現在、癌の治療において癌転移は非常に大きな障害となっており、この機構を解析し転移を抑えることができれば、治療成績はかなり向上すると期待されている。癌細胞の転移機構として、転移先臓器由来の増殖因子や接着分子による増殖誘導、あるいはアポトーシスからの回避が示唆されているが、これら増殖因子や接着分子の解析は、まだ十分には行われていない。マウス悪性Tリンパ腫細胞株CS-21は、マウスに皮下移植することによりリンパ節に転移を起こすが、in vitroで単独培養するとアポトーシスを起こして死滅する。ところが、CS-21細胞は、同時に樹立されたリンパ節間質由来の細胞株CA-12と共存させるとin vitroでも増殖能を示す。またCS-21細胞は、トランスウェルメンブレン(細胞は通さないが、可溶性物質は透過できる膜)を介しCA-12細胞と共存させることによっても増殖能を示すが、これだけではCS-21細胞のアポトーシスは抑制できない。したがって、CS-21細胞はCA-12細胞から可溶性の増殖シグナルを受け取っているが、そのほかにCS-21細胞はCA-12細胞と直接接着することによりアポトーシス抑制シグナルを受け取っており、これらのシグナルがCS-21細胞のリンパ節転、移成立に重要な役割を果していると考えられた。本研究ではこのアポトーシス抑制シグナルに注目し、これを担う接着分子の構造と機能を解析した。 アポトーシス抑制シグナル伝達に関わるCS-21細胞上の接着分子を捜すため、CS-21細胞でラットを免疫し、得られたmAbのうち、CS-21細胞とCA-12細胞の接着を阻害するもの(CS-21細胞上の接着分子を認識するもの)を選びだした。こうして得られた抗体の一つであるMCS-5は、CS-21細胞のアポトーシスを抑制した(図1)。 図1 抗CS-21mAbによるDNA断片化の抑制 したがって、MCS-5は、アポトーシス抑制シグナルを受け取る接着分子を認識しており、CS-21細胞に、CA-12細胞と接着した時と同様のアポトーシス抑制シグナルを伝達することが示唆された。また、CS-21の膜画分を抽出しMCS-5を用いてウェスタンブロッティングすることにより、MCS-5は分子量約168kDaの蛋白(168kDa蛋白)を認識していることが明らかとなった。 そこで、168kDa蛋白の構造を解析した。CS-21細胞を回収し、ホモジナイザーで細胞を破砕した後、超遠心し、残査をトライトンX-100で可溶化し、再度超遠心後、上清(図2レーン1)をMCS-5-アフィニティークロマトグラフィーにかけた。吸着画分を溶出し(レーン2)、更に、陰イオン交換カラム:モノQセファロースにかけ、NaClグラジエントで溶出した(レーン3)。この精製168kDa蛋白を、プロテインシークエンサーにかけ、N末端10残基のアミノ酸配列を決定した。 その結果、既存の蛋白とホモロジーを持たない新規な配列が得られた(図3 N-term.)。 一方、168kDa蛋白をCNBrで分解した後SDS-PAGEにかけ、いくつかの分解断片を得た(図2レーン4)。ゲル上の蛋白をPVDF膜にブロッティングした後、シークエンサーにかけ、主要な分解断片のアミノ酸配列を決定した。その結果、一つの断片は先に決定したN末端のアミノ酸配列と一致したが、残りの断片は全て、白血球の細胞膜上に発現している膜型のプロテインチロシンフォスファターゼ:CD45の中間部分のアミノ酸配列と完全に一致していた(図3)。また、市販の抗マウスCD45mAbとMCS-5が免疫学的に完全に交叉すること、精製168kDa蛋白がフォスファターゼ活性を有することも明らかとなり、168kDa蛋白は、CD45にきわめて近い構造を持つが、CD45とはN末端が異なる新規分子であると考えられた。 図2 168kDa蛋白の精製図3 168kDa蛋白とCD45のアミノ酸配列 CS-21細胞上に発現している168kDa蛋白の全構造を決定するため、CS-21由来のcDNAライブラリーを作製し、168kDa蛋白のクローニングを行った。得られた数十個のクローンの塩基配列を決定したところ、全てCD45の配列と完全に一致し、N末端の異なる新規分子は見つからなかった。また、18個の5’側クローンのうち、16個がCD45RO(エキソン4〜6が欠失)、2個がさらにエキソン7も欠失したアイソフォームをコードしていた。以上の結果から、168kDa蛋白は、CD45RO(およびエキソン7を更に欠失したもの)そのものであると結論した。先にシークエンサーより得た新規なN末端配列は、クローニングにより得られた塩基配列と矛盾するため、前回同様168kDa蛋白を精製し電気泳動にてチェックを行ったところ、わずかながら、分子量約29kDaのバンド(29kDa蛋白)が認められた。ゲル上の蛋白をPVDF膜にブロッティングした後、シークエンサーにかけたところ、168kDa蛋白のバンドからはシグナルが検出されず、29kDa蛋白のバンドから、先に得た新規な配列と同一のN末端配列を得た。以上のことから、先に決定した168kDa蛋白のN末端アミノ酸配列は、168kDa蛋白に強く結合していた29kDa蛋白の配列であったと考えられた。最近、CD45結合性蛋白がクローニングされ、そのアミノ酸配列は29kDa蛋白の配列と同一であることが判明した。 市販の抗CD45抗体も、MCS-5同様に接着阻害、アポトーシス抑制効果があるかどうか検討した。市販の抗マウスCD45抗体である30F11.1は、MCS-5同様に、CS-21細胞とCA-12細胞の接着を阻害し(図4A)、CS-21細胞のアポトーシスを抑制した(図4 B)。 図表図4A 抗CD45抗体による、CS-21細胞とCA-12細胞との接着阻害 / 図4B 抗CD45抗体による、CS-21細胞のアポトーシス抑制 結論 癌の転移機構を解明する目的で、マウス悪性Tリンパ腫:CS-21の細胞表面に発現し、アポトーシス抑制シグナルを伝達していると考えられる接着分子:168kDa蛋白の構造と機能の解析を行った。168kDa蛋白を精製し、N末端、CNBr分解断片のアミノ酸配列を決定し、チロシンフォスファターゼ活性を確認した。更に168kDa蛋白のクローニングを行いその塩基配列を決定し、CD45ROと同一分子であることを確認した。また、市販の抗CD45抗体も、CS-21細胞とCA-12細胞の接着を阻害し、CS-21細胞のアポトーシスを抑制した。以上の結果から、CD45ROは、CS-21細胞とCA-12細胞の接着を担い、CS-21細胞にアポトーシス抑制シグナルを伝達していることが示唆された。 |