学位論文要旨



No 212499
著者(漢字) 安中,徳二
著者(英字)
著者(カナ) アンナカ,トクジ
標題(和) 凝集剤添加による下水処理施設の機能改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 212499
報告番号 乙12499
学位授与日 1995.10.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12499号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 味埜,俊
内容要旨

 湖沼等の閉鎖性水域の富栄養化防止等のために、放流水中の窒素、リンの除去を要請される下水処理場が今後とも増加していくものと考えられている。そして、このための効率的かつ経済的な手法の確立が望まれている。一般に、下水処理法の選定は、対象とする下水の水質、要求される放流水の水質レベルそして経済性等をもとに決定されることになるが、わが国の場合、下水処理、とりわけ高度処理に関する歴史が浅く、なお最適な手法の検討の余地が残されている。このため、全体計画の位置付けのなかで最適な手法が試行錯誤的に決定される余地もあり、当面の対策として既存施設の活用を最大限に図ろうという考え方も有力である。そしてその実践の経験を経ながら適用される処理プロセスが改良を加えられながら実態にあわせて活用され定着していくことになる。わが国の場合これとは別に、必要とされる用地面積が処理法を決定する際の重要な要素になることが少なくなく、特に既設の下水処理場の場合にはリン等の栄養塩類の除去を含めた機能向上のための別途施設のための用地の確保が困難であるため、既設施設を活用した高度処理プロセスの適用が望まれている。

 本研究はこのような考え方のもとで、下水処理施設の能力の改善、とりわけリンの除去能力の大幅な向上のための手法の開発を目的として行なったものである。そして、アルミニウム塩等の金属塩の凝集剤をエアレーションタンク等の施設に添加して、処理機能の向上を図る手法(凝集剤添加活性汚泥法と呼ばれる)を取り上げ、わが国の下水を対象としてその適用手法を明らかにするため約10年間にわたって実験研究を行なった。

 本研究では、まず、湖沼等の水質保全のためには下水道によるリン等の栄養塩類の除去による対策が重要であることを述べ、次にわが国の下水処理場における除去能力の実態等について論じ、リンの大幅な除去能力の向上の必要性、即ち、処理水中の残留リン濃度を0.2mg/l以下にできる処理法の適用が必要であることを示した。また、文献等の調査結果をもとに、わが国の下水の濃度は一般には欧米のそれと比べて相対的に薄く、"貧栄養"であり、導入される下水処理の運転管理の手法が異なること、即ちわが国固有の手法の確立が必要であること等を明らかにした。凝集剤添加活性汚泥法は、生物処理と凝集沈殿が同時に進行するため、同時凝集沈殿法(Simultaneous Precipitation)とも呼ばれるが、その原理や欧米における実践の状況について考察するとともに、次のような手順で実験研究を行なった。

 始めに、既設の下水処理施設で実証実験を行なうこととし、標準的な家庭下水が流入する既存の下水処理場(能力約3万m3/日)で約3年間実験研究を行なった。使用した凝集剤はアルミニュウム塩(硫酸バンド)であり、添加位置はエアレーションタンクおよび最初沈殿池である。凝集剤の添加位置、添加量及び制御方法が及ぼす除去特性の向上、汚泥の増加量、生物相や硝化への影響等についての実験を行なって、エアレーションタンクへの添加が最初沈殿池に添加するより優れていること、わが国の平均的な下水(リン濃度で4mg/l付近)に対しては、凝集剤をアルミニウムとして4〜6mg/l付近で添加すれば良好な処理水質が得られること、そしてこの添加濃度であれば生物処理に対する阻害要因とはならないことがわかった。この他、硝化の促進のためにはpH調整によるアルカリ度の補給等いくつか注意すべき点があること、汚泥の増加率は20〜40%であること、そして、凝集剤の添加が処理施設の運転管理に与えるインパクトは大きくはないこと等が主要な結論である。

 次に、実証実験の成果を踏まえて、別の下水処理場内に設置したパイロットプラント(能力約500m3/日)で約2年間の実験検討を行なった。凝集剤添加系列と無添加系列の運転を並行させた長期間の実験、二次処理水を対象としたいわゆる三次処理による手法である分離凝集沈殿法法(Separate Precipitation)との比較実験等を行なった。

