学位論文要旨



No 212512
著者(漢字) 劉,明毅
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ミンキ
標題(和) 脱窒素細菌「Achromobacter cycloclastes」における電子伝達鎖上の酵素及びタンパク質の研究
標題(洋) Study on Enzymes and other Proteins involved in Electron Transfer Chain in Denitrifying Bacterium,Achromobacter cycloclastes.
報告番号 212512
報告番号 乙12512
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12512号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 笹川,千尋
内容要旨 I.研究目的

 窒素化合物は動物体内で分解されてアンモニアや尿素・尿酸となり、更に硝化細菌によって代謝されて硝酸や亜硝酸や一酸化窒素のような無機窒素化合物になる。最終産物はN2であるが、NO2を放出する生物も存在する。これらを産生する細菌を脱窒素細菌と呼ぶ。この細菌は無酸素状態で生育し、発酵の際に酸素分子のかわりに硝酸が最終電子受容体となって還元されてエネルギーを産生し、細菌の生命を維持している。この硝酸還元の過程はNO3-を出発物質として、(1)硝酸レダクターゼ(反応産物はNO2-)、(2)亜硝酸レダクターゼ(NO)、(3)酸化窒素レダクターゼ(N2O)、(4)亜酸化窒素レダクターゼ、という4種類の酵素が順次作用してN2を生ずる。第2段階の亜硝酸レダクターゼは亜硝酸を還元して一酸化窒素にする酵素であるが、シトクロームcd1酵素、銅酵素、ヘキサヘムC型シトクロームという3種類のものが知られている。第3の酵素は亜硝酸を還元してアンモニアを産生するので、前2者とは異なっている。

 本研究はこの亜硝酸レダクターゼのうち銅酵素を精製し、シトクローム酵素との関係、ことに電子供与体としての特性を調べたものである。Achromobacter cycloclastesには亜硝酸レダクターゼよりも低分子で銅を含んだタンパク質である"青銅タンパク質(blue copper protein)"が含まれているが、このタンパク質が亜硝酸レダクターゼに電子を供給していて、この細菌のシトクロームは亜硝酸レダクターゼは電子供与体にならないことを明らかにすることが本研究の目的である。

II.材料及び方法

 (1)使用細菌及び粗抽出液の調製:Achromobacter cycloclastes IAM1013を無酸素状態で培養し、Tis-HCl(pH7.6)を加えてホモゲナイズし遠心して沈さを除き粗抽出液を得た。

 (2)銅の含量の測定:Plasma Emission Spectroscopyで測定した。

 (3)酵素活性の測定:亜硝酸レダクターゼの活性測定はIwasaki,Matsubara法で行った。

 (4)EPR spectroscopy:EPR spectroscopyはVarian Model E-9 Spectroscopyを用いた。

 (5)stopped-flow experiment:Union Giken RA601 Rapid Reaction Analyzerを用い、無酸素溶液中で行った。

III.結果(1)タンパク質及び酵素の精製:

 粗抽出液は細胞膜画分と可溶性画分に分離し、可溶性画分はDE-52カラムにかけ、様々なタンパク質を分離した。

 (a)青銅タンパク質:アルカリ性タンパク質で、DE-52に吸着されずに溶出され、hydroxylapatiteカラム、CM-BiogelおよびSephadex G-50を用いて完全に精製した。

 (b)亜硝酸レダクターゼ:酸性タンパク質で、DE-52、hydroxylapatite及びSephadex G-150カラムを用いて完全に精製した。

 (c)シトクローム:2種類のシトクローム(C551及びC554)は弱アルカリ性のタンパク質であって、DE-52に吸着されず、hydroxylapatiteカラムで両者を分離した。さらにCM-Biogel及びSephadexカラム等によって両者を完全に精製することができた。

(2)吸光度特性:

 (a)青銅タンパク質:酸化状態では最大吸収波長が750、595、453及び278nmを示す。還元すると278nm以外の吸収は消失した。

 (b)亜硝酸レダクターゼ:可視部での吸収は695、585及び458nmであり、還元するとこれらの吸収は消失する。

 (c)シトクローム:C551及びC554はアスコルビン酸で完全に還元された。C551は酸素存在下の吸収が524、409及び280nmを示す。還元状態では551、521.5及び415nmであった。C554は酸素存在下の吸収が521、412及び280nmであった。還元状態では554.5、523及び418nmであった。

(3)分子量及びその他の特性:

 (a)青銅タンパク質:分子量はSDSゲル電気泳動及び沈降平衡法で測定したところ、それぞれ12,000及び11,800であり、銅はタンパク質1分子あたり0.91分子含まれていた。アミノ酸組成及びN末端アミノ酸配列も決定し、Alicaligenes faecalis S-6から精製した青銅タンパク質と比較した。

