学位論文要旨



No 212506
著者(漢字) 三澤,尚明
著者(英字)
著者(カナ) ミサワ,ナオアキ
標題(和) Campylobacter jejuniの病原因子に関する研究
標題(洋) Studies on pathogenic factors of Campylobacter jejuni
報告番号 212506
報告番号 乙12506
学位授与日 1995.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12506号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
内容要旨

 Campylobacter jejuni(C.jejuni)は、ヒトの主要な腸管病原菌の一つとして重要視されている。本菌は家畜や家禽あるいはイヌ、ネコさらには野性動物などあらゆる動物に分布して、畜産食品や一般の調理食品、飲料水などを媒介してヒトに感染する。家畜や愛玩動物、サルなどでも本菌による下痢症が確認されている。また胃腸炎のみならず、ニワトリでは壊死性肝炎への関与が、ヒトでは髄膜炎や胆嚢炎、尿路感染症などへの関与がそれぞれ報告されている。このようにC.jejuni感染症は公衆衛生や家畜衛生の面で極めて重要な問題であるが、その発症機序については尚不明な点が多く残されている。

 C.jejuniの病原因子の解析は、これまでに付着性、細胞侵入性、毒素産生性などの各方面から検討されてきた。特に本菌の産生する毒素にはコレラ毒素と類似したエンテロトキシン(ETX)の他に培養細胞に致死活性を示すサイトトキシン(CTX)や細胞膨化致死毒素(CLDT)、溶血毒などが知られており、発症の重要な因子の一つとして考えられている。しかしながらいずれの毒素についても、毒素産生の至適培養条件や毒素の検出法に関する検討がほとんど行われておらず、報告者によっても方法がそれぞれ異なるために再現性のある結果が得られていない。さらにこれらの病原因子や感染様式を解析するための適当な実験動物モデルが少ないことも本症の病態解明を遅らせる原因となっている。そこで、本研究ではC.jejuniの病原因子、特に毒素の産生条件とその検出法に関する基礎的検討を行うとともに、ウズラの感染実験動物としての有用性について検討した。

第一章:C.jejuniによるCTXの産生条件と培養細胞を用いた検出法の検討。

 CTXの検出法の検討には、ヒト患者由来C.jejuniをBrucella brothに接種した培養濾液を用い、培養細胞側の条件を変えてCHO細胞に対するCTX活性を比較した。CTX活性は、細胞培養に用いたMEM培地に添加する血清の種類と濃度によって差が認められた。即ち、新生児子牛血清(NCS)、成牛血清を添加すると強い活性がみられたが、牛胎児血清(FCS)、ウマ、ヒト血清では弱い活性しか認められなかった。しかしFCSの濃度を20%以上にすると強いCTX活性が認められるようになった。さらに無血清培地(SFC)を用いると血清を添加するよりも高い活性が検出された。FCS、NCS添加培地およびSFCの各測定系で株化細胞のCTXに対する感受性を比較すると、CHOとC6細胞は3つの測定系で感受性を示したが、Vero、HeLa、Int407、Hep-2細胞はNCS系でしかCTX活性が検出されなかった。以上の結果より、CHO細胞を用いた20%FCS、10%NCS、SFCの各測定系がCTXの検出に適していた。培養条件の検討では、Brucella broth、二層培地、CYE、M199培地を用いてCTXの産生性を比較した。Brucella brothはCTXの産生に最も適していたが、M199培地では全く産生されなかった。静置培養と撹拌培養では同様の増殖曲線が得られたが、培養法によって三つの測定系における検出パターンが異なっていた。即ち、静置培養では24時間培養の上清でNCSとSFC測定系にCTX活性が検出されたが、FCS測定系では4日培養の上清に活性が検出された。これに対し撹拌培養ではNCSとSFC系よりちFCS測定系でより早くCTX活性が検出された。これらの結果は37℃と42℃の培養温度における差はみられなかった。

 今回検討した至適条件により、CTX産生性の報告されている菌株を用いてCTXを検出したところ、報告者の結果とは一致しなかった。

第2章:ヒトおよび動物由来株のCTX産生性の比較。

 日本および外国で分離されたヒト由来34株、動物由来22株を用い、第1章で検討したCHO細胞を用いた3つの測定系でCTX活性を検出した。同時に逆受身ラテックス凝集反応により、コレラ様エンテロトキシンの検出も試みた。FCSおよびNCS測定系で検出されるCTX力価は4〜8倍と低かったが、SFC系では最高128倍まで検出された。FCS、NCSおよびSFC測定系でのCTXの検出率は、ヒト由来株で62、85、および100%、動物由来株で64、77および100%検出された。ヒトおよび動物由来株あるいは日本および外国由来株の間に各測定系でのCTXの検出率に有意差は見られなかった。分離株は3つの測定系におけるCTXの検出パターンから、4つのグループに分けられた。菌株の54%は3つの測定系で陽性を示したが、9%はSFO系のみに陽性を示した。FCS系で陰性を示した21株のうち8株は、Cytolethaldistending toxin(CLDT)によると考えられる細胞の膨化が認められた。一方、コレラ様エンテロトキシンはすべての菌株から検出されなかった。

