学位論文要旨



No 212529
著者(漢字) 宮本,幸始
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,コウジ
標題(和) LNG地下タンク鉄筋コンクリート構造設計合理化の研究 : 限界状態設計法による合理化の実現
標題(洋)
報告番号 212529
報告番号 乙12529
学位授与日 1995.11.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12529号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 前川,宏一
内容要旨

 本論文は、LNG地下タンクの構造を具体的対象として、鉄筋コンクリート構造の設計合理化の実現方法について研究したものである。設計合理化実現のための設計法として限界状態設計法を活用し、研究成果として、設備安全の信頼性向上と経済性の向上を同時に実現させる設計方法を具体的に提案した。

 本論文は6つの章で構成している。以下章を追って論旨を記す。

第1章序論

 近年、社会の成熟に伴い、設備投資の効率化、すなわち、建設の経済性向上が従来にも増して必要とされてきた。また、先の阪神大震災の教訓を得るまでもなく、安全の信頼性向上についても関心が高まっている。このため、技術者には、この二つの一見相反する要請を同時に満足させる設計論の展開がこれまで以上に求められている。本論文は、この社会要請に積極的に応える設計方法について、具体的構造に関する検討を通して研究したものである。

 研究の具体的対象とした構造は、LNG(液化天然ガス)地下タンクの鉄筋コンクリート躯体であり、外径約75m、深さ約43mの大規模な地中構造物である。LNG地下タンクの設計技術については、1978年に設計指針がまとめられ、以来、同指針にもとづいて許容応力度法により設計が行われている。一方、この間、1986年には土木学会コンクリート標準示方書(以下RC示方書)に限界状態設計法が採用され、社会的に認知されるところとなった。また、数多くの地下タンクが建設され、運用実績、計測実績も蓄積できてきた。設計合理化検討の機が熟してきたことになる。

 本研究では、限界状態設計法の(1)対象構造物の所要機能に応じた最適な設計を合理的に行いやすい、(2)構造物の特性に応じて、また最新の知見を反映して設計合理化を実現しやすい、という特徴を具体的に活かす方策について検討を行った。

第2章限界状態設定における設計の合理化

 限界状態の設定は、構造物の所要機能と構造物の特性、環境条件に照らして、考え得る限界状態の中から必要とする限界状態を選定することにより行った。

 側壁の設計において支配的となるのは地震作用である。LNG地下タンクは、危険物貯蔵の設備であることから、耐震性についても一般設備より高いレベルが要求される。しかし、非常に大きい地震動はごくまれにしか生じない偶発荷重であることから、いかなる規模の地震に対しても構造物に通常の健全性を保持させることは過大設計と考えられる。

 今回の検討では、(1)供用期間内に1回程度は発生する可能性の高い中規模地震に対しては、健全性を保証するための断面降伏の限界状態、(2)まれに生じる大地震に対しては、軽微な損傷は許容するが人命や社会機能に影響を与えないための断面破壊の限界状態、(3)供用期間内に生じる可能性は非常に小さい当該地点に予想される最大級の地震に対しては、相当の損傷は許容するが当面の貯液機能を保持して人命への危険を防止するための断面破壊の限界状態、の3つの限界状態を設定して、機能の保証水準に応じて合理的に設計が行えるようにした。(3)の地震レベルの照査は今回新たに付加したものである。

 使用限界状態については、LNG地下タンク構造の特殊性に着目し、鋼材腐食の環境条件について精査した。その結果、躯体内面については、水、酸素の供給環境にないことから、耐久性に関する曲げひびわれの使用限界状態照査は解除できることを明らかにした。

第3章構造解析方法設定における設計の合理化

 従来の設計では、側壁が周辺地盤から受ける地震時作用を評価する構造モデルとして、側壁周囲の連続地中壁の存在は無視している。また、部材の断面剛性には全断面剛性を用いている。これらの仮定は安全側のものであり、計算簡便化の利点はあるが、大きい地震作用を考慮する場合には実際との乖離が大きく、合理的なものとはいえない。

 今回の検討では、合理的な解析方法として、連続地中壁と側壁の両方を「二重円筒シェル解析モデル」でモデル化するとともに、部材の残存剛性を用いる等価線形解析の方法を設定した。部材の剛性は、断面力と残存剛性の関係の実験式を用いて設定した。まず予備解析として断面力と残存剛性の反復計算を行い、その結果をもとに、部材の一部で鉄筋降伏を生じる場合の残存剛性を安全側に1/2と定めた。これを基準として、限界状態のレベルに応じて残存剛性を評価している。

 今回提案した解析方法は、合理化を大きく実現するものであるが、実現象に対してはなお安全側の設定と推定される。今後、今回の検討を発展させ、鉄筋コンクリート円筒体の非線形挙動と地中構造物への地震作用の評価について研究を深めることにより、一層の合理化が図られることを合わせて示した。

第4章部分安全係数設定における設計の合理化

 安全係数について、所要の安全性を確保して設計合理化を実現するため、個々に設定根拠を明確にして現段階において必要最小限の値を設定した。

 材料の特性値と材料係数は、類似工事での試験結果を統計分析し、RC示方書の標準値を安全側の値として選定した。実施に当って分析結果の再現性が確認できれば、強度特性値を規格値より5〜10%程度大きくすることも可能と判断した。

 部材係数については、構造部材が大型であり、寸法誤差の影響を無視できることを評価し、曲げ・軸力に対してはRC示方書の標準値を低減して設定した。また、限界状態に応じて部材係数の一部に差を設けた。

