学位論文要旨



No 212498
著者(漢字) 平田,和太
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,カズタ
標題(和) 電力施設の耐震信頼性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 212498
報告番号 乙12498
学位授与日 1995.10.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12498号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 堀井,秀之
 埼玉大学 教授 西野,文雄
内容要旨

 電力施設は発電,送電,変電,配電施設に分類され,それらは巨大なシステムを構成している.我が国の総エネルギー供給量全体のうち,電力の占める割合は年々増加し,ライフラインの一つとして,水道,ガス,通信システム等とともに,現代の社会基盤を支える重要な柱の一つとなっており,地震時の供給信頼性確保は重要な課題となっている.また,個々の施設の重要度についても,ダムや原子力発電施設を例に取るまでもなく,地震時に高い信頼性が要求されているものが多い.

 構造物の耐震性評価では,入力地震を想定して,地震荷重による構造物の応答と耐力との比較によりその安全性が照査されるが,これら荷重,応答,耐力には本来的に,種々の不確定性が含まれている.信頼性解析はこれらの不確定性を確率論的に評価し,構造物の安全性の定量的な評価を行うものであるが,近年では信頼性解析による重要施設に対する地震時の安全性評価や信頼性設計法の導入の気運が高まっている.

 本論文はこのような背景のもとに,電力施設を対象とした確率論的手法を用いた地震時の信頼性解析に係わる研究を行った結果をまとめたものであり,以下の内容から構成される.

 (1)震源過程のランダム性を考慮した震源近傍の地震動特性の評価

 (2)フィルダムの応答特性の空間変動が地震時安定性に及ぼす影響

 (3)免震構造物の耐震信頼性評価

 (4)電力施設に対する耐震信頼性評価の今後の展望

 これらの研究についての概要を以下に述べる.

(1)震源過程のランダム性を考慮した震源近傍の地震動特性の評価

 ここでは断層モデルにおける断層パラメータの空間分布を一次元ランダム場とみなす確率論的断層モデルを提案して,断層パラメータのランダム性の影響を明らかにすると共に,地震動の確率論的評価の可能性についての検討を行っている.

 断層パラメータの断層長さ方向の変動を考慮したモンテカルロ・シミュレーションの結果,断層パラメータとして,断層面のくいちがい速度,破壊伝播速度のランダム性の影響が大きく,一様な断層パラメータを用いる限り発生が困難とされる地震動の短周期成分が発生されることが示された.

 ランダム場を規定するパラメータである断層パラメータの分散,相関距離や断層パラメーダ相互間の相関についての影響評価を行った結果,断層パラメータの分散の増加による地震波の短周期成分およびスペクトルの分散の増加が顕著であり,確率論的断層モデルによる地震動評価にあたっては,不確定パラメータとして,断層パラメータ(特に,断層面のくいちがい速度,破壊伝播速度)の分散の評価が重要であることが示された.

 確率論的断層モデルによる地震動評価の適用性を調べる目的で,想定した断層諸元,観測点の位置から求まる地震規模,震源距離を用いて,岩盤上の観測波に基づいて得られている回帰式により与えられる平均的加速度応答スペクトルと確率論的断層モデルによって得られた地震波の加速度応答スペクトルの比較を行った.両者の比較の結果,絶対値そのものについては乖離がみられるものの,スペクトル形状について良い対応がみられ,確率論的断層モデルによる震源近傍の地震動評価の可能性が示された.確率論的断層モデルを用いた震源近傍の地震動の評価精度の向上にあたっては,断層パラメータおよびそれらのランダム性を規定する諸パラメータの同定(地震記録に基づく),表層地盤による地震動の増幅の影響評価が必要があるものといえる.

(2)フィルダムの応答特性の空間変動が地震時安定性に及ぼす影響

 ここではフィルダムをせん断くさびの集合体でモデル化し,フィルダムの堤軸方向の応答特性を一次元不均質ランダム場とみなすことにより3次元応答の効果を近似的に考慮する確率論的応答評価手法を提案してフィルダムの地震時安定問題の検討を行なっている.

