学位論文要旨



No 212483
著者(漢字) 伊藤,直史
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タダシ
標題(和) 複数投影を用いた逆問題解法による放射源分布計測
標題(洋)
報告番号 212483
報告番号 乙12483
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12483号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 中野,馨
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 助教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 近年,医療における生体計測や産業における製品検査など,非接触・非破壊の計測を必要とする分野が広がってきたこと,一点のみの計測から多点計測,分布計測へと測定手段が多次元化してきたこと,さらに,計算機の進歩でより複雑なアルゴリズムや大規模な問題を実用的に計算可能となってきたこと,などの要因から,様々な対象に対して逆問題を応用した計測手法が開発されつつある.

 本研究は,それ自体がなんらかの放射を出す放射源の3次元分布を測定対象とし,放射によって生じる投影を観測して得たデータから,対象の分布を測定・可視化する手法を開発することを目的とするものである.観測条件を変えて得た複数の投影像を用いることで,計測の性能の向上を図っている点が特色である.

 論文の構成は,第1部で,線を放射する放射性同位元素の分布を計測する「符号化開口放射型CT」,第2部で,燃焼火炎内の高温ガスの温度分布を計測する「熱赤外線放射型CT」となっている.

 第1部 逆問題解法に基づく非接触・非破壊の計測手法の一つに,線を出す放射性同位元素(RI)の分布を測定対象とし,ごく少数の限られた方向の投影データからRIの3次元分布を一度に求める手法が符号化開口放射型CTとして知られている.これは主に核医学の分野で用いられ,人体内に投与したRIから放出される線によって生じる投影像を観測し,そのデータから元のRI分布を再構成するものである.

 この型のCTは,観測の方向が少数であることから,測定装置が簡単になり,観測に要する時間も短くなる点が特色である.しかし,従来の符号化開口CTでは,深さ(開口から対象を見た奥行き)方向の空間分解能が十分でなく,実際に3次元分布の再構成結果を示した報告はほとんどない.

 本研究では,まず,開口パターンにM配列を使用し,逆投影を用いて3次元RI分布の任意の断層像を得る方法を具体的に示し,99mTcを放射源とする再構成実験を行った.

 実験では,文字CとTの形のファントムを開口から29cmと43cmの距離におき,鉛板で作成したM配列符号化開口とアンガー型シンチレーションカメラから構成される観測系で投影像を観測し,放射源分布を再構成した.符号化開口は3mm厚の鉛板に径2mmの孔を3mmピッチであけて製作した.用いたM配列は8次のM系列を17×15に配置したものである.このM配列を4×4周期分配置して開口パターンとした.

 再構成結果(図1)から,深さの異なる対象面での再構成が可能であることが確認された.しかし,実際にはファントムが存在しない深さでも,ファントムのぼけた像が現れ,誤った再構成像が得られた.これは,深さ方向の分解能が十分でないことを意味している.

図1 C字形(29cm)とT字形(43cm)からなるファントムの再構成結果再構成画像は約11cm四方の大きさに対応している

 このように,深さ方向の分解能が良くない理由は,倍率が異なる開口パターン同士の相関関数の値がゼロにならないことが原因である.

 深さ方向の分解能を改善するため,センサを深さ方向に少しずつ動かして得た少数の複数投影を入力とする一般化した最適フィルタを導出し,これを用いる再構成アルゴリズムを開発した.これは,複数投影像の差を作ると,等価的に開口の孔を小さくしたことになり,倍率の異なる開口パターンの相関関数がゼロに近付くことを利用している.このフィルタは推定の2乗平均誤差が最小となる意味で最適で,複数の入力をもつ一般化したウィナー・フィルタとなっている.

 シミュレーションと実験で,最適フィルタの深さ方向の分解能を評価した.逆投影の分解能が約4cmに対し,投影像を2枚用いた最適フィルタではシミュレーションでは2.5cm,実験でも3.2cmを得,確かに深さ方向の分解能が改善されることを示した.さらに投影像を5枚用いることで2.1cmまで深さ方向の分解能を向上できる(表1).