第3章:CTXの性状と細胞致死活性発現の条件。

 3種類の測定系を用いてCTXの性状を調べた。FCS測定系で検出されるCTXは易熱性で、分子量(Mw)は限外濾過により50〜100KDaと推定され、NCS測定系で検出されるCTXは、耐熱性でMwが0.5〜3KDaと考えられた。SFC測定系で検出されるCTXは加熱により完全には失活せず、またMwも一定の範囲にはなかった。FCS及びNCS系のCTXは、トリプシンやペプシンの酵素処理で失活しなかったが、DTT等の還元剤により完全に失活した。培養濾液に正常ウサギ血清を加えると、FCSとNCS測定系ではCTX活性が抑制されなかったが、SFC測定系では完全に抑制された。培養濾液を加熱し、易熱性CTXを失活させると、FCS測定系では検出できなくなるが、これにNCSを添加するとCTX活性が復活した。また濾液を透析すると、NCS測定系でCTX活性は検出されなくなるが、この培養濾液にFCSを添加するとCTX活性が復活した。しかしながら、培養上清を加熱した後に透析すると、FCSやNCSを添加しても復活しなかった。他の抗毒素抗体との交差試験の結果、培養濾液中にコレラトキシン、大腸菌の易熱性毒素(LT)、耐熱性毒素(ST)あるいはVero toxin(I・II)と交差反応性を有する抗原を検出することはできなかった。

第4章:C.jejuniの溶血様活性の検出条件の検討。

 溶血様活性は培地pHが6.0から6.5の範囲で最も明瞭に認められたが、pHが5.7以下あるいは7.2以上では菌は発育しても溶血様の緑色帯は検出されなかった。経時的観察では溶血様活性は37℃培養では48時間後に、42℃培養では24時間後に検出された。しかしながら培養をさらに継続すると溶血様活性は両培養温度で消失した。これに代わって、37℃培養では6日後に、42℃培養では3日後に溶血様活性が認められるようになった。この溶血様活性は対照のS.pyogenesにみられるようなコロニー周囲の透明な溶血帯としてではなく、コロニー直下のみの溶血だった。および溶血様活性は、用いたすべての動物の血液において認められた。両溶血様活性の検出には、Blood agar baseとNutrient agarにウサギあるいはヒト血液を添加したちのがが優れていた。溶血様活性の検出にはBlood agar base、Nutrient agar、Brain heart infusion agarおよびBrucella agarが適していたが、Heart infusion agarとMueller-Hinton agarでは活性が弱かった。方溶血様活性の検出には培地の差はなかった。溶血様活性を検出する至適条件下で培養したところ、すべての供試株でおよび溶血様活性が検出された。

第5章:C.jejuni感染ウズラにおける壊死性肝炎の形成。

 ブロイラーの壊死性肝炎由来BL107株とヒトの下痢症患者由来HP5113株の培養菌液(約108cfu/羽)を、2か月齢のウズラに経口、翼下静脈内あるいは膵十二指腸静脈より肝臓内へ接種する方法で投与した。経時的に肉眼病変を観察し、肝臓、脾臓、血液、胆汁および盲腸内容から接種菌の回収を行った。 静脈内にヒトおよびニワトリ由来株を接種すると、接種1日後から肝臓の表面および内部にニワトリで見られる病変に類似した巣状壊死が多数認められ、病理組織学的にも肝細胞の多発性巣状壊死と診断された。肝臓の壊死は接種7日後までは高頻度に認められたが、10日以降はほとんど見られなかった。接種菌は肝臓で3日後までは高い菌数を示したが、4日以降は、血中凝集抗体価の上昇とともに減少し、血液および脾臓からは、感染初期にのみ分離された。一方胆汁中からは菌が接種5分後には回収され、以後14日間の観察期間中、盲腸内容と同様に接種菌が分離された。壊死形成率と菌の回収率は、翼下静脈内接種よりも膵十二指腸静脈内接種のほうが高い値を示した。菌の経口投与では壊死性肝炎は認められず、盲腸内容からのみ接種菌が分離された。接種菌の肝内分布を調べると、接種直後にはマクロファージ内のほか、肝細胞内や肝細胞間に認められた。さらに菌抗原は、壊死巣内にはほとんど認められず、壊死周囲の組織に検出された。

