学位論文要旨



No 212524
著者(漢字) 洲崎,浩
著者(英字)
著者(カナ) スザキ,ヒロシ
標題(和) 臓器指向性薬物輸送担体の創製をめざした糖修飾ポリアミノ酸の合成と生体内挙動
標題(洋)
報告番号 212524
報告番号 乙12524
学位授与日 1995.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12524号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 薬物を特定の臓器に選択的に送達させて作用を発現させれば、医薬品の治療効果が高まると考えられる。また、薬物を薬物輸送担体しての高分子、例えば生体内分解性のある蛋白質、多糖類、ポリアミノ酸、あるいは生体内非分解性のポリアクリルアミドなどの合成高分子などに結合させその高分子の特性を利用して、体内動態などを制御することが行なわれてきた。一方、臓器の細胞膜上には、糖に対するレセブターいわゆる動物レクチンが存在することが知られている。以上のことから、標的指向性のある薬物輸送担体を創製することを目的として、糖誘導体で修飾したポリアミノ酸(下図)の構築を系統的に行ない、体内動態を検討した。

 

 ポリアミノ酸を選んだ主な理由としてはここに示す5点があげられる。1)ポリアミノ酸自体が抗原性を持たない、2)生体内で分解される、3)様々な分子量の化合物が入手可能である、4)修飾に利用できる官能基の数が多い、5)すでに薬物輸送担体としての研究がなされているので、糖修飾して標的指向性が付与できれば、有用性がより高まると考えられる、という点である。修飾に際して、複雑な構造の天然糖鎖ではなく、大量合成可能な単純な糖誘導体を用いることとした。修飾にカルボキシル基を利用するポリグルタミン酸とアミノ基を利用するポリリジンを用いて検討した。なお、ポリリジンの場合は側鎖アミノ基を(2-メトキシエトキシ)アセチル(CH3OCH2CH2OCH2CO-)化して用いた。

第1章金属トリフラートとシリル化合物を用いる新規グリコシル化反応

 糖質化学の分野では新しいグリコシル化反応の開発が今でも残された課題の1つとして注目されていることから、まず修飾に用いる糖誘導体の合成に利用できる新規のグリコシル化反応の検討を行なった。その結果、亜鉛トリフラートとトリメチルシリルクロライドを活性化剤とする比較的安定で保存可能な1-アシル糖を糖供与体として用いるグリコシル化反応を見い出した(下図)。

 

 この反応は、亜鉛トリフラートのみ、あるいはトリメチルシリルクロライドのみでは進行しなかった。糖としてマンノースを用いた場合は、選択性が高かった。用いる金属トリフラート類の検討から、金属カチオンの種類が反応性、選択性に影響を与えていることがわかった。同様にシリルハライドの種類も反応性、選択性に影響を与えていた。糖供与体として1-ヒドロキシ体を用いた場合もグリコシル化反応が進行した。糖供与体として1-アルキル体を用いた場合は、グリコシル化が進行したが、反応時間が多くかかり低収率だった。つまり、1-アルキル体と1-アシル体または1-ヒドロキシ体との間に反応性の大きな差があった。本反応を糖修飾ポリアミノ酸の合成に利用した。

第2章糖修飾ポリグルタミン酸誘導体の合成と生体内挙動

 ポリグルタミン酸に抗癌剤を結合させること、それに抗体をさらに結合させることは、行なわれてきた。しかし、ポリグルタミン酸への糖修飾はなされていなかった。修飾に際し糖部分が臓器ににより認識されやすいように炭素数8のアルキル鎖スペーサーを介して、ポリ-L-グルタミン酸(分子量13000、重合度70)に糖を導入した。N,N-ジメチルホルムアミド中で水溶性カルボジイミドまたは1-エトキシカルボニル-2-エトキシ-1、2-ジヒドロキノリンを用いて活性化し、新規化合物である糖を含むアミンすなわち8-(-D-ガラクトビラノシルオキシ)オクチルアミンあるいは8-(-D-マンノビラノシルオキシ)オクチルアミンを、ヨードラベル化反応のためのチラミンとともに縮合させた。ポリ-L-グルタミン酸1分子あたりの修飾量36、20、12のガラクトース誘導体と、1分子あたりの修飾量27のマンノース誘導体を得た。これらは、はじめてポリグルタミン酸に糖誘導体を導入した例である。これらをヨウ素125でラベルした後、ラットに1mg/kgを投与し、骨髄、膵臓、肝臓、脳、皮膚、筋肉、腎臓、脾臓、胸腺、肺、心臓の11臓器への分布を検討した。ある臓器への糖修飾担体の指向性Ct,subは、増加した臓器内濃度として以下の式により表現した。

 Ct,sub=(糖修飾担体の臓器内濃度)-(未修飾担体の臓器内濃度)

 その結果、ガラクトース修飾体は肝臓に分布した。特に、投与後240分後においては、ガラクトースの修飾量が36の複合体は20の複合体に比べ、高い肝臓内濃度を示した。これは、肝レクチンのガラクトース認識能が分子中のガラクトース修飾量に応じて増大することに加え、ガラクトース修飾量が高いほど臓器中の酵素による分解速度が遅いことも影響していると考えた。

第3章糖修飾ポリリジン誘導体の合成と生体内挙動

 ポリリジンは、側鎖アミノ基の陽電荷のため投与すると様々な臓器に非特異的に分布してしまう。ポリリジンの側鎖アミノ基を(2-メトキシエトキシ)アセチル化すると、水溶性を保持したまま、非特異的な臓器分布が減少することを見い出した。このことから、ポリリジンを糖修飾および(2-メトキシエトキシ)アセチル化して標的指向性を付与すれば、有用な薬物輸送担体が構築できると考えた。

 3種類(分子量11700、21700、59000重合度は各々56、104、282)のポリ-L-リジンを種々の糖(D-ガラクトース、N-アセチル-D-ガラクトサミン、D-マンノース、N-アセチル-D-マンノサミン、L-フコース、D-キシロース、ラクトース)誘導体で修飾し、(2-メトキシエトキシ)アセチル化した。得られた22種類のポリ-L-リジン誘導体をヨウ素125でラベルした後、ラットに1mg/kg投与し、体内動態を検討した。第2章と同様の11臓器について上記のCt,subを求めたところ、ガラクトース、N-アセチルガラクトサミン、ラクトース修飾体は顕著に肝臓に分布した。

 また、マンノース、N-アセチルマンノサミン、フコース修飾体は脾臓、骨髄、肝臓に分布した。その中でも、フコース修飾体では脾臓に比べて骨髄への親和性が高かった。また、ガラクトースで修飾した場合、S-グリコシル体での修飾はO-グリコシル体での修飾よりも肝臓への移行量が大きかった。

 次に、重合度104のポリ-L-リジンについて1分子あたりのガラクトースの修飾量を12、24、43と変化させて、肝臓への分布量を検討したところ、肝臓への最大分布量を与えるガラクトースの修飾量は24であった。これは、糖修飾量が増すほど肝臓のクリアランスが増大するものの、他の臓器のクリアランスも増大するためであった。

 ガラクトース修飾(2-メトキシエトキシ)アセチル化ポリ-L-リジンの3’-mRLh-2肝癌細胞に対する作用を検討したところ、ガラクトースの修飾量が増すほど細胞内取り込みが増加した。この現象は、肝癌細胞HuH-7においても観察された。そして、細胞に取り込まれたポリ-L-リジン誘導体は、分解されて細胞外に放出されることが明かとなった。この結果をもとに、修飾量の異なる3種のガラクトース修飾(2-メトキシエトキシ)アセチル化ポリ-L-リジンと抗癌剤メトトレキサートとの複合体を構築した。これらは、3’-mRLh-2細胞に対して、ガラクトース修飾量に応じた殺細胞効果を示した。一方、ガラクトース認識性がないP388細胞に対してはガラクトース修飾量にかかわりなく、弱い殺細胞効果しか示さなかった。

 以上のように、1-アシル、1-アルキル、1-ヒドロキシ糖を糖供与体として用いる新規グリコシル化反応を見い出した。本反応を利用して、糖修飾したポリアミノ酸の構築を行ない、体内動態を検討した。その結果、ポリアミノ酸の臓器指向性が修飾に用いた糖の種類、密度に応じて変化することがわかった。特にガラクトース修飾ポリアミノ酸は顕著に肝臓に集積すると共に臓器中の酵素による分解が抑制されることから、肝臓、肝癌に対する有用な薬物輸送担体になりうると考えた。

