学位論文要旨



No 212526
著者(漢字) 桑原,隆
著者(英字)
著者(カナ) クワバラ,タカシ
標題(和) G-CSF誘導体Nartograstimの非線形体内動態における受容体介在性クリアランスの寄与
標題(洋)
報告番号 212526
報告番号 乙12526
学位授与日 1995.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12526号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 寺崎,哲也
内容要旨

 顆粒球コロニー形成刺激因子(以下G-CSF)は顆粒球系前駆細胞に作用し、顆粒球への分化、増殖を刺激する成長因子であり、臨床で化学療法、放射線治療後および骨髄移植後の顆粒球の早期回復を目的に使用され、有効であることが知られている。Nartograstim(NTG)は大腸菌により生産されたヒトG-CSFの誘導体であり、N末端の配列が異なっている。近年G-CSFを始め、造血幹細胞から顆粒球、マクロファージ系細胞への増殖、分化を制御するGM-CSF、M-CSFなどのサイトカインが投与量の増大に伴い、クリアランスが減少するといった非線形体内動態を示すことが報告されている。一方、生理活性ペプチドのクリアランス機構の中でも受容体介在性エンドサイトーシス(receptor-mediated endo-cytosis(RME)は重要な役割を担っており、これまでにinsulin、epidermal growth factor、atrial natriuretic peptide(ANP)などが、肝、腎上の特異的レセプターによるRMEにより、非綿形に循環血中より消失することが報告されている。しかしながら、これまで骨髄、脾細胞、血球細胞などにその存在が報告されているサイトカインのレセプターが体内動態にどのように関わるかについては未だ明らかにされていない。本研究ではG-CSF誘導体であるNTGの非線形体内動態にG-CSFレセプターがどのように関与するかを解明することを目的とし、まず1)NTGの投与量依存的体内動態の種差についてラット、サルおよびヒトで検討した。2)次にラットを用い非線形(飽和性)クリアランスの関与する組織を同定した。さらに3)非綿形クリアランスにおけるG-CSFレセプターの役割について明らかにするために、ラットを用い、レセプター数の変動が、NTGの定常状態クリアランス(CLss)に与える影響について検討した。また4)腎臓のNTGのクリアランスへの寄与についても検討した。5)さらに単離骨髄細胞を用いin vitroでNTGのRMEについても速度論的に解析した。

 NTGをラット、サルおよびヒトに静脈内投与後の血漿中濃度をELISA法により測定し、その投与量依存性について検討したところ、いずれの種においても、投与量の増大に伴い全身クリアランスの低下が認められ、ある投与量以上ではクリアランスは一定値に収束した(図1)。これらの推移は、NTGの循環血からの消失に飽和性(非線形)と非飽和性(綿形)の2つのクリアランス機構を考えた2-コンパートメントモデルに、良好な一致が認められた(図2)。この時の飽和消失過程のKm値がラット骨髄細胞におけるNTGの結合のKd値にほぼ一致し、飽和消失過程へのレセプターの消失への関与が考えられた。

図表図1 NTGを静脈内投与後の全身クリアランスの投与量依存性。ラット、サルはbolus投与、ヒトは健常成人に30分間の点滴静注時の全身クリアランス。いずれも一群3-4例の平均値。 / 図2 Central compartment(1)からの非線形および線形クリアランスを含む2-compartment model。Compartment1は体循環系と平衡な組織を表し、Compartment2は末梢組織を示す。

 飽和性および非飽和性のクリアランスがどの組織に起因するか、ラットにおいてNTGの組織分布について速度論的解析を行った。125I-NTGを静脈内投与後各組織における初期取り込みクリアランス(CLuptake)を算出した。投与量を増量したとき、肝臓、腎臓ではCLuptakeの大きな変化は認められなかったが、骨髄、脾臓においては投与量依存的な減少が認められた(図3)。これより飽和性の消失過程に骨髄等の飽和取り込み過程の寄与が大きいことが示唆された。

図3 125I-NTGの各組織への初期取り込みクリアランスの投与量依存性125I-NTG0.1g/kgを種々の濃度の非標識NTGと共にラットに静脈内投与後5分における初期取り込みクリアランスを算出した。3例の平均を示す

