学位論文要旨



No 212485
著者(漢字) 小机,わかえ
著者(英字)
著者(カナ) コヅクエ,ワカエ
標題(和) 感度解析と最適化手法による騒音低減に関する研究
標題(洋)
報告番号 212485
報告番号 乙12485
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12485号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 吉村,忍
内容要旨

 自動車の車室内騒音は車の快適性に係わる重要な要素であり、静粛性に関する要求がますます厳しくなってきている。そこで、設計段階でシミュレーションを用いて、どこを対策すれば騒音が低減するかを算出できることは、きわめて重要である。これには、感度解析や最適化解析が有効と考えられる。

 車室内の騒音を解析する場合、車室を構成するパネルの振動と車室内の音場の連成を扱う必要のあるケースが、しばしば生じる。こもり音やロードノイズなどの車室内騒音は、音も構造振動に影響を与える連成現象である。この構造-音場連成系では有限要素法で得られる方程式の係数行列は非対称であるため、従来の構造系のモード合成法が成立しない。すなわち、構造系のものと同じモードの直交条件式や正規化条件式は成立しない。そこで、1980年にMacNealらは自由度を2倍にしてマトリックスの対称化を得た。これにより、モード合成技術の適用が可能となった。しかしこの方法では

 (1)方程式の物理的な意味が変わるので実験との対応が難しい。

 (2)計算量が増えるため、係数行列が特異になると対処しにくい。

 (3)感度係数を求めるのが難しい。

 という問題点がある。そこで、萩原、馬らは非対称の固有値問題に対し、右固有ベクトルのほか、左固有ベクトルも導入して、まずこの二つの固有ベクトルの間の関係式やモードの直交条件等を含む四つの命題を誘導した。そして、これらの命題を用いて、非対称のマトリックスのままで、従来の構造系で用いられていたモード合成技術の連成系での利用を可能にした。そして、これに基づき固有モード感度解析、直接周波数応答感度解析、モーダル周波数応答感度解析の定式化を行なった。さらに、馬、萩原は、低次のモードと高次のモードが省略できる新しいモード合成法を開発した。これによれば、従来は高次のモードのみが省略できたモード合成技術が、低次のモードも省略できるようにになったことで飛躍的な進歩が得られた。

 本研究では、これらの新しく開発された方法を用いて、自動車の車室内の騒音低減を目的とする各種の手法の開発を行なう。それには、

 (1)新しいモード合成法に基づく、構造-音場連成系でのモーダル周波数応答感度解析

 (2)周波数応答感度解析だけを用いた車室内騒音低減解析

 (3)周波数応答の積分値を低減するための積分感度解析

 (4)積分感度解析に最適化解析を援用した車室内騒音低減サイジング最適化解析

 (5)均質化法と一般化固有値指標を用いた車室内騒音低減位相最適化解析

 (6)音質評価に関する新しいシステムの構築

 などがある。

 第1章では、自動車の騒音性能設計の現状と諸課題を概観し、構造-音場連成系における従来の騒音低減解析、騒音低減最適化解析についての概略を示し、それらの持つ問題点の抽出を行う。

 第2章では、本研究で新たに開発した車室内騒音低減に関する各種の解析手法についてまとめて述べる。それらは、新しいモーダル周波数応答感度解析手法、積分感度解析手法、騒音低減のためのサイジング最適化解析及び位相最適化解析手法である。

 第3章では、低次のモードと高次のモードの省略できる新しいモード合成法を基に、新たに開発した構造-音場連成系におけろモーダル周波数応答感度解析手法を示す。これは、使用する固有モードを、どの範囲までとれば良いかを明確にしないと実用には適さないため、今まで検討されていなかったものである。ここでは、誤差解析を援用して、シフト値と呼ばれるパラメータ、及び採用モード数とその範囲を適切に選択する方法を示し、これにより、高次のモードだけでなく、低次のモードの省略も可能となり、精度良くかつ効率的にモーダル周波数応答感度を求めることができるようになった。

 第4章では、新しいモード合成法に基づく感度解析手法を、比較的大規模な簡易車両モデルの車室内騒音低減問題に適用し、その有効性を示す。まず、新しい固有モード感度解析を簡易車両モデルにたいして実行し、大規模モデルにおいても、従来の方法より精度が良く、効率的であることを確認する。さらに、モーダル周波数応答感度の周波数特性から、感度係数だけを用いて、すなわち最適化ルーチン等は使用しないで、設計者が実際に騒音低減解析を行う際のプロセスと、その具体的方法を提案する。ここでは、ピーク周波数点で騒音の感度を求め、板厚を上げれば騒音も上がる、即ち正の符号を持つ感度係数を与える設計変数の中から、値の大きい感度を与えるものを選び、それらの板厚を下げることにより、重量を減少してピーク周波数近傍の騒音レベルの低減ができることを示す。