 (b)亜硝酸レダクターゼ:分子量は沈降平衡法で69,000、SDSゲル電気泳動では36,800という値が得られた。分子量を69,000とした場合、タンパク質1分子あたり銅の含有量は3分子であった。アミノ酸組成及びN末端アミノ酸配列も決定した。この酵素の比活性は376,000mmole/mg/hrにも達し、これまでの報告値よりも2倍ほど高かった。

 (c)シトクローム:C551およびC554の分子量は沈降平衡法及びSDSゲル電気泳動を用いて測定したところ、それぞれ17,000及び13,000という値が得られた。C551は2個、C554は1個のC型ヘムを持っている。

(4)EPRの特性:

 (a)青銅タンパク質:77の条件下では0.5spin、36では0.48 spinであり、この値は典型的なI型Cu2+の存在を示し、II型Cu2+は含まれていない。

 (b)亜硝酸レダクターゼ:77では3.1spin、36では2.6spinであり、73Gにhyperfine splittingが見られる。しかし、168Gに幅広いピークが見られ、I型及びII型のCu2+を同時に持つことを示している。これをアスコルビン酸で還元すると、I型Cu2+のみが影響された。還元すると全てのEPR signalが消失し、亜硝酸を加えると全てのsignalが再び現れたので、亜硝酸はこの酵素に対して影響及ぼすものと考えられる。またEPR差スペクトルの手法を用いると、亜硝酸はII型Cu2+に対すして影響を及ぼすことが示された。この酵素をsodium dithioniteで滴定をすると、I型Cu2+の酸化還元電位は+243mVであり、II型Cu2+は約+83mVであった。ferricyanideで酸化すると、この還元性酵素はII型Cu2+、I型Cu2+が還元状態であることがわかる。青銅タンパク質もsodium dithioniteで滴定すると酸化還元電位は約+308mVでることがわかるが、亜硝酸は青銅タンパク質とは反応しない。

(5)亜硝酸レダクターゼの電子供給体としての青銅タンパク質:

 青銅タンパク質を還元した後、酸化型亜硝酸レダクターゼを加えると595nmの吸収が現れることから、青銅タンパク質が酸化されたことが示唆された。同時に亜硝酸レダクターゼが還元される。

(6)亜硝酸レダクターゼとシトクロームの相互作用:

 Achromobacter cycloclastesのシトクロームは、C551及びC554ともに亜硝酸レダクターゼの電子供給体となることはできない。

IV.考察

 Achromobacter cycloclastesの青銅タンパク質はplastocyaninと似ているがazurinとは異なっている。しかしながらazurinとシトクロームの関係と類似し、亜硝酸の還元において電子供給体となることができる。Achromobacter cycloclastesとAlicaligenes faecalis S-6の青銅タンパク質及び亜硝酸レダクターゼのアミノ酸組成およびN-末端アミノ酸配列は良く似ている。

 我々が精製したAchromobacter cycloclastesの亜硝酸レダクターゼは可視部の吸収波長、各タンパク質分子中の銅の含量、精製度、比活性はIwasaki,Mastsubaraらの報告とは異なっていた。また、Iwasaki,MatsubaraらはシトクロームC551、C553及びC550等が亜硝酸レダクターゼの電子供給体となることができると報告しているが、我々の分析では青銅タンパク質のみが亜硝酸レダクターゼの電子供給体となることができた。同じ細菌から分離したシトクロームC551、C554はいずれも電子供給体・電子受容体となることができなかった。従って、この細菌では青銅タンパク質が亜硝酸レダクターゼの生理的な唯一の電子供給体である。この生理機能は今後脱窒素反応との関連性について更に研究する必要がある。

 EPRの解析から、青銅タンパク質が1個のI型Cu2+を含んでいることが示され、その酸化還元電位は+308mVであった。一方、亜硝酸レダクターゼはI型とII型のCu2+を含んでいた。このタンパク質は青銅タンパク質を還元できることを明らかにした。

 また、これらの間の反応機序が明らかなったが、これはMicharski及びNicolasらの亜硝酸レダクターゼについての報告とは相容れないものである。彼らはII型Cu2+が電子供給体であると考え、また亜硝酸はI型Cu2+に付着していると考えた。Stopped-flow解析によると、sodium dithioniteで還元した青銅タンパク質が亜硝酸レダクターゼに遭遇すると2段階の反応が起こる。第1段階は亜硝酸と関係なく、青銅タンパク質を加えた後、直ちにburst kineticsとして観察された。このrate constantは(1.6±0.2)S-1であった。第2段階のrate constantは(9.0±1.0)x10-2S-1であり、第1段階のrate constantの20分の1であった。亜硝酸をこの反応系に加えた時、還元型の青銅タンパク質の酸化作用はsecond-order kineticsであり、これのrate constantは(9.7±0.7)x105M-1S-1であった。

 吸光度及びEPRの研究により、我々は脱窒素過程中の酵素に関する解析を行うことができ、酵素自体の様々な特性及び他の酵素に関する生理機能を明らかにすることができた。Stopped-flowの研究により、2つ異なるタンパク質の間の作用、反応速度及び効率に対する解釈がはっきりとしてきた。また、亜硝酸がこの2つのタンパク質の間の反応に促進効果があることが示された。

