学位論文要旨



No 212521
著者(漢字) 清水,潤
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ジュン
標題(和) Ulex europaeus aggulutinin(UEA-1)レクチン組織化学染色によるヒト腓腹神経内無髄線維の染め分け
標題(洋)
報告番号 212521
報告番号 乙12521
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12521号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 助教授 坂本,穆彦
内容要旨

 背景 末梢神経障害症例には、さまざまな程度の運動系、感覚系、自律神経系の症状を認める。 これら3つの系の症状は、末梢神経障害の原因によりさまざまな強弱をもち出現し、各症例で、どのような系がどの程度障害されているかとらえることは、末梢神経障害の診断の面でも病態の把握の面でも大事である。

 末梢神経障害の補助検査として腓腹神経生検が行われる。 腓腹神経には交感神経節後線維とL5-S2髄節レベルの求心性知覚神経が含まれ、生検により、一本一本の神経線維の変化を形態的にとらえることができる。 しかしながら、従来より生検腓腹神経の検討に用いられているエポン包埋切片の光顕観察および電顕観察では、個々の神経線維の機能を超微形態的特徴のみでは区別できないため、症状に対応する形態の変化としての検討が困難である。 機能に対応した組織の染め分けのためには、一般的に凍結切片やホルマリン固定切片を用いることが多いが、このような標本では神経線維の超微形態を保つことができない。 神経内科の臨床に伝統的に用いられている生検腓腹神経エポン包埋切片で、神経線維の機能に応じた染め分けが可能となれば、末梢神経障害の原因に伴う特徴的な変化を確認したり、症状に対応する神経線維の変化を明らかにし、症状との対応が可能になると考えられる。

 ところで皮膚受容器の検討や、皮膚に与えられた各種刺激に対する放電反応の電気生理的な検討より、求心性の線維のなかに機能分化が存在することが明らかになってきた。

 一方、後根神経節における神経細胞の検討からは、それぞれの神経細胞がもつneuropeptideの種類や酵素組織化学的特徴、細胞表面の糖鎖の種類により後根神経細胞にsubgroupが存在することがわかってきた。 実験動物を用いた後根神経節の検討では、求心性無髄線維を軸索突起として持つ小型神経細胞の中に、peptideを含むものとpeptideを含まないものと2群あることがわかってきており、また、小型神経細胞の中のpeptideにもさまざまな種類があり、それぞれが単独に存在したり、いくつかが共存したりすることもわかってきた。 これらのことは、求心性の知覚伝達が単にひとつの系のみが関与した伝達ではなく、いくつかの伝達系が互いに関係しあいながら感覚情報を伝達している可能性を示唆する。 伝達経路である末梢神経のレベルで、ある機能に関連した神経線維がどのような形態を示し、どれくらいの頻度で存在するのか、また、異なった機能に対応する神経線維が互いにどのように形態的に関連しながら存在するのか明らかにすることは、知覚線維の情報伝達機構を明らかにしていく上でも重要なことであると考えられる。

 目的 -L-fucoseを特異的に認識するUlex europaeus aggulutinin(UEA-1)レクチンは、ヒトの血管内皮細胞のマーカーである一方、ヒトの後根神経節における小型の神経細胞を特異的に認識し、ヒト末梢神経系における侵害情報を伝達する求心性知覚神経細胞群のうちのsubgroupのマーカーであると考えられている。 いままでUEA-1の染色部位の検討に関しては、パラフィン包埋切片か凍結切片を用いて、後根神経節および脊髄で光顕レベルの検討はされているが、末梢神経内のUEA-1陽性線維について検討した報告はごくわずかで、しかも光顕レベルの検討である。 無髄線維の観察のためには電顕を用いた観察が必須であるため、UEA-1の染色部位に関して超微形態的には充分検討されていない。

 そこで、本研究では、1)生検ヒト腓腹神経を材料とし、UEA-1レクチンが求心性無髄線維のマーカーとして用いれるかどうか、生検腓腹神経内のUEA-1の染色性について電顕観察レベルで検討すること。 2)生検腓腹神経を用い、UEA-1陽性無髄線維の正常形態についての定性的および定量的な検討をおこない、末梢神経障害症例を検討する上でコントロールとなるデータを得ること。の2点を目的にした。 また、腓腹神経に用いた方法と同様の方法で後根神経節におけるUEA-1の染色性について電顕観察レベルで検討した。