 第5章では、構造-音場連成系における新しい感度解析手法として積分感度解析を提案する。実際の車両開発においては周波数応答のピーク周波数だけではなく、ある周波数範囲の応答の積分値を低減することが望まれる。それを検討する方法として、特定の周波数範囲の音圧レベルの積分値とその感度係数を利用することが有効と考えられる。そこで音圧レベルの積分値である「音圧レベル積分」とさらに音圧レベル積分の感度である「音圧レベル積分感度」という量を第2章で定義した。ここでは、それらの利用法について検討し、構造-音場連成系の箱モデルを対象に、積分感度の符号だけを参考にして、わずかな重量増加で音圧レベル積分の低減が実現し、同時に対象周波数範囲に含まれる構造系のピークレベルの低減も得られることを示す。

 第6章では、第5章で用いた音圧レベル積分感度に最適化解析を繋げ、箱モデルを対象に、重量を減少させて音圧レベル積分の低減が得られることを示す。また対象周波数内に構造系の共振ピークが1つだけ含まれる場合、それを下げる問題に対し、これまでの観測点騒音の周波数応答感度解析を用いた最適化解析より収束性がよいことを示す。また、ここでは実際の設計のしやすさから、設計変更量を一様とする最適化解析も行い、所期の結果が得られることを示す。

 第7章では、均質化法を用いた騒音低減のための位相最適化解析を、構造-音場連成系の内部騒音問題に対して初めて試みた。均質化法による位相最適化解析の動的問題への応用は、今のところ低次の振動問題に留まっており、騒音など比較的高次元のモードを扱う必要のある場合の解析例は未だ見られない。ここでは、車室を模擬した箱モデルを対象に、興味のある周波数範囲の応答の積分値を下げることを試みる。その際、目的関数として第2章で定義した音圧レベル積分を採用し、拘束関数として、重量に加えて一般化固有値指標を利用することで、所期の結果が得られることを述べる。

 第8章では、車室内の音質評価に関する研究について述べる。ここでは、有限要素法や境界要素法により得られた音の解析結果を、実際の音に変換する音響CAEシステムと名付けた音響シミュレータシステムの開発を行った。車両の騒音振動特性は商品性との関わりが強く、これに関する様々な解析や実験がなされている。この中で、解析に関しては強大な計算機能を用いた周波数応答特性や共振モードなどの結果を、視覚に訴えはするものの、音としての最大の直感となる聴覚を活用したものには至っていない。本研究は音響CAEシステムを開発することにより初めてこれを可能にした。ここでは、このシステムの考え方を述べ、実際の例を用いてその有効性を示す。本システムを用いると解析による音場の過渡応答を、人間の耳で評価することが可能となる。これは、解析により設計段階で音質制御を行うことを目指したものである。ここでは、新しいモード合成法による過渡応答解析手法を用いて直方体空洞内部の音場の応答を計算し、本システムで音響信号に変換して、対応する加振実験の結果と比較する。その結果、良好な対応が得られたことを示す。

 第9章は結論で、本論文の成果を要約するものである。主たる成果は、構造-音場連成系で、車室内の騒音低減に関する解析手法の開発とそれの実際への適用を行った点である。また、車室内騒音の音質評価のためのツールとなる音響CAEシステムを開発し、箱モデルでその有効性を示したことも挙げられる。

 付録には、本研究の基礎となる構造-音場連成系の理論をまとめて示した。

審査要旨

 本論文は、こもり音やロードノイズなどの自動車の車室を構成するパネルの振動と車室内の音場が連成する構造-音場連成系において、車室内の騒音の低減を目的として、感度解析と最適化解析に関する解析手法の開発を行ない、それらの実際の問題への適用を行なったものであり、9章で構成されている。

 第1章では、自動車の騒音性能設計の現状と諸課題を概観し、構造-音場連成系における従来の応答解析、感度解析、最適化解析についての概略を示している。また、それらの持つ問題点の抽出を行っている。

 第2章では、本研究で新たに開発した車室内騒音低減のための各種の解析手法についてまとめている。それらは、新しいモーダル周波数応答感度解析手法、積分感度解析手法、騒音低減のためのサイジング最適化解析及び位相最適化解析手法からなる。

