学位論文要旨



No 212478
著者(漢字) 細野,勇
著者(英字)
著者(カナ) ホソノ,イサム
標題(和) PWM インバータ駆動誘導電動機システムの騒音低減及び安定性向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 212478
報告番号 乙12478
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12478号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 慶應大学 教授 茅,陽一
内容要旨

 本論文は「PWMインバータ駆動誘導電動機システムの騒音低減及び安定性向上に関する研究」と題し、インバータ駆動誘導電動機システムの普及に向けて、現在、最も重要な技術課題である、騒音、トルク脈動の問題と、安定性、制御性の向上についての新しい手法を提示したものであり、全8章から構成されている。

 第1章は「緒言」であり、この研究の目的、技術的背景、並びに本論文の構成概要などが示されている。

 第2章は「交流電動機の可変速駆動の進展と当面する技術課題について」と題し、前半では、電動機の可変速駆動の歴史を紐解きながらサイリスタの登場から今日までの電動機駆動用パワーエレクトロニクスの進展、マイクロプロセッサを中心としたデジタル制御の採用など発展の各時点で飛躍的な発展をもたらした基本技術についての見解を述べると共に、後半では、インバータ駆動誘導電動機の普及に、今尚重要課題である本論文の主題に関連した課題について、それを取り巻く背景を述べ、最近の研究成果と対比しながら本研究の成果を述べている。

 第3章、第4章は一方の重要課題である、騒音、トルク脈動に関するものであるが、第3章は「誘導機駆動用PWMインバータの基本則及び高調波解析の一方法」と題し、前半では、騒音、トルク脈動に直接関係の深い正弦波PWM制御法について、各種の方式を体系的に整理して統一的に適用できる手法を提示している。この方法は全ての方式に適用でき、その解析を可能とするのみならず、新しい手法の開発に際しても有用なツールとして利用できよう。

 後半では、上記の評価手段として、出力電圧波形の波形解析の新しい手法を提示しているが、3相分を一括して扱っていること及び磁気騒音やトルク脈動に直接関係する-軸成分で評価している点に特徴がある。

 第4章は「誘導機の磁気騒音を低減するためのPWM制御法」と題し、上記の磁気騒音やトルク脈動を積極的に低減せしめる手法について論じている。前半で述べられている「キャリア周波数変調法」は、機械的、または音響的共振点に於ける磁気騒音やトルク脈動の急増を回避するための手法であり、三角波キャリア周波数fcを時間的に変化させることにより、高調波電圧の周波数スペクトルを広い範囲に分散させることによってその振幅を下げ、共振点での急増を防止せしめる点に特徴がある。共振点に於ける磁気騒音の急増が不快感を増し、また、トルク脈動の急増が疲労破壊を促進することを考えるとき、有益な手段の一つと評価し得る。

 後半では、PWMの基本則を発展させた「零ベクトル分割法」について論じているが、トルク脈動に与える影響はの方がより一桁も大きい点に着目した手法であり、高周波キャリアPWM制御と同等の効果を有するにも拘らずデジタル制御が可能であるという特徴を有している。

 第5章から第7章にかけては、インバータ駆動誘導電動機システムの安定性と制御性能の向上に関する手法について述べている。

 第5章は「インバータ駆動誘導電動機の不安定現象の解明とその改善方法」と題し、前半では、パワーエレクトロニクスの非線形性(整流器部分の1象限作動、上下アーム短絡防止期間)を等価定数に置き換え、インバータ、誘導電動機系の特性根の配置を調べて、不安定の主要因が「アーム短絡防止期間Td」にあることを明らかにし、不安定現象が=fc:Tdに依存することを明らかにしている。この方法によれば、不安定現象の定性的な把握のみではなく、モータの定数の影響など定量的な取り扱いが可能である点が優れている。

 後半では、前半の結果に基づき「アーム短絡防止期間Td」の影響を受けないような新しい原理による制御回路「Td補正回路」を提案しているが、供試機の試験結果よりも極めて有効であることが読み取れる。

