学位論文要旨



No 212488
著者(漢字) 田畑,健
著者(英字)
著者(カナ) タバタ,タケシ
標題(和) ガスエンジンコジェネレーション用脱硝触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 212488
報告番号 乙12488
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12488号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨

 天然ガス燃料のエンジンを原動機とするコジェネレーションシステムの排ガスのNOx低減のため、理論空燃比燃焼ガスエンジン用の三元触媒の耐久性向上と、炭化水素によるNOx選択還元(HC-SCR)触媒の希薄燃焼ガスエンジンへの適用について研究した。

(1)ガスエンジン用三元触媒の耐久性向上

 理論空燃比燃焼のガスエンジンにはガソリン自動車用の三元触媒システムが流用されていたが、ガスエンジンの場合、自動車に比べ、炭化水素(HC)の殆どは最も酸化されにくいメタンであること、一桁高い脱硝率と一桁長い耐久時間を要求されること等の違いがあり、自動車用触媒をそのまま用いたのでは、長期間安定した浄化性能を維持することはできなかった。そこで、まず、実際のシステムで使用した触媒を回収して分析し、加速劣化触媒と活性等を比較することにより、劣化の主原因の解明を試みた。その結果、熟劣化によって、使用時間の経過と共に、理論空燃比からリーン(酸素過剰)側のメタン酸化活性が低下し、そのために触媒のウインドウ(NOとCOが同時に除去できる空燃比の範囲)がリッチ(燃料過剰)側に移動することにより、実際のシステムでは制御空燃比と触媒のウインドウの間にずれが生じ、NOxが大量に排出されることになることを明らかにした。そして、Ptが理論空燃比付近のメタンの酸化に本質的な役割を担っていることを見出し、ガスエンジン用の触媒としては、Pt含有量を自動車用触媒より多くし、Pt/Rh比を高め、Pt表面積を長時間維持することにより、メタンの酸化活性の低下を抑えられ、ウインドウのシフトを防止できることを明らかにし、実際のシステムで実証した。一方、一般的ではないが、回収触媒の中に、熱的な加速劣化では再現できず、細孔閉塞などの物理的な被毒劣化でも説明のつかない、NO還元の選択性の低下などの劣化パターンを示すものが見つかった。模擬被毒実験などにより、触媒の付着物質として検出されたP、Ca、Zn、Fe、Pbのうち、Pbが化学被毒により主にRh上で起こっているNO還元の選択性を低下させ、さらにその他の付着物質が表面を被覆して有効な触媒表面積を低下させる事により、NO還元活性が著しく低下したものであることを明らかにした。これらの知見をもとに触媒の改良を行い、高Pt/Rh比の粒子と低Pt/Rh比の粒子を分けることにより、熱劣化後の理論空燃比付近のメタンの酸化活性が向上し、貴金属量を大幅に下げられ、さらに、触媒の長寿命化も可能であることを示し、経済的にも最適化されたガスエンジン用の三元触媒を完成した。

(2)炭化水素によるNOx選択還元触媒の希薄燃焼ガスエンジンへの適用

 一方、希薄燃焼のガスエンジンは、高い発電効率が得られることから、今後のガスエンジンコジェネレーションシステムの主流になると期待されているが、過剰酸素存在下でのNOx還元という、ディーゼルエンジンやリーンバーン自動車と共通の課題を抱えていた。本研究では、その課題をブレークスルーしうる技術として最近発見されたHC-SCR反応を、HCとして低級アルカンしか利用できない希薄燃焼ガスエンジンのNOx低減に適用するための基礎的な検討を行った。まず、研究開始当初最も活性が高いと思われていたCu-ZSM-5のHC-SCR反応活性を、希薄燃焼ガスエンジンを想定した条件で測定した。その結果、プロパン以上のアルカンを還元剤とした場合、水蒸気を含む希薄燃焼ガスエンジンの燃焼排ガスの条件で有意なNOx還元活性があると判断されたが、酸素濃度が高い領域でNOx還元の選択性が低下すること、水蒸気ににより低温活性が大幅に阻害されてしまうことなどから、そのままでは必要な炭化水素量が多すぎ、活性温度域も高すぎることが課題であることがわかった。