 方法 厳密な意味での正常例を得るのは困難であった。 そのため、検討症例として、腓腹神経生検で正常範囲の形態を示し、臨床上、最終的には、はっきりとした末梢神経障害がないと判断された例を検討することとし、過去20年間にわたり当科に保存してある、約700例の生検腓腹神経エポン包埋ブロックより選んだ5症例を用いた。 染色方法としては、従来より末梢神経の形態評価に用いられているエポン包埋切片を飽和メタノールで脱エポン後ビオチン化UEA-1で染色する方法(脱エポン法)と包埋前染色法を併用した。

 結果 生検腓腹神経を用いた検討 脱エポン法による検討では、UEA-1の染色性は、組織内の血管内皮細胞のほかに神経束内の無髄線維の一部に一致し認めた。 UEA-1陽性無髄線維は神経束内で散在し、陽性無髄線維の染色性は軸索膜に強く認められ、軸素質には淡く認められた。 UEA-1の染色性は有髄線維や線維芽細胞には認めなかった。また、同一のシュワン細胞がUEA-1陽性と陰性の両方の軸索を含む像も観察された。 検討5例での形態計測による検討では、いずれの症例においてもUEA-1陽性無髄線維の径の分布は、全体の無髄線維の径の分布のなかでやや大径側にかたよって存在する傾向があった。

 UEA-1陽性線維の全体の無髄線維に占める割合は、それぞれ、CASE1(16歳):16.3%、CASE2(20歳):20.8%、CASE3(44歳):20.9%、CASE4(55歳):21.7%、CASE5(77歳)16.2%であった。 包埋前染色法による検討では、UEA-1の染色性は脱エポン法における結果とほぼ同様であり、陽性無髄線維軸索膜とそれを取り囲むを含むシュワン細胞膜の間において強くみられ、また軸索内部のneurotubleにも染色性が認められた。

 L5後根神経節のUEA-1陽性細胞の検討 生前末梢神経障害の存在しなかった剖検症例3例の脱エポン法での検討では、UEA-1の染色性の強さは神経細胞ごとに異なり、UEA-1での染色性は神経細胞実質、細胞膜が淡く染色される細胞から、強く染色される神経細胞が存在した。 形態計測による検討では、UEA-1の染色性は、小型および中型の神経細胞に認められ大径の神経細胞には認めなかった。 UEA-1で強陽性の神経細胞は、UEA-1陽性神経細胞のなかでも小径側にかたよっている傾向があった。 3症例におけるUEA-1陽性神経細胞は、それぞれCASE 1:51%、CASE 2:59%、CASE 3:53%であり、UEA-1強陽性の神経細胞はそれぞれCASE 1:22%、CASE 2:22%、CASE 3:20%であった。 包埋前染色法による検討では、UEA-1の染色性は脱エポン法での検討とほぼ同様であり、神経細胞細胞膜と神経細胞を取り囲む衛生細胞の細胞膜の間に認め、神経細胞実質内にも顆粒状の染色性を持つ構造物を認めた。 UEA-1の染色性は陽性神経細胞からでる、無髄軸索起始部にも連続的に認めた。 後根神経節におけるUEA-1陽性細胞についての検討は、パラフィン包埋切片または凍結切片を用い定性的な検討をおこなった過去の報告とほぼ一致した。

 結語 本研究によりはじめて、腓腹神経内のUEA-1の染色性を超微形態レベルで観察した。 その結果、UEA-1が一部の無髄線維の特異的マーカーとなることを電顕レベルで確認した。 また、光顕的、電顕的、ときほぐし法による検討で正常範囲内の形態を示し、臨床上最終的には、はっきりとした末梢神経障害がないと判断された5症例の生検腓腹神経の脱エポン法による検討では、UEA-1陽性無髄線維は総無髄線維のなかで15-20%であり、UEA-1陽性無髄線維の径の分布は、総無髄線維の径の分布に比較し軽度大径側に分布していた。 腓腹神経内のUEA-1陽性線維について、末梢神経障害症例を検討する上でのコントロールとなるデータを得た。 また、同一のシュワン細胞がUEA-1陽性無髄線維と陰性無髄線維を同時に含む像が観察され、異なった性質の無髄軸索を同一のシュワン細胞を含むという点で、無髄線維の情報伝達機構を考える上で興味深い所見であると考えた。

 末梢神経障害の臨床で伝統的に用いられてきた、生検腓腹神経エポン包埋切片上で、求心性無髄線維のsubgroupを染め分けえたことは、いままでほとんど検討されていない、末梢神経レベルでの知覚線維の情報伝達機構を形態的に明らかにしていく上で重要であり、また臨床の場においては、生検腓腹神経における本検討結果をもとに末梢神経障害症例に応用することで、形態的観察のみではとらえられない神経線維の変化がとらえられてくる可能性があると考えた。

