学位論文要旨



No 212527
著者(漢字) 山下,徹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,トオル
標題(和) 血管平滑筋におけるピラノベンズオキサジアゾールKチャネル開口薬の薬理特性
標題(洋)
報告番号 212527
報告番号 乙12527
学位授与日 1995.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12527号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 血管平滑筋は、細胞膜上に存在する多くの種類の受容体やイオンチャネルにより細胞外刺激に対する多彩な制御を受けている。その収縮制御には、刺激に基づいた細胞内Caイオン濃度の増加とプロテインキナーゼの活性化が重要とされる。細胞内へのCa動員は、Caチャネルを介した細胞外からのCa流入と、筋小胞体(SR)からの細胞内Ca動員が主な機構として考えられている。細胞内Caイオンの増加は、Ca依存性酵素カルモジュリンの活性化およびプロテインキナーゼによるリン酸化ステップを経た後、Ca依存性の収縮反応を惹起する。一方、細胞膜リン脂質代謝産物によるプロテインキナーゼC(PKC)活性化反応も、細胞内Caイオン非依存性の収縮機構として重要視されている。冠動脈の攣縮発作など血管の異常収縮を一因とする疾患は、このような細胞内Ca濃度の持続的な異常増加およびプロテインキナーゼの持続的活性化に基づく病態と考えられ、これらの治療は死亡原因になりうる心疾患への進展を予防しうる重要なものである。

 ところで近年、様々な血管作動性物質による受容体活性化以後のシグナルトランスダクションに基づいた細胞膜リン脂質代謝産物がCaイオノフォア様作用に基づいたCa膜透過の増加を引き起こすと報告されている。Caイオノフォアの血管収縮反応は非常に強力かつ持続的であり、Ca拮抗薬や受容体拮抗薬などの血管拡張薬にことごとく抵抗性を示す。すなわちこの反応を抑制することは、これまでの既存の薬物療法に抵抗性を示す病態治療に有用である可能性が考えられる。本研究を行う中で、私はKチャネル開口薬のクロマカリムの誘導体展開から新たに合成されたピラノベンズオキサジアゾール誘導体のNIP-121に、この血管収縮作用に対する強力な抑制作用があることを発見した。そこで、NIP-121を用いた新たな病態治療の可能性を追求するため、本薬物の血管弛緩作用機序を総合的に特徴付け、Caイオノフォア収縮抑制機序との関連について検討した。また、受容体結合実験によりその作用点についても検討した。

図1.NIP-121の化学構造(*は不斉炭素の位置を示す)1.NIP-121の血管弛緩作用機序に関する検討

 NIP-121は、あらかじめ30mM KClまたは10-6MプロスタグランジンF2で収縮させたラット大動脈を、いずれも10-4M papaverineで得られた最大弛緩反応の約85%以上濃度依存的に弛緩した。受容体アゴニスト収縮に対しても完全な弛緩作用を示すことから、Ca拮抗薬とは異なった機序であることが示唆された。一方、60mM KCl収縮に対しては、30mM KClの際観察されたNIP-121の弛緩作用が消失した。これもCa拮抗薬と全く異なる薬理特性であり、このような特徴は近年血管拡張薬として注目されているKチャネル開口薬、例えばクロマカリムやニコランジルの作用と非常に類似するものである。すなわち、外液K濃度が増加したためKの平衡電位に近づいてK流出作用が失われたものと考えられた。またNIP-121は86Rb+の細胞外流出を増加することが確認された。この86Rb+細胞外流出増加作用はATP感受性Kチャネル阻害薬のグリベンクラミドにより濃度依存的に抑制された。

 Kチャネルの開口は、電位依存性Caチャネルの活性化域値よりも細胞膜電位を過分極側に下げる。そこでCa蛍光プローブのfura-2を負荷したラット大動脈により、NIP-121の細胞内Caイオン濃度に及ぼす影響を張力変化と同時に検討した。この際、2相のCa増加過程(細胞外からのCa流入とSRからのCa遊離)を分離して捉えることに成功し、血管平滑筋における細胞内Ca動員機構を詳細に検討することができた。その結果、NIP-121がSRからのCa動員に影響せずに、細胞外からのCaチャネルを介したCa流入だけを選択的に抑制することを示すことができた。この結果は、Ca除去液中におけるノルエピネフリンのphasic収縮相に対してNIP-121が影響しないという実験結果とも良く一致した。また、tonic収縮相に村するNIP-121の血管弛緩反応がほぼ完了した時点で細胞内Ca量はかなり残存していることが用らかとなった。このCa残存量に見合うだけのCa濃度を増加するだけのノルエピネフリンを適用した場合には有意な張力の増加を確認したことから、NIP-121は収縮蛋白質に対するCa感受性の低下作用を有する可能性が示唆された。さらに、NIP-121はホルボルエステルにより活性化されたPKCに基づくCa非依存性の収縮反応(PKC阻害薬のH-7で抑制)に対しては影響を及ぼさないことが明らかとなった。

