本論文は、"A Study of Long-Wavelength Semiconductor Multiple Quantum Well Laser for Commercial Fiber Optic Networks(公衆光通信網への応用を目的とした長波系多重量子井戸半導体レーザの研究)"と題し、英文で執筆されている。 光加入者通信網、光CATVシステムなど、光ファイバ技術の公衆通信網への適用は、近年ますます活発化している。このようなシステムで用いられる半導体レーザには、システムの多様化に伴い、多岐にわたる性能が要求されるようになってきた。例えば、アナログ伝送用光源に要求される性能は、広帯域性、低雑音性、線形性などであり、ディジタル伝送用レーザには、屋外高温環境下での低閾値性、高効率、高信頼性が要求される。 多重量子井戸(Multiple Quantum Well:MQW)レーザは、理論的に予測される微分利得の向上と温度特性の改善により、上記のような多様な要求に応え得ることが期待されてきた。しかし、実際のシステムに適用した場合の性能限界や、システム固有の要求を満足するための構造最適化を論じた研究は、これまでほとんど行われていない。本論文はこのような観点から、長波系MQWレーザをアナログおよびディジタル光通信網に適用する場合の課題と、その解決方法を明らかにしている。 本論文は6章から構成されている。第1章は"Introduction"である。光加入者通信網、光CATVシステムなど、光ファイバ技術の公衆通信網への導入の現状と、レーザに対する要求をまとめた後、本論文の目的と構成が述べられている。 第2章は"Performance Limitation of InP-Based MQW Lasers in Analog Modulation"と題し、アナログ変調におけるMQWレーザの特性制限要因について論じている。アナログ変調時において最も重要な特性項目は、変調帯域、雑音、変調歪である。MQWレーザのもたらす微分利得の向上は、これら全ての特性を改善することが予測されていた。 本章ではまず、微分利得の向上のためには、圧縮歪の導入が有効性であることを実験的に示した。さらに、井戸幅・数を大きくすることにより、キャリア輸送効果による利得の非線形効果を緩和できることを示した。 第3章は"Analog GaInAsP/InP MQW Lasers with Wide-Band and Linear Power-Output Performance"と題し、第2章の結果に基づくレーザ素子の作製および特性評価について述べている。 4nmのCaInAsP量子井戸を積層した活性層を有するリッジ導波路型レーザを試作し、層数を増やしたとき、キャリア輸送効果の抑圧に基づく諸特性の改善が見られることを示した。 第4章は"Performance Limitation of InP-Based MQW Lasers in Digital Modulation"と題し、ディジタル変調におけるMQWレーザの特性制限要因を明らかにしている。 ディジタル光加入者通信網の屋外端末送受信器に使用される半導体レーザや、コンピュータ間の並列伝送に用いられるアレーレーザには、高温環境下でのゼロバイアス動作が求められる。ゼロバイアス動作時における発振遅延による符号誤りを抑えるためには、閾値電流Ithおよびキャリア寿命sを減少させる必要がある。 本章ではキャリア輸送効果のIthおよびsへの影響を解析し、量子井戸幅・層数が小さくなるとキャリア輸送効果によるIthおよびsの上昇が起こることを示した。 第5章は"Low-Threshold and High-Temperature MQW Lasers for Digital Modulation"と題し、4章の結果に基づくディジタル変調用低閾値高温動作MQWレーザの作製と性能評価について述べている。 GaInAsP-MQWおよびInAsP-MQWレーザを作製し、2-3mAの低閾値化を達成した。この結果、パルス電流30mAにおいて、発振遅延を200psまで抑え込むことができた。しかし、これらの素子では、キャリア輸送効果によるキャリア寿命の増加が観測された。 次にキャリア輸送効果を根本的に抑圧する方策として、多重量子障壁の導入を検討し、素子の試作・評価によりその有効性を示した。 第6章は本論文の結論である。 以上のように、本研究は、アナログおよびディジタル伝送方式を用いたシステムにおいてMQWレーザに要求される性能を明示し、その性能を満足させるための素子設計法を示したものである。まず、MQWレーザの性能を制限する要因を分析し、量子井戸数、量子井戸幅、格子歪などの基本設計パラメータを最適化することにより、レーザの性能を改善する方策を示した。さらに素子の試作・評価により、設計の有効性を明らかにした。公衆通信網へMQWレーザを適用する場合の課題を明らかにし、その解決法を示したもので、電子工学への貢献が大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |