湖沼等の閉鎖性水域の富栄養化防止等のために、放流水中の窒素、リンの除去を要請される下水処理場が今後とも増加していくものと考えられている。そして、このための効率的かつ経済的な手法の確立が望まれている。一般に、下水処理法の選定は、対象とする下水の水質、要求される放流水の水質レベルそして経済性等をもとに決定されることになるが、わが国の場合、下水処理、とりわけ高度処理に関する歴史が浅く、なお最適な手法の検討の余地が残されている。このため、全体計画の位置付けのなかで最適な手法が試行錯誤的に決定される余地もあり、当面の対策として既存施設の活用を最大限に図ろうという考え方も有力である。そしてその実践の経験を経ながら適用される処理プロセスが改良を加えられながら実態にあわせて活用され定着していくことになる。わが国の場合これとは別に、必要とされる用地面積が処理法を決定する際の重要な要素になることが少なくなく、特に既設の下水処理場の場合にはリン等の栄養塩類の除去を含めた機能向上のための別途施設のための用地の確保が困難であるため、既設施設を活用した高度処理プロセスの適用が望まれている。 本研究はこのような考え方のもとで、下水処理施設の能力の改善、とりわけリンの除去能力の大幅な向上のための手法の開発を目的として行なったものである。そして、アルミニウム塩等の金属塩の凝集剤をエアレーションタンク等の施設に添加して、処理機能の向上を図る手法(凝集剤添加活性汚泥法と呼ばれる)を取り上げ、わが国の下水を対象としてその適用手法を明らかにするため約10年間にわたって実験研究を行なった。 本研究では、まず、湖沼等の水質保全のためには下水道によるリン等の栄養塩類の除去による対策が重要であることを述べ、次にわが国の下水処理場における除去能力の実態等について論じ、リンの大幅な除去能力の向上の必要性、即ち、処理水中の残留リン濃度を0.2mg/l以下にできる処理法の適用が必要であることを示した。また、文献等の調査結果をもとに、わが国の下水の濃度は一般には欧米のそれと比べて相対的に薄く、"貧栄養"であり、導入される下水処理の運転管理の手法が異なること、即ちわが国固有の手法の確立が必要であること等を明らかにした。凝集剤添加活性汚泥法は、生物処理と凝集沈殿が同時に進行するため、同時凝集沈殿法(Simultaneous Precipitation)とも呼ばれるが、その原理や欧米における実践の状況について考察するとともに、次のような手順で実験研究を行なった。 始めに、既設の下水処理施設で実証実験を行なうこととし、標準的な家庭下水が流入する既存の下水処理場(能力約3万m3/日)で約3年間実験研究を行なった。使用した凝集剤はアルミニュウム塩(硫酸バンド)であり、添加位置はエアレーションタンクおよび最初沈殿池である。凝集剤の添加位置、添加量及び制御方法が及ぼす除去特性の向上、汚泥の増加量、生物相や硝化への影響等についての実験を行なって、エアレーションタンクへの添加が最初沈殿池に添加するより優れていること、わが国の平均的な下水(リン濃度で4mg/l付近)に対しては、凝集剤をアルミニウムとして4〜6mg/l付近で添加すれば良好な処理水質が得られること、そしてこの添加濃度であれば生物処理に対する阻害要因とはならないことがわかった。この他、硝化の促進のためにはpH調整によるアルカリ度の補給等いくつか注意すべき点があること、汚泥の増加率は20〜40%であること、そして、凝集剤の添加が処理施設の運転管理に与えるインパクトは大きくはないこと等が主要な結論である。 次に、実証実験の成果を踏まえて、別の下水処理場内に設置したパイロットプラント(能力約500m3/日)で約2年間の実験検討を行なった。凝集剤添加系列と無添加系列の運転を並行させた長期間の実験、二次処理水を対象としたいわゆる三次処理による手法である分離凝集沈殿法法(Separate Precipitation)との比較実験等を行なった。 これらの結果、凝集剤添加活性汚泥法のリンの除去法としての安定性が確認できたほか、わが国の下水の特性であれば、リンの除去に関しては、同時凝集沈殿法と分離凝集沈殿法の処理水質にさほど大きな差はなく多くの場合、分離法の採用によって施設を分離するほどの積極的な理由はないことを見い出した。このことは、経済性、運転管理性の向上の両面から重要な点である。 また、凝集剤の添加が硝化に及ぼす影響に関する実験を行なって、本法における硝化および窒素除去の促進のための運転上の留意点、すなわち、低水温時の操作法や、凝集剤の濃度ははじめから一定値にして添加を開始するのではなくアルミニウムとして1〜2mg/l程度から漸増させねばならないこと等、を明らかにした。さらに、フィードバック法による注入制御法を組み込んだ凝集剤添加法に関する実験研究を行なって、生物学的リン除去手法との組合せが、凝集剤の費用の節減や発生汚泥量の減少などを可能にし、凝集剤添加活性汚泥法の経済性の向上のために有効であることを明らかにした。 実証実験、パイロットプラント実験の結果、凝集剤添加活性汚泥法の処理水に含まれる固形物中のリンの含有率は比較的高いので効率的な固液分離を行なうことによってリンの除去をさらに向上させることができる可能性が示された。そこで、固液分離の手法として急速ろ過を取り上げて実験及び実施設での処理成績をもとに、下向流式の急速ろ過池でどの程度リンが除去されるのかを考察し、設計にあたっての考え方を示した。凝集剤添加活性汚泥処理水の急速ろ過は、ろ材構成、ろ過速度、ろ過池の洗浄等について、通常の二次処理水の直接ろ過の考え方と、二次処理水に対して凝集沈殿を行なった場合の処理水のろ過に対する考え方の中間的なものになるというのが結論である。 実証実験等の結果得られた知見をもとに、凝集剤添加活性汚泥法を採用したいくつかの実施設が設計、建設された。そこで、現在までに運転された10箇所の下水処理場の処理成績を調査し、数年間の運転結果をもとに、実施設においても本プロセスによってリンの安定的かつ経済的な除去が行なえること、生物学的リン除去法との組合せ運転が有効であることを確認した。 本研究では、実験結果をもとに、凝集剤添加活性汚泥法と生物学的リン除去法との組合せ処理の方法として、3つの結合型(ハイブリッド)リン除去法を提案した。1つは、「並列型」と名付けた凝集剤添加活性汚泥法と生物学的脱リン法の系列を並列で運転する方法、第2は生物処理によるリン除去の運転モードのもとでリンの除去の状況にあわせて凝集剤の添加を行なう「組込み型」、第3は、「組込み型」に処理水中のリン濃度の連続モニターシステムを組み込み凝集剤の添加量を制御しようとする「凝集剤添加量制御組込み型」である。実験結果をもとに 処理効率、経済性等の観点から、これらの手法の特性と利害特質を論じた。いずれの方法も従来の標準活性汚泥法の運転管理の延長で実施できるものであり十分な実用性を有していることが示された。 凝集剤添加活性汚泥法は、単に生物処理の進行のなかで、凝集沈殿を並行して進行させるプロセスという捉え方ではなく、生物処理の本質的な機能と共存する役割を果たすプロセスとして位置付けすべきであることが全体として得られた知見である。 今後の課題は、添加アルミニウムの硝化細菌への影響の解明、凝集剤添加濃度の削減手法の検討、処理水のろ過方法の確立、発生汚泥の有効利用法の開発などである。 |