学位論文要旨



No 212489
著者(漢字) 西勝,英雄
著者(英字)
著者(カナ) サイショウ,ヒデオ
標題(和) 工業材料の無機微量成分分析に関する研究
標題(洋)
報告番号 212489
報告番号 乙12489
学位授与日 1995.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12489号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 合志,陽一
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 助教授 樋口,精一郎
 東京大学 助教授 北森,武彦
内容要旨

 本論文は工業材料に含まれる無機微量成分の分析に関する研究をまとめたものであるが、その内容は溶媒抽出と共沈による分離法、放射化分析法などを用いた電子材料の分析、および放射光を励起源とするX線分光法による解析・評価からなる。

 論文は8章から構成されているが、以下各章ごとにその概要を述べる。

 第1章の「序論」においては、1960年代初期から1990年代初期までの長期にわたって行われた本研究に対する論文作成者の一貫した分析化学への研究目標を、次いで各々の研究開始時期における状況や研究を行うに至った背景について述べる。さらに、本研究の構成を述べ、各章について得られた結果や他章との関連などを概述する。

 第2章の「有機リン化合物を用いた溶媒抽出法による分離分析」は、研究開始時期(1960年代初期)に核燃料の精錬と再処理に多用されていた有機リン化合物による溶媒抽出法の研究である。当時注目されていた抽出剤には、リン酸トリ-n-ブチル(TBP),などの有機リン化合物の他に、テノイルトリフルオロアセトンなどの-ジケトン類があった。-ジケトンが二つのケトンから成るように、本研究に使用した抽出剤は二つのTBPをアルキル基で結んだジホスホン酸エステルである。これによってTBPの分配比(抽出率)のさらなる向上を狙ったものである。抽出検討の対象とした元素は、希土類、U、ThおよびZrであった。希土類およびThはTBPと全く抽出挙動が異なり、低酸濃度においてTBPよりも異常に高い分配比が得られた。UとZrについては、TBPと類似して酸濃度の増大とともに分配比が増大し、各酸濃度における分配比もほぼ同程度であった。

 また、当時相互分離が困難であったZrとHf、およびNbとTaについても溶媒抽出法による相互分離を試みた。用いた抽出剤は、当時使用され始めて来た酸化トリ-n-オクチルホスフィンである。実験結果では、高酸濃度領域でいずれの場合も相互分離が可能であるが、NbとTaの方がZrとHfの場合よりも良好な分離性を示した。

 なお、各元素の分配比の測定に、U以外はすべて無担体の放射性核種を用いており、極微量濃度域における抽出挙動を調べたものである。

 第3章の「共沈法による分離分析」は、分離・濃縮法として溶媒抽出法と同様によく用いられる共沈法の研究である。特に目的成分が微量の場合に、高い濃縮度が得られる共沈法が有効である。1980年代初期の本研究当時、Seが産業界で広範囲に利用されるようになったことから、その効果的な定量法が、特に水系の試料におけるppbレベルの定量法が環境汚染の観点などから必要とされた。当時環境水中のppbレベルのSeの分離濃縮前処理技術として水酸化第二鉄による共沈法が用いられていたが、Se(VI)はこの捕集剤と共沈しない。環境水中のSeを正確に定量するためには、Se(IV)とSe(VI)をともに共沈させることが必要である。検討の結果、水酸化ランタン沈殿に両者とも共沈捕集される条件を見出し、これを環境水中の溶解性セレンの定量に適用した。回収率は30〜5000ng/lの濃度範囲で90%以上であった。なお、Seの測定は水素化物発生-原子吸光法で行った。ただし、試料水中に0.05g/l以上の硫酸イオンが存在するときSe(VI)は共沈しないため、海水には適用できない。本法は、淡水および硫酸イオン濃度の低い産業排水に良好な結果をあたえる。

 第4章の「電子材料中の微量成分分析」では、荷電粒子放射化分析によるコンデンサー用の金属箔中の微量不純物分析、コンピュータのソフト・エラーの原因となるLSI素材中の極微量のU、Thの定量、およびシリコンにドープされたSbの原子吸光による分析の三つの研究結果について述べる。

 最初の荷電粒子放射化分析は、化学的性質の類似性から当時分析が困難であったTa箔中の微量Nbの定量を試みたものである。1960年代初期の当時、日本において中性子放射化分析がようやく研究され始めていたが、荷電粒子放射化分析の研究例は世界でもまだ少数で、しかも軽元素分析がほとんどであった。本研究は、14.5MeVの陽子ビームを用いて93Nb(p.n)93mMoの核反応で生成する93mMo(半減期6.9h)を化学的に分離し、線測定によって定量したものである。本法では0.1ppmまでの定量が可能である。

