かりで費用の掛かる格納容器内設備の改造・変更を伴う手段は避け、極力ロボット側で解決する方向で開発を進めるべきであると結論した。しかしロボット側で解決するには、時間と費用が折り合わない場合には、再び格納容器内設備の小幅の改造・変更で解決できるかを検討し、最終的に解決手段を決定する方針とした(図1)。

図1.解決手段の選定手順
4.システム概念の検討

 格納容器内の環境条件、点検内容、制約条件、使用条件などに基づき、点検ロボットの設計条件を設定し(表1)、点検ロボットシステムの概念を固めた(図2)。

表1.原子炉格納容器内点検ロボットの設計条件
5.点検ロボットの構成要素開発(1)クローラ式走行車の開発および評価

 点検ロボットの移動機構として考えられる各種の方式に関して、急傾斜の階段、狭隘な通路等の格納容器内の移動環境、点検方法などを踏まえて得失を検討し、操舵機構と車体伸縮機構の付いた半円型二対クローラ(円クローラ)を、今回新たに考案した(図3)。考案に基づき設計・試作し、45度の階段昇降、狭隘通路の走行等の機能試験を実施することにより、この円クローラ走行車は格納容器内点検ロボットの移動機構として十分使用できると結論した。

図表図2.点検ロボットシステムの概念 / 図3.点検ロボット(半円型二対クローラ式)

 この円クローラ走行車を誘導移動制御するため、電磁誘導ケーブルを用いた平地の誘導走行制御系の設計を進めた。前後のクローラにそれぞれコイルを搭載して電磁誘導ケーブルからのずれを検出し、前輪クローラと後輪クローラを独立に駆動操舵してずれを修正する制御方式を考案し、走行試験を実施した。その結果、床に敷設した電磁誘導ケーブルに沿って半円型二対クローラは、操舵機構を制御することにより、直線路、直角曲がり角を円滑に誘導走行することを確認し、本走行制御系は格納容器内点検ロボットに適用可能と結論した。

(2)その他の構成要素の開発および評価

 原子力発電所での現状のパトロール点検項目を分析し、点検ロボットに搭載すべき点検センサとして、TVカメラ、マイクロフォン、温度計および放射線量計を選択し、それぞれについて最適と考える形式を検討して設計・試作した。これらの各種センサを必要な方向・位置に移動操作するためのセンサ操作機構に関しても設計条件、方式の検討を行い、7自由度の多関節腕方式の機構を設計・試作した。

 ロボットと制御室間の信号伝送方式に関しても検討し、格納容器内の機器に悪影響を与えない有線方式を選択した。ロボットへの動力供給方式に関しても検討し、1年間にわたる連続的な供給が可能なケーブル給電方式を選定した。

 信号用および給電用のケーブルが点検ロボットの移動時に移動の妨げとならないよう、ケーブルを点検ロボットの代わりに牽引する牽引車と、8の字形にケーブルを貯線する装置を組み合わせたケーブル処理装置を考案し、設計・試作した。

 これらのロボットを構成する要素は、いずれも満足する性能を発揮した。

6.システム試験、環境試験および評価

 開発した構成要素機器を組合わせて一つの格納容器内点検ロボットシステムとして、格納容器内を模擬した試験場で総合動作試験を実施した。点検ロボットの平地・階段走行性能および点検性能、ケーブル処理装置のケーブル繰出し性能、点検ロボットとの協調動作性能など、十分満足すべき結果が得られた。信号伝送、情報表示、操作卓の操作性なども、十分満足すべき結果が得られた。

 さらに格納容器内の環境を模擬して、点検ロボットの環境試験を実施した。温度66℃で相対湿度約100%の恒温槽内で、点検ロボットの連続動作試験を実施し、耐久性が十分であることを確認した。点検センサ、電子機器など放射線の影響を受ける可能性の高い機器に関しては、特に放射線照射試験を実施し、著しい機能低下が生じないことを確認した。

 地震時の安全性確認のためには、加振装置を用いて原子力発電所の設計上の限界地震動を与えた時の点検ロボットの挙動を確認した結果、転倒、階段からの落下等は生じないことを実証できた。

 以上の試験結果に基づき、今回開発した格納容器内点検ロボットは、十分実用に供することが可能と判断した。

7.結論

 原子炉格納容器内の運転監視点検作業の遠隔化・自動化を達成する点検ロボットを開発できた。

 先に列挙した原子炉格納容器内点検ロボットの開発上の6項目の固有の問題は、ロボットの高機能化で解決する方法を主とし、格納容器内の設備の小幅の改造・変更を加味することにより解決できた。問題をロボット側のみの対応で解決しようとすれば、複雑・高価で実際的でないロボットとなってしまうか、あるいは解決が困難になる可能性が高い。一方、解決の手段を原子力発電所側に過大に要求すれば設備の大幅な改造が必要となり、実施困難となったと考える。ロボット側と原子力発電所の双方からの適度の歩み寄りを基本として検討したことにより、調和の取れた実際的で受け入れられるシステムとなったと考える。

