審査要旨 | | 生活環境下に存在する多数のアミン・アミド類は,環境下あるいは胃内で亜硝酸と反応することにより,ヒトへの発癌リスクを有するニトロソ化合物を生成する可能性がある。本研究は,ジチオカーバメイト系殺菌剤の代謝・分解産物であるエチレンチオウレア(ETU)がアミド類に包含されることに着目し,ETUと亜硝酸ナトリウムをマウスに同時経口投与することによって生成されると考えられるニトロン化合物(N-ニトロンETU)の発癌性について検索するとともに,ヒト子宮内膜腺癌のモデル病変の開発を試みたものである。得られた成績は下記の通りである。 1)ETUおよび亜硝酸ナトリウムの同時経口投与によるマウスにおける発癌性の検討 マウスにETUと亜硝酸ナトリウムを0:0,100:0,0:70,25:17.5,50:35及び100:70(ETU対亜硝酸ナトリウム,mg/kg)の用量で10週間強制経口投与し,さらに18ケ月間観察を続けた。その結果,ETU(100mg/kg)と亜硝酸ナトリウム(70mg/kg)を同時反復投与することにより,リンパ系組織,肺,前胃,ハーダー腺および子宮に腫瘍を誘発しうる量のN-ニトロソETUが生成されることが明らかになった。また,これまで種々の化学発癌物質について経口投与では惹起できなかった子宮内膜腺癌の誘発に成功した。なお,ETUあるいは亜硝酸ナトリウムの単独投与ではいずれも発癌性を示さなかった。 2)子宮内膜腺癌の発癌過程に関する病理学的検討 子宮内膜腺癌の発癌過程を病理学的に詳細に検索するために,マウスにETU(100mg/kg)と亜硝酸ナトリウム(70mg/kg)の混合液を6ケ月間にわたって経口投与し,その後さらに6ケ月間観察した。その結果,6ケ月時から前癌病変である内膜腺異型性過形成が観察され,12ケ月時の生存動物の42%に分化型の子宮内膜腺癌が認められた。同時に,血漿プロゲステロンの顕著な減少が観察された。この癌は,病理組織学的性状に加え,卵巣ホルモン非応答性,核エストロゲン受容体欠失,変異型p53遺伝子の発現等の点でもヒトの悪性子宮内膜癌と良く類似していた。 3)子宮内膜腺癌の発癌過程に及ぼす宿主動物の月齢の影響 子宮内膜腺癌の発癌過程に及ぼす宿主動物の月齢の影響を検索するため,種々な月齢から上記2)の用量で投与を始めたところ,子宮内膜腺癌の誘発には,卵巣の加齢性変化である卵巣嚢胞が発現する6ケ月からの投与が最も効果的であることが明らかになった。また,発癌過程に及ぼす卵巣ホルモンの影響をみるため,プロゲステロンおよび17-エストラジオールをそれぞれ充填したチューブを長期間背部皮下に埋設して検索した結果,いずれも発癌過程に影響を及ぼすことはなかった。 上述したように,本研究では,亜硝酸ナトリウムの存在下でエチレンチオウレアの発癌性が増強することを明らかにするとともに,誘発された腫瘍の一つである子宮内膜癌がヒトのエストロゲン非依存型の悪性子宮内膜癌の有用な病態モデルとなることを明らかにしたもので,化学発癌に関する基礎および応用上極めて価値があり,審査委員一同博士(獣医学)の学位に値するものと判断した。 |