 また飽和性の取り込みを示した骨髄、脾臓がG-CSFレセプターに富む組織であることより、この取り込みへのレセプターの関与について検討するために、組織取り込みのdown-regulationについて検討した。すなわち非標識のNTGを飽和投与量皮下投与後のCLuptakeおよび骨髄、脾臓中のレセプター数の変化を経時的に測定した。図4に示すように、骨髄、脾臓における飽和性CLuptakeは、投与後2-8時間に減少し、その後24時間では回復した。この変化は骨髄および牌細胞のレセプター数がdown-regulation後回復するという変化と良く一致しており、飽和性組織取り込みはG-CSFレセプターのRMEに起因することが考えられた。

図4 NTG皮下投与後の組織取り込みクリアランスの経時的変化125I-NTGをtracer量(□)および過剰量のNTG(■)と共に投与後の取り込みクリアランスを示した。3例の平均を示した。tracer量と過剰量の投与時の差が飽和性取り込みクリアランスを示す。

 これらのことより、NTGの体循環からの飽和性消失に、骨髄、脾臓中のレセプターが大きく寄与していることが考えられた。また一般的な消失組織である肝臓、腎臓は、その取り込みに飽和性の認められなかったことより、線形な消失に関与しているものと思われた。

 さらにNTGの飽和性消失におけるG-CSFレセプターの関与についてより定量的に解析するためにラットを用い、in vivoで骨髄上のレセプター数をdownおよびup-regulateさせることことにより、NTGの定常状態クリアランス(CLss)の変動との対応について検討した。Cyclophosphamide(CY)投与およびNTGの反復投与により骨髄中G-CSFレセプター数はそれぞれ1/20および2倍に変化した(図5)。

 これらのラットにNTGを4時間点滴静注し、NTGの定常状態クリアランス(CLss)を算出した。正常ラットにおいてNTGのCLssは投与量依存性を示し、急速静注投与同様、点滴静注においても飽和性および非飽和性クリアランス機構が認められ、それぞれ、138および40ml/h/kgであった。一方、CYおよびNTG投与群においては、非飽和性CLssはそれそれ、39および44ml/h/kgと正常ラットとは差は認められなかったものの、飽和性CLssはCY投与群では1/7に減少し、NTG投与群では2倍に上昇した(図5)。このようなNTGの飽和性CLssの変動はG-CSFレセプター数の変動と良く一致していた(図5)。一方、腎障害ラットを用いた検討より、腎臓における糸球体濾過がNTGの非飽和性クリアランスの約40-50%を担っていることが示唆された。

図5 NTGのクリアランスとレセプター数の相関。A)NTGを正常ラットに4時間点滴静注後の血漿中濃度より、飽和性および非飽和性CLssを算出。B)ラットにCY100mg/kgを腹腔内投与後5日後、およびNTGを50g/kg1日1回9日間反復皮下投与後24時間に骨髄細胞を採取し、125I-NTGとの結合を検討し最大結合容量を算出した。3-5例の平均を示す

 骨髄細胞においてNTGが本当にRMEにより分解されるかをin vitroにおいて検討した。即ち125I-NTGを予め、表面レセプターに結合させ、これを37℃に移し、その後の動態について検討した(図6)。表面結合量の経時的な減少に伴う、細胞内に取り込まれた内在化量の増加、内在化量の後減少に対応したmedium中の分解物量の増加および分解物の生成における約5分のlag timeなどから(図6)、レセプターに結合したNTGがRMEにより分解しているものと考えられた。これらの結果よりG-CSFの標的組織である骨髄中のG-CSFレセプターがNTGの飽和性消失に関与するという仮定が支持された。

図6 125I-NTGのラット骨髄細胞におけるRMEによる分解125I-NTG tracer量を0℃で骨髄細胞に結合させ洗浄後、37℃に移し振盪し、経時的に表面結合量、内在化量、分解物量を測定した。内在化量は細胞に結合したもののうち酸洗浄に抵抗性のものとした。分解物量はmedium中のTCA可溶性放射能より算出した。

 以上本研究によりG-CSF誘導体であるNTGの体内動態について、標的組織である骨髄、脾臓中のレセプターが飽和性の消失機構に関与し、腎における糸球体濾過などが非飽和性の消失機構に関与することが明らかとなった。これまで多くの生理活性ペプチドが、RMEによる飽和性消失を示すことが報告されているが、これらのペプチドの体内挙動に影響を与えるレセプターは、いわゆるクリアランス組織である肝、腎に存在している。骨髄のレセプターが体内挙動に影響を与え得るという結果はペプチド体内動態の分野に新しい知見を与えるものと考える。

審査要旨

 本論文は顆粒球コロニー形成刺激因子(以下G-CSF)の循環血中からの消失に標的組織である骨髄における受容体介在性エンドサイトーシスが重要な役割を担っていることを、G-CSF誘導体nartograstim(NTG)を用いて、薬物動態学的手法により証明したものである。