 コジェネレーションの場合、厳しい経済性の制約から、NOx還元の選択性は、特に重要になる。そこで、まず、選択性向上の手がかりを掴むため、反応機構の解析を行った。Cu-ZSM-5上のエチレンによる選択還元反応機構をin situ IRで解析したところ、反応の最初の段階はエチレンの部分酸化ではなくNO2の生成であること、N2は、エチレン、NO及び表面無機NOx種から生成される不安定なNOx種(おそらく有機NOx種)の分解により生成し、究極的な選択性としては、エチレン1分子によりNO2分子が還元される事がわかった。また、Ga-ZSM-5上のメタンによる選択還元反応の、異常に高いNOx還元の選択性の起源をTPDなどにより調べた。その結果、Cu-ZSM-5等と異なり、Ga-ZSM-5上では、メタンが解離吸着されて触媒表面上に濃縮されているが、触媒表面上に反応性のある解離吸着酸素が存在しないために、炭化水素の酸素による酸化反応が起こらず、きわめて高い選択性でHC-SCR反応が進行することを明らかにした。さらに、水による反応阻害を解決するため、阻害されている反応段階を特定することを試みた。In-ZSM-5がGa-ZSM-5よりも水の影響を受けにくい原因を解析したところ、Ga-ZSM-5で水により主に阻害されているのはメタンの吸着であり、In-ZSM-5では、Gaよりメタンの吸着熱が大きいために、水によるメタンの吸着阻害が小さい事を明らかにした。一方、イオン交換率を高めたCo-ZSM-5は、Cu-ZSM-5の様に水によりNOx還元の選択性が低下することはなく、水蒸気存在下で、Cu-ZSM-5より高い低温活性を示したので、この二つの触媒の水による反応阻害の違いを解析した。その結果、O2によるNO酸化及びO2によるプロパン酸化の過程で、解離吸着酸素が豊富なCu-ZSM-5上では水による反応阻害をあまり受けないものの、NOの吸着が水で阻害されるために選択性が低下するが、Co-ZSM-5ではプロパンの酸素酸化反応が著しく阻害されるため、結果的に選択性が低下しないことがわかった。以上の結果から、触媒改良の方向としては、酸素の解離吸着能を持たないことに加えて、酸素の解離吸着能が無いことによるNOの酸化能の低下を補うために、触媒のNOの吸着量を高めO2との反応を促進できるような機能をもたせ、さらに、水の存在下での炭化水素吸着量を確保することが必要であると結論づけた。

 次に、これらの特性を有していると思われるCo-ZSM-5を出発点として、さらにCo系触媒に注目して触媒改良を行った結果、Co-ZSM-5よりもさらに酸素解離吸着能が低く、NO吸着量、炭化水素吸着量が多い新たなCoゼオライト触媒が、高い低温活性、選択性、水による反応阻害に対する耐性を示し、結果として、希薄ガスエンジン排ガスの条件で、広い温度範囲で非常に高い活性を示す事を見いだした。

 一方、実用化のためには必ず必要になる耐久性の検討を行った結果、Cu-ZSM-5では、希薄燃焼ガスエンジンコジェネレーションの排ガスを想定した比較的マイルドな条件(773K)下でも劣化傾向がみられ、その原因は、SO2被毒でも、脱アルミでも、炭素析出でも、ゼオライトの細孔閉塞や構造崩壊でもなく、水蒸気によるCuOクラスターの形成によるCu表面積の低下である事を明らかにした。ゼオライト自体は十分な耐久性を持ちうることが判明したので、Coゼオライト系触媒の耐久性を検討した結果、Co-ZSM-5では実用条件下での低温活性が十分ではなく、Co-MORは本質的に耐久性が無いが、低温活性の高い前述のCoゼオライト触媒は673Kで3500時間にわたって安定した活性を維持し、耐久性の面でも実用化の可能性が十分にある事を示した。

審査要旨

 本論文は、天然ガスを燃料とするコジェネレーション用のエンジンからの排ガス中に含まれる窒素酸化物の触媒的除去技術に関するもので、極低濃度、高流量かつ妨害成分が共存するという厳しい反応条件下で機能する環境触媒の耐久性、選択性、活性向上に必要な工学的研究をまとめたものである。

