学位論文要旨



No 212479
著者(漢字) 杉浦,幸雄
著者(英字)
著者(カナ) スギウラ,ユキオ
標題(和) レーザーのフィルム録画・録音およびテレシネへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212479
報告番号 乙12479
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12479号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 羽島,光俊
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 レーザーは、1960年にメイマンによって発明され、色々な分野へ応用できると考えられた。NHK放送技術研究所では、1968年から放送分野の光伝送、光記録・再生、表示などへの応用研究が行われ、筆者もこの研究に加わった。一連の研究を進める中で、放送品質を満たし、かつ、実用性があるものとして、テレビジョンのフィルム系への応用が最も有望であることが明らかになった。

 当時、テレビジョンのフィルム系においては、フィルム録画、テレシネおよび光学録音の特性改善が望まれていたが、従来の技術では限界があった。これらの機器へのレーザー技術の導入は大きなブレークスルーとなり、レーザーの高輝度性、単色性、集束性を有効に活用することにより、解像度、S/N、彩度などの点で優れた性能を達成できることが判明した。

 レーザーをフィルム系へ応用するには、レーザー光源やその変調・偏向の技術を、放送品質に適合できるように安定化・高精度化を計る必要がある。すなわち、出力変動やノイズをともなうレーザー光をそのまま用いても、放送品質を満たすことはできない。また、光変調・偏向用素子は最高性能のものを選択したとしても、放送系の厳しい要求を満足するためには、利用技術の高度化を計らなければならない。このため、レーザー光源と変調・偏向に関する所要特性を明確にし、放送品質へ適合させるための素子の基本条件を示した。この条件を満たすため、既製素子の性能では不十分なものに対しては、その性能を電子的あるいは光学的に補う手段を提案し、また、新たに必要になる技術を開発することにより、レーザーの利用技術の高度化を計った。このような技術は、レーザー応用の基本技術として統一的に取扱い、共通化を計った。その結果、標準方式テレビはもちろん、ハイビジョンのように極めて精細度が高く、あらゆる点で最高の精度が要求されるシステムに対しても、レーザー技術の導入を可能とするなど、テレビジョンのフィルム系へのレーザー応用技術を確立した。

 ビデオ信号をフィルム画像に変換する方法はフィルム録画であり、従来、ブラウン管の画像をフィルムカメラで再撮像するキネスコープレコーディング(通称キネレコ)が使われてきたが、映画に比べ画質が劣り、将来の電子映像のフィルム録画法として使用することは困難であった。このフィルム録画の画質を抜本的に改善するものが、レーザーフィルム録画方式である。レーザーフィルム録画は、赤、緑、青の高輝度のレーザー光をビデオ信号で変調、偏向し、直接カラーフィルムにカラー画像を録画するため、解像度の損失が少なく彩度が高いなどの特長があり、また、実時間録画が可能である。この方法は、当初、米国のCBS Lab.によって提案・開発されたが、標準テレビを目的としたものであり、また、光偏向器の光の利用率と変調器の消光比が悪く、レーザーを利用する特長が十分発揮できず、広く普及するには至らなかった。筆者らは、光の利用率に優れた光偏向方式と消光比が大きい変調器を用いるレーザーフィルム録画方式を提案し、その実用性を証明するため、標準テレビ用の16mmフィルム録画装置およびハイビジョン用の35mmフィルム録画装置を開発して録画実験を行った。その結果、低感度の高解像度微粒子フィルムによる35mm映画制作法を確立し、ハイビジョンの性能を活かした映画制作を実現した。さらに、レーザーフィルム録画方式の応用として、3パーフォレーション録画や動き適応型録画の検討結果を示し、将来のフィルム録画による映画制作のための新技術として有望であることを明らかにした。この研究で培った技術を、メーカーへ技術移転し、レーザーフィルム録画装置の実用機開発を進めた。この装置はプロダクションに導入され、実用に供されている。

 映画フィルムの画像をテレビジョン信号に変換する装置はテレシネであり、各種の方式が開発されている。この中で、レーザー光を用いたFSS(Flying Spot Scanner)方式であるレーザーテレシネは、レーザーフィルム録画とは丁度逆の関係にあり、画像の読み出しをレーザーにより行うものである。テレシネにおいてもレーザーを使うメリットは大きく、解像度や階調再現域の広さの点で優れており、他のテレシネ方式に比べ、有利である。しかし、CCD方式のテレシネの進歩が著しく、レーザーテレシネの機械式偏向器を電子方式(非機械式)化することが望まれていた。このため、筆者らは、非機械偏向方式で最も実用性があると思われる音響光学光偏向器(AOD)を用いた偏向技術の導入を提案し、テレシネによる実験的検証を行い、新しい偏向技術の開発の指針を示した。テレシネによる検証では、解像度、シェーディング、偏向の直線性などの基本特性を測定し、AODの基本性能が十分優れていることを示して、ハイビジョン用レーザーテレシネの水平偏向器として使用できることを明らかにした。今後、AODを画像システムに組み入れていくためには、カラー化のためのAODと光学系の配置などいくつかの問題を解決しなければならないが、ディジタル信号処理技術などエレクトロニクスを有効に活用することにより、画像走査の有力な要素技術として利用できることを明らかにした。

