学位論文要旨



No 212502
著者(漢字) 岩井,誠
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,マコト
標題(和) 核燃料サイクルの海洋環境への影響評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 212502
報告番号 乙12502
学位授与日 1995.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12502号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 二村,義八朗
 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 助教授 中西,友子
内容要旨

 原子力発電体系が人類と共存しうる条件の一つとして核燃料サイクル施設の立地・環境問題の解決がある。その観点から重要な海洋環境への影響評価に関し、海洋放射生態学的知見を基礎に考察を行った。

 原子力の立地・環境問題を考えるうえでは、平常運転時にわずかに放出される放射性物質によるリスクが問題となるが、そのリスクを評価し、その結果を判断するために環境への影響評価に関する研究が重要な意味を持つ。

 本研究では、プラントの設計、環境への影響評価ならびにモニタリングを相互に連関のあるものとしてとらえ、生態系内の放射性物質の流れに関する放射生態学的知見を基礎に評価の方法論を組み立てた。

 こうした方法論に基づき、まず、「原子力の立地・環境問題における核燃料サイクルの位置づけ」について分析した。即ち、再処理を中心とした核燃料サイクルの構造について一般的に考察した後、核燃料サイクル各段階において発生する放射性廃棄物の態様について検討し、再処理の立地・環境問題の解決が核燃料サイクルの立地・環境問題の解決となること、また、再処理の立地・環境問題で発展させた方法論は他の核燃料サイクル施設に適用できることを示した。

 次に、「環境への負荷を考慮した再処理施設のプラント設計上の対応」を扱った。

 初めに、必要な放出放射能低減化を可能とする再処理施設の設計法を述べ、放射線防護の最適化という観点からの再処理施設の工程における除染係数の設計に関する判断の基準を検討した。

 続いて、海洋への放出放射能量決定の過程について扱っている。クリティカル経路法を導入して決定した英国ウィンズケール再処理工場の認可放出限度の変遷をレビューしたうえで、クリティカル経路法の考え方を重視して海洋調査の計画を立案しつつも、放出量については英国よりはるかに低いレベルにとどめることとした考え方を示した。すなわち、動燃東海再処理工場においては、当初設計の基準として、欧州再処理工場の数百分の一を目指したこと、漁業者との交渉をふまえ放出量を設計値よりもう一桁下げたことを述べ、さらに、第一次放出量決定の理論的根拠を示した。

 最後に、海中放出施設の設計について検討した。

 i)海中放出管の計画について、当初計画の距岸1kmの位置をその後の海洋調査の状況等の事情を踏まえ距岸1.8kmとしたこと、併せて、設計上議論のあった放出口ノズルについて、上向き、口径5cm、フランジ構造と決定した根拠を示した。

 ii)初期希釈を評価するため放出口から放出された直後の密度噴流の取扱いに関する首藤の式を取り上げ、環境影響評価のための水平拡散の入力条件の設定を行った。

 iii)海中放出施設の建設完了後実施した実放出管を用いての染料拡散実験ならびに実廃液中のトリチウムをトレーサーとして行った実験結果を示し、ii)の水平拡散の入力条件の設定が妥当であったことを明らかにした。

 放出放射能の影響の評価については、「海洋における放射性物質の挙動と個人の線量評価モデルの組立」として検討した。

 i)海洋における放射性物質の挙動をモデル化するうえで、先ず問題となる拡散現象の記述に関しては、最初に、放射性物質の海洋における乱流拡散方程式を取り上げ、理論解をレビューし、ついで、東海村沖での一連の拡散実験のデータから得られた実験式と、面状線源を考えたときの一般解の形式と整合しかつフィールドである東海村沖の実験式に収束する動燃の式との関係を示した。また、シミュレーションの計算結果の例を示し、拡散係数の選定が拡散シミュレーションに及ぼす影響を解析して、東海地区での2次元シミュレーションにおいて、海域の特性に合った拡散係数を採用すれば、動燃の式と矛盾しない結果が得られることを明らかにした。