 本論文は4章から構成されている。

 第1章は緒論であり、エネルギー効率利用の観点からみたコジェネレーションシステムの重要性とその排ガス中の窒素酸化物除去の必要性、さらにそのための触媒技術の現状を概観し、本研究の意義について述べている。

 第2章は、ガスエンジン用三元触媒の耐久性向上に関するものである。理論空燃比燃焼のガスエンジンの場合、炭化水素源が反応性の低いメタンであること、高い脱硝率と耐久時間を必要とすることのため、自動車用三元触媒は、長期間安定した浄化性能を維持できない。そこで実システム使用後の触媒の分析、加速劣化触媒の活性比較等により劣化原因を解明した。すなわち、熱劣化によるメタン酸化活性の低下により、触媒のウインドウ(NOとCOが同時に除去できる空燃比領域)が燃料過剰側に移動して制御空燃比との間にずれが生じることを明らかにした。ついで、Ptが理論空燃比付近のメタン酸化に主要な役割を担っていることを見出し、Pt含有量、Pt/Rh比を高め、Pt表面積を長時間維持することにより、メタン酸化活性の低下を抑え、ウインドウのシフトを防止できることを実システムで証明した。さらに、熱的劣化、細孔閉塞などの物理的な要因では説明できない劣化について、それが主としてPbの化学吸着による被毒であることを明かにした。これらの知見をもとに触媒の改良を行い、高Pt/Rh比の粒子と低Pt/Rh比の粒子の2種類を併用することにより、貴金属量の大幅な削減、さらに、触媒の長寿命化が可能となり、その結果、優れたガスエンジン用三元触媒の実現に到っている。

 第3章では、希薄燃焼ガスエンジンへの炭化水素によるNOx選択還元触媒の適用に関する研究をまとめている。希薄燃焼ガスエンジンは、高い発電効率が得られることから、今後、主流になるものと期待されているが、過剰酸素存在下でのNOx還元であるため三元触媒が使用できない。そのため、炭化水素を還元剤とする方法を検討した。まず、高い活性が報告されていたCu-ZSM-5の活性を、希薄燃焼ガスエンジンの排ガスを想定した条件で測定した結果、高酸素濃度領域でNOx還元の選択性が低下すること、水蒸気により低温活性が著しく阻害されることを確認し大巾な改善が必要であることを指摘した。

 ついで、NOx還元における炭化水素利用効率の向上を目的として反応機構の解析を行なっている。Cu-ZSM-5上のエチレンによる選択還元反応機構をin situ IRで解析し、反応の第1段階がNO2の生成であること、N2は、エチレン、NO及び表面無機NOx種から生成される不安定なNOx種(おそらく有機NOx種)の分解により生成すると推定している。また、Ga-ZSM-5では、メタン解離吸着能と原子状吸着酸素生成のバランスにより酸素による炭化水素の酸化反応が抑制され高い選択性が得られることを結論した。さらに、Co-ZSM-5が、水蒸気存在下で比較的高い低温活性を示す理由をO2によるNO及びプロパンの酸化におよぼす水蒸気阻害のバランスにあることを推論した。

 以上の推論にもとづいて、Co-ZSM-5よりも酸素解離吸着能が低く、NO吸着量、炭化水素吸着量が大きい新たなCo系ゼオライト触媒を開発し、これが高い低温活性、選択性、耐水性を示し、その結果として、広い温度範囲で非常に高い活性を示すことを見いだしている。さらに、Cu-ZSM-5の劣下要因が、水蒸気によるCuOクラスターの形成にあることを参考に、Coゼオライト系触媒の耐久性を改良した結果、低温活性の高い上記のCo系ゼオライト触媒が耐久性の面でも実用化の可能性が十分にあることを示した。

 以上、本論文は、コジェネレーション用ガスエンジン排ガスに含まれる窒素酸化物の除去触媒の耐久性、選択性、活性の向上について検討し、三元触媒の劣下要因の解明による触媒改良とその実証、ならびに、炭化水素による還元触媒反応の機構解明、活性、選択性支配要因の解明を通してこの触媒の実用化の道を開いたもので、触媒化学、触媒反応工学に対する貢献は非常に大きいものがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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