 第6章は「誘導電動機駆動用汎用インバークの特性改善の一方法」と題し、汎用インバータ(電動機から速度フィードバックを受けることなく、また、負荷の影響を受けることが少なく、どのような誘導機-負荷系でも可変速駆動できる簡易インバータ)について、単に安定性のみではなく、低速時に於けるトルク補償、加減速特性の改善をも含めた制御方式について論じている。その方式は、電動機の一次電流をハードウエアの変換器で-軸に変換し、直流化して平滑化して後、マイクロプロセッサに取り込んでを計算し、これを実軸に変換してインバータを制御しているが、一次電流の電流リップルの影響を受けにくいこと、定数の推定誤差を簡単なフィードバックで補正していることを特徴とし、回路構成が簡単であるに拘らず、低速時のトルク特性、加減速特性の改善に加えて安定性についても大巾な改善が計られている。

 また、トルク電流から、すべり角周波数2を推定し、その分だけ一次周波数を増減して速度変動率を改善する手法も提案されているが、このような機能を付加した汎用インバータは従来の汎用インバータの枠を越えて簡単なサーボシステムとしても十分機能すると思われる。

 第7章は「励磁電流フィードバックによる誘導電動機の特性改善とセンサレス速度制御法」と題し、より高度な制御を目指して、

 (a)簡単な回路構成で、R2の変化にロバストなベクトル制御の実現

 (b)汎用インバータ化するための上記のセンサレス化

 について述べている。

 ベク・トル制御誘導電動機の二次抵抗補正について、この手法の従来の手法と根本的に異なる点は、ベクトル制御において定数の推定誤差に基づく偏差をネガティプフィードバックで補償している点にある。具体的なハードウエアはPGによる速度フィードバックがある点を除いては6章のハードウエアと全く同じであるが、が十分な精度でに比例している点を捕らえ、これをネガティブフィードバックすることによって=0を計り、R2の変化に対するロバスト性を十分に確保している点は注目に値する。

 なお、本章では安定性の指標に周波数特性に基づいたゲイン余裕や位相余裕を用い、系全体の動作が簡単に把握出来ること及び定数が変化した時の特性への影響や補償法を容易に想定できることを示唆している。

 また、本方式によれば、直流機のIR補償付き電圧制御に類した簡易な方式で速度推定が可能となるため容易にセンサレス化が実現できる点も優れた特徴と言える。

 第8章は「結言」であり、本研究の成果が要約されている。また、併せてインバータ技術の将来展望についても付言している。

審査要旨

 本論文は「PWMインバータ駆動誘導電動機システムの騒音低減及び安定性向上に関する研究」と題し,インバータ駆動誘導電動機システムにおける,騒音やトルク脈動の低減問題と,安定性や制御性の向上についての新しい手法を提示したものであり,全8章から構成されている.

 第1章は「緒言」であり,この研究の目的,技術的背景,並びに本論文の構成概要などが示されている.

 第2章は「交流電動機の可変速駆動の進展と当面する技術課題について」と題し,前半では,電動機の可変速駆動の歴史をひも解きながらサイリスタの登場から今日までの電動機駆動用パワーエレクトロニクスの進展,マイクロプロセッサを中心としたデジタル制御の採用など発展の各時点で飛躍的な発展をもたらした基本技術についての見解を述べるとともに,後半では,インバータ駆動誘導電動機の普及に,今なお重要課題である本論文の主題に関連した課題について,それを取り巻く背景を述べ,最近の研究成果と対比しながら本研究の成果を述べている.

 第3章は「誘導機駆動用PWMインバータの基本則及び高調波解析の一方法」と題し,前半では,騒音,トルク脈動に直接関係の深い正弦波PWM制御法について,各種の方式を体系的に整理して統一的に適用できる手法を提示している.この方法は全ての方式に適用でき,その解析を可能とするのみならず,新しい手法の開発に際しても有用なツールとして利用することができる.後半では,上記の評価手段として,出力電圧波形の波形解析の新しい手法を提示しているが,3相分を一括して扱っていること及び磁気騒音やトルク脈動に直接関係する-軸成分で評価している点に特徴がある.