 ii)再処理施設から海洋へ放出される廃液に起因する周辺住民の海産物摂取に伴う内部被ばく線量および周辺漁業者の漁撈に伴う外部被ばく線量の計算にあたって必要な海産生物の棲息の状況、位置および漁獲、出漁の実態およびこれらに基づいた被ばく線量計算の前提について、茨城県東海村周辺の生物資源調査および漁業実態調査結果を基に評価の観点から検討した。

 iii)海産生物の濃縮係数について、生物濃縮に関する一般的な考察の後、原子力施設の安全評価に採用されている放射性核種の濃縮係数の値をレビューし、動燃東海再処理工場の安全評価で用いられた濃縮係数選定の考え方を示した。

 iv)海産物摂取量の推定に関し、食品の消費実態調査の結果を取りまとめ、動燃東海再処理工場の安全評価で用いられた海産物の摂取量選定の考え方を示した。

 v)以上の過程を経て得られた結果に基づき、周辺住民の内部被ばく線量および外部被ばく線量を計算する一般的計算手法を述べたうえで、ICRP Publ.30の線量換算係数を採用した、海洋被ばく計算コードUMIDOSEについて検討した。

 影響評価の事後検証とも考えられる海洋環境モニタリングについて項目と方法の検討を行った。

 まず、放射生態学的観点から重要な被ばく経路とモニタリング計画との関係を述べ、動燃東海再処理工場のモニタリング計画の考え方を示した。

 ついで、モニタリングの結果に基づいて、東海再処理工場に起因する汚染の蓄積が無いことを明らかにし、日本の再処理計画における海洋放出放射能低減化のアプローチは正しいものであったと結論している。

 最後に、集団への影響評価の観点から「核燃料サイクル施設からの放射性物質の海洋放出に関する集団線量評価モデルの組立」について検討した。

 i)放射線防護の最適化、取扱い核種の長半減期化、廃棄物処分のリスク評価等の目的で、広い空間のスケール、長い時間のスケールを対象とした集団線量評価の必要性から、日本近海ならびに太平洋を扱うボックスモデルを作成することとした。

 ii)太平洋のボックス分割の基本的条件として、以下の4点を採用した。

 (1)鉛直層分割および水平海域の区分を海洋構造を基礎として行う。

 (2)鉛直方向の成層を取り扱う場合に等密度面に沿っての流れおよび混合を重視する。

 (3)赤道を1つの境界として扱う。

 (4)深層水については全層平均値を対象とし、ストンメルの深層循環理論に従うものとする。

 iii)具体的ボックス区分の基礎資料として、レビタス編纂の米国NOAAの海洋気候値に関するデータベースを採用し、鉛直方向の全データを拾いだしボックスの境界を定めた。日本近海のボックス区分は水塊区分を基礎とし、太平洋のボックスと連結し35ボックスのモデルを作成した。各ボックスに対応する漁業生産量について、農林水産省ならびにFAOの10年間の統計データを整理した。

 iv)作成した計算コードUMIBOXを用い、本州北東太平洋岸に立地する核燃料サイクル施設からの放出に起因する集団実効線量当量預託を試算した。

 以上の結果の要点をまとめたうえで、現在のレベルでは、核燃料サイクル施設の立地・環境問題について、個別的、具体的施設の建設に関して、プラント設計、環境評価および環境モニタリングの方法論が確立したと結論した。

 今後の課題として、長い時間のスケール、広い空間のスケールを対象とした評価の方法論を進展させ、原子力利用の総合的リスクを他のエネルギー利用の総合的リスクと比較することにより、地球環境問題的観点から人類がより適切な政策選択ができるよう努力すべきと提言している。

審査要旨

 エネルギー供給の中で原子力発電は重要な位置を占める。原子力発電体系が人類と共存し得る条件の一つとして核燃料サイクル施設の立地・環境問題の解決がある。平常時を考えると,運転に際して放出される放射性物質によるリスクの評価が必要となる。本論文では,プラントの設計,環境への影響評価ならびにモニタリングを相互に連関のあるものとして捉え,生態系内の放射性物質の流れに関する放射生態学的知見を基礎に評価の方法論を組み立て,考察を行ったものである。

