薬物を特定の臓器に選択的に送達させて作用を発現させ、医薬品の治療効果を高める方法(DDS)の研究が現在活発に行われているが、その際薬物輸送担体して、生体内分解性のある蛋白質、多糖類、ポリアミノ酸、あるいは生体内非分解性のポリアクリルアミドなどの合成高分子などに結合させ、体内動態などを制御することが行なわれている。一方、臓器の細胞膜上には、糖に対するレセプターいわゆる動物レクチンが存在することが知られている。 本研究は、標的指向性のある薬物輸送担体を創製することを目的として、糖誘導体で修飾したポリアミノ酸類の構築を系統的に行ない、体内動態を検討するとともに、その有用性につい明らかにしたものである。 ポリアミノ酸については、1)それ自体抗原性を持たない 2)生体内で分解される、3)様々な分子量の化合物が入手可能 4)修飾に利用できる官能基の数が多いなどの特徴を有し、すでに薬物輸送担体としての研究も進んでいるものであるが、本研究では、特に応用性を考慮して、ポリグルタミン酸およびポリリジンを選択し、さらに臓器特異性を付与するために認識分子として種々の糖を結合させ、その機能を検討した点に大きな特徴がある。 まず、修飾に用いる糖誘導体の合成に必須な新規グリコシル化反応の検討を行った。糖質化学の分野で、なお多くの課題を残している本反応の開拓は重要であるが、本研究者は、金属トリフラートとシリル化合物を用いる種々の反応系を検討し、亜鉛トリフラートとトリメチルシリルクロリドの組合わせになる系を好適な活性化剤として見出した。さらに糖側の1位置換基の種類と反応性についても検討し、その結果、比較的安定で保存可能かつ反応性の高い1アシル糖を糖供与体とし、上記活性化剤を用いた新規グリコシル化反応の構築に成功した。 次にポリグルタミン酸への糖修飾を行うために、糖認識の容易さを考慮した炭素数8のアルキル鎖をスペーサーとしうるガラクトースおよびマンノースのオクチルアミン誘導体を新規に合成し、ヨードラベル化反応のためのチラミンとともにポリ-L-グルタミン酸(分子量13000,重合度70)に縮合、ポリグルタミン酸1分子当たりの修飾量36,26,12のガラクトース誘導体と27のマンノース誘導体を得た。これはポリグルタミン酸に糖を導入した初めての例である。 I125でラベル後、これらのラットにおける体内動態、とくに骨髄、すい臓、肝臓、脳、皮膚、筋肉、腎臓、脾臓、胸腺、肺、心臓の11臓器への分布を検討した結果、ガラクトース修飾体の高い肝臓内濃度分布と修飾度依存性を明らかにした。 次に行ったポリリジンを担体とする糖修飾に関しては、特に側鎖アミノ基をアシル化することで、陽電荷に基づく臓器分布の非特異性を解消できることを見出し、前記方法との組合わせで、重合度の異なる3種のポリ-L-リジンに種々の単糖誘導体を縮合し、得られた22種類の糖修飾ポリリジン誘導体について体内動態を検討した。その結果、糖の種類、修飾度によって臓器特異性、親和性が現れることを明らかにした。とくに肝臓特異的に集積するガラクトース修飾ポリリジンが修飾度依存的に肝癌細胞に取り込まれるという新規知見に基づき、構築した抗癌剤メトトレキセートとの複合体を用いた結果、ガラクトース修飾量に応じ有意に殺細胞効果を示すこと、ガラクトース認識性のないP-388細胞ではその効果が現れないことなどを明らかにした。 以上のように本研究は、新規グリコシル化反応の開拓による糖修飾ポリアミノ酸の構築に成功するとともに、それらの臓器特異性を含む体内動態を明らかし、特に肝臓、肝癌に対する有用な薬物輸送担体としての有用性を示唆した点高く評価される。これらの知見はDDS研究分野への貢献を通じて、薬物動態学、医薬化学の進歩に貢献すること大であり、博士(薬学)の学位を受けるに十分であると認定した。 |