学位論文要旨



No 212509
著者(漢字) 浅田,昭
著者(英字)
著者(カナ) アサダ,アキラ
標題(和) 海底地形解析のためのマルチビーム音響測深機データの処理法
標題(洋) Data Processing of Multi-beam Echo Sounder for Seafloor Topography Analysis
報告番号 212509
報告番号 乙12509
学位授与日 1995.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12509号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 助教授 末広,潔
 東京大学 助教授 藤本,博巳
 電気通信大学 教授 竹内,倶佳
内容要旨

 海底地形の解析は海洋地質学における最も重要な研究手法の一つである。マルチビーム音響測深機により、海底地形調査は著しく進展した。SWATH計測幅内の微細精密地形を面積的にほぼ100%捕らえることができるため、マルチビーム測深による地形計測の信頼は高まってきている。本研究では先ず、計測原理の解析によりマルチビーム測深の特性を明らかにするとともに、測深機のリアルタイム計測処理能力に比べ、より優れたハイドロホンのエコー信号の後処理による高精度計測を可能にする手法を見いだした。また、海底地形データの処理・解析において問題となるマルチビーム測深機特有の虚像地形や、ノイズ地形の特性からこれらを自動的、かつ効果的に除去する手法を研究し、地形情報の高品質化を図ることができるようにした。さらに、データの大きな空白部を地形の特徴を上手く捕らえて補間する手法を作成するとともに、マルチビーム測深の反射強度信号から海底の良質な音響画像を平面的および3次元的に作成する手法を作成し、海底の底質分類、微細変動地形の解析を実用化した。

 シービーム2000をモデルとした計算シミュレーションによるビーム指向性の解析を行った。送波面を波長に比べて非常に小さなセルに分割し、セルからの球面拡散波の和というシンプルな計算法により、各セルはサイドローブ抑制のための振幅調整を行った。セルの音圧の指向性係数は送波前面は1.0で送波面下0〜10度は1.0から0.0と一様に減衰する回析波を推定した。この方法により、複雑な3次元配列素子の指向性や移動する素子の合成による指向性解析も可能となった。

 解析の結果、前後方向=55度付近に大きなサイドローブが存在するが、受波ビームは-6<<6度に開口しているので計測上問題は無いと思われる。また、多くのマルチビーム測深機はピッチングを補正する目的で送波ファンビームのビームスタビライズを行っているが、サイド方向では補正効果が減少する状況が詳しく分かり、ピッチングが大きい計測条件下ではワイドSWATH測深は適さないことが分かった。ビームの位置をピッチングで計算する方が効果的である。

 水路部の保有している現在のシービーム2000は船底の左舷の42本と右舷の42本のハイドロホンにより、左右-120〜120度の範囲を3つに分け、-25〜25度の範囲は84本のハイドロホンを使った1度間隔の51本の受信ビームを作り、-60〜-25度および25〜60度の範囲は42本のハイドロホンによりIFFT(逆フーリエ変換)ビームフォーミングを行っている。各ハイドロホンの受信信号に同じ周波数の信号でミキシングを行い、ハイカットフィルターを通すことにより、ミキシング周波数信号との位相差に対応したDC成分を得ることができる。/2位相の異なる2つのミキシング周波数を使うことにより、時間tに対応した84組のaicos(di)とaisin(di)のデータを得る。これを使い、42個の半波長間隔のラインアレイについてIFFTビームフォーミングを行う式は以下になる。一度にN/2個の受信ビーム信号を作ることができる。

 f(0)= Am EXP j(2*dm+2*0* um)

 f(1)= Am EXP j(2*dm+2*1* um)

 f(X)= Am EXP j(2*dm+2*X* um)

 um=2m/N、u1=2/N=2sin(1)

 x=sin-1(X/256)

 上式はN=256とし、シービーム2000と同じ効果を得るため、12KHzの受信周波数を24kHzと同じナロービーム効果が出るように2倍の位相調整処理する方式を提案してビーム指向性を解析した。図1は84本のハイドロホンを使った2次元空間における指向性ビームパターンの解析結果を示す。この密に並んだ高分解能の受波ビームにより、海底の反射信号の到来方向を0.1度以上の高分解能で計測できる。受波ファンビームは前後角が大きくなるにつれて大きく曲がる傾向も明らかになった。

図1 シービーム2000の受波指向特性(左右方向のビーム角20度)

 海底地形解析の前処理としてエラーデータの効率的な除去手法を作成し、データの品質向上を図ることができるようになった。またある程度計測条件の悪い場合でも精密な地形データを得ることができるようになった。100ピングのマルチビーム単位で処理を行うもので、各データの回り4象限と中心に、前後のピングと左右のビームの5×5の水深データの作る近似平面の5つの式を作りこれらより3%以上離れた被検査データは異常データとして削除する。次に4×4の近似平面より2%以上、最後に3×3の近似平面より1%以上離れたデータを削除する。これを何回も繰り返すことにより効果的にエラーデータを削除することができる。各段階において、5つのいずれかの近似平面と整合するものは地形と見なす。

図2 自動エラー削除(左:元データ、右:処理後)

 海底地形の基本データとしてメッシュデータを作成し、これから等深線図、水深図、三次元イメージ図、地形解析図等を作成する処理システムを作成した。メッシュデータの小さな空白域については1〜3次の近似多項式により補間に使用してきたが、大きな欠損部においては、補間により崖崩れ地形、窪地地形、海丘地形等の人工地形を作ってしまうことが多かった。このため良質の地形補間を行う、新しい2次元DFT近似計算プログラムの開発を行ってきた。

 Z’= {amn*cos(mX+nY)+bmn*sin(mX+nY)}

 各周波数毎に最も地形に適合する成分から順番に近似し、その近似分を差し引いていくこととした。nはマイナス成分も持つことにした。周波数成分はメッシュの最大幅の数倍の波長を持つ周波数を基準とし、その整数倍とする等の方法によりメッシュの全体の地形をより上手く近似させた。また、低い周波数成分から順に近似し、低い周波数成分の近似計算を繰り返し行うことにより良く地形を捕らえられることが分かった。データの欠損分布状況と周波数成分の方向との間に関係があるため、周波数成分の方向に対応したフィルタリング機能を追加した。基本的には係数の個数は4096(32*64*2)となり地形を正確に捕らえることができる。しかし、多大な計算時間を必要とする。

 シービーム2000の出現により、マルチビーム音響測深は海底の後方散乱波強度の計測もできるようになった。この海底反射の情報から音響画像データの解析・作図手法を新しく作成した。音響ビームの受信強度に応じた強さの光をデジタル印画紙に照射することにより、海底の音響イメージ図を作成した。ビーム位置の地図投影法を等深線図と同じくし、ビーム強度のゲイン補正を行う。後方散乱波強度のビーム傾斜角補正と海底の傾斜補正のために、海底反射強度の非常に強い、反射強度は弱いが直下ビームのみが非常に強い、全体に反射強度の弱い3区域に対応した受信強度表を3種類作成し、これで補正する。さらに、傾斜角20度を画像の基準として良質のイメージ図を作成する。海底の音響反射強度図の情報は疑惑地形の実在の検証に役に立ち、また、等深線図と重合わせることにより、反射強度による底質の違い、谷筋地形、火山体地形、表層断層地形、地滑り地形、露岩地形分布など、海底地形・地質の解釈に有効な貴重な情報を得ることができる。マルチビーム音響測深のビームの位置、水深値、反射強度の情報が全く同一地点に在るという海底地形解析にとって非常に有利な特徴を活かすために、ビームデータ毎に3次元表現する作成した。図3は伊豆大島東方の相模トラフの3次元音響ビーム画像図である。崖地形、谷筋地形が良く分かり、トラフ軸の浸食部と堆積物が残っている地域とが区別される。地形解析の上で有効な解析図化手法となると期待される。

図3 伊豆大島東方の3次元海底音響画像図
審査要旨

 海底の地形図や表層地質図を作成することは、海洋地質学にとってもっとも基本的な手法である。海水中では電磁波は減衰が著しいので、海底の探査には音波が使われる。本論文は音波による高精度の海底地形解析の新しい手法を提示したものである。

 本論文は6つの章立てからなる。まず第1章では、現在広く使用されているマルチナロービーム測深手法について、ビーム指向性の解析方法を開発し、これをもとに送受波、とくにサイドローブと呼ばれる回折波の特性を明らかにした。さらに、半波長間隔の送受器ラインアレイについて逆フーリエ変換ビームフォーミングを行ない、受波指向特性を解析し、高解像度の地形情報が得られる可能性を明らかにした。これは、マルチナロービーム測深法のデータ解析に新しい分野を開く研究であると評価できる。

 地形データは等深線図や3D表示など用途に応じて様々の表示方法が取られる。したがって測深データはメッシュデータに変換しなければならない。第2章ではメッシュデータの作成方法についての解析を行なっている。

 第3章では、データエラーの削除方法とメッシュデータを用いた等深線図作成方法について述べている。とくにメッシュデータを用いて、低い周波数成分から高い周波数成分へと順次補完し、近似計算を繰り返して、よりその場所の地形特性の実態に合致した補完方法を提案しており、これは地質学的な地形の形成過程からみても、実用性が高い方法であると評価できる。

 発信された音波は海底の粗度や物性に応じて特有の後方散乱波を反射してくる。第4章では、ビームの後方散乱強度から微地形や底質の情報を得る方法を述べている。これにより、測深データと後方散乱強度を同時に表示することが可能となり、海底地形・地質探査の新しい手法となることを示した。

 第5章は実際にこの研究に使用しているシービーム2000測深装置の精度、そして第6章は結論を述べている。

 本論文は高精度の海底地形解析の新しい手法についてのオリジナルな研究であり、海洋地質学の基礎研究として、博士論文に十分価すると評価できる。したがって博士(理学)を授与できると認める。

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