審査要旨

 薬物を特定の臓器に選択的に送達させて作用を発現させ、医薬品の治療効果を高める方法(DDS)の研究が現在活発に行われているが、その際薬物輸送担体して、生体内分解性のある蛋白質、多糖類、ポリアミノ酸、あるいは生体内非分解性のポリアクリルアミドなどの合成高分子などに結合させ、体内動態などを制御することが行なわれている。一方、臓器の細胞膜上には、糖に対するレセプターいわゆる動物レクチンが存在することが知られている。

 本研究は、標的指向性のある薬物輸送担体を創製することを目的として、糖誘導体で修飾したポリアミノ酸類の構築を系統的に行ない、体内動態を検討するとともに、その有用性につい明らかにしたものである。

 ポリアミノ酸については、1)それ自体抗原性を持たない 2)生体内で分解される、3)様々な分子量の化合物が入手可能 4)修飾に利用できる官能基の数が多いなどの特徴を有し、すでに薬物輸送担体としての研究も進んでいるものであるが、本研究では、特に応用性を考慮して、ポリグルタミン酸およびポリリジンを選択し、さらに臓器特異性を付与するために認識分子として種々の糖を結合させ、その機能を検討した点に大きな特徴がある。

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 まず、修飾に用いる糖誘導体の合成に必須な新規グリコシル化反応の検討を行った。糖質化学の分野で、なお多くの課題を残している本反応の開拓は重要であるが、本研究者は、金属トリフラートとシリル化合物を用いる種々の反応系を検討し、亜鉛トリフラートとトリメチルシリルクロリドの組合わせになる系を好適な活性化剤として見出した。さらに糖側の1位置換基の種類と反応性についても検討し、その結果、比較的安定で保存可能かつ反応性の高い1アシル糖を糖供与体とし、上記活性化剤を用いた新規グリコシル化反応の構築に成功した。

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 次にポリグルタミン酸への糖修飾を行うために、糖認識の容易さを考慮した炭素数8のアルキル鎖をスペーサーとしうるガラクトースおよびマンノースのオクチルアミン誘導体を新規に合成し、ヨードラベル化反応のためのチラミンとともにポリ-L-グルタミン酸(分子量13000,重合度70)に縮合、ポリグルタミン酸1分子当たりの修飾量36,26,12のガラクトース誘導体と27のマンノース誘導体を得た。これはポリグルタミン酸に糖を導入した初めての例である。

 I125でラベル後、これらのラットにおける体内動態、とくに骨髄、すい臓、肝臓、脳、皮膚、筋肉、腎臓、脾臓、胸腺、肺、心臓の11臓器への分布を検討した結果、ガラクトース修飾体の高い肝臓内濃度分布と修飾度依存性を明らかにした。

 次に行ったポリリジンを担体とする糖修飾に関しては、特に側鎖アミノ基をアシル化することで、陽電荷に基づく臓器分布の非特異性を解消できることを見出し、前記方法との組合わせで、重合度の異なる3種のポリ-L-リジンに種々の単糖誘導体を縮合し、得られた22種類の糖修飾ポリリジン誘導体について体内動態を検討した。その結果、糖の種類、修飾度によって臓器特異性、親和性が現れることを明らかにした。とくに肝臓特異的に集積するガラクトース修飾ポリリジンが修飾度依存的に肝癌細胞に取り込まれるという新規知見に基づき、構築した抗癌剤メトトレキセートとの複合体を用いた結果、ガラクトース修飾量に応じ有意に殺細胞効果を示すこと、ガラクトース認識性のないP-388細胞ではその効果が現れないことなどを明らかにした。

 以上のように本研究は、新規グリコシル化反応の開拓による糖修飾ポリアミノ酸の構築に成功するとともに、それらの臓器特異性を含む体内動態を明らかし、特に肝臓、肝癌に対する有用な薬物輸送担体としての有用性を示唆した点高く評価される。これらの知見はDDS研究分野への貢献を通じて、薬物動態学、医薬化学の進歩に貢献すること大であり、博士(薬学)の学位を受けるに十分であると認定した。

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