 本研究の実験結果から、以下のことが結論づけられた。

 1.CTXの産生量やその検出結果は菌の培養方法や細胞の培養条件に大きく影響される。

 2.ヒトおよび動物由来株あるいは日本および外国由来株の間に各測定系でのCTXの検出率に有意差は見られなかった。

 3.C.jejuniの培養上清中には少なくとも性状の異なる3種類のCTXが含まれ、またCTX活性の発現には培養細胞に添加する血清に依存していた。

 4.溶血様活性は培地pHに依存して発現し菌体外に分泌されるが、溶血様活性は長期間培養後菌体に結合した形で発現される。

 5.C.jejuniをウズラの静脈内に接種すると、ニワトリで認められる病変に類似した壊死性肝炎を確実に再現することができ、ウズラは本病の有用な感染実験動物となりうる。

審査要旨

 Campylobacter jejuni(C.jejuni)は,ヒトの主要な腸管病原菌の一つとして重要視されている。また胃腸炎のみならず,ニワトリでは壊死性肝炎への関与が,ヒトでは髄膜炎や胆嚢炎,尿路感染症などへの関与がそれぞれ報告されている。しかしながらその発症機序については尚不明な点が多く残されている。本研究ではC.jejuniの病原因子,特に毒素の産生条件とその検出法に関する基礎的検討を行うとともに,ウズラの感染実験動物としての有用性について検討した。

第1章:C.jejuniによるサイトトキシン(CTX)の産生条件と培養細胞を用いた検出法の検討。

 C.jejuniの培養濾液を用い,培養細胞側の条件を変えてCHO細胞に対するCTX活性を比較したところ,CTX活性は細胞培養に用いたMEM培地に添加する血清の種類と濃度によって差が認められた。また用いる株化細胞によっても感受性に大きな差が見られた。したがってCTXの検出にはCHO細胞を用いた20%FCS,10%NCS添加MEM培地あるいは無血清培地(SFC)が適していた。菌の培養条件の検討では,Brucella brothはCTXの産生に最も適していたが,M199培地では全く産生されなかった。静置培養と攪拌培養でもCTXの産生性に差が見られた。今回検討した至適条件により,すでにCTX産生性が報告されている菌株を用いてCTXを検出したところ,これまでの報告と異なる結果を得た。

第2章:ヒトおよび動物由来株のCTX産生性の比較。

 日本および外国で分離されたヒトおよび動物由来株を用いCHO細胞を用いた3つの測定系でCTX活性を検出した。ヒトおよび動物由来株あるいは日本および外国由来株の間に各測定系でのCTXの検出率に有意差は見られなかった。分離株は3つの測定系におけるCTXの検出パターンから,4つのグループに分けられた。一方コレラ様エンテロトキシンはすべての菌株から検出されなかった。

第3章:CTXの性状と細胞致死活性発現の条件。

 3種類の測定系を用いてCTXの性状を調べた。FCS測定系で検出されるCTXは易熱性で,Mw(Da)は限外濾過により50〜100Kと推定され,NCS測定系で検出されるCTXは,耐熱性て,Mw(Da)が0.5〜3Kと考えられた。SFC測定系で検出されるCTXは加熱により完全には失活せず,またMwも一定の範囲にはなかった。FCSおよびNCSのCTXは,トリプシンやペプシン処理で失活しなかったが,DTT等の還元剤により完全に失活した。さらにCTX活性の発現は培養細胞に添加する血清に依存していた。

第4章:C.jejuniの溶血様活性の検出条件の検討。

 溶血様活性は培地pHが6.0から6.5の範囲で最も明瞭に認められたが,pHが5.7以下あるいは7.2以上では菌は発育しても溶血様の緑色帯は検出されなかった。経時的観察では溶血様活性は37℃培養では48時間後に,42℃培養では24時間後に検出された。しかしながら培養をさらに継続すると溶血様活性は両培養温度で消失した。これに代わって,37℃培養では6日後に,42℃培養では3日後に溶血様活性が認められるようになったが,コロニー直下のみの溶血だった。両溶血様活性の検出には,Blood agar baseとNutrient agarにウサギあるいはヒト血液を添加したものが優れていた。至適条件下で培養したところ,すべての供試株でおよび溶血様活性か検出された。

第5章:C.jejuni感染ウズラにおける壊死性肝炎の形成。

 静脈内にヒトおよびニワトリ由来株を2か月齢のウズラに接種すると,接種1日後から肝臓の表面および内部に巣状壊死が多数認められ,病理組織学的にも肝細胞の多発性巣状壊死と診断された。肝臓の壊死は接種7日後までは高頻度に認められたが,10日以降はほとんど見られなかった。接種菌は肝臓で3日後までは高い菌数を示したが,4日以降は,血中凝集抗体価の上昇とともに減少し,血液および脾臓からは,感染初期にのみ分離された。一方胆汁中からは菌が接種5分後には回収され,以後14日間の観察期間中,盲腸内容と同様に接種菌が分離された。菌の経口投与では壊死性肝炎は認められず,盲腸内容からのみ接種菌が分離された。

 以上本論文はC.jejuniの病原性につして,毒素産生性および感染実験動物としてのウズラにおける病変形成について検討したもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値らるものと認めた。

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