審査要旨

 Ulex europaeus aggulutinin(UEA-1)レクチンは、ヒトにおいて痛覚を伝達する求心性線維のマーカーであると推定されているが、末梢神経系におけるUEA-1レクチンの染色性に関しての超微形態的な観察はなされておらず、コントロールとなるデータもなかった。

 本研究では、Ulex europaeus aggulutinin(UEA-1)レクチンが求心性無髄線維のマーカーとして用いれるか、ヒト生検腓腹神経と剖検症例L5後根神経節のUEA-1の染色性について、脱エポン法と包埋前染色法を用い電顕観察レベルで検討している。 また生検腓腹神経内のUEA-1陽性無髄線維の正常形態についての定性的および定量的所見について、約700例の生検腓腹神経例より、正常範囲の生検病理所見を示し臨床上最終的にはっきりとした末梢神経障害がない5症例を選び検討をおこなっており、下記の結果を得ている。

 1。生検腓腹神経を用いた脱エポン法による検討では、UEA-1の染色性は、組織内の血管内皮細胞のほかに神経束内の無髄線維の一部に一致し認め、有髄線維や線維芽細胞には認めなかった。 UEA-1陽性無髄線維は神経束内で散在し、陽性無髄線維の染色性は軸索膜に強く認められ、軸索質には淡く認められた。 また、同一のシュワン細胞がUEA-1陽性と陰性の両方の軸索を含む像も観察された。包埋前染色法による検討では、UEA-1の染色性は脱エポン法における結果とほぼ同様であり、陽性無髄線維軸索膜とそれを取り囲むを含むシュワン細胞膜の間において強くみられ、また軸索内部のneurotubleにも染色性が認められた。

 2。 正常範囲の生検病理所見を示し、臨床上最終的にはっきりとした末梢神経障害がないと判断された5症例での形態計測による検討では、いずれの症例においてもUEA-1陽性無髄線維の径の分布は、全体の無髄線維の径の分布のなかでやや大径側にかたよって存在する傾向があった。 UEA-1陽性線維の全体の無髄線維に占める割合は、CASE1(16歳):16.3%、CASE2(20歳):20.8%、CASE3(44歳):20.9%、CASE4(55歳):21.7%、CASE5(77歳):16.2%であった。

 3。 生前末梢神経障害の存在しなかった、剖検症例3例のL5後根神経節のUEA-1陽性細胞についての脱エポン法での検討では、UEA-1の染色性の強さは神経細胞ごとに異なり、UEA-1での染色性は神経細胞実質、細胞膜が淡く染色される細胞から、強く染色される神経細胞が存在した。 形態計測による検討では、UEA-1の染色性は、小型および中型の神経細胞に認められ大径の神経細胞には認めなかった。 UEA-1で強陽性の神経細胞は、UEA-1陽性神経細胞のなかでも小径側にかたよっている傾向があった。 3症例におけるUEA-1陽性神経細胞は、それぞれCASE 1:51%、CASE 2:59%、CASE 3:53%であり、UEA-1強陽性の神経細胞はそれぞれCASE 1:22%、CASE 2:22%、CASE 3:20%であった。

 包埋前染色法による検討では、UEA-1の染色性は脱エポン法での検討とほぼ同様であり、神経細胞細胞膜と神経細胞を取り囲む衛生細胞の細胞膜の間に認め、神経細胞実質内にも顆粒状の染色性を持つ構造物を認めた。 UEA-1の染色性は陽性神経細胞からでる、無髄軸索起始部にも連続的に認めた。

 以上、本論文は、末梢神経障害の臨床で伝統的に用いられてきた、生検腓腹神経エポン包埋切片上で、UEA-1レクチン組織化学染色を用い求心性無髄線維のsubgroupを染め分けており、UEA-1が求心性の一部の無髄線維の特異的マーカーとなることを電顕レベルで確認した。 さらに、はっきりとした末梢神経障害がないと判断された5症例を用い、腓腹神経内のUEA-1陽性線維のコントロールとなるデータを得た。

 本研究は、いままでほとんど検討されていない、末梢神経レベルでの知覚線維の情報伝達機構を形態的に明らかにしていく上で、重要な貢献をなすと考えられる。 また、本研究を末梢神経障害症例に応用することで、従来の形態的観察のみではとらえられない神経線維の変化や、機能に対応する変化を形態的に解明していく上で重要な貢献をなすと考えられる。 以上、学位の授与に値するものと考えられる。

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