 以上の結果より、NIP-121が、細胞膜のグリベンクラミドに感受性を持つKチャネル(ATP)感受性Kチャネル)開口に基づいた細胞膜の過分極によって、外液Ca依存の持続的収縮相すなわちtonic収縮相を抑制することを明らかにできたものと考える。また、Ca感受性低下作用も血管弛緩作用機序の一因として考えられた。さらに、SR由来のCa増加およびプロテインカイネースC活性には影響を及ぼさないことが明らかとなった。

2.NIP-121のCaイオノフォア収縮に及ぼす影響

 本研究では、血管平滑筋細胞内Ca増加に基づく血管収縮反応惹起のためにCaイオノフォアのA23187を用い、NIP-121の作用を内皮を傷害したラット胸部大動脈により検討した。

 その結果、NIP-121が30mM KClあるいは受容体アゴニスト惹起の血管収縮抑制作用を示すのと同等の濃度で、A23187惹起血管収縮反応を抑制することを初めて明らかにした。この作用はNIP-121と同じ作用機序を有すると考えられるクロマカリムおよびニコランジルでも同様に観察された。また、この作用は、Kチャネル開口薬として特徴的な薬理特性(高濃度K存在下で弛緩反応が消失)を反映していることが明らかになった。一方、この作用はCa拮抗薬のニフェジピンではほとんど抑制されないことが確認された。さらに、A23187存在下Ca除去液中におけるCa収縮(ニフェジピン抵抗性)の大部分をNIP-121が抑制することが明らかとなり、この抑制作用は外液からのCa流入抑制によっていることが示唆された。

 以上の結果より、NIP-121によるA23187による収縮反応の抑制作用が、Kチャネル開口に基づく細胞外からのCa流入阻害作用によっていることを初めて明らかにしたと考える。また、このCa流入経路は、Caイオノフォアにより独自に形成される細胞膜のCaポアと考えられ、生理学的にも非常に興味深い作用であると考える。さらに、前に述べたCa感受性低下作用が関与する可能性も考えられた。

3.NIP-121の血管作用に対するATP感受性Kチャネル阻害薬グリベンクラミドの影響とその作用点の検討

 摘出血管におけるNIP-121の作用は、ATP感受性Kチャネル阻害薬のグリベンクラミドにより濃度依存的に拮抗された。その拮抗様式をSchild解析により解析した場合、Schildプロットの傾きが約1に回帰される競合的拮抗作用であり、グリベンクラミドはNIP-121の競合的拮抗薬であると解釈された。しかしながら、これまでこれらの関係を受容体結合実験により直接証明した実験はなく、NIP-121の特異的結合部位とグリベンクラミドの特異的結合部位の関係についての詳細は未解明であった。そこで、[3H]グリベンクラミドの特異的結合に対するKチャネル開口薬のNIP-121およびレプクロマカリムの影響について検討した。

 まず、ラット脳および心室筋ミクロソーム標品において[3H]グリベンクラミドとNIP-121あるいはレブクロマカリムを同時に20分間インキュベートした。その結果、NIP-121およびレブクロマカリムともに[3H]グリベンクラミド特異的結合を阻害せず、摘出血管による実験結果とは異なる解釈を導くこととなった。その原因を調べるため、あらかじめNIP-121あるいはレブクロマカリムと脳ミクロソーム標品を60分間プレインキュベートした後に、[3H]グリベンクラミドを添加して更に20分間の飽和実験を行い結合動態の変化を観察した。その結果、Kチャネル開口薬を前処置したミクロソーム標品においては、濃度依存的に解離定数(Kd値)および最大結合量(Bmax値)が影響を受けることを初めて見出した。これら2つの実験結果の差異は、NIP-121あるいはレブクロマカリムの受容体結合が平衡状態に到達するまでの時間がグリベンクラミドよりも遅いことに起因する可能性が考えられた。また、脳の[3H]グリベンクラミド結合部位が1種類であること、Bmax値の低下が最大約30%に留まる完全なものではないことから、Kチャネル開口薬の結合が[3H]グリベンクラミドの結合をnegative allostericに調節している可能性が示唆された。この結果は、グリベンクラミドの結合がKチャネル開口薬の結合をnegative allostericに調節しているとする従来の報告とは別に、両受容体間の関連をKチャネル開口薬の受容体側から初めて示したものであり、見かけ上の競合的拮抗作用を説明する上で非常に意味深いものと考える。また、NIP-121とレブクロマカリムの結合実験におけるBmax値低下作用の活性比は血管弛緩作用の比とほぼ一致し、薬理学的に意味のある濃度域でこの様な現象が引き起こされていることが示唆された。