表1 深さ方向分解能の評価

 第2部 近年,燃焼プロセスの監視や燃焼現象の解析を目的として,放射測温の原理とCTの考え方を組み合わせて,火炎内の温度分布を計測する試みがなされている.

 燃焼火炎中の高温ガスのように熱放射に対して半透明な物質は,放射体であると同時に吸収体でもある.このような対象の温度分布を遠隔から観測して得た熱放射の投影データから得るためには,対象自体の吸収による熱放射の減衰の考慮が不可欠である.

 しかし,対象の温度分布,吸収分布と投影データを関係づける放射伝達方程式に基づいて,温度と吸収の分布を投影データから推定するアルゴリズムは確立されていないのが現状である.そのため,従来の研究では,吸収を全く考慮していないか,吸収分布が一様などの仮定をおいていた.

 本研究では,異なる温度の二つの外部放射源を背景として観測した二つの投影データを用い,放射伝達方程式を温度分布と吸収分布について解くことで,二つの未知の分布を同時に推定する方法を開発した.この手法は,二つの投影データの差をとると,吸収分布のみを未知の分布として含む方程式系が得られることを利用し,これを解いて得た吸収分布を元の方程式系に代入して残りの未知の分布、すなわち温度分布を求める方法である.

 この方法を燃焼テスト用ガスバーナで生成したメタン空気予混合炎の計測に適用し,炎の横断面内の温度分布の再構成を試みた.投影データはHgCdTe(観測波長域8〜14m)をセンサとする赤外線スキャナを用いて得た.外部放射源の温度は約300Kと約430Kとした.図2に炎の横断面の吸収と温度分布の再構成結果をしめす.温度は内炎で低く,外炎で高くなっており,妥当な結果が得られた.熱電対を用いた温度の測定ではピークで約1800Kであるが,本手法で得られたピークの温度は約1400Kという結果が得られた.測定精度の改善が今後の課題である.

図2 メタン空気予混合炎の横断面の再構成結果
審査要旨

 近年,計測への要求が高度化,多様化し,測定対象を乱したり,損傷せずに情報を得たいという要求が強くなっている.これに伴い,非接触で非破壊の計測手法が要求され,また,直接的には情報が得られない対象にもその手法を拡大して適用することが求められる分野が増えてきた.本論文ではこのようなニーズに応えるべく,非破壊で間接的な計測で得られるデータから,逆問題を解いて,必要な情報を獲得する新たな方法を提示している.具体的には,本論文では,それ自体が放射を出す放射源の3次元分布を測定対象とし,放射によって生じる投影を,条件を変えて複数回観測して得られるデータから,対象の分布を精度よく測定する手法を開発し,その有効性を確認している.

 本論文は2部で構成されている.第1部は「符号化開口放射型CT」と題し,線を放射する放射性同位元素の体内分布などを計測する方式を扱っており,第2部は「熱赤外線放射型CT」と題し,燃焼火炎内の高温ガスの温度とガス濃度の分布計測を対象としている.

 第1部で扱う「符号化開口放射型CT」は,限られた方向の投影データからRIの3次元分布を一度に求める手法を提供し,簡便な測定装置で観測ができ,また,観測に要する時間も短くなる点に特色がある.第1部は5章より構成されている.

 第1章は「はじめに」で,従来の研究を概観し,問題点を指摘し,本研究の目的と位置づけ,ならびに,論文構成を記述している.従来の研究では,具体的に再構成結果を得たものがなく,問題点も明らかにされていないことが指摘されている.本論文では,特に,3次元分布計測のため,符号化開口CTの深さ方向の分解能を改善する手法に主眼をおくとしている.

 第2章は「符号化開口放射型CTの原理」と題し,符号化開口CTの観測系で得られる投影像を定式化し,これに基づく再構成アルゴリズムの基本的なものとして逆投影法について述べている.

