学位論文要旨



No 212484
著者(漢字) 築島,千尋
著者(英字)
著者(カナ) ツキシマ,チヒロ
標題(和) 円型加速器用パルス電磁石における高速化と大出力化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212484
報告番号 乙12484
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12484号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 小川,雄一
内容要旨

 近年の高エネルギー加速器の工業利用化に伴い、従来の電子シンクロトロン、蓄積リングを小型化、高エネルギー化する要求が高まっている。これらの円型加速器には、ビームの入射、出射を行うためにキッカ電磁石、セプタム電磁石と呼ばれる特殊なパルス電磁石が用いられるが、加速器の小型化、高エネルギー化に伴ってこのパルス電磁石を高速化、大出力化する必要がある。さらに、この高速化、大出力化に伴って、真空チャンバ等を流れる渦電流による過渡磁界の寄与が増加したり、電磁石ヨークのヒステリシスによる残留磁界が加速中のビーム軌道に悪影響を及ぼすことが問題になる。本研究では、このパルス電磁石の高速化、大出力化の手法を検討すると共に、渦電流や残留磁界などの効果に関する検討を行った。

 高速な応答速度を要求されるキッカ電磁石では、電源の出力インピーダンスを高くして立ち上がり時間を短くする必要があるが、従来のP.F.N電源を用いた場合では充電電圧を非常に高く設定する必要が出てくる。筆者はこれを解決するためブルムライン型電源を直列または並列に構成した新たな電源を検討し、充電電圧を上げることなく高速応答の得られるキッカ電磁石を実現した。まず、自己インダクタンス1.5Hのシンクロトロン出射用キッカ電磁石に対してブルムライン型電源2組を直列に結合し、従来のP.F.N電源で構成した場合よりも1/4も低い充電電圧37.5kVで、コイル電流1kA、立ち上がり時間40nsのパルス磁界を発生することに成功した。図1に電源構成とキッカコイルに流れるパルス電流波形を示す。この電源では出力部のインピーダンスを積極的に不整合としているため、コイル電流に反射波が流れ、ヨークの残留磁界を0.5G以下に低減できることも判明している。これは、後述する残留磁界強度の制約条件(加速ビームに悪影響を及ぼさない条件)を満足するものである。また、自己インダクタンス2Hの蓄積リング入射用キッカ電磁石に4組のブルムライン型電源を並列に結合した場合では、従来のP.F.N電源の1/2の充電電圧48kVで、コイル電流5.5kA、立ち下がり時間200nsのパルス電磁石を実現することができた。図2に電源構成とパルス波形を示す。

図表図1.(a)直列型ブルムラインによるシンクロトロン出射用キッカ電磁石電源構成と(b)パルス電流波形(20ns/div) / 図2.(a)並列型ブルムラインによる蓄積リング入射用キッカ電磁石電源構成と(b)パルス電流波形(200ns/div)

 次に、大強度の磁界を要求されるセプタム電磁石に着目し、新たな構造の電磁石を検討してその大出力化を実現した。セプタム電磁石ではセプタムコイルと呼ぶ周回軌道側のリターンコイルを極めて薄くすることで入出射の効率が向上する。短い電磁石長で十分な偏向角度をあたえるためにコイルには大電流を流す必要があり、その支持方法と冷却方法が問題となる。まず、シンクロトロン出射用セプタム電磁石では、導電性のセプタム支持板(セプタムコイルホルダ)により電磁石の構造強化、除熱性能の向上に成功し、セプタムコイル厚2.3mm、発生磁界1.75Tの電磁石を実現することができた。図3に電磁石の構成図を示す。また、蓄積リング入射用セプタム電磁石では、セプタムコイル、リターンコイル、真空容器および磁石ヨークを熱伝導性の優れたモールド材を用いて一体成形することで、構造強化、除熱性能の向上に成功し、セプタムコイル厚2.5mm発生磁界1.8Tの電磁石を実現することができた。図4に電磁石構成図を示した。図5には今回実現した大出力セプタム電磁石の性能を他のセプタム電磁石と比較して示した。今回の電磁石が極めて薄いセプタムコイルを用いて大強度の磁界を発生していることが分かる。

図表図3.導電性セプタムコイルホルダを用いたシンクロトロン出射用セプタム電磁石 / 図4.一体成形方式による蓄積リング入射用セプタム電磁石図5.セプタム電磁石の性能比較