 荷重係数については、荷重特性値のもつ不確実性について、値の設定根拠あるいは既往の計測データを個々に評価して、0.8〜1.2の値を設定した。地震時については地震荷重の特性値設定において不確実性に対する配慮を含んでいること、荷重の同時生起確率を考慮して荷重の組み合せに対応した修正が必要なこと等を総合して、全ての荷重係数を1.0とした。

 構造解析係数については、等価線形解析等、不確実性を残していると考える解析については、これを補償するため解析の感度分析と既設タンクでの計測実績の分析を総合して、1.1〜1.25の値を設定した。この値は今後の技術蓄積により1.0に近づけることが期待されるものとして示した。

 構造物係数については、LNG地下タンクのもつ重要性について、それぞれの限界状態に到達した場合の社会への影響、設備の本来機能への影響、補修・復旧の難易度、予知の可否等の観点から分析して、通常時1.2から最大地震時1.0までの安全係数値を設定した。

 部分安全係数を総合した安全率は、従来設計に比べて形式上増加している。これは新しい設計内容に対して安全確保に配慮した結果であり、今後の技術知見の蓄積により安全係数の値を一層合理化できる余地を残したものである。

第5章合理化設計の試算と評価

 新設計によると、従来設計と比較して建設費用として底版で約15%、側壁で約5%の縮減が達成されることを確認した。底版の経済的合理化を実現した主要因は、曲げひびわれ照査の解除である。また、断面の終局耐力評価により多段配筋の全鉄筋を有効に評価できたこと、および底版厚が削減できたことによる荷重作用の低減も合理化要因である。側壁では、残存剛性を用いた等価線形解析による断面力評価の合理化、および連続地中壁の側壁保護効果を評価する二重シェルモデル解析による荷重作用の低減が大きい要因である。

 新設計の内容は、照査する地震の水準を従来よりも大きく引き上げるとともに、せん断耐力の強化など構造の靭性確保に十分な配慮をしているので、安全についての信頼性も向上させたものとなっている。

第6章結論

 新設計法の適用により、耐震性を含めて安全に対する信頼性を向上させ、同時に経済的にも合理化を達成した。また、今回の検討を通して、限界状態設計法が、責任技術者のリーダーシップのもとに設計合理化を実現するのに有効な設計体系であることを具体的に明らかにできた。

 今回の研究は、これまでの技術成果を集大成するとともに、今後の合理化研究の方向性を示したものとなっている。例えば、安全係数設定の根拠を明確化したことにより、今後の技術知見の蓄積を反映して継続的に合理化を進めることが容易になったといえる。

 LNG地下タンクについて一層の合理化を進めるためには、とりわけ、土との相互作用のもとでの荷重作用と鉄筋コンクリート円筒構造体の終局状態、すなわち変形性能と保有耐力、を精度よく評価できる実用的な解析手段の開発が望まれる。

 今回の合理化検討の過程と成果は、一般のコンクリート構造とりわけ地中構造物の設計合理化にも有効な参考事例となろう。

審査要旨

 本論文は,鉄筋コンクリート構造の設計合理化について,LNG地下タンクを対象として,限界状態設計法を活用して行った研究の成果をとりまとめ,安全性の向上と経済性の向上とを同時に実現した合理的な設計法を提案したものである。

 第1章は,序論であって,本研究の意義および背景を述べ,限界状態設計法に基づくことの利点を挙げている。

 第2章では,限界状態の設定を適切にすることの具体的提案をしている。

 LNG地下タンク側壁の設計において支配的となる地震荷重を,その生じる確率によって,供用期間内に1回程度発生する中規模地震,まれに生じる大地震および供用期間内に生じる可能性が極めて小さく従来は設計に考慮していなかったような最大級の地震の3種類に分類し,それぞれの地震作用に対して,異なる限界状態を設定することを提案している。すなわち,中規模地震に対して健全性を保証するための断面降伏,大地震に対して軽微な損傷を許容する断面破壊,最大級の地震動に対して当面の貯液機能を保持するための断面破壊を,それぞれの限界状態と設定することを提案したのである。このことによって,地震に対する安全性についての信頼度が上がるのである。

 また,躯体内面は,水および酸素の供給がないため,鉄筋腐食に関する検討が不要であることを明確にし,これによって経済化が大きく図れることを明らかにした。

 第3章では,構造解析上の設計合理化の提案を行っている。

 耐震設計で従来は全く無視していた連続地中壁を安全側にモデル化して設計に採り入れること,側壁の剛性を実情に近い値とすることなどである。これらによって,合理的に経済化が図れるのである。

 第4章では,安全性の評価に用いる各種の部分安全係数,すなわち,材料,部材,荷重,構造解析などの不確実性および構造物の重要度を考慮するための安全係数を,根拠を明確にしながら,大型構造物に対して合理的に設定した。これらの部分安全係数を総合した安全係数は,従来の値よりも大きくなっている。このことは,従来よりも安全性を高めたことを意味しており,今後の技術知見の蓄積によって,より一層の経済化を図る余地が残されているのである。

 第5章では,提案した設計法によって設計されたLNGタンクが,以上の合理化によって,従来よりも経済的となることを示している。新設計法によれば,地震に対する安全性とせん断力に対する安全性は増しており,安全に対する信頼性は高まっていることを明確に示している。

 第6章は結論であって,限界状態設計法が,責任技術者のリーダーシップによって設計合理化を実現するのに適した設計法であることを具体的に明らかにしたのである。

 本論文は,従来の設計法よりも一段と合理的な設計法を具体的に提案し,それをLNG地下タンクに適用することによって,安全性と経済性とを図れることを明確な形で示したものであって,コンクリート工学の進歩に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク