ヒトパピローマウイルス(HPV)16型は子宮頚癌の原因であると考えられている。その根拠としては、HPV16型DNAが子宮頚癌およびその前癌病変に高頻度に検出されること、そのE6、E7遺伝子はヒトやラットの培養細胞を不死化したり形質転換したりする能力を有すること、子宮頚癌細胞において、E6、E7遺伝子は常に保持されており、その遺伝子産物(E6、E7蛋白)が、発現していること、E6、E7蛋白は、癌抑制遺伝子産物と結合能を有することなどが挙げられる。HPV16型の子宮頚癌発生における役割を明らかにするためには、ヒトにおけるHPVの生態学を明らかにする必要があると考えられる。しかし、HPVには適当な培養系がないため、抗原とすべき蛋白の入手が困難であった。そのため、遺伝子組み替えにより大腸菌で発現した蛋白などを用いた血清疫学的研究が行われるようになった。我々もまた、HPV16型感染の初期段階と関連していると考えられるE4蛋白、発癌と関連すると考えられるE7蛋白を抗原とした抗体測定系を開発し、抗E4、E7抗体の検出を行った。その結果、抗E4、E7抗体は、とちにHPV感染の指標とはならないものの、子宮頚癌患者にのみほぼ特異的に検出され、かつ互いに独立して存在することが明らかとなった(Kanda,T.,et al,Virology,190,724-732,1992)。しかし、抗HPV16 E4、E7抗体陽性は子宮頚癌患者血清においても、合わせて29.6%と低率であった。そこで、本研究では、HPV16型E4およびE7蛋白に対する抗体の存在の意義を明らかにするため、腫瘍組織におけるHPV16DNAの存在が確認された患者血清を中心に検討することを目的とした。対象は、子宮頚部腫瘍性病変を有する患者73例(子宮頚癌初回治療例48例、再発例3例、子宮頚部上皮内腫瘍患者22例)で、腫瘍部の生検組織を用いた、PCR(polymerase chain reaction)によるHPV DNA検出およびHPV型決定と、患者血清を用いたELISA(enzyme linked immunosorbent assay)による抗HPV16 E4、E7抗体の検出を行ない、それらの結果と、それぞれの患者の臨床dataとを比較検討した。PCRには、L1領域をtargetとしたconsensus primer(Yoshikawa,H.,et al,Jpn.J.Cancer Res.,82,524-531,1991)を用いた。また、ELISAには、遺伝子組み替えにより、大腸菌で発現、精製したHPV16型E1/E4蛋白、E7蛋白を抗原として用いた(Kanda,T.,et al,Virology,190,724-732,1992)。 PCRでは、73例中、61例でHPVが検出され、うち59例は子宮頚癌と関連のある既知のHPV、2例は未知のHPV(X02、X11)であった。HPV16型は、子宮頚部上皮内腫瘍、子宮頚癌いずれにおいても、もっとも高頻度に検出され、子宮頚部上皮内腫瘍では22例中6例に、再発例3例を含む子宮頚癌においては51例中17例にHPV16型が検出された(表1)。 (表1)PCRにより検出された病変別のHPV DNA type ELISAでは、73例中15例に、抗HPV16 E4抗体、もしくはE7抗体が検出された(両抗体とも検出されたのは1例のみ)。うち14例は子宮頚癌患者(再発例1例を含む)であった(表2)。 (表2)HPV16 DNA陽性子宮頚癌患者および抗体陽性例一覧 PCRにてHPV16 DNAが検出された子宮頚癌(再発例2例を含む)17例中、抗HPV16 E4抗体は6例、抗HPV16 E7抗体は5例に検出され(抗体が検出されたのは、合わせて10例)、抗体の存在はHPV16 DNA陽性の子宮頚癌と強く関連していることが明らかとなった。 HPV16型以外のHPV DNA陽性例では、HPV33、52、58型DNA陽性例のうち各1例に抗HPV16 E7抗体が検出され、HPVの型によっては、HPV16 E7蛋白と交差反応する抗体が存在する可能性が示唆された。そこで、HPV58型陽性例については、免疫蛍光染色(IF)による検討を行ったが、HPV58 DNA陽性の患者血清が、HPV16 E7蛋白と交差反応することが確認された。 臨床dataとの比較検討では、HPV16 DNA陽性の子宮頚癌(再発例を除く)15例において、リンパ節転移もしくは遠隔転移が存在したのは、抗体陽性9例中8例であったのに対し、抗体陰性例6例では1例のみであった(P<0.01)。 以上の結果から、HPV16型のE4、E7蛋白に対する抗体は、HPV16 DNA陽性子宮頚癌にほぼ特異的に存在し、これらの抗体の存在は、リンパ節転移や遠隔転移などの転移の指標となることが示された。 |