 次に、高速化、大出力化されたパルス電磁石を構成する導体中を流れる渦電流の効果について、パルス磁界の表皮厚に対して肉厚の薄い導体と厚い導体の場合について検討した。まず、薄い導体での遮蔽効果の解析のために、表面磁荷法とネットワーク法を連立した新たな3次元過渡解析手法の定式化とプログラム開発を行った。この手法を前述の蓄積リング入射用キッカ電磁石に使用されているセラミック真空ダクトのコーティング厚に対する磁界の遮蔽効果の評価に適用し、計算結果を実測値と従来の解析評価式による計算値と比較して図6に示した。図より、今回の計算結果が実測値とより良く一致することが分かる。また、当該のキッカ電磁石の様に高速のパルス磁界を発生する場合、コーティングの厚さを10nm程度と極めて薄く製作する必要があることが判明した。さらにこの手法を用いてコーティングの不均一性に対する影響を評価し、製作上要求される均一度には大きな制約がないことが判明した。また、厚い導体の場合での磁界の遮蔽効果の検討として、有限要素法による2次元非線形過渡磁界解析プログラムを用いて、前述のシンクロトロン出射用セプタム電磁石に用いられている導電性セプタムホルダー上の渦電流解析を行った。セプタム電磁石開口部の磁界分布の解析結果と実測結果は、セプタムコイルホルダに流れる渦電流によって開口部の磁界均一度を改善できることを共に示しており、渦電流を積極的に利用することで望ましい結果を得られることが分かった。また、開口部外の漏れ磁界についても渦電流効果のない場合に比べて1/10に低減でき、周回軌道上のビーム軌道に与える影響を低減できることも併せて判明した。

 最後に、パルス電磁石開口部の残留磁界強度とこれにより擾乱を受ける周回ビームのダイナミックアパーチャとの関係を検討するために境界要素法と粒子トラッキング計算を用いた評価手法を開発した。この手法を低エネルギー(20MeV)ビーム入射を行うシンクロトロンでの出射用キッカ電磁石の残留磁界許容値の評価に対して適用し、その結果を図7に示した。計算結果により,残留磁界強度が大きくなるにしたがって水平方向のダイナミックアパーチャが小さくなっていくことが分かる。特に、当該の加速器では十分な加速電流を得るためには残留磁界強度を1G以下の低いレベルに抑える必要があることが判明した。

図表図6.蓄積リング用キッカ電磁石の真空ダクトによるパルス磁界の遮蔽効果の計算結果 / 図7.シンクロトロンキッカ電磁石の残留磁界による加速ビームのダイナミックアパーチャの減少

 上記の研究に基づいて開発されたキッカ電磁石およびセプタム電磁石は、三菱電機中央研究所の1GeVシンクロトロンおよび600MeV超電導蓄積リングの入射、出射用パルス電磁石として適用され、実際に高エネルギービームの出射、入射を行うことができることが確認されている。この超電導蓄積リングでは、そのシンクロトロン放射光を利用した半導体の微細加工の研究が開始されており、現在既に定常的に利用運転されている。

審査要旨

 高エネルギー加速器の工業利用が進むにつれて、電子シンクロトロンや蓄積リングの小型化・高エネルギー化が進められているが、これに伴い、ビームの入射・出射を行うために設置されるキッカ電磁石及びセプタム電磁石と呼ばれる特殊なパルス電磁石をも高速化・大出力化することが求められている。これらのパルス電磁石の高速化・大出力化に際しては、真空チャンバ等を流れる渦電流による過渡磁界の寄与が増加したり、電磁石ヨークのヒステリシスによる残留磁界が加速中のビーム軌道に悪影響を及ぼすことのないように配慮する必要がある。本論文は、シンクロトロン放射光の利用の進展に伴う第3世代の小型加速器への適用を念頭に、筆者を中心に行われた入出射用パルス電磁石の高速化、大出力化に関する研究成果をとりまとめたもので、全体は6章から構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景及び小型加速器用の入出射パルス電磁石の高速化・大出力化に関する設計要求を述べている。

