学位論文要旨



No 212518
著者(漢字) 長野,浩明
著者(英字)
著者(カナ) ナガノ,ヒロアキ
標題(和) 外陰腫瘍とヒトパヒローマウイルス(HPV)各型との関連性
標題(洋)
報告番号 212518
報告番号 乙12518
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12518号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,宣生
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 坂本,穆彦
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 岡井,崇
内容要旨

 子宮頚癌は代表的な婦人科悪性腫瘍である一方、外陰癌は稀であり婦人科悪性腫瘍の3〜4%を占めるにすぎない。しかし、これらの2つの腫瘍には、いくつかの疫学的な共通点が存在する。

 この十年間に外陰腫瘍(外陰癌およびその前癌病変)や子宮頚部腫瘍(子宮頚癌およびその前癌病変)におけるヒトパピローマウイルス(HPV)感染の病因的な役割について特別な関心が寄せられてきた。70をこえるHPV型のうち、1/3以上のものが性器HPVとして分類されている。子宮頚部腫瘍と数多くのHPV型との関連が明らかにされてきた一方で、外陰腫瘍においてはその多くの研究が、HPV 6型、11型、16型、18型、31型などのHPV型のみの検索に限られている。外陰腫瘍においても、子宮頚癌関連HPVを含む多くの型のHPVの検索を行うことにより、外陰癌発生におけるHPVの関与が現在よりも明らかにされる可能性がある。

 性器HPV型を数多く検出、同定できるように、我々の研究室において、これまでにHPVのL1領域に一対のコンセンサスブライマーを作成し、PCRによる増幅と制限酵素切断との組み合わせにより10種の既知の性器HPV(6型、11型、16型、18型、31型、33型、34型、42型、52型、58型)及び型未同定の7種のHPVの判定が可能であることが明らかにされている。その後の検索により26型もの性器HPVがこの方法で増幅及び同定可能であることが確認された。このほぼすべての型の既知の性器HPVを高感度に検出できるL1-PCRを用いて、前癌病変としての尖圭コンジローマやvulvar intraepithelial neoplasia(VIN)ならびに外陰癌におけるHPVの検出及び型同定を行うことにより、外陰腫瘍とHPVとの関連性について明らかにすることを本研究の目的とした。

 検体及び方法 外陰腫瘍として、外陰尖圭コンジローマ53例、外陰上皮内腫瘍(VIN;ボーエン様丘疹症5例、ボーエン病1例)、外陰扁平上皮癌11例の生検検体について検索した。以上の検体はすべて組織学的に診断され、DNAの抽出を行うまで-20℃にて保存された。

 生検検体からの全細胞DNAの抽出は一般的な手法に従った。我々の研究室ですでに発表したコンセンサスプライマー(L1C1,L1C2)と各検体の100ngの細胞DNAをL1-PCRにかけた。目標とする約250塩基対のPCR産物はエチジウムブロマイドを加えたアガロースゲルでの電気泳動によって確認した。増幅されたHPV断片は制限酵素切断パターン(RFLP)により型を同定した。増幅されたDNA断片の型同定はまずRsa I、Dde Iによる酵素切断によって行った。これらの型は更に数種の制限酵素による切断パターンにより確認した。

 結果および考察 今回の検索までにL1-PCR法は少なくとも26の型の既知のHPVすなわち、HPV6型、11型、16型、18型、30型、31型、33型、34型、35型、39型、42型、43型、44型、45型、51型、52型、53型、54型、55型、56型、58型、59型、61型、66型、68型、70型を増幅、判別できることが判明した。外陰腫瘍におけるHPV型検出の結果は(表 1)に示した。

表1 外陰腫瘍におけるHPV型別検出率(%)

 53例の外陰尖圭コンジローマにおいて8つの型のHPVが検出された。HPV6型および11型は外陰コンジローマから検出される主なHPV型として報告されてきており、この病変の発生因子であると一般的にみなされている。今回の結果もこれらに一致するものであった。HPV 16型、18型、43型、44型、55型の外陰尖圭コンジローマにおける存在もごく低頻度ではあるが報告されてきた。今回の検索でもHPV 16型、18型は検出されたが、43型、44型、55型は検出されなかった。これまでの論文をみた限りでは本研究が外陰尖圭コンジローマにおけるHPV 52型、53型、56型及び68型検出の初めての報告である。HPV 6型、11型を中心とする従来の研究では90%前後の陽性率であった尖圭コンジローマにおいて、性器HPVの型を幅広くかつ高感度で検出できるL1-PCR法を用いることで、HPV検出率は98%となり、ほぼ全ての尖圭コンジローマへのHPVの関与が明らかにされた。