 映画の録音には、光学録音が広く用いられている。これは、非接触による再生ができるため、再生ヘッドの摩耗の問題がなく、運用コストと信頼性に優れているためである。しかし、従来の光学録音は、ガルバノメータなどの機械式光変調器の特性が悪く本質的な音質改善が困難であった。したがって、音質を重視する場合は、サウンドトラックに磁気コーティングする磁気録音が用いられる。この方式では、磁気トラックが常に再生ヘッドを擦るため、ヘッド交換のコストやヘッドづまりによる不安定性の点に問題があり、高音質の光学録音方式の開発が望まれていた。このため、筆者らはレーザーとAODおよび音響光学光変調器(AOM)を用いた可変面積型のレーザー光学録音方式を提案した。実際に16mmフィルムによる録音装置を試作して録音実験を進め、録音サンプルを作成するとともに放送素材として使用し、優れた音質で実用性があることを示した。さらに、本録音方式は、可変面積型トラックによる2チャンネル化が容易であり、16mmでもステレオ化とバイリンガル化が可能であることを示した。また、ハイビジョンによる映画制作や劇場映画に利用するために、35mmフィルムによる光学録音装置を開発し、周波数特性とSN比の改善を計った。その結果、レーザー光学録音は、輝度の高いレーザー光を使用するため、高解像度微粒子のフィルムを音ネガとして使うことができ、優れた録音特性を有し、その音質は磁気録音に迫るものがあるなど、従来の光学録音の常識を覆すものであることを証明した。

 レーザーを用いたフィルム録画および光学録音は映画産業に与えるインパクトが大きい。テレビジョンシステムを映画制作に使用するエレクトロ・シネマトグラフィ(ECG)はその具体的な例で、標準テレビの段階でも試みられたが、テレビジョン技術、特にディジタル技術の発展により可能性が高まり、ハイビジョンの開発によりさらに実用性が増し、放送に先駆けて実用化されている。ハイビジョンを使ったECGは、フィルム系ではできないような複雑な多重合成映像も簡単に作ることができる特徴がある。この利点を活かしてすでに多くの映画制作が行われ、劇場公開されるなど定着している。これを可能にしたのが本研究により確立されたレーザー応用技術であり、画質、音質の向上ばかりでなく、制作システムとして新しい構成が用いられるなど、映像表現的にも画期的なシステムが構築された。これにより、ECGのコマーシャルベースでの実用化が達成された。ECGは究極的にエレクトロニクスとフィルム技術の融合であると考えられ、これは、新しい映像表現技術と捉えるべきである。

 以上述べたように、本研究は、エレクトロニクス、オプティックス、オプトエレクトロニクス、メカトロニクスのような幅広い分野に跨る技術を駆使して、レーザー技術、ハイビジョン技術およびフィルム技術を一体化し、技術の融合を促した。さらに、電子映像とフィルム映像の仲立ちをすることにより、新しい映像表現技術を生み出すなど、映画が電子映像とともに新しい道を拓き、より大きく発展する基盤を築くとともに、将来の映像文化創造の基本技術を確立したと考える。

 今後、本研究に係る技術がさらに広く普及し、マルチメディア時代の映像技術として定着することを期待したい。

審査要旨

 本論文は「レーザーのフィルム録画・録音およびテレシネへの応用に関する研究」と題し、レーザーの放送への応用に関して、最も実用的かつ効果的な分野として、テレビジョンのフィルム系に着目し、この分野へレーザー技術の導入を図るとともに、これにより開発された高性能フィルム機器による新しい映像制作の可能性について論じたものであり、7章より成る。

 第1章は「序論」であり、放送分野でのレーザー応用研究の経緯について述べるとともに、従来のテレビジョン用フィルム機器においては、フィルム録画、テレシネおよび光学録音の性能改善が望まれていたが、従来の技術では限界があり困難を極めており、レーザーの導入が解像度,S/N、彩度を高めるための大きなプレークススルーとなることを示し、本研究により飛躍的な高画質化が達成できること、また、その結果開発された新しいフィルム機器が、テレビジョンシステムを映画制作に使用するエレクトロ・シネマトグラフィを実現するために不可欠なものであることなどを論じ、本研究の目的、必要性、意義を述べて論旨の展開を図っている。