審査要旨

 本論文は、原子力発電所の原子炉格納容器内の運転監視点検作業の遠隔化・自動化を目的とする点検ロボットを提案し、これを実用化するのに必要な、移動技術・点検技術・制御技術等についての研究成果を述べたものである。

 第1章では原子力発電所での点検作業について概説し、そのロボット化が必要であることを示している。一方、原子力発電所向けの点検ロボット開発の現状を調査し、いまだ実用化がなされていない状況を鑑み、本研究の動機を示している。

 第2章では原子力発電所でのパトロール員による運転中監視点検作業の実態を調査・分析した結果、点検環境が過酷であり点検項目も膨大であるので、現状の運転中監視点検作業を移動ロボットで代替するべきと結論し、点検ロボットの開発に着手している。点検対象場所としては、環境条件が最も過酷でロボット化のニーズの高い原子炉格納容器内としている。

 第3章では原子炉格納容器内点検ロボットの開発に向けての基本的考え方と、点検ロボットの概念について検討している。まずロボット開発上の固有の問題を摘出し、これらの問題を解決するに当たっての基本的な考え方を検討している。設備側の改造により解決する方法とロボットの高機能化で解決する方法の2つの方法を比較し、両者の歩み寄りにより問題解決法を選定する手法を考案してる。この考え方に基づき、点検センサ、センサ操作機構、移動機構、制御系、信号伝送系、動力供給系などから構成される格納容器内点検ロボットシステムの概念を提案している。

 第4章では点検センサの選択と開発および評価について示している。点検ロボットに搭載すべき点検センサとして、TVカメラ、マイクロフォン、温度計および放射線量計を選定し、最適形式の検討、ロボット搭載可能とするための小型化および耐環境性向上の検討を行い、試作・試験し、検討結果を検証している。

 第5章では、点検センサを必要な方向・位置に移動操作するための機構の検討を行い、多関節腕方式のセンサ操作機構を設計・試作し、点検に必要な機能を十分果たすことを確証している。

 第6章では、移動機構の検討と開発および評価について示している。移動環境、点検方法などを分析・検討し、傾斜角45度の階段昇降可能でしかも狭隘複雑な通路を自在に走行できる、操舵機構と車体伸縮機構の付いた半円型二対クローラ(円クローラ)を考案している。次に、円クローラ走行車の性能解析を行い、階段昇降性能については階段傾斜角、クローラと階段間の摩擦係数およびクローラ重心位置の関係を明らかにしている。一方、前輪クローラと後輪クローラを独立に操舵する制御方法を考案し、安定に走行制御できることを解析により示している。検討結果に基づき、試作・試験を行い、格納容器内点検ロボットの移動機構として十分使用できることを検証している。

 第7章では、円クローラ走行車を自動的に移動制御するための誘導走行方式を検討し、電磁誘導ケーブルに沿って誘導走行する方式を選定し、前後のクローラを独立に操舵する制御装置を考案・設計・試作している。さらに、円クローラと組み合わせて走行試験を実施して円滑に誘導走行できることを検証している。

 第8章では、信号伝送方式の比較検討を行い、格納容器内の機器に悪影響を与えない有線方式を選定し、信号伝送装置を設計・試作している。さらに、格納容器内の条件を模擬した放射線照射試験、耐温度試験も実施し、本信号伝送装置の耐環境性を検証している。

 第9章では、点検ロボットで必要とする動力の供給方式を検討し、連続給電が可能なケーブル給電方式を選定している。次に、点検ロボットの移動の妨げとならないようにケーブルを処理する方式に関して検討し、ケーブルを点検ロボットの代わりに牽引する牽引車と、8の字形にケーブルを貯線する装置を組み合わせたケーブル処理装置を考案している。さらにこのケーブル処理装置を試作し、格納容器内を模擬した点検ルートで性能試験を実施し、検討結果の妥当性を検証している。

 第10章では、システム全体構成の検討とシステム試験および評価について示している。開発した構成機器を組合わせて点検ロボットシステムとし、格納容器内を模擬した試験場でシステムの総合動作試験を実施し、移動機能、点検機能ともに要求条件を十分満足していることを確証している。格納容器内の温度・湿度・放射線環境を模擬した、点検ロボットの環境試験も実施しており、耐久性も十分であることを確証している。一方、地震時の安全性も加振装置を用いて確認している。

 第11章は本研究の成果を総括すると共に、今後の研究課題について述べている。

 以上、本論文は原子炉格納容器内の運転中点検作業を行う点検ロボットを提案しその実現への方法論を述べるとともに、これに必要なロボット要素技術を研究しており、その内容は独創的かつ有用性に富むものである。

 よって、本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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