 第3章「M配列符号化開口放射型CT」では,M配列の自己相関関数がピークのまわりでゼロになるという優れた性質を有していることに注目し,開ロパターンにM配列を使用して観測を行ない,逆投影法を用いて3次元RI分布の任意の断層像が得られることを示している.M配列に従った孔を開けた鉛板を用いて計測システムを構成し,テクネチウム99mを放射源とする再構成実験を行い,空間分解能については,横方向に約7mm,深さ方向に約4cmが得られたことを示している.なお,このように,深さ方向の分解能が良くない理由は,倍率が異なる開口パターン同士の相関関数の値がゼロにならないことが原因であると指摘している.

 第4章は,「最適フィルタを用いた符号化開口放射型CT」と題し,深さ方向の分解能を改善するため,センサを深さ方向に少しずつ動かして得た少数の複数投影を入力とし,断層像を精度よく再構成する最適フィルタを解析的に導出し,これを用いて開発した再構成アルゴリズムについて述べている.このフィルタは,複数投影像を入力とする場合の一般化したウィーナフィルタである.投影像を複数用いることにより分解能が向上し,5枚で,2倍の分解能が得られることを確かめている.

 第5章「おわりに」では,第1部の結論を述べている.

 第2部で扱う「熱赤外線放射型CT」は,燃焼火炎中の高温ガスを測定対象とし,その温度と濃度の3次元分布を求めるもので,両者が同時に測定される点に特徴がある.第2部は7章より構成されている.

 第1章では,従来の研究を概観し,問題点を指摘するとともに,本研究の目的と構成を記述している.観測される投影データを測定対象の温度分布,吸収分布とを関係づける放射伝達方程式に基づいて,温度と吸収の分布を推定するアルゴリズムを確立することが主眼点であると述べている.

 第2章「測定原理」では,吸収を考慮した投影データの定式化(放射伝達方程式)から出発し,複数投影を用いる再構成アルゴリズムを導き出している.ここで,測定量(未知数)は温度と吸収率の2つあり,両者を知るには,2回以上の測定が不可欠である.本論文では,異なる温度をもつ2つの外部放射源を背景として観測した2つの投影データ(方程式)を用いて,逆問題を解くことにより,2つの未知分布を同時に推定する新しい方法を提示している.これに基づき,温度分布と吸収分布を仮定して計算した投影データから元の温度分布と吸収分布を再構成する数値シミュレーションを行い,この方法の妥当性を確認している.

 第3章から第6章では,メタン空気予混合炎を測定対象とし,HgCdTeを検出器とする赤外線スキャナを用いて行った測定実験について述べ,結果を示している.

 第3章の「実験装置の構成」では,構成した実験系について述べている.測定対象は,燃焼テスト用ガスバーナで生成したメタン空気予混合炎とし,投影データはHgCdTe(観測波長域8〜14m)をセンサとする赤外線スキャナを用いて得ている.外部放射源の温度は約300Kと約430Kに設定し,計算には実際に熱電対で測定した温度値を使用している.

 第4章「実験方法」では,測定系の校正方法や,具体的なデータ処理について記述している.校正は,赤外線スキャナが出力する画像と測定対象との空間的な対応,および,温度から放射輝度への変換について行っている.

 第5章「実験結果と熱電対との比較」では,炎の断面の温度と吸収の再構成結果を示し,さらに温度分布については,熱電対で測定した結果との比較により,定量的な評価を行っている.定量的には大きな誤差が残っていることが示されている.

 第6章は「考察」と題し,温度の推定誤差の原因を検討し,赤外線スキャナの分光感度特性として計算に用いた値が,真の値から0.3m長波長側にシフトしていると仮定すると,温度が約400K低く推定される可能性があることを明らかにした.このような温度推定の誤差の増大は,測定対象の透過率が約0.95で,吸収が極めて小さいこと,観測波長域が放射のピーク波長(1.6m)に対して,長波長側に大きく偏っていることに起因していると推定している.

 第7章「おわりに」で,第2部の結論と今後の課題を述べている.

 以上要するに,本論文では,それ自体が放射を出す放射体を対象として,複数の投影データを基に,逆問題を設定し解法を明らかにすることにより,その3次元分布を非接触・非破壊で精度よく測定する新しい方式を提案したもので,従来課題として残されていた問題に解決を図っており,計測工学上の貢献が大きい.よって,博士(工学)の学位論文として合格と認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50958