学位論文要旨



No 212519
著者(漢字) 竹内,直信
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ナオノブ
標題(和) 顔面神経結合組織の形態学的研究 : コラーゲン線維の立体構造を中心に
標題(洋)
報告番号 212519
報告番号 乙12519
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12519号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 山内,昭雄
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 高戸,毅
内容要旨

 末梢神経はその周囲を神経上膜、周膜、内膜という結合組織により覆われており、外力や炎症から神経を保護する機能を有している。顔面神経はその走行中に側頭骨のトンネルを通過するという点で特異的であり、結合組織も軟部組織中を走行する他の末梢神経とは異なっている可能性がある。本論文ではラットおよびヒト顔面神経について、これら結合組織の構成成分であるコラーゲン線維の立体構造と神経周膜の形態について、透過型電子顕微鏡(以下透過電顕)と走査型電子顕微鏡(以下走査電顕)により観察した。

 材料としてWistar系ラットおよびヒト側頭骨を使用した。顔面神経を走行部位別に採取し、長軸と直交する面での構造を検討した。透過電顕による観察では試料をタンニン酸で処理することによりコラーゲン線維にコントラストをつけた。また走査電顕による観察では試料を10%NaOHで処理することで細胞成分等を除去し、コラーゲン線維の立体構造を観察しやすくした(=細胞消化法)。

 ラット顔面神経では、神経上膜、周膜、内膜のいずれにおいてもコラーゲン腺維の密度は水平部のほぼ中央を境として末梢側の方が中枢側に較べ大きくなっていた。コラーゲン線維の直径を測定したが、どの走行部位においても神経上膜、周膜、内膜の順でその直径は有意差をもって減少する傾向があったが、走行部位による差は認められなかった。神経内膜を構成するコラーゲン線維の立体構造を観察すると、末梢側においては比較的太いコラーゲン線維束が神経線維の長軸方向に伸びている外層と、細いコラーゲン線維束がメッシュワーク状になっている内層の二層で構成されていた。しかし中枢側ではこの二層構造は消失しており、細いコラーゲン線維が縦横に不規則に走行しているのみであった。コラーゲン線維は神経に対する伸展や圧迫といった外力から神経線維を保護する物理的な機能があるとされている。したがってコラーゲン線維の密度の違いや立体構造の違いは末梢側に比べ中枢側の外力に対する脆弱性を強く示唆するものと思われる。

 ヒト顔面神経では中枢側においてもコラーゲン線維の密度は比較的保たれており、その立体構造においても末梢側同様二層構造が認められた。さらにラット中枢側では認められなかった神経周膜細胞が神経線維束に入り込むように存在していた。神経周膜細胞はblood・nerve barrierとしての機能があり、神経線維への有毒物質の侵入や炎症の波及を防ぐ生理的な機能を有するとされている。したがって物理的な面からも生理的な面からもヒト顔面神経はラット顔面神経に比べより中枢側においても外力や炎症の影響を受けづらいことが示唆される。

審査要旨

 本研究は、ラットおよびヒト顔面神経の結合組織をコラーゲン線維の立体構造を中心に観察、検討したものである。末梢神経の結合組織は神経上膜、周膜、内膜により構成されているが、顔面神経はその走行中に側頭骨という固い骨のトンネルを通過するという点で、軟部組織中を通過する他の末梢神経と異なり、その結合組織の形態も異なっている事が予測された。観察はラットおよびヒト顔面神経について通常の透過型電子顕微鏡による観察に加え、コラーゲン線維の立体構造を観察しやすくするため、試料をNaOHを用いた細胞消化法により処理した後走査型電子顕微鏡においても行われた。観察により以下の結果を得た。

 1.ラット顔面神経では、神経上膜、周膜、内膜のいずれにおいてもコラーゲン線維の密度は水平部のほぼ中央を境として末梢側の方が中枢側に較べ大きくなっていた。コラーゲン線維の直径の測定では、どの走行部位においても神経上膜、周膜、内膜の順でその直径は有意差をもって減少する傾向があったが、走行部位による差は認められなかった。神経内膜を構成するコラーゲン線維の立体構造を観察すると、末梢側においては比較的太いコラーゲン線維束が神経線維の長軸方向に伸びている外層と、細いコラーゲン線維束がメッシュワーク状になっている内層の二層で構成されていた。しかし中枢側ではこの二層構造は消失しており、細いコラーゲン線維が縦横に不規則に走行しているのみであった。コラーゲン線維は神経に対する伸展や圧迫といった外力から神経線維を保護する物理的な機能があるとされている。したがってコラーゲン線維の密度の違いや立体構造の違いは末梢側に比べ中枢側の外力に対する脆弱性を強く示唆させた。

 2.ヒト顔面神経では中枢側においてもコラーゲン線維の密度は比較的保たれており、その立体構造においても末梢側同様二層構造が認められた。さらにラット中枢側では認められなかった神経周膜細胞が神経線維束に入り込むように存在していた。神経周膜細胞はblood-nerve barrierとしての機能があり、神経線維への有毒物質の侵入や炎症の波及を防ぐ生理的な機能を有するとされている。したがって物理的な面からも生理的な面からもヒト顔面神経はラット顔面神経に比べより中枢側においても外力や炎症の影響を受けづらいことが示唆された。

 以上、本論文はラットおよびヒト顔面神経結合組織について、今まで明らかにされていなかった側頭骨内における形態の相違を明らかにした。本研究は外傷や炎症の顔面神経に対する影響を解明する点で重要な貢献をするものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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