総括

 新規に合成されたピラノベンズオキサジアゾール誘導体NIP-121の血管における薬理特性について検討した結果、以下の結論を得た。

 1)NIP-121は、Kチャネル開口薬としての薬理特性、すなわちKの細胞外流出促進作用を示すことが明らかとなった。その作用は、クロマカリムに比べ約10倍強力であった。

 2)NIP-121が、Ca拮抗薬に抵抗性を示す受容体アゴニストのみならず、Caイオノフォアによる血管収縮反応に対しても強力な抑制作用を示すことを初めて明らかにした。この作用は、Kチャネル開口作用に基づく過分極が細胞外からのCa流入経路を抑制した結果引き起こされたと考えられた。また、血管平滑筋細胞内の収縮蛋白質に対するCa感受性低下も関与する可能性が示唆された。一方、受容体アゴニスト惹起のtonic収縮相を完全に抑制する濃度域においてphasic収縮相は抑制しないことが明らかとなり、SRからのCa遊離に基づく血管収縮には影響しないことが示唆された。

 3)NIP-121の作用は、ATP感受性Kチャネル阻害薬のスルフォニルウレア誘導体グリベンクラミドにより競合的に拮抗された。しかしながら、スルフォニルウレアの特異的結合部位に直接結合せず独自の受容体を有することが示唆され、相互の結合部位間でnegative allostericに互いの結合量を調節して、見かけ上の競合的拮抗作用を示している可能性が示唆された。

 以上の結果より、ピラノベンズオキサジアゾール誘導体NIP-121の血管弛緩作用機序を明らかにすることができたと考える。また、今回新たに発見したCaイオノフォアの血管収縮反応に対するNIP-121の抑制作用が、Kチャネル活性化作用に基づいていることを明らかにすることができ、過分極-収縮連関に新たな概念を加えることができたと考える。このことから、NIP-121が他の血管拡張薬に抵抗性を示す血管収縮病変に対しても有効である可能性を示唆できたものと考える。

審査要旨

 この論文は、新規に合成されたKチャネル開口薬NIP-121((+)-7,8-dihydro-6,6-dimethyl-7-hydroxy-8-(2-oxo-piperidine-1-yl)-6H-pyrano[2,3-f]benz-2,1,3-oxadiazole)の血管平滑筋における薬理特性を、既存のKチャネル開口薬のcromakalimおよびnicorandilと比較してまとめたものである。

 近年、新しいタイプの血管拡張薬としてKチャネル開口薬が注目されている。その血管拡張作用は、血管平滑筋の細胞膜電位の過分極に基づいた電位依存性Caチャネルの抑制に基づくと考えられているが、このCaチャネルを直接抑制するCa拮抗薬とは薬理特性を異にし、血管収縮性受容体の活性化に伴う収縮反応に対しても強力な抑制効果を示す。両薬物間の作用性の差異の理由についてはほとんど解明されていないものの、Ca拮抗薬に抵抗性を示す病態に対して有効性を示すことが予想され、Kチャネル開口薬の開発意義はそこに存在する。特に、冠動脈攣縮発作など既存の血管拡張薬の有効性が低かった疾患に対するKチャネル開口薬の治療効果に対する期待は大きい。その様な背景のもと、NIP-121はcromakalimあるいはnicorandilよりも高活性なKチャネル開口作用を有する血管拡張薬として新たに見出されたが、その詳細な薬理特性や作用機構については全く報告がない。

 本研究では、NIP-121の血管平滑筋における薬理作用および作用機構を、cromakalimおよびnicorandilと比較しながら特徴づけると共に、Kチャネル開口薬の新しい薬理的側面を明らかにすることを目的としている。