 LSI構成材料中に含まれる極微量のU、Thの崩壊によって生ずる線は、素子の誤動作、すなわちソフト・エラーを惹き起こすことが1970年代末期に明らかとなった。この対策に、これら2元素を高精度・高確度で定量することが必要とされた。本研究は構成材の一つで、U、Thの含有濃度レベルの異なる高純度Alについて、4種の分析手法(化学分析、中性子放射化分析、グロー放電質量分析(GD-MS)、ICP質量分析(ICP-MS))の比較・評価を行ったものである。両元素とも最も良好な定量下限値(2ppb)の得られたのは、化学分離(溶媒抽出)を伴ったICP-MSであった。10ppbおよび80ppbの濃度レベルにおいて、GD-MSがやや高めの分析値を与えたが、他の3手法はよく一致した。最も迅速に分析できるのはGD-MSである。

 主要半導体材料であるシリコン中の微量成分分析は、工業分析化学の中でも大きな部位を占めている。この分析前処理としてシリコンのアルカリ分解による溶液化がよく用いられる。この前処理を適用してドープされたSbを水素化物発生-原子吸光法で測定すると、溶液化後の保存条件によって分析値が大きく異なることを初めて見出した。この現象を解明するため種々の検討を行い、溶液の放置時間、共存するシリコン(ケイ酸イオン)の濃度およびSbの原子価が分析値の変化に大きく影響することが判明した。

 第5章から第7章までは放射光を励起源とするX線分析について述べたものである。

 第5章の「全反射蛍光X線による微量成分分析」は、指向性と強度に優れている放射光を用いた全反射蛍光X線による薄膜と液体試料の分析についての研究である。薄膜試料はシリコン・ウェハー上にフォト・レジスト・ポリマーを塗布したものであるが、X線の反射強度の視射角依存性を測定し、それぞれレジストとシリコンに対応する二ヶ所に臨界角が存在することを見出した。各臨界角直前の視射角で蛍光X線スペクトルを測定した結果、どちらも不純物としてFeを検出したが、その正確な定量には深さ分布分析も同時に行う必要のあることがわかった。

 液体試料の分析の場合には、鏡面反射体上に少量を滴下して乾燥したものを測定試料とすればよい。しかし、反射体上への滴下状態(面積、均一性)や、励起X線の照射位置を特定することは極めて困難であり、検量線を用いた定量は非常に難しい。本研究でこれらの問題を解決し、液体試料に含まれる微量成分元素の定量に満足すべき結果を得た。

 第6章の「微小角入射X線分光法による薄膜の分析」では、試料表面にX線がすれすれに入射する条件で反射率や蛍光X線強度の入射角(視射角)依存性の測定による薄膜試料の解析について述べる。薄膜などの多層構造試料にX線が微小角で入射すると、反射曲線や蛍光X線の角度依存性プロファイルには、その層構造を特徴づける振動構造が現れる。したがって、これらの振動構造を解析することによって、表面・界面の粗さや膜の組成分布(密度分布)を非破壊で求めることが可能となる。本研究では、シリコン・ウェハー上にチタンをスパッタ法でつけたものと、さらにその上に炭素膜をつけたものとを試料として用いた。上記の測定・解析をこれらの試料に適用することによって、薄膜の厚さ、密度や組成が各層ごとに求めることができ、また遷移層の存在も見出された。

 第7章の「EXAFS法による微量成分の構造解析」では、放射光が利用されるようになってよく用いられるようになったEXAFS法(Extended X-ray Absorption Fine Structure)を、微量成分(触媒)の構造解析に適用にした研究について述べる。PET(ポリエチレン・テレフタレート)は清涼飲料水の容器などに広く用いられ、重合触媒としてGeO2結晶が使用されている。製品中にはGeとして数十ppm残存するが、重合の際にはGeO2とエチレン・グリコールとの反応で生成したアルコラートが触媒活性を持つと言われている。しかし、製品中でのGeの化合物形は、Geが低濃度のため明らかでなかった。本研究で、市販のPETボトル中の残留触媒(Ge濃度39ppm)の化合物形を蛍光EXAFS法によって調べた結果、PET中のGeとGeO2結晶では構造上差が殆んどないことがわかった。

 第8章は「総括」であり、本研究で得られた成果をまとめて要約して述べた。

 以上

審査要旨

 本論文は工業材料などに含まれる微量成分の分析に関する研究をまとめたもの8章から構成されている。

 第1章の「序論」においては、本研究の目標や研究を行うに至った背景と、本研究の構成を既述している。

 第2章の「有機リン化合物を用いた溶媒抽出法による分離分折」は、1960年代初期に核燃料の精錬と再処理に多用されていた有機リン化合物による溶媒抽出法の研究である。本研究に使用した抽出剤は2つのTBPをアルキル基で結んだジホスホン酸エステルで、これによって当時注目されていたTBPの分配係数(抽出率)のさらなる向上を狙っている。抽出検討の対象とした元素は、希土類、U、Th、およびZr、である。希土類及びThはTBPと全く抽出挙動が異なり、低酸濃度においてTBPよりも異常に高い分配係数が得られた。UとZrについては、TBPと類似して酸度の増大とともに分配係数が増大し、各酸度における分配係数もほぼ同程度であった。また、相互分離が困難なZrとHf、およびNbとTaについても溶媒抽出法による相互分離を試みている。酸化トリ-n-オクチルホスフィンによって、高酸度領域でいずれの場合も相互分離が可能であるが、NbとTaの方がZrとHfの場合よりも良好な分離特性を得ている。