 始めにNTGの投与量依存的体内動態の種差についてラット、サルおよびヒトで検討した。いずれの種においても、NTGの投与量の増大に伴い全身クリアランスの低下が認められ、ある投与量以上ではクリアランスは一定値に収束した。これらの推移は、NTGの循環血からの消失に飽和性(非線形)と非飽和性(線形)の2つのクリアランス機構を考えた2-コンパートメントモデルに、良好な一致が認められた。この時の飽和消失過程のKm値が骨髄細胞におけるNTGの結合のKd値にほぼ一致し、飽和消失過程へのレセプターの消失への関与が考えられた。

 次にNTGの飽和性クリアランスに関与する組織を同定するために、125I-NTGを静脈内投与後各組織における初期取り込みクリアランス(CLuptake)を算出した。肝臓、腎臓ではCLuptakeの投与量依存的な変化は認められなかったが、骨髄、脾臓においては投与量依存的な減少が認められた。これより飽和性の消失過程に骨髄等の飽和取り込み過程の寄与が大きいことが示唆された。またこの飽和性CLuptakeは飽和投与量のNTGの前投与により減少し、いわゆるdown-regulationが認められた。またこの変化は飽和投与量のNTGの前投与により、骨髄および牌細胞のレセプター数がdown-regulation後回復するという変化と良く一致していた。これらのことより、NTGの体循環からの飽和性消失に、標的組織である骨髄、脾臓中のG-CSFレセプターによる受容体介在性エンドサイトーシスが大きく寄与していることが考えられた。また一般的な薬物の消失組織である肝臓、腎臓は、その取り込みに飽和性の認められなかったことより、非飽和性の消失に関与しているものと思われた。

 さらにNTGの飽和性消失におけるG-CSFレセプターの関与についてより定量的に解析するためにラットを用い、in vivoで骨髄上のレセプター数をdownおよびup-regulateさせること、により、NTGの定常状態クリアランス(CLss)の変動との対応について検討した。Cyclophos-phamide(CY)投与およびNTGの反復投与により骨髄中G-CSFレセプター数はそれぞれ1/20および2倍に変化した。これらのラットにNTGを4時間点滴静注し、NTGの定常状態クリアランス(CLss)を算出した。正常ラットにおいてNTGのCLssは投与量依存性を示し、急速静注投与同様、点滴静注においても飽和性および非飽和性クリアランス機構が認められ、それぞれ、138および40ml/h/kgであった。一方、CYおよびNTG投与群においては、非飽和性CLssはそれぞれ、39および44ml/h/kgと正常ラットとは差は認められなかったものの、飽和性CLssはCY投与群では1/7に減少し、NTG投与群では2倍に上昇した。このようなNTGの飽和性CLssの変動はG-CSFレセプター数の変動と良く一致していた。

 一方、腎障害ラットを用いた検討より、腎臓における糸球体濾過がNTGの非飽和性クリアランスの約40-50%を担っていることが示唆された。

 単離骨髄細胞を用いin vitroでNTGの受容体介在性エンドサイトーシスについて速度論的に解析した。

 即ち125I-NTGを予め、表面レセプターに結合させ、これを37℃に移し、その後の動態について検討したところ、表面結合量の経時的な減少に伴う、細胞内に取り込まれた内在化量の増加、内在化量の減少に対応したmedium中の分解物量の増加が認められた。さらに分解物の生成における約5分のlag timeがみとめられたことから、レセプターに結合したNTGが骨髄細胞において受容体介在性エンドサイトーシスにより分解しているものと考えられた。これらの結果よりG-CSFの標的組織である骨髄中のG-CSFレセプターがNTGの飽和性消失に関与するという仮定が支持された。

 このように本研究によりG-CSF誘導体であるNTGの体内動態について、標的組織である骨髄、脾臓中のレセプターが飽和性の消失機構に関与し、腎における糸球体濾過などが非飽和性の消失機構に関与することを明らかとした。いわゆるクリアランス組織である肝、腎とは異なる骨髄のレセプターが体内挙動に影響を与え得るという結果はペプチド体内動態の分野にとって新しい知見であり、さらに現在も医薬品として開発されつつある多くの造血因子の体内挙動を推察するのに重要な知見であるという点で、薬物動態学、生物薬剤学の分野に大きく貢献するものと評価される。以上により本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分な内容を有すると認定した。

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