 4例のVIN3病変からHPV 16型を、また2例からHPV 18型を検出した。これらの病変からはHPV 16型の検出が最も多く報告されているが、HPV 18型、31型、34型、35型、39型、48型、55型などの型の検出も報告されている。今回は、6例と症例数が少ないために16型、18型以外の型は検出されなかった。しかし、6例全例から検出されたことからも、子宮頚部におけるcervical intraepithelial neoplasia(CIN)と同様に、HPVとの強い関連性が示唆された。

 11例の外陰癌のうち8例に、5つの型のHPVを検出した(73%)。すなわち、HPV 16型が4例から検出され、6型、18型、51型、56型がそれぞれ1例づつから検出された。過去の報告における外陰癌におけるHPVの検出率は19%から87%までにわたっている。これらの検出率の違いは、検出できるHPV型の数やHPV検出感度の差が関与していると考えられる。しかし、これらの報告全体を集計した陽性率は30数%であり、近年ではいくつかの研究が、多くの外陰癌が必ずしもHPVに関係しないことを指摘している。しかし、過去の報告の多くは検出できる型が少ない方法を用いており、HPV陰性と判定された腫瘍に、検索された型以外の型のHPVが存在する可能性は否定できない。今回多数のHPV(26型)を高感度に検出可能なL1-PCR法を用いた結果、HPV検出率は73%であった。HPV 16型が最も多く検出され、18型の検出頻度はより低かったが、これは他の大多数の報告と同様であった。外陰扁平上皮癌の1例からはHPV 6型が検出された。子宮頚癌と異なり、外陰扁平上皮癌からのHPV 6型検出の報告は比較的多い。これまでの論文をみた限りではHPV 51型及び56型の外陰癌における検出は今回が初めての報告である。以上の結果は、外陰癌の発生にも様々な型のHPVが関与していることを示している。

 尖圭コンジローマではHPV 6型、11型が高率に検出されたが、VIN、外陰癌では有意に低かった。一方、子宮頚癌で高頻度に検出されるHPV 16型、18型の検出率は、尖圭コンジローマでは陽性例の4%にすぎないのに対し、VIN、外陰癌では有意に高率であった。以上の結果は、尖圭コンジローマと他の2病変の本質的な差によると考えられる。また、VINの方が外陰癌よりもHPVの検出率が高く、VIN以外にも前癌病変が外陰発癌に存在することを示唆している。

審査要旨

 本研究は子宮頚部腫瘍の発生に深く関与し、外陰腫瘍の発生にも関与が指摘されている、ヒトパピローマウイルス・(HPV)と外陰腫瘍(外陰癌およびその前癌病変)との関連性をより明らかにするために、ほぼすべての型の既知の性器HPV(26型)を高感度に検出、同定できるPCR系を用いて、特に性器HPV各型の検出率の違いに注目して検索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.外陰尖圭コンジローマでは53例中52例(98.1%)がHPV陽性で、8つの型のHPV(6型、11型、16型、18型、52型、53型、56型、58型)を検出した。HPV 6型、11型を中心とする従来の研究では90%前後の陽性率であった尖圭コンジローマにおいて、性器HPVの型を幅広くかつ高感度で検出できる方法を用いることで、HPV検出率は98%となり、ほぼ全ての尖圭コンジローマへのHPVの関与が明らかにされた。

 2.6例のvulvar intraepithelial neoplasia(VIN)病変全てがHPV陽性で、4例からHPV 16型を、また2例からHPV 18型を検出した。6例全例から検出されたことから、子宮頚部におけるcervical intraepithelial neoplasia(CIN)と同様に、HPVとの強い関連性が示唆された。

 3.11例の外陰癌のうち8例に、5つの型のHPVを検出した(73%)。すなわち、HPV 16型が4例から検出され、6型、18型、51型、56型がそれぞれ1例づつから検出された。過去の研究の外陰癌におけるHPV検出率は平均して30数%であるが、そのすべてが、HPV 6型、11型、16型、18型、31型などのHPV型のみの検索に限られている。

 4.尖圭コンジローマではHPV 6型、11型が高率に検出されたが、VIN、外陰癌では有意に低かった。一方、子宮頚癌で高頻度に検出されるHPV16型、18型の検出率は、尖圭コンジローマでは陽性例の4%にすぎないのに対し、VIN、外陰癌では有意に高率であった。以上の結果は、尖圭コンジローマと他の2病変の本質的な差によると考えられた。また、VINの方が外陰癌よりもHPVの検出率が高く、VIN以外にも前癌病変が外陰発癌に存在することを示唆した。

 以上、本論文は外陰腫瘍におけるHPV各型の幅広い検索により、外陰腫瘍の成り立ちには、従来報告されている以上に多くの型のHPVが関与していることを明らかにした。外陰尖圭コンジローマからのHPV 52型、53型、56型、68型の検出および、外陰癌からのHPV 51型、56型の検出は本研究が初めてであり、本研究は外陰癌およびその前癌病変の発生におけるHPVの関与の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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