 これらの結果、凝集剤添加活性汚泥法のリンの除去法としての安定性が確認できたほか、わが国の下水の特性であれば、リンの除去に関しては、同時凝集沈殿法と分離凝集沈殿法の処理水質にさほど大きな差はなく多くの場合、分離法の採用によって施設を分離するほどの積極的な理由はないことを見い出した。このことは、経済性、運転管理性の向上の両面から重要な点である。

 また、凝集剤の添加が硝化に及ぼす影響に関する実験を行なって、本法における硝化および窒素除去の促進のための運転上の留意点、すなわち、低水温時の操作法や、凝集剤の濃度ははじめから一定値にして添加を開始するのではなくアルミニウムとして1〜2mg/l程度から漸増させねばならないこと等、を明らかにした。さらに、フィードバック法による注入制御法を組み込んだ凝集剤添加法に関する実験研究を行なって、生物学的リン除去手法との組合せが、凝集剤の費用の節減や発生汚泥量の減少などを可能にし、凝集剤添加活性汚泥法の経済性の向上のために有効であることを明らかにした。

 実証実験、パイロットプラント実験の結果、凝集剤添加活性汚泥法の処理水に含まれる固形物中のリンの含有率は比較的高いので効率的な固液分離を行なうことによってリンの除去をさらに向上させることができる可能性が示された。そこで、固液分離の手法として急速ろ過を取り上げて実験及び実施設での処理成績をもとに、下向流式の急速ろ過池でどの程度リンが除去されるのかを考察し、設計にあたっての考え方を示した。凝集剤添加活性汚泥処理水の急速ろ過は、ろ材構成、ろ過速度、ろ過池の洗浄等について、通常の二次処理水の直接ろ過の考え方と、二次処理水に対して凝集沈殿を行なった場合の処理水のろ過に対する考え方の中間的なものになるというのが結論である。

 実証実験等の結果得られた知見をもとに、凝集剤添加活性汚泥法を採用したいくつかの実施設が設計、建設された。そこで、現在までに運転された10箇所の下水処理場の処理成績を調査し、数年間の運転結果をもとに、実施設においても本プロセスによってリンの安定的かつ経済的な除去が行なえること、生物学的リン除去法との組合せ運転が有効であることを確認した。

 本研究では、実験結果をもとに、凝集剤添加活性汚泥法と生物学的リン除去法との組合せ処理の方法として、3つの結合型(ハイブリッド)リン除去法を提案した。1つは、「並列型」と名付けた凝集剤添加活性汚泥法と生物学的脱リン法の系列を並列で運転する方法、第2は生物処理によるリン除去の運転モードのもとでリンの除去の状況にあわせて凝集剤の添加を行なう「組込み型」、第3は、「組込み型」に処理水中のリン濃度の連続モニターシステムを組み込み凝集剤の添加量を制御しようとする「凝集剤添加量制御組込み型」である。実験結果をもとに 処理効率、経済性等の観点から、これらの手法の特性と利害特質を論じた。いずれの方法も従来の標準活性汚泥法の運転管理の延長で実施できるものであり十分な実用性を有していることが示された。

 凝集剤添加活性汚泥法は、単に生物処理の進行のなかで、凝集沈殿を並行して進行させるプロセスという捉え方ではなく、生物処理の本質的な機能と共存する役割を果たすプロセスとして位置付けすべきであることが全体として得られた知見である。

 今後の課題は、添加アルミニウムの硝化細菌への影響の解明、凝集剤添加濃度の削減手法の検討、処理水のろ過方法の確立、発生汚泥の有効利用法の開発などである。

審査要旨

 わが国の水質汚濁問題を扱う歴史の中にあって、下水処理の役割も次第に変化、発展してきている。すなわち、有機物の除去を主とした役割から、湖沼、海湾等の閉鎖性水域の富栄養化防止の役割へとその機能拡充への期待が大きくなってきている。特にリンの除去については、パイロットプラントレベルの実験はいくつか報告されてきていたが、実施設レベルでの実験例は数少なく、具体的な運転条件、制御手法を提示するレベルには至っていなかった。

 本研究は、特に既存の下水処理施設のリン除去能力を大幅に向上させるという現実的な課題の解決を目的としている。主として、活性汚泥法のエアレーションタンクに金属塩の凝集剤を添加する方式の検討を行い実施設の機能向上に大きな成果を挙げている。本論文は「凝集剤添加による下水処理施設の機能改善に関する研究」と題し、9章より構成されている。

