学位論文要旨



No 212533
著者(漢字) 戸高,孝
著者(英字)
著者(カナ) トダカ,タカシ
標題(和) 境界要素法の磁界解析への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212533
報告番号 乙12533
学位授与日 1995.11.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12533号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 上坂,充
内容要旨

 計算機の高速化および大容量化に伴い,数値解析技術は急速に発展し,現在では,様々な物理現象や力学現象を計算機を用いて研究する計算物理,計算力学と呼ばれる新しい分野が開拓されている。現在最も広範囲に利用されている数値解析手法としては,領域型解法である有限要素法と境界型解決である境界要素法が挙げられる。

 領域型解法である有限要素法は解析領域の分割に使用する有限要素の大きさや形状に任意性があるので,解析対象が複雑な形状である問題に容易に適用でき,さらに透磁率等の材料特性が非線形な問題にも適用できる。従って,有限要素法は広い応用範囲をもっており,現在最も有力な数値解析法であるといえる。しかしながら,領域型の解法は解析領域を多くの要素で離散化する必要があり,特に高周波の三次元渦電流問題のように未知変数の変化が急激な問題では,表皮効果を考慮して分割を施さなければならないため要素数は膨大となる。従って実際的な解析対象に対しては,入力データー数および計算機の記憶容量の面から大きな制約が課せられる。

 一方,境界要素法はグリーンの定理およびグリーン関数を用いて偏微分方程式を境界積分方程式に変換するので,問題とする領域の次元が一次元下がり,解析対象の境界のみの離散化で解析が実行できるため,計算機の入力データー数や計算に必要な記憶容量を軽減できる。また,境界要素法は境界積分を有限要素法と類似な要素を用いて離散化し,区分的な積分を数値的に処理する点のみが近似的に行われるので,線形問題に対して高精度な数値解が得られ,開領域問題や最適設計問題への適用が容易である等の長所を有する。さらに,境界要素法は解析対象が複雑な形状の問題にも適用可能で,境界型解法の中では最も広い応用範囲をもっており,有限要素法に次ぐ数値解法といえる。

 境界要素法の電磁界解析への応用は,有限要素法と比較してその歴史は浅く,まだ解析手法の開発研究が主流であり,応用結果の報告は比較的少ないのが現状である。他方,弾性問題や熱伝導問題等の機械工学の分野においては多くの研究成果が報告されており,二次元ポテンシャル問題では,僅かな修正で磁界解析にそのまま転用できる場合もあるが,渦電流問題では電磁場の変化の時間スケールが非常に小さく,電界および磁界の連成となる点,また三次元問題ではベクトル量が未知変数となる点からその定式化は大きく異なってくる。

 そこで,本論文では,境界要素法の磁界解析への適用法を明らかにすることを主目的として,二次元場および三次元場における静磁界解析手法並びに準定常磁場の解析手法の定式化を明らかにし,適用例を通して,高精度化の検討を行った結果を示す。また,境界要素法の磁界解析への適用上の問題点である以下の点の改善法を明らかにする。

(1)境界近傍の数値解誤差(偏平な解析対象に対する精度の悪化)

 境界要素法のグリーン関数の法線方向微係数に関する積分には境界近傍においてコーシー特異性があり,この特異性は数値積分では評価できないために,境界近傍の数値解は著しく悪化する。特に磁束密度等の解祈の対象である物理量は通常ポテンシャルの勾配で与えられるので,これらの計算においてはコーシー特異性にもとどまらない特異性が生じる。この誤差は境界要素法を一般的な電磁界問題に適用する上での大きな欠点である。この境界近傍の数値解の精度を改善するためには,厳密には境界積分を解析的に評価する必要があるが,グリーン関数が超越関数となる場合には,項数の多い展開式での解析的積分の評価が繁雑になるので,誤差補正等の簡便な手法の開発が望まれる。

(2)領域積分項の取扱の繁雑性

 解析対象の境界のみの離散化で解析が実行できることは,有限要素法などの領域型解法と比べて境界要素法の大きな長所となっている。ところが,強制電流領域や永久磁石領域を含む問題の支配方程式は非同次となり,積分方程式に領域積分項が生じるため,この積分領域を分割する必要が生じてくる。このため,入力データの増加を招き,特に三次元問題での分割データの作成は繁雑となる。また,磁束密度の計算を行う場合,領域積分項の特異性により,その領域内の数値解の精度は一般に低下する。従って,この領域積分項を境界積分に変換する手法の開発が必要である。