審査要旨

 本研究は動物体内での窒素化合物の代謝の最終段階を明らかにするために、亜硝酸レダクターゼのうち銅酵素を精製し、シトクローム酵素との関係、ことに電子供与体としての特性を明らかにする目的で行われた。Achromobacter cycloclastesの亜硝酸レダクターゼの銅酵素を精製し、分析したところ下記の結果を得た。

 1.吸光度特性: Achromobacter cycloclastesの青銅タンパク質を完全に精製したところ、最大吸収波長が750、595、453及び278nmを示し、還元すると278nm以外の吸収は消失した。亜硝酸レダクターゼを完全に精製したところ、可視部での吸収は695、585及び458nmであり、還元するとこれらの吸収は消失した。2種類のシトクローム(C551及びC554)は弱アルカリ性のタンパク質であって、hydroxylapatiteカラムで両者を分離し、さらにCM-Biogel及びSephadexカラム等によって両者を完全に精製することができた。C551及びC554はアスコルビン酸で完全に還元された。C551は酸素存在下の吸収が524、409及び280nmを示した。還元状態では551、521.5及び415nmであった。C554は酸素存在下の吸収が521、412及び280nmであった。還元状態では554.5、523及び418nmであった。

 2.分子量及びアミノ酸配列: 青銅タンパク質の分子量は11,800であり、銅はタンパク質1分子あたり0.91分子含まれていた。アミノ酸組成及びN末端アミノ酸配列も決定し、Alicaligenes faecalis S-6から精製した青銅タンパク質と比較している。亜硝酸レダクターゼの分子量は69,000で、タンパク質1分子あたり銅の含有量は3分子であった。アミノ酸組成及びN末端アミノ酸配列も決定している。この酵素の比活性は376,000mmole/mg/hrにも達し、これまでの報告値よりも2倍ほど高かった。シトクロームC551およびC554の分子量は17,000であった。C551は2個、C554は1個のC型ヘムを持っていることがわかった。

 3.EPRの特性:青銅タンパク質は77の条件下では0.5spin、36では0.48spinであり、この値は典型的なI型Cu2+の存在を示し、II型Cu2+は含まれていなかった。亜硝酸レダクターゼは77では3.1spin、36では2.6spinであり、73Gにhyperfinesplittingが見られた。しかし、168Gに幅広いピークが見られ、I型及びII型のCu2・を同時に持つことを示した。これをアスコルビン酸で還元すると、I型Cu2+のみが影響された。還元すると全てのEPR signalが消失し、亜硝酸を加えると全てのsignalが再び現れたので、亜硝酸はこの酵素に対して影響及ぼすものと考えられた。またEPR差スペクトルの手法を用いると、亜硝酸はII型Cu2+に対すして影響を及ぼすことが示された。この酵素をsodium dithioniteで滴定をしたところ、I型Cu2+の酸化還元電位は+243mVであり、II型Cu2+は約+83mVであった。

 ferricyanideで酸化すると、この還元性酵素はII型Cu2+、I型Cu2+が還元状態であることがわかった。青銅タンパク質もsodium dithioniteで滴定すると酸化還元電位は約+308mVでることがわかるが、亜硝酸は青銅タンパク質とは反応しなかった。

 4.亜硝酸レダクターゼの電子供給体としての青銅タンパク質:青銅タンパク質を還元した後、酸化型亜硝酸レダクターゼを加えると595nmの吸収が現れることから、青銅タンパク質が酸化されたことが示唆された。同時に亜硝酸レダクターゼが還元される。

 5.亜硝酸レダクターゼとシトクロームの相互作用:Achromobacter cycloclastesのシトクロームは、C551及びC554ともに亜硝酸レダクターゼの電子供給体となることはできなかった。

 青銅タンパク質のみが亜硝酸レダクターゼの電子供給体となることができ、同じ細菌から分離したシトクロームC551、C554はいずれも電子供給体・電子受容体となることができなかったことは、この細菌では青銅タンパク質が亜硝酸レダクターゼの生理的な唯一の電子供給体であることを示したものである。EPRの解析は青銅タンパク質が1個のI型Cu2+を含んでいることを示し、一方、亜硝酸レダクターゼはI型とII型のCu2+を含んでいて、青銅タンパク質を還元できることを明らかにした。さらに、Stopped-flowの研究により、2つ異なるタンパク質の間の作用、反応速度及び効率に対する解釈がはっきりとしてきた。また、亜硝酸がこの2つのタンパク質の間の反応に促進効果があることが示された。

 以上、本研究は亜硝酸レダクターゼのうち銅酵素が電子を供給していて、シトクロームは電子供与体にならないことを生化学的、物理化学的手法により明らかにしたものであるが、窒素代謝におけるNOを反応産物とする亜硝酸レダクターゼの生理的役割を理解する上で重要な反応機構を明らかにしたものとして学位の授与に値するものと考えられる。

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