 まず,「原子力の立地・環境問題における核燃料サイクルの位置づけ」について検討した。核燃料サイクル各段階において発生する放射性廃棄物の態様について検討し,再処理施設の立地・環境問題の解決がサイクル全体の立地・環境問題の解決となること,また,そこで得られた方法論はサイクルの他の施設に適用できることを示した。

 次に,「環境への負荷を考慮した再処理施設のプラント設計上の対応」の章では,まず,必要な放出放射能低減化を可能とする設計法を述べ,続いて,先行施設である英国ウインズケール再処理工場の認可放出限度の変遷を勘案した上で,動燃の施設では放出量を英国よりはるかに低いレベルにとどめることを設計基準としたことの考え方を示した。また,海中放出管の設計について検討し,設置場所,構造を決定した根拠を示した。また,初期希釈を評価するため放出直後の密度噴流に関する取扱いを検討し,さらに水平拡散の入力条件の設定を行った。最後に,実放出管を用いての染料拡散実験および実廃液中の3Hをトレーサーとした実験の結果から希釈の取扱いの妥当性を示した。

 「海洋における放射性物質の挙動と個人の線量評価モデルの組立」の章では,放出放射能の影響評価について検討した。最初に,放射性物質の海洋における乱流拡散を取り上げ,東海村沖での一連の拡散実験のデータから得られた実験式と,面上線源を考えたときの一般解の形式と整合しかつ東海村沖の実験式に収束する動燃の式との関係を示した。さらに,その後のより複雑な式によるシミュレーション結果を示し,海域の特性に合った拡散係数を採用すれば,簡易な動燃の式が実用に適することを明らかにした。

 再処理施設から海洋へ放出される廃液に起因する周辺住民の海産物摂取に伴う内部被曝線量および漁業者の漁労作業に伴う外部被曝線量の計算に必要な海産生物の棲息状況,漁業の実態等について,東海村周辺の生物資源調査および漁業実態調査の結果を基に評価の観点から検討した。また,海産生物の濃縮係数,海産物摂取量について調査結果をまとめ,安全評価で用いられた値の設定の考え方を示した。

 以上の結果を基に,周辺住民の被曝線量計算の手法を示し,ICRP Pub.30の線量換算係数を採用した計算コードUMIDOSEについても検討した。

 「海洋環境モニタリングの項目と方法」については,まず,放射生態学的観点から重要な被曝経路とモニタリング計画の関係を述べ,動燃再処理施設のモニタリング計画の考え方を示した。次いで,モニタリング結果から,この施設に起因する汚染の蓄積の無いことを明らかにし,プラント設計における放出放射能低減化の考え方の妥当性を確認した。

 最後に,「核燃料サイクル施設からの放射性物質の海洋放出に関する集団線量評価モデルの組立」の章で,集団への影響評価の方法論を検討した。広い空間,長い時間を対象とした集団線量評価の必要性から,日本近海ならびに太平洋を扱うボックスモデルを作成することとし,太平洋については米国NOAAの海洋気候値に関するデータベース,日本近海については水塊区分を基礎としてボックスを区分し,計35ボックスのモデルとした。各ボックスに対応する漁業生産量について,農林水産省およびFAOの統計を整理した。この計算コードUMIBOXを用い,本州北東太平洋岸に立地する核燃料サイクル施設からの放出に起因する集団線量預託を試算した。

 以上をまとめ,核燃料サイクル施設の立地・環境問題について,プラント設計・環境影響評価・環境モニタリングの方法論が確立されたと結論した。今後,原子力利用と他のエネルギー利用の総合的リスクの比較が可能になるよう,集団線量評価等に関する方法論の一層の進展の必要性を指摘している。

 以上,本論文は,核燃料サイクルの影響評価の方法論を体系的に検討したもので,学術上も実際面でも貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)に値すると判断した。

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