(3)電流密度が既知である必要がある点

 強制電流領域を含む問題では,強制電流密度を負荷とする境界積分方程式が解かれるため,励磁電流は既知である必要があり,電流値を前もって実測するか,あるいは仮定して入力することになる。一般に電気機器は電圧源で励磁されるので,電流値は未知量として取扱う方が都合がよい。特に解析対象の形状や位置あるいは励磁周波数を変化させて機器の特性の検討を行う最適化の問題では,励磁電流の変化を模擬するために電圧を入力データーとして解析する必要がある。この問題に対して中田らは,二次元有限要素法を用いた外部電源を考慮した有限要素法(端子電圧法)を提案している。境界要素法では解析領域を全て離散化しないので,有限要素法の場合をそのまま適用することはできないが,外部電源回路の方程式との連成による類似の手法の開発が必要である。

(4)二次元場の渦電流問題における電界(grad)の取り扱い

 二次元場の渦電流問題の解析手法の中で最も適用範囲の広いA-法においては,gradに関する領域積分項が生じるが,この電界を考慮した解析手法の検討は十分に行われていないのが現状で,多くの論文ではgradの項は無視して取扱われており,無視できる条件も明記されていないものが多い。二次元場では無限遠での導体の接続を表現するためにgradの取扱が重要となるので,導体の接続と解分布の関係を明確にし,gradの取扱を明らかにする必要がある。

(5)三次元問題における未知数の増大

 三次元磁界解析では磁気ベクトルポテンシャル等のベクトル量が未知変数となるので,二次元問題と比較して未知数は大幅に増大する。特に高周波の渦電流問題での未知数は膨大となり,未だ実用段階に至っていないのが現状である。三次元解析では,境界要素法自体の問題に加えて,未知数の削減や大次元連立方程式の高速解法,並列計算等が重要な検討課題となっている。従って,未知量数や解析精度並びに計算時間の観点から,未知変数の選定とその計算効率に関する検討や,浸透深さを考慮した近似的な解析手法の開発が必要となる。

 本論文では,境界要素法の磁界解析への適用上の問題点である,境界近傍の数値解誤差の改善法として,ガウスの数値積分公式を用いて境界積分を処理する場合を考察し,等ポテンシャル境界条件によって得られるコーシー特異性をもつ核関数の領域内部での条件式を用いて,誤差補正により境界近傍での積分の特異性を考慮する定式化を明らかにする。また,領域積分項の取扱の繁雑性の改善法として,積分定理を用いて領域積分項となる負荷項を境界積分項に変換する手法を示し,その有用性を二次元および三次元問題について明らかにする。さらに,外部電源回路の回路方程式を導入して,電圧を入力データとし電流を未知量として取扱う端子電圧法の定式化を示し,適用例の中でインダクタンス等の推定や設計の逆問題にも有効に利用できることを明らかにする。

 また,二次元渦電流磁界解析手法としてA-法を取り上げ,過渡的な磁場の解析のための時間依存性の基本解を用いる手法並びに正弦波定常磁場の解析のための複素表示による方法の定式化を示し,電界(grad)の電荷保存則を用いた考慮法を示すと共に導体が複数存在する場合の導体の接続と解分布の関係を検討し,gradの取扱を明確にする。また,高精度化の検討として,前述の補正積分法の適用法を明らかにし,複素表示による方法に対してはグリーン関数の多項式近似式に対する解析的積分公式を明らかにする。

 さらに,磁性体を含む一般的な三次元静磁界問題および渦電流問題のベクトル変数に対する境界要素解析の定式化を明らかにし,未知数の削減の観点から対称性の考慮法を示す。静磁界解析ではさらに永久磁石の取扱並びに軸対称場の定式化を明らかにし,これらの手法の逆問題への応用として,寸法決定境界要素法および形状決定境界要素法の三次元への拡張法とその有用性を示す。渦電流磁界解析では,時間依存性の基本解による手法を用いて,未知変数の選定と解析効率に関して検討した結果を示し,開発した手法の応用として,薄板近似による渦電流磁界解析法並びに浸透深さを考慮した近似的な軸対称渦電流磁界解析手法の定式化を示し,その有用性を明らかにする。

 この研究により得られた成果は,解析対象に応じた解析方法の選定,高精度計算,および未知数の削減等の重要な指針となり,電気機器の高効率化等の検討に有効に利用できるばかりでなく,逆問題解祈への応用も含めた電磁界解析技術の発展に貢献できる。

