学位論文要旨



No 212516
著者(漢字) 宮入,剛
著者(英字)
著者(カナ) ミヤイリ,タケシ
標題(和) Fallot四徴症根治手術後遠隔期症例の運動耐容能に関する研究
標題(洋)
報告番号 212516
報告番号 乙12516
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12516号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳沢,正義
 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 講師 後藤,淳郎
内容要旨

 Fallot四徴症は、最も頻度が高いチアノーゼ性先天性心疾患である。本症に対する根治手術は、当初は死亡率の極めて高い困難な手術であったが、近年手術成績は向上し、手術死亡率も1〜2%の安全な手術となっている。しかし術後長期生存例の増加に伴い、本症術後遠隔期のさまざまな問題が明らかになってきており、とくに右室流出路の異常(遺残狭窄、肺動脈弁逆流)は、本症術後遠隔期にきわめて日常的に経験される問題である。本論文では、右室流出路の遺残病変が、術後長期遠隔期の運動耐容能に及ぼす影響について検討した。

 東京大学医学部胸部外科で手術を受けたFallot四徴症手術例のうち、根治手術後10年以上を経過し、右室流出路以外に明らかな異常を認めない26例と健常成人10人を対象とした。Fallot四徴症手術例の心内修復術は体外循環下に右室流出路を縦切開し、心室中隔欠損孔はテフロンないしダクロンパッチを用いて閉鎖した。右室流出路の再建術式は、パッチ非使用9例、右室のみのパッチ使用3例、肺動脈弁輪を越えるパッチ使用14例であった(パッチはすべて弁なしパッチを用いた)。術後遠隔期の心臓カテーテル法検査所見から、右室肺動脈圧較差20mmHg以上の11例を有意狭窄ありとみなし、このうち造影上明らかな肺動脈弁逆流が認められる症例を遺残狭窄兼肺動脈弁逆流群(PSR群:n=7),明らかな肺動脈弁逆流を認めず有意狭窄のみの症例を遺残狭窄群(PS群:n=4)に分類した。有意狭窄を認めない15例については、右室流出路の超音波パルスドップラー検査を施行し、Time-Velocity Curveの解析から肺動脈弁逆流率(RF)を求め、逆流率30%以上の有意逆流が認められる症例を肺動脈弁逆流群(PR群:n=8)。それ以外は有意逆流も有意狭窄も認められない症例であるので正常群(N群:n=7)に分類した。また健常成人10人をH群に分類した。Fallot四徴症術後患者の被験者全員には安静時の経胸壁心臓超音波検査を施行し、左室駆出率を測定した。運動耐容能の検査には、コンピュータ制御された自転車エルゴメータにより無段階漸増負荷を加え、被験者の一呼吸毎の換気量(VE),酸素摂取量(VO2),二酸化炭素排泄量(VCO2)を測定した。嫌気性代謝閾値(Anaerobic Threshold,AT)の決定はWassermanらの方法に従い、最大運動負荷(max)の決定は、被験者が運動を中止した最大運動強度とした。ATならびにmaxにおける体重(BW)補正された酸素摂取量(VO2AT/BW,VO2max/BW)、心拍数(HRAT,HRmax)、ならびに酸素脈(VO2AT/BW/HRAT,VO2max/BW/HRmax)を運動耐容能の指標とした。

 右室流出路のパッチ使用の有無と肺動脈弁逆流との間には明らかな関連が認められ、肺動脈弁輪を越えるパッチ使用群では、14例中10例(71%)に肺動脈弁逆流が認められた。左室駆出率は、右室流出路に遺残病変を認めるPSR群、PS群、PR群で、遺残病変を認めないN群のそれよりも低い傾向を認め、また左室駆出率と最大酸素摂取量との間には正の相関が認められた。手術時年齢とAT及び最大運動負荷時の酸素摂取量との間には負の相関が認められた。