 第4章は「誘導機の磁気騒音を低減するためのPWM制御法」と題し,上記の磁気騒音やトルク脈動を積極的に低減する手法について論じている.前半で述べられている「キャリア周波数変調法」は,機械的,または音響的共振点における磁気騒音やトルク脈動の急増を回避するための手法であり,三角波キャリア周波数を時間的に変化させることにより,高調波電圧の周波数スペクトルを広い範囲に分散させることによってその振幅を下げ,共振点での急増を防止する点に特徴がある.共振点における磁気騒音の急増が不快感を増し,また,トルク脈動の急増が疲労破壊を促進することを考えるとき,有益な手段の一つと評価される.後半では,PWMの基本則を発展させた「零ベクトル分割法」について論じているが,トルク脈動に与える1次電圧積分の影響は回転角方向の変動の方が振幅方向の変動より一桁も大きい点に着目した手法であり,高周波キャリアPWM制御と同等の効果を有するにも拘らずデジタル制御が可能であるという特徴を有している.

 第5章は「インバータ駆動誘導電動機の不安定現象の解明とその改善方法」と題し,前半では,パワーエレクトロニクスの非線形性(整流器部分の1象限動作,上下アーム短絡防止期間)を等価定数に置き換え,インバータ,誘導電動機系の特性根の配置を調べて,不安定の主要因が「アーム短絡防止期間」にあることを明らかにしている.この方法によれば,不安定現象の定性的な把握のみではなく,モータの定数の影響など定量的な取り扱いが可能である点が優れている.後半では,前半の結果に基づき「アーム短絡防止期間」の影響を受けないような新しい原理による「アーム短絡防止期間補正回路」を提案し,供試機の試験結果によりその有効性を示している.

 第6章は「誘導電動機駆動用汎用インバータの特性改善の一方法」と題し,汎用インバータ(電動機から速度フィードバックを受けることなく,また,負荷の影響を受けることが少なく,どのような誘導機-負荷系でも可変速駆動できる簡易インバータ)について,単に安定性のみではなく,低速時におけるトルク補償,加減速特性の改善をも含めた制御方式について論じている.その方式は,電動機の1次電流をハードウエアの変換器で-軸に変換して直流化した後,マイクロプロセッサに取り込んで各軸電圧を計算し,これを実軸に変換してインバータを制御する方式であるが,1次電流の電流リップルの影響を受けにくいこと,定数の推定誤差を簡単なフィードバックで補正していることを特徴とし,回路構成が簡単であるにもかかわらず,低速時のトルク特性,加減速特性の改善に加えて安定性についても大巾な改善が計られている.また,トルク電流から,すべり角周波数を推定し,その分だけ1次周波数を増減して速度変動率を改善する手法も提案されているがこのような機能を付加した汎用インバータは従来の汎用インバータの枠を越えたサーボ制御装置としても十分機能すると思われる.

 第7章は「励磁電流フィードバックによる誘導電動機の特性改善とセンサレス速度制御法」と題し,より高度な制御を目指して,(a)簡単な回路構成で,2次抵抗の変化にロバストなベクトル制御の実現,(b)汎用インバータ化するための上記のセンサレス化手法について述べている.ベクトル制御誘導電動機の2次抵抗補正について,この手法の従来の手法と根本的に異なる点は,ベクトル制御において定数の推定誤差に基づく偏差をネガティブフィードバックで補償している点にある.具体的なハードウエアはシャフトエンコーダを用いた速度フィードバックがある点を除いては6章のハードウエア構成と全く同じであるが,軸の電流誤差が十分な精度で軸の電圧積分に比例している点を捕らえ,これをネガティブフィードバックすることによって軸の電圧積分をゼロ化し,2次抵抗変化に対するロバスト性を十分に確保している.なお,本章では安定性の指標に周波数特性に基づいたゲイン余裕や位相余裕を用い,系全体の動作が簡単に把握出来ること及び定数が変化した時の特性への影響や補償法を容易に想定できることを示唆している.また,本方式によれば,直流機の電機子抵抗降下補償付き電圧制御法に類した簡易な方式で速度推定が可能となるため,センサレス制御が容易に実現できる点も優れた特徴である.

 第8章は「結言」であり,本研究の成果を要約している.また,インバータ技術の将来展望についても付言している.

 以上を要約すれば,本論文は,インバータ駆動誘導電動機システムにおいて,現在の最も重要な技術課題である,騒音やトルク脈動の低減問題と,安定性や制御性の向上を行う新しい手法を提示し,実用化への道を開いたものであり,電気工学上貢献することろが少なくない.

 よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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