 本論文は5章より構成されている。第1章においては、NIP-121、cromakalimおよびnicorandilの血管拡張作用についてラット門脈および大動脈で比較検討し、特にラット門脈自発性収縮の頻度抑制作用が大動脈の血管拡張反応に比べてKチャネル開口作用に特異的な感受性を有することを初めて明らかにし、Kチャネル開口薬の簡便なスクリーニング系としても有用であることを提唱した。また、本評価系および86Rb流出実験により、NIP-121がcromakalimよりも約10倍強力なKチャネル開口薬であること、およびATP感受性Kチャネル阻害薬のglibenclamideにより競合的に拮抗されることを明らかにした。さらに、大動脈において、nicorandilは見かけ上のKチャネル開口作用の挙動を示し、その血管拡張作用には、NIP-121およびcromakalimで示されたKチャネル開口作用以外の機序、例えばguanylate cyclase活性化に伴うcyclic GMP増加作用を含む可能性を示唆した。第2章においては、NIP-121の筋小胞体からのCa遊離に基づくphasic収縮相に対する作用、およびprotein kinase CによるCa非依存性収縮に対する作用についてcromakalimと比較検討した。また、Kチャネル開口薬の血管拡張作用と細胞内遊離Ca濃度の関係について、Ca蛍光プローブのfura-2を用いた収縮同時測定法により詳細に検討した。その結果、NIP-121の最も重要な血管拡張機序は、細胞膜の様々なCa透過システムを介したCa流入機構の抑制および細胞内収縮蛋白系に対するCa感受性低下作用であることを明らかにした。また、血管収縮反応における筋小胞体を介した細胞内Ca動員機構およびprotein kinase Cによる収縮機構に対しては、薬理学的に意味のある濃度域(10-7M以下)のNIP-121はほとんど影響しないことを明らかにした。第3章においては、Caチャネル以外のCa流入経路に対するKチャネル開口薬の作用およびその作用機構について、CaイオノフォアのA23187を用いて検討した。その結果、NIP-121、cromakalimおよびnicorandilはKチャネル開口作用に基づく機構により(nicorandilでは一部であるが)、A23187で惹起した血管収縮反応を完全に抑制することを初めて明らかにした。また、この血管拡張作用に対しても、過分極によるCa流入抑制作用および収縮蛋白系に対するCa感受性の低下作用が関与する可能性を示した。このことからKチャネル開口薬には、電位依存性や受容体制御Caチャネル以外の細胞外からのCa流入経路を介した多くのタイプの血管収縮反応が関与する複雑な病態発症機構に対して、従来のCa拮抗薬や特異的受容体拮抗薬よりも有効に作用する可能性が示唆された。第4章においては、NIP-121の冠動脈に対する作用を、摘出イヌ各種血管床に対する血管選択性、および麻酔イヌの各種臓器血流量なとの循環動態などにより検討した。その結果、NIP-121がin vitroにおいて冠動脈選択的な血管拡張作用を示すとともに、in vivoにおいても冠動脈血流量を他の臓器血流よりも選択的に増加することを明らかにし、狭心症などの虚血性心疾患に対して有効である可能性を示唆した。第5章においては、Kチャネル開口薬とglibenclamideの特異的結合部位の関連を受容体結合実験により直接証明するため、ラット脳、左心室筋および大動脈ミクロソーム標本における[3H]glibenclamide特異的結合に対するKチャネル開口薬の影響について検討した。その結果、NIP-121などのKチャネル開口薬の薬理作用が、glibenclamideにより競合的に拮抗されるにもかかわらず、glibenclamideの特異的結合部位に対しては直接結合しないことを明らかにした。また、見かけ上の競合的拮抗作用は、Kチャネル開口薬がglibenclamideの受容体結合を負のアロステリック制御により抑制することと関連する可能性を明らかにした。

 以上、本研究は、NIP-121などのKチャネル開口薬が、血管拡張作用においてCa拮抗薬とは明らかに異なる輻広い作用特性を有することを初めて明らかにしたものである。また、本研究において新たに発見したCaイオノフォア惹起の血管収縮反応に対するNIP-121の抑制作用が、Kチャネルの開口作用に基づいていることを明確にし、過分極-弛緩連関に新たな概念を加えたと同時に、他の血管拡張薬に抵抗性を示す血管収縮病変に対しても有効である可能性を示唆した。さらに、受容体結合実験により、Kチャネル開口薬とglibenclamideの競合的拮抗作用が見かけ上の反応であることを明らかにした。本研究は、Kチャネル開口薬の新しい薬理学的特性を見出し、またKチャネル開口薬の循環器疾患治療薬としての幅広い可能性を提唱する上で重要な意味を有すると考えられ、薬理学および薬学の進歩に寄与するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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