審査要旨

 現在最も広範囲に利用されている数値解析手法としては、領域型解法である有限要素法と境界型解法である境界要素法が挙げられる。領域型解法である有限要素法は解析領域の分割に使用する有限要素の大きさや形状に任意性があるので、解析対象が複雑な形状の問題でも容易に適用でき、透磁率等の材料特性が非線形な問題にも適用できる。従って、有限要素法は広い応用範囲をもっており、現在最も有力な数値解析手法であるといえる。しかしながら、領域型の解法は解析領域を多くの要素で離散化する必要があり、高周波の渦電流問題のように表皮効果を考慮しなければならない問題等の場合、要素数は膨大となり、大きな制約が発生する。

 一方、境界要素法は偏微分方程式を境界積分方程式に変換するので、問題とする領域の次元が一次元下がり、解析対象の境界のみ離散化して解析を実行する。さらに、区分的な積分を数値的に処理する点のみが近似的に実行されるので、線形問題に対して良好な数値解が得られ、開領域問題や最適設計問題への適用に便利である。さらに、境界要素法は解析対象が複雑な形状の問題にも適用可能で、境界型解法の中では最も広い応用範囲をもっており、有限要素法に次ぐ数値解法といえる。

 境界要素法の電磁界解析への応用は、有限要素法に比べるとその歴史は浅く、いまだに解析手法の開発研究が主流であり、解析結果の例は比較的少ないのが現状である。他方、弾性問題や熱伝導問題等の機械工学の分野においては多くの研究成果が報告されているが、渦電流問題では電磁場の変化の時間スケールが非常に小さく、電界および磁界の連成となることや、三次元問題ではベクトル量が未知変数となる点からその定式化は大きく異なってくる。

 そこで本論文では、境界要素法の磁界解析への適用可能性を目的として、二次元場および三次元場における静磁界解析手法並びに準定常磁場解析手法の定式化を明らかにし、適用例を通して、高精度化の検討を行っている。

 第1章は序論であり、上に述べた研究の背景と必要性を統括的に述べている。

 第2章では、境界要素法を磁界解析へ適用するとき問題となる点について研究を行い問題の解決を図っている。すなわち、まず、境界近傍における法線方向微係数の数値積分にはコーシー特異性があり精度が劣化するが、これを解決するため補正積分法を提案し問題の解決を図っている。

 次に強制電流領域や永久磁石領域を含む問題の支配方程式は非同次となり、積分方程式に領域積分項が生じるため、積分領域を分割する必要が生じ、このため入力データの増加を招き、分割データの作成は繁雑となる。この改善法として、積分定理を用いて領域積分項となる負荷項を境界積分項に変換する手法を示し、その有用性を二次元および三次元問題について明らかにしている。第三番目に、外部電源回路の回路方程式を導入して、電圧を入力データとし電流を未知量として取り扱う端子電圧法の定式化を示し、適用例の中でインダクタンス等の推定や設計の逆問題にも有効に利用できることを明らかにしている。

 第3章では二次元渦電流磁界解析について述べている。A-法を取り上げ、過渡的な磁場のための複素表示による方法の定式化を示し、電界(grad)の電荷保存則を用いた取扱法を示すと共に導体が複数存在する場合の導体の接続と解分布の関係を検討し、gradの取扱を明確にしている。また、高精度化の検討として、前述の補正積分法の適用法を明らかにし、複素表示による方法としてはグリーン関数の多項式近似式に対する解析的積分公式を応用している。

 第4章では、三次元場の静的・動的磁界解析について述べられている。

 さらに、磁性体を含む一般的な三次元静磁界問題および渦電流問題のベクトル変数に対する境界要素解析の定式化を明らかにし、未知数の削減の観点から対称性の取り扱い方に工夫を凝らしている。静磁界解析ではさらに永久磁石の取扱並びに軸対称場の定式化を明らかにし、これらの手法の逆問題への応用として、寸法決定境界要素法および形状決定境界要素法の三次元への拡張法とその有用性を示している。

 渦電流磁界解析では、時間依存性の基本解による手法を用いて、未知変数の選定と解析効率に関して検討した結果を示し、開発した手法の応用として、薄板近似による渦電流磁界解析法並びに浸透深さを考慮した近似的な軸対称渦電流磁界解析手法の定式化を示し、その有用性を明らかにしている。

 第5章は結論であり、本論文の研究成果をまとめている。

 以上の成果は、解析対象に応じた解析方法の選定、高精度計算、および未知数の削減等を行う場合の重要な指針となり、電気機器の高効率化等の検討に有効に利用できるばかりでなく、逆問題解析への応用も含めた電磁界解析技術の発展に貢献している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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