 第2章は、パルス電磁石の高速化に関する研究成果を述べている。高速の応答速度が要求されるキッカ電磁石では、電源の出力インピーダンスを高くして立ち上がり時間を短くする必要があるが、従来用いられているPFN(Pulse Forming Network)電源を用いると充電電圧を非常に高くせねばならないという問題に直面する。これに対して筆者は、ブルムライン型電源を直列または並列に構成した新たな電源を提案し、充電電圧を高くすることなく高速応答の得られるキッカ電磁石を実現できることを示している。そして実際に、自己インダクタンス1.5Hのシンクロトロン出射用キッカ電磁石に対して、ブルムライン型電源2組を直列に結合して、従来のP.F.N電源で構成した場合の1/4の充電電圧で、コイル電流1kA、立ち上がり時間40ナノ秒のパルス磁界を発生することに成功したとしている。

 また、この方式の場合、負荷側に実抵抗が挿入されていないため、コイルに反射電流が流れる結果、ヨークの残留磁界を極めて低くでき、加速ビームの軌道に悪影響を及ぼさないという条件を満足しやすいという特徴があることも指摘している。

 第3章はパルス電磁石の大出力化に関する研究を述べている。セプタム電磁石の設計では、セプタムコイルと呼ばれる周回軌道側のリターンコイルを極めて薄くすることが入出射の効率向上の観点から重要であるが、他方、短い電磁石長で十分な偏向角度を確保するためにはコイルに大電流を流す必要があり、その支持方法と冷却方法が重要な問題となる。筆者は、シンクロトロン出射用セプタム電磁石に対しては、導電性のセプタム支持板(セプタムコイルホルダ)の採用により、蓄積リング入射用セプタム電磁石に対してはセプタムコイル、リターンフイル、真空容器および磁石ヨークを熱伝導性の優れたモールド材を用いて一体成形することにより、それぞれ構造強化と除熱性能向上を図ることを提案し、前者については、セプタムコイル厚2.3mm、発生磁界1.75Tの電磁石を、後者については、セプタムコイル厚2.5mm、発生磁界1.8Tの電磁石を実現することができたとしている。

 第4章は、パルス電磁石を構成する導体中を流れる渦電流の効果を、パルス磁界の表皮厚に比べて肉厚の薄い導体と厚い導体の両方のケースについて検討している。蓄積リング入射用キッカ電磁石の電極は超高真空の要求から真空容器内には入れず、磁極の中にセラミック製真空ダクトを挿入し、このダクトの内側に金属を薄くコーティングしているので、これによりパルス磁界が遮蔽されないことが重要である。筆者はこの薄い導体の遮蔽効果を解析するため、表面磁荷法とネットワーク法を連立した3次元過渡解析手法の定式化とプログラム開発を行い、実測値と従来の解析評価式による計算値との比較によりこの解析手法の妥当性と有効性を確認し、この解析手法の適用により、当該のキッカ電磁石のように高速のパルス磁界を発生する場合、コーティング厚さを10nm程度と極めて薄くする必要があること、しかしながらコーティング厚さの均一性に対する要求はそれほど強くないことを示している。一方、シンクロトロン出射用セプタム電磁石に用いられている導電性セプタムホルダー上の渦電流については、有限要素法による2次元非線形過渡磁界解析プログラムを用いて解析を行い、セプタムコイルホルダに流れる渦電流によって開口部磁界の均一度が改善されること、開口部外の漏れ磁界についても渦電流効果のない場合に比べて1/10に低減でき、周回軌道上のビーム軌道に与える影響を低減できることを示している。

 第5章は、パルス電磁石開口部の残留磁界強度とこれにより擾乱を受ける周回ビームのダイナミックアパーチャとの関係を検討するために開発された境界要素法と粒子トラッキング計算を用いた評価手法について述べている。そして、この手法を低エネルギー(20MeV)ビーム入射を行うシンクロトロンでの出射用キッカ電磁石の残留磁界許容値の評価に適用して、当該の加速器で十分な加速電流を得るためには残留磁界強度を1G以下の低いレベルに抑える必要があることを示している。

 第6章は結論で、以上の各章で述べられた成果を要約している。

 以上を要すれば、本論文は、小型加速器の入出射用パルス電磁石の高速化、大出力化に関する研究成果をとりまとめているものであるが、いくつが独創的な提案がなされていること、提案されている設計手法は充分実用的であり、また得られた知見は応用して有用なものであるので、システム量子工学、特に量子ビーム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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