 遺残病変の有無と運動耐容能の関係をみると、ATにおける酸素摂取量は遺残病変の有無にかかわらず、すべてのFallot四徴症患者群においてH群と同等であったのに対し、最大酸素摂取量は遺残病変を認めないN群以外ではH群よりも有意に低い値を示した(図1)。この最大酸素摂取量の低下における心拍数の関与を検討すると最大心拍数はN群を含めたいずれのFallot四徴症患者群もH群より有意に低く、このことがFallot四徴症術後患者において最大酸素摂取量を制限する大きな要因の一つであると考えられた。しかし酸素摂取量を心拍数で除したいわゆる酸素脈について検討すると、最大運動負荷時においては、N群を除くすべてのFallot四徴症術後患者群においてH群よりも有意に低い値を示し、遺残病変を有するFallot四徴症術後患者群においては、心拍数とともに最大負荷時の酸素脈の低いことが、最大酸素摂取量を制限する大きな要因であると考えられた(図2)。そこでこの遺残病変を有するFallot四徴症術後患者群の運動耐容能の低下における肺動脈弁逆流単独の影響を検討すると、最大酸素摂取量と肺動脈弁逆流率との間に負の相関を認め、逆流率の増大に伴う最大酸素摂取量の低下が明らかであった。さらに心拍数および酸素脈の関与の程度を検討すると、最大心拍数と逆流率との間には有意の関係が認められないのに対し、最大酸素脈と逆流率との間には負の相関が認められた。すなわち肺動脈弁逆流は心拍数に影響せず、酸素脈を低下させ、これが高度逆流症例における最大酸素摂取量の低下の大きな要因であると考えられた(図3)。

図表図1.右室流出路遺残病変とVO2AT/BW,VO2max/BWの関係 / 図2.右室流出路遺残病変とHRmax,VO2max/BW/HRmaxの関係 / 図3.肺動脈弁逆流率(RF)とVO2max/BW,VO2max/BW/HRmaxの関係

 以上より以下の知見を得た。

 1)Fallot四徴症根治手術に際し、右室流出路再建に肺動脈弁輪を越えるパッチを使用した症例の多く(71%)は、術後遠隔期に有意の肺動脈弁逆流を示した。2)右室流出路に遺残病変を認めるFallot四徴症術後患者の左室駆出率は、遺残病変を認めない症例のそれよりも低い傾向を認め、また左室駆出率と最大酸素摂取量との間には、正の相関が認められた。3)手術時年齢の高いFallot四徴症術後患者ほど遠隔期の嫌気性代謝閾値及び最大負荷時の酸素摂取量は低下していた。5)術後遠隔期NYHA I度のFallot四徴症患者の嫌気性代謝閾値における運動強度は健常成人と同等であった。しかし右室流出路に遺残病変を認める症例では、最大負荷時の運動強度の低下を示すことが明らかとなった。6)Fallot四徴症術後患者では一般に健常成人に比べ、運動負荷に対する心拍数増加応答が低下していた。7)右室流出路に遺残病変を認めるFallot四徴症術後患者の運動耐容能の低下には、心拍数の応答低下とともに一回心拍出量の増加不良が関与していると考えられた。8)肺動弁逆流は術後遠隔期の運動耐容能に重大な影響を与え、逆流率が高いほど最大酸素摂取量は低下し、酸素脈の低いことがその大きな要因であると考えられた。

審査要旨

 本研究はFallot四徴症根治手術後長期遠隔期患者の運動耐容能を明らかにするため、コンピュータ制御された自転車エルゴメーターを用いた無段階漸増運動負荷試験中の呼気ガス分析による評価を行なったものであり、下記の結果を得ている。

 1.Fallot四徴症根治手術に際し、右室流出路再建に肺動脈弁輪を越えるパッチを使用した症例の多く(71%)は、術後遠隔期に有意の肺動脈弁逆流を認めることが示された。

 2.右室流出路に遺残病変を認めるFallot四徴症術後患者の左室駆出率は遺残病変を認めない症例のそれよりも低い傾向を認めることが示された。

 3.手術時年齢の高いFallot四徴症術後患者ほど遠隔期の嫌気性代謝閾値及び最大負荷時の酸素摂取量は低下することが示された。

 4.術後遠隔期の左室駆出率と最大酸素摂取量との間には、正の相関が認められることが示された。

 5.術後遠隔期NYHAI度のFallot四徴症患者の嫌気性代謝閾値における運動強度は健常成人と同等であることが示された。しかし右室流出路に遺残病変を認める症例では、最大負荷時の運動強度の低下を認めることが示された。

 6.Fallot四徴症術後患者では一般に健常成人に比べ、運動負荷に対する心拍数増加応答が低下していることが示された。

 7.右室流出路に遺残病変を認めるFallot四徴症術後患者の運動耐容能の低下には、心拍数の応答低下とともに一回心拍出量の増加不良が関与していると考えられた。

 8.肺動脈弁逆流は術後遠隔期の運動耐容能に重大な影響を与え、逆流率が高いほど最大酸素摂取量は低下し、酸素脈の低いことがその大きな要因であると考えられた。

 以上、本論文はFallot四徴症根治手術後患者において、右室流出路遺残病変の存在およびその程度が長期遠隔期の運動耐容能に及ぼす影響について明らかにした。本研究は、これまで十分に知られていなかった、肺動脈弁逆流が術後長期遠隔期の運動耐容能に及ぼす影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53927