 第3章では、低次のモードと高次のモードの省略できる新しいモード合成法を基に、新たに開発した構造-音場連成系におけるモーダル周波数応答感度解析手法を示している。これは、使用する固有モードを、どの範囲までとれば良いかを明確にしないと実用には適さないため、これまで検討されていなかったものである。ここでは、独自の誤差理論を展開し、応答値の表現に使用するモードの範囲、及び使用したモードそれぞれの感度を十分な精度で表現するに必要とするモードの範囲を求めている。これによって、新しいモード合成技術に基づくモーダル周波数応答感度解析の応用を初めて可能としている。

 第4章では、新しいモード合成法に基づく感度解析手法を、比較的大規模な簡易車両モデルの車室内騒音低減問題に適用し、その有効性を示している。まず、新しい固有モード感度解析を簡易車両モデルに対して実行し、大規模モデルにおいても、従来の方法より精度が良く、効率的であることを確認している。さらに、モーダル周波数応答感度の周波数特性から、感度係数だけを用いて、すなわち最適化ルーチン等は使用しないで、設計者が実際に騒音低減解析を行うための具体的方法を提案している。ここでは、ピーク周波数点で騒音の感度を求め、板厚を上げれば騒音も上がる、即ち正の符号を持つ感度係数を与える設計変数の中から、値の大きい感度を与えるものを選び、それらの板厚を下げることにより、重量を減少してピーク周波数近傍の騒音レベルの低減ができることを示している。

 第5章では、構造-音場連成系における新しい感度解析手法として積分感度解析を提案している。実際の車両開発においては周波数応答のピーク周波数だけではなく、ある周波数範囲の応答の積分値を低減することが望まれる。それを検討する方法として、特定の周波数範囲の音圧レベルの積分値とその感度係数を利用することが有効と考えられる。そこで音圧レベルの積分値である「音圧レベル積分」とさらに音圧レベル積分の感度である「音圧レベル積分感度」という量を第2章で定義した。ここでは、それらの利用法について検討し、構造-音場連成系の箱モデルを対象に、積分感度の符号だけを参考にして、わずかな重量増加で音圧レベル積分の低減が実現し、同時に対象周波数範囲に含まれる構造系のピークレベルの低減も得られることを示している。

 第6章では、第5章で用いた音圧レベル積分感度に最適化解析をつなげ、車室を模擬した箱モデルを対象に、重量を減少させて音圧レベル積分の低減が得られることを示している。また対象周波数内に構造系の共振ピークが1つだけ含まれる場合、それを下げる問題に対し、これまでの観測点騒音の周波数応答感度解析を用いた最適化解析より収束性がよいことを示している。また、ここでは実際の設計のしやすさから、設計変更量を一様とする最適化解析も行い、良好な結果が得られることを示している。

 第7章では、均質化法を用いた騒音低減のための位相最適化解析を、構造-音場連成系の内部騒音問題に対して初めて試みた。均質化法による位相最適化解析の動的問題への応用は、今のところ低次の振動問題に留まっており、騒音など比較的高次元のモードを扱う必要のある場合の解析例は未だ見られない。ここでは、前章と同じ箱モデルを対象に、興味のある周波数範囲の応答の積分値を下げることを試みている。その際、目的関数として第2章で定義した音圧レベル積分を採用し、拘束関数として、重量に加えて一般化固有値指標を利用することで、良好な結果が得られることを述べている。

 第8章では、車室内の音質評価に関する研究について述べている。ここでは、有限要素法や境界要素法により得られた音の解析結果を、実際の音に変換する一種の音響シミュレータシステムの開発を行っている。そして、このシステムの考え方を述べ、実際の例を用いてその有効性を示している。本システムを用いると解析による音場の過渡応答を、人間の耳で評価することが可能となる。これは、解析により設計段階で音質制御を行うことを目指したものである。ここでは、新しいモード合成法による過渡応答解析手法を用いて直方体空洞内部の音場の応答を計算し、本システムで音響信号に変換して、対応する加振実験の結果と比較している。その結果、良好な対応が得られたことを示している。

 第9章は結論で、本論文の成果を要約し、本研究で明らかになった研究成果及び今後の58及び展望について工学的視点から考察している。

 付録には、本研究の基礎となる構造-音場連成系の理論をまとめて示している。

 以上を要約すると、本研究は構造-音場連成系で、こもり音やロードノイズなどの車室内騒音を、感度解析と最適化解析を用いて低減するための解析手法を開発し、それらを実際の問題に適用したものである。

 以上、本論文はシステム量子工学、特に騒音低減を目的とした研究として、機械力学、計算力学、騒音工学等に対する貢献は大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位論文請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50959