 V字型の谷に位置するフィルダムを想定して,谷の傾斜角,固有振動数の分散,固有振動数の空間相関パラメータが堤体の地震時応答せん断ひずみに及ぼす影響についての確率論的な評価を行った結果,谷が急峻になるに従い,応答の3次元的影響が顕著となり,堤軸方向の相対変位は増加しそれに伴い水平断面内の応答せん断ひずみも増加すること,水平断面内のせん断ひずみの分布は鉛直断面内のせん断ひずみのそれと傾向を異にし堤頂に近づくに従い増加する等の結果が示された.

 応答せん断ひずみの分布から,堤体の局部的な損傷の判定指標となる局所安全係数の空間的な分布を評価した結果,谷が急峻な場合には,水平断面内の局所安全係数は鉛直断面内のそれに比べて小さい値をとり得ることが示され,地震時安定性評価においても水平断面内のせん断ひずみ応答は無視できないことが明かにされた.

(3)免震構造物の耐震信頼性評価

 ここでは原子力施設への免展システムの導入を想定して耐震信頼性評価の主要項目である(入力地震動の強度を与条件とした)免震構造物の損傷確率評価についての検討を行っている.

 免震積層ゴムの加力試験結果に基づき,その変形特性,強度特性についての不確定量の評価を行い,この結果を用いて,モンテカルロ法により積層ゴムの集合体である免震層の耐力特性の不確定性,個々の積層ゴムの強度特性のばらつきが免震層の終局強度に及ぼす影響評価を行った.その結果,一部の積層ゴムの破断が免震層全体に及ぶ連鎖的な破断が生じないこと,また,積層ゴム強度の分散,強度相関が免震層の耐力特性に及ぼす影響を明らかにした.

 免震構造物の応答との相関の高い地震動パラメータである速度応答スペクトル値(免震装置の第2剛性に対応する周期における)を用いることにより,通常の非免震構造物で用いられる地動最大加速度を用いた場合に比べて地震動強度を与条件とした応答評価の精度が高まることを明らかにした.また,地震動強度(地動の速度応答スペクトル値)-応答間の重回帰分析に基づく,免震構造物の線形域から,積層ゴムのハードニング域を含む強非線形域に至る応答の推定法を提案した.

 地震動のランダム性が免震構造物の応答に及ぼす影響について,やや長周期域を考慮した加速度応答スペクトルに適合する模擬地震波を用いた評価を行い,免震層,上部構造の力学特性のばらつきの影響に比べて地震動のランダム性は応答の不確定性に対して支配的であることを明らかにした.

 これらの一連の結果を用いて,免震構造物の損傷確率評価を行った結果,設計地震動レベルおよびそれを上回る入力レベルでも免震層および上部構造物の損傷確率は非常に小さく,免震システムを原子力発電所に導入した場合の耐震信頼性は非常に高いものとなることが明らかとなった.

 信頼性評価結果の設計への反映のひとつとして,免震層に対する所要安全裕度について確率論的な観点からの検討を行った.使用限界(積層ゴムの線形限界)に対する免震層の安全率と限界状態(使用限界,終局限界)の発生確率の関係を定式化し,使用限界,終局限界に対する生起確率の目標値から免震層の設計時の(使用限界に対する)所要安全率を算出した.

(4)電力施設に対する耐震信頼性評価の今後の展望

 上に述べた(1)から(3)の研究内容が電力施設全体の耐震信頼性評価の中にしめる位置づけを明確にし,本論文で提案した手法の他の電力施設,一般構造物に対する適用の可能性および手法の精度向上や実用化に向けての提言を行った.

審査要旨

 巨大地震発生時の電力供給の信頼性確保は重要な課題であるため,個々の電力施設には高度な耐震に関する信頼性評価が要求される.しかし,想定される入力地震という荷重,構造物の性能としての応答と耐力には,常に,種々の不確定性が含まれている.本論文は,確率論的手法を用いてこの不確定性を考慮し,電力施設の安全性の定量的な評価を試みた一連の研究をとりまとめたものである.本論文に含まれる研究は以下の3つである.

