超高層建物の実現は、人口の集中により過密化する都市環境の中で、数々の利点ある居住環境を創造したが、一方においてその特異性に起因する要因のために、音環境に関して建築工学的に解決しなければならない問題も出てきている。 本論文では、超高層建物に快適な音響空間を創造するために、既存の建物における現状調査、実験室および現場において実験的検討を行い、いくつかの新しい工学的技術を確立した。順を追ってその内容を要約すると以下のとおりである。 序論では、本研究の背景についての検討を通し、本論文の工学、とくに建設工学の分野における意義を述べた。次に、本論文の構成および研究の進め方について述べた。 第1章では、建設業の立場における、研究開発に対する基本姿勢について述べた。また、施工技術者としては、自らの担っている責務から、建物の竣工後に問題となるような技術課題への判断力、研究開発に対する取組姿勢が必要であることを示した。 さらに、既存の高層建物を対象に音環境の問題点を抽出した。その結果、高層建物の音響・振動障害として、 1)平面計画に起因する障害 2)設備計画に起因する障害 3)構工法に起因する障害 に大別されることが明らかとなった。これらをさらに詳細に検討し、本論文における研究項目を次の3点と設定した。 1)大口径管路系からの騒音・振動低減工法の開発 2)エレベータ走行音低減工法の開発 3)キシミ音低減工法の開発 第2章では、大口径管路系からの騒音・振動低減工法の開発研究の前段として、地域冷暖房用大口径管路系を有する、既存の高層事務所ビルにおいて、騒音・振動の発生侍性を把握するための基礎的調査を行った。また、この調査結果を確認し、現象をより一般化するために、実験室においてポンプを接続した管路系からの騒音・振動に関する基本的な実験を行った。 その結果以下の知見を得た。 1)管路系の振動特性として、ポンプ吐出管部分では、キャビテーションによって発生した気泡の崩壊による、ホワイトノイズ的な振動周波数特性を有する。これらの振動は竪管部分になると、高域成分が急激に減少し、竪管の共振周波数、ポンプの脈動周波数成分が卓越した振動周波数特性となる。 2)管内流速と管壁面垂直方向振動加速度レベル、パイプ近傍の放射音の音圧レベル、シャフト内音圧レベルの関係は、いずれの場合も比例関係にあるが、周波数、測定位置、測定対象管路によって、比例の度合は異なっている。しかしながら、実験室で行った管路系の測定では、これらの比例関係は全ての測定対象で一定であることから、実際の建物では管の支持方法等の要因により、振動伝搬性状が複雑になっていると考えられる。 3)管壁厚と管壁面垂直方向振動加速度レベル、パイプからの放射音の音圧レベルの間には、直接的な対応関係は見いだせない。管路系振動の伝搬特性としては、振動源であるポンプからの距離が離れても、インピーダンス、管壁厚など、相殺的に働く要因のためか、冷却水竪管の発生振動加速度レベルは減少せず、建物全体を巨視的にみた場合、振動の距離減衰は見込めないことが明らかになった。 4)衝撃加振の測定結果をもとに、伝搬波の実体について検討した結果、初期波は縦波であり、最大振幅成分は曲げ波、つまり、管壁面垂直方向振動であることが分かった。 大口径管路系の振動が、振れ止め部を介して建物躯体に入力されることを合わせて考慮すると、騒音.振動の低減は、竪管の曲げ波成分に着目して行う必要があることを明らかにした。 以上の実験的検討結果をもとに、設計段階で管路系からの発生騒音・振動を予測するためのデータベースを構築した。このデータベースは、管路系の管内流速を基に、管壁発生振動、パイプシャフト内発生音の騒音レベルを推定し、さらにそれらの周波数特性を推定することにより、建築構造に応じた発生音・発生振動の予測を可能にするものである。さらに、一定の条件のもとでは適用が可能な、データベースの基本となる管内流速と管路系発生振動・発生騒音の関係を表す回帰式を得た。 第3章では、まず前章で構築した騒音・振動予測データベースを用いて音響障害の予測計算を行った。計算結果および前章における実測調査結果より、大口径管路系からの騒音・振動低減工法として、建物躯体への振動入力部である振れ止めに防振機能を持たせる方法を考案し、モデル実験を通してその効果を検証し、以下の知見を得た。 実建物の一般管路系発生振動の卓越周波数に相当する125Hzと250Hzにおける振動減衰量と、振れ止めの防振ゴムの静的バネ定数との関係には明らかな比例関係があり、バネ定数が1/2倍になると振動減衰量が6dB増加する傾向が見られた。したがって、振れ止めの防振ゴムは、竪管-建物振動伝達系における共振系の要素ではなく、単なる直列インピーダンスとして作用しているものと推定される。また、防振ゴムの締め付け力は、振動減衰量に有意な差を生じさせないことが明らかになった。また、この実験においては従来の物理測定のみでなく、聴感体験評価も行ったことに特色がある。 最後に、これにより、防振とともに耐震機能も有する振れ止めを実際の建物に適用し、その性能を検証した。その結果、振れ止め設置階(3階毎)と、設置されていない階の居室内発生騒音に有意な差はみられず、全ての居室で発生騒音はNC-25以下となり、騒音・振動低減工法としての実用性を実証した。 第4章では、エレベータからの騒音・振動低減工法の開発に関する研究を行った。まず、エレベータ走行に伴う室内発生音予測手法を確立するために、エレベータ実験タワーおよび、既存の高層、超高層建物において、エレベータ走行時発生音(走行音)に関する実態調査を行った。次に、それらの結果を検討、整理することにより、以下のことが明らかになった。 1)エレベータ走行速度が速くなるほど、発生する走行音も大きくなる傾向が見られる。本研究では、走行速度とエレベータに隣接する居室における発生音の間に、通常の施工仕様で設置された走行速度が100〜500(m/min)のエレベータに対して適用できる大凡の回帰式として、次式で示される関係が見いだされた。 2)調査結果全体からは、ガイドローラ径と室内音圧レベル間には、定量的な関係は認められないが、同一建物における測定事例では、ローラ径が大きくなれば、エレベータ走行時のレール振動加速度レベルは小さくなる傾向がみられる。 3)レールファスナの取付を溶接にした場合と、ボルト締めにした場合の固体伝搬音を比較すると、溶接よりボルト締めとした方が振動伝搬量は125Hz〜250Hz帯域では小さい。 4)レールを居室側の大梁ではなく、中間(補助)ビームから、間接的に支持することにより、隣接居室内の騒音レベルが10dB低減される。即ち、レールの支持位置は、隣接室での固体音レベルに大きく影響する。 以上の検討結果を基に、エレベータ部位毎の騒音・振動低減対策をまとめ、実際の超高層建物に適用した。その結果、居室内発生音をNC-25以下にすることができ、聴感上も問題のない結果が得られた。 第5章では、超高層建物に特有のキシミ音を低減させる工法を開発するための研究を行った。 まず、既存の超高層建物におけるキシミ音発生状況を調査した。次に、実験室においてキシミ音発生装置を新たに考案・製作し、実験および検討を行った結果、乾式の軽量間仕切壁から発生するキシミ音の発生状態を明らかにした。 さらにその結果からキシミ音低減工法を開発し、実際の超高層ホテル建築に適用し、その効果を検証した。 最後に結論として、序論、およびこれまでの各章の内容をまとめて述べた。 |