 第3章は「共沈法による分離分析」の研究である。1980年代初期Seが産業界で広範囲に利用されるようになり、特に水系の試料におけるppbレベルの効果的な定量法が環境汚染の観点などから必要とされた。ppbレベルのSeの分離濃縮前処理技術として水酸化第二鉄による共沈法が用いられていたが、Se(VI)はこの捕集剤と共沈しない。Seを正確に定量するためには、Se(IV)とSe(VI)をともに共沈させることが必要である。検討の結果、水酸化ランタン沈殿に両者とも共沈捕集される条件を見出した。回収率は30〜5000ng/リットルの濃度範囲で90%以上であった。ただし、試料に硫酸根が相当量存在するときSe(VI)は共沈しないため、海水には適用できない。本法は淡水および硫酸根濃度の低い産業排水に有効である。

 第4章の「電子材料中の微量成分分析」では、荷電粒子放射化分析によるコンデンサー用の金属箔中の微量不純物分析、ソフト・エラーの原因となるLSI素材中の極微量のU、Thの定量、およびシリコンにドープされたSbの原子吸光による分析について述べている。

 化学的性質の類似性からTa箔中の微量Nbの定量は困難であるが、本研究では、14.5MeVの陽子ビームを用いて93Nb(p.n)93mMoの核反応で生成する93mMo(半減期6.9h)を化学的に分離し、線測定する方法を開発し、0.1ppmまでの定量を可能としている。

 LSI構成材料中に含まれる極微量のU、Thの線は、ソフト・エラーを惹き起こすため、これら2元素を高精度・高確度で定量することが必要である。本研究では構成材の一つである高純度Alについて、4種の分析手法(化学分析、中性子放射化分析、ゲロー放電質量分析(GD-MS)、ICP質量分析(ICP-MS))の比較・評価を行った。両元素とも最も良好な定量下限値(2ppb)の得られたのは、化学分離(溶媒抽出)を伴ったICP-MSであった。GD-MSがやや高めの分析値を与えたが、他の3手法はよく一致し、最も迅速に分析できるのはGD-MSであることを明らかにしている。シリコン中の微量成分分析は重要であるが、この分析の前処理としてシリコンのアルカリ分解がよく用いられる。この前処理を適用してドープされたSbを水素化物-原子吸光法で測定すると、溶液化後の保存条件によって分析値が大きく異なることを初めて見出している。検討の結果、溶液の酸度、共存するシリコン(ケイ酸イオン)の濃度およびSbの原子価が分析値の変化に大きく影響することを明らかにした。

 第5章から第7章までは放射光X線分析について述べたものである。

 第5章は「全反射蛍光X線による微量成分分析」である。シリコン・ウェハー上にフォト・レジスト・ポリマーを塗布した薄膜試料では、X線の反射強度の視射角依存性を測定し、それぞれレジストとシリコンに対応する二ケ所に臨界角が存在することを見出した。各臨界角の直前の視射角で蛍光X線スパクトルを測定した結果、どちらも不純物としてFeを険出したが、その正確な定量には深さ分布分析も同時に行う必要のあることがわかった。

 液体の場合には、鏡面反射体上に少量を滴下して乾燥したものを測定試料とするが、単純な検量線を用いた定量は非常に難しい。本研究で複数の標準添加を行う方法で液体試料に含まれる微量成分元素の定量に満足すべき結果を得ている。

 第6章の「微小角入射X線分光法による薄膜の分折」では、薄膜試料の解析について、X線の反射曲線や蛍光X線の角度依存性プロファイルの振動構造を解析することによって、表面・界面の粗さや膜の組成分布(密度分布)を非破壊で求めることを可能としている。シリコン・ウェハー上にチタンをスパッタ法でつけたものと、さらにその上の炭素膜をつけたものとを試料とし、薄膜の厚さ、密度や組成が各層ごとに求めることができ、また遷移層の存在も見出している。

 第7章は「EXAFS法による微量成分の構造解析」でEXAFS法を、微量成分(触媒)の構造解析に適用にした研究について述べている。PETは容器などに広く用いられているが、重合触媒によるGeが数十ppm残存する。重合の際にはGeO2とエチレン・グリコールどの反応で生成したアルコラートが触媒活性を持つと言われているがPETボトル中の残留触媒はGeO2結晶と構造上差がほとんどないことを明らかにしている。

 第8章は「総括」であり、本研究で得られた成果をまとめて要約して述べている。以上、本研究は工業材料の分析法に関し有用な知見を数多く得ており、学術上有意義である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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