 (1)震源過程のランダム性を考慮した震源近傍の地震動特性の評価

 (2)フィルダムの応答特性の空間変動が地震時安定性に及ぼす影響

 (3)免震構造物の耐震信頼性評価

 電力施設の特徴として,不確定性に対する確率論的評価を行うべき項目が非常に広範に及ぶため,各々の研究では,施設サイトでの地震観測,構造材料の実験等の各種データの蓄積,施設の動的挙動の解析手法とシミュレーション技術の向上,という具体的な問題にターゲットを絞り,不確定性を検討している.上の3つのテーマに関しては,確率論を用いた合理的なモデル化と解析手法を考案し,不確定性を考慮した信頼性の評価精度の向上を図っている.

 本論文の構成は以下のように整理される.

 第1章では,電力施設の信頼性設計の全般をまとめ,本論文に示された3つの研究の位置づけを与えている.

 第2章は(1)のテーマに関するものである.最初に,断層モデルにおける断層パラメータが一次元ランダム場として与えられる,新しいモデルを構築した.これは,ランダムな断層パラメータによって,断層の不確定性が地震動に与える影響を検討することを可能としている.解析の結果,断層面のくいちがい速度と破壊伝播速度のランダム性の影響が大きく,特に,一様な断層パラメータでは発生が困難な地震動の短周期成分がこのモデルから再現されることを示している.ついで,この断層モデルによる地震動評価の適用性を調べるため,通常の回帰式により与えられる平均的加速度応答スペクトルと,この断層モデルによって得られる加速度応答スペクトルを比較した,比較的良好な対応がみられたことから,モデルの適用性を裏付けている.更に,この結果を基に,通常の方法では評価が困難である震源近傍の地震動について検討し,近傍地震動の評価の可能性を示している.

 第3章は(2)のテーマに関するものである.フィルダムをせん断楔の集合体でモデル化し,堤軸方向の応答特性を一次元不均質ランダム場とみなす,フィルダムの応答評価手法を構築した.せん断楔の間に働く相互作用を応答の相関として取り込むことで,入力波に対する応答を3次元的に扱えるところに,このモデルの特徴がある.構築された応答評価手法を適用してフィルダムの地震時安定問題を解析した.数値計算により,谷が急峻になることで,堤軸方向の相対変位や水平断面内のせん断ひずみの増加を示している.更に,このせん断ひずみの分布から堤体の局所安全係数の空間的な分布を評価したところ,谷の急峻さに応じて,水平断面内の局所安全係数は鉛直断面内のそれに比べで小さくなる結果が得られた.これにより,地震時安定性評価においても,水平断面内のせん断ひずみの応答は無視できないことを明らかにしている.

 第4章は(3)のテーマに関するものである.原子力発電施設への免震システムの導入に際して主要な課題となる,免震構造の損傷確率評価についての検討を行った.免震構造として積層ゴムを想定し,繰り返し載荷による材料試験により,変形特性と強度特性についての積層ゴムの材料としての不確定量を評価し,ついで,構造解析により,積層ゴムの集合体である免震層の耐力特性について構造としての不確定性を評価している.この解析では,積層ゴムのハードニング域の強非線形域に至る応答の推定も可能とする新しい解析手法が構築されている.一連の解析結果より,免震層および上部構造物の損傷確率は非常に小さく,この免震システムを導入することによって原子力発電施設の耐震信頼性が向上することを示してる.また,免震層の安全裕度を確率論的な観点から検討し,免震層の設計時の所要安全率を算出する手法を提案した.

 第5章は,以上の3つの研究の成果を整理している.

 本論文は,電力施設に対する耐震信頼性に関する入力,応答,耐力の評価に関して独自の手法を提案している.現在までに提案されているさまざまな評価手法に比べ,提案された手法は簡便な形に集約されて実用性が高いものとなっている.また,特定の問題を対象としているもの,提案された手法の確率論に基づくモデル化や計算手法は汎用性が高く,他の問題への拡張も十分可能と期待できる.したがって,耐震工学や信頼性工学への寄与は大きく,この論文の工学的意義は十分高いと判断される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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