 第1章は「窒素・リン等の栄養塩の除去対策をめぐるわが国の対応」である。湖沼等の水質保全のためには、下水処理場におけるリンの除去率を高めることが必要であり、処理水中の残留リン濃度を0、2mg/l以下にできる処理法を開発することが必要であることを示している。

 第2章は「わが国の下水の特性と既設施設の改善の必要性」である。わが国の下水処理場での実態調査の結果から、わが国の下水の特性、下水処理の実態、能力等を論じている。そして、わが国の下水の特性が欧米の下水に比較して濃度が薄いことを明らかにし、このことに応じた処理法の適用基準を検討することが重要であることを述べ、処理水に要求されるリン等のレベルを満足するためには、凝集剤添加活性汚泥法等の高度処理の実施が必要であることを明らかにしている。

 第3章は「凝集剤添加によるリン除去に関する既往の研究」である。活性汚泥法における各種のリン除去とその限界、凝集剤添加法の発展の過程を文献調査をもとに述べ、リン除去を主体とした高度処理法として凝集剤添加活性汚泥法がより多くの可能性を有していることを明らかにしている。

 第4章は「凝集剤添加によるリン除去に関する実証施設における実験研究」である。名古屋市の西山下水処理場(日最大汚水量約3万m3)を実施施設として、約3年間にわたる実験研究を行った結果をまとめている。凝集剤添加活性汚泥法を実施する場合の、硫酸バンドの添加位置、添加量、制御方法、除去特性の向上、汚泥の増加量、硝化への影響等既設施設へのインパクトについて、実験結果に基づき、(1)わが国の平均的な下水(リンとして3〜4mg/l)に対してはアルミニウム濃度で4mg/l程度を添加すれば良好な処理水質が得られること、(2)この添加濃度であれば生物処理に対する阻害はないこと、(3)この場合の汚泥の増加率は20〜40%であり運転管理上の障害は少ない、等の結論を得ている。

 第5章は「凝集剤添加によるリン除去に関するパイロットプラントにおける実験研究」である。京都市鳥羽処理場内に設置したパイロットプラント(約500m3/日)を用いて凝集剤添加系列と無添加系列の運転を並行させた実験を約1年間行った結果をまとめている。これらの結果、(1)凝集剤添加活性汚泥法の安定性が確認された、(2)同時凝集沈殿法と分離凝集沈殿法の処理水質にさほど大きな差はなく多くの場合、施設を分離するほどの積極的な理由はない、(3)凝集剤の添加が硝化に及ぼす影響はアルミニウムで6mg/l以下であれば比較的小さい、(4)生物学的リン除去法との組み合わせが凝集剤添加量を1/2以下にする上で有効であること、等を明らかにしている。

 第6章は「急速ろ過に関する実験検討」である。凝集剤添加活性汚泥法においては、より安定した処理成績を得るためには処理水中の浮遊物の除去が必要であることを示し、そのためには急速ろ過法の採用が有力な手法であることを述べている。実施設での成績をもとに急速ろ過池の設計上の留意点を明らかにしている。

 第7章は「実施設による評価研究」である。既に運転を開始している3箇所の実施設での処理成績を総括し、生物学的リン除去法との組み合わせ運転が有効であることを明らかにし、その方式としては、並列型、組込み型、凝集剤添加量制御組込み型の3手法の適用性について検討し、その特徴を明らかにしている。

 第8章は「凝集剤添加活性汚泥法の適用」である。10箇所の下水処理場の数年間の処理結果をもとに、凝集剤添加活性汚泥法プロセスによってリンの安定的かつ経済的な除去が行えることを確認した成果に基づき、凝集剤添加活性汚泥法をわが国で実地に適用していく場合に必要な考え方、設計条件、管理方式等についての指針・提案を行うと共に今後検討すべき課題を明らかにしている。

 第9章は「総括」である。研究結果の全体的な総括を行い、凝集剤添加活性汚泥法の有用性と適用性についてまとめている。

 以上のように、本論文はわが国の実地の下水処理施設において、リンを除去する際に現実的に実用可能となる処理システムの提案を行い、その実用性と実用のための設計条件、管理方式等について具体的に指針を示すことに成功している。このことは、下水道技術の現場に即した技術開発にとって大きな貢献を為すものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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