 第2章は「レーザー応用の基本技術と高度化」と題し、レーザーをテレビジョンシステムに応用するための基礎技術として、レーザー光源と変調・偏向に関する所要特性を明確にし、放送品質へ適合させるためのデバイスの基本条件を明示している。すなわち、出力変動やノイズをともなうレーザー光は、そのままでは放送品質をクリアできない。また、光変調・偏向用デバイスも最高性能のものを選択したとしても、放送系の厳しい要求を満足するためには、利用技術の高度化をはからなければならない。このため、エレクトロニクスによる各種の補正技術と特別に設計された光学系を用いる方法を提案し、所要性能を満たすことを証明している。

 第3章は「レーザーフィルム録画方式の開発」と題し、フィルム録画の必要性と従来の再撮像方式であるキネレコの限界について論じ、レーザー技術の導入により画期的な性能の録画が可能になることを提案している。すなわち、レーザー光を用いたフィルム録画方式は、高輝度のレーザー光で低感度微粒子の高解像度カラーフィルムに直接テレビ画像を録画できるため、優れた画質が得られる。また、この録画方式は、35mmフィルムによるハイビジョンのフィルム録画にも適用でき、これにより、ハイビジョンを利用して高画質の映画制作が可能になる。これらのことを録画装置を製作し、多くの録画実験を行うことにより証明している。さらに、レーザーフィルム録画方式の応用として、3-パーフォレーション録画や動き適応型録画の検討結果を示し、将来のフィルム録画による映画制作のための新技術の可能性について述べている。

 第4章は「音響光学光偏向器(AOD)を用いたテレシネ方式の検証」と題し、フィルム画像をテレビジョン信号に変換するテレシネへのレーザー応用技術として、AODを用いたレーザーFSSの可能性について提案している。本レーザーFSS方式の基本性能は、ハイビジョンの広帯域と高速走査にも十分適合するもので、高輝度で微小スポットを有するレーザーの特長を活かしたテレシネが実現できることを実験により証明している。また、AODを用いたレーザーFSSテレシネの技術は、フィルム録画やディスプレイなどの画像システムにも応用できる可能性があり、偏向器の性能向上と低廉化により、さらに多くの分野に利用できることを述べている。

 第5章は「レーザー光学録音方式の開発」と題し、テレビジョンの映画応用には欠かせない光学録音への応用について論じている。光学録音では、従来、ガルバノメータなどの機械式光変調器の特性が音質改善のネックとなっていたが、AODによる非機械式変調器を採用したレーザー光学録音により、優れた音質の光学録音が実現できることを提案している。実際に製作した録音装置による実験により、本録音方式を用いると、光学録音の品質が上がることを証明している。また、最近、光学録音によるディジタル録音方式が開発され、従来のアナログの可変面積式光学録音と混在する状況も生まれており、レーザー光学録音によりアナログとディジタルの光学録音を同時に行うハイブリッド方式が、新しい方式として実用され始めるなど将来動向についても述べている。

 第6章は「エレクトロ・シネマトグラフィ(ECG)への応用」と題し、テレビジョンシステムを利用した映画制作、すなわち、エレクトロ・シネマトグラフィ(ECG)の必要性と可能性について述べるとともに、実用化されたシステムによる実例を示している。ECGは、標準テレビの段階でも試みられたが、テレビ技術、特にディジタル技術の発展により可能性が高まり、ハイビジョン開発によりさらに実用化が増し、放送に先駆けて実用化されている。この状況をつくるきっかけとなったのが本研究により開発されたレーザーフィルム録画システムである。すなわち、本研究がレーザー技術とハイビジョン技術を一体化し、新しい映像表現技術を生み出すなど、エレクトロニクスとフィルム技術の融合を促し、映画産業が電子映像とともに新しい道を拓き、より大きく発展する基盤を築いたと結論している。

 第7章は「むすび」であり、本研究の成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文はレーザーをフィルム録画・録音およびテレシネへ応用するための基本技術として、エレクトロニクスの技術を用いたレーザー光源や光変調・偏向技術の高度化の方法を明らかにし、この方法によりレーザーが放送品質を満たす高性能なフィルム機器に応用できることを述べ、さらに、そのフィルム機器による映画と電子映像の融合など新しい映像表現技術への展開の見通しを示したものであり、電気通信工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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