沸騰水型原子炉(BWR)の炉心の安定性については、BWRの開発当初から多くの実験的、解析的研究が行われてきている。1970年代後半から1980年代始めにかけて、Peach-bottom2号炉及びVermont-Yankee炉においてGE社が実施した安定性に関する実炉実験により発振状態まで含むデータが得られ、従来の周波数領域安定性解析コードの検証がなされた。 BWR設計では、この周波数領域解析コードを用いて、単一燃料チャンネルの密度波不安定現象の"チャンネル安定性"と炉心全体を対象として核的フィードバックとシステム動特性を含めた"炉心安定性"を評価し、想定されるあらゆる運転状態において安定性基準を満たすようにしてきている。 近年、榎本らは炉外の熱ループを用いたチャンネル安定性実験や、1988年に発生したLaSalle 2号炉の不安定現象の評価等を含めて"炉心安定性"に関する研究の成果を集大成し、時間領域3次元動特性解析コード(STANDY)の開発に成功している。 一方、出力密度の増加によりプラント出力の増加を計ったイタリアのCaorso炉では、1983年に安定性試験を実施し従来の炉心安定性評価では直接取り扱って来なかったモードの不安定現象を観測した。この現象は、炉心安定性の評価で取り扱ってきた全炉心の中性子束の同位相振動モードと異なり、炉心内の中性子束が空間的に位相の異なる振動となるモードで領域不安定現象と呼ばれている。従来からBWR設計に用いてきた周波数領域解析コードでは、そのモデルとして中性子束振動中の出力分布形が一定で全炉心同位相であることを仮定しているため、この領域安定性の評価手法としては、そのまま適用する事はできない。 そこで、今後のBWRプラントの開発や炉心燃料の高度化にとって領域安定性の評価手法とこれに対応する設計の考え方の確立が重要と考え本研究に着手した。本研究では、榎本らが開発したSTANDYコードを用いて領域不安定現象の支配因子の解明を行うとともに、従来の周波数領域解析手法を改良して領域安定性の設計手法の確立を計った。 はじめに、実炉で観測された現象から領域不安定現象の特徴を検討するため、領域不安定現象の発生したCaorso炉と炉心不安定現象の発生したLaSalle 2号炉の炉心条件を比較評価した。Caorso炉について炉心径方向出力ピーキングとR値を評価した結果、LaSalle 2号炉の場合と異なり通常の炉心と比較しても差のない普通の状態であり、R値では領域不安定現象の発生の指標とは出来ないことが分かった。そこでCaorso炉とLaSalle 2号炉の全燃料集合体のチャンネル安定性減幅比を評価した結果、Caorso炉はチャンネル安定性減幅比の高い燃料集合体が多く、かつ振動の大きい領域に集中していることが分かり、これが領域不安定現象の原因と考えられることを示した。 次に、3次元動特性解析コード(STANDY)を用いてCaorso炉の領域不安定現象の再現解析を実施し、領域不安定現象の主要な特徴を再現できることを示しSTANDYコードの適用性を確認した。これに基づき、実炉で想定されるボイド反応度係数、出力分布、燃料スペーサ圧損係数、炉心外部の流動抵抗等のパラメータ変化の影響についてSTANDYコードにより感度解析を行い、領域不安定現象の発生メカニズムについて検討した。この結果、領域安定性の支配的因子は、熱水力的安定度と振動領域と周囲の領域との間の中性子拡散効果であることが示された。また、領域不安定現象発生時の燃料の熱的余裕の変化も評価し、中性子束振動が発生しても直ちに燃料の破損には至らないことも再確認した。 次に周波数領域解析コードによる領域安定性の評価手法を検討した。振動領域の大きさにより周囲の領域への中性子拡散効果が異なり、振動領域の反応度フィードバックが異なることに注目し実効ボイド係数の導入を提案し、この実効ボイド係数を用いて半炉心逆位相振動モードの安定性減幅比と1集合体局所振動モードの安定性減幅比を求める新たな評価方法を示した。 この評価手法の検証として炉心不安定現象と領域不安定現象の観測された実炉条件を評価し、不安定モードを精度良く評価出来ることを確認した。さらに、種々の炉心条件でSTANDYコードによる領域不安定現象解析と対応した本評価手法による解析と比較した。その結果、考慮した炉心条件の範囲では、周波数領域解析コードによる1集合体局所振動モードの安定性減幅比(実効ボイド係数考慮)と炉心安定性減幅比が両方とも1.0未満であれば、領域振動を含む中性子束振動現象は発生しないと予測出来ることが分かった。 この周波数領域解析コードによる領域安定性の評価手法を用いて、炉心燃料設計と炉内ループ設計の各種組み合わせ条件に対する安定限界マップを評価した。(図1) 図1 振動モード毎の安定・不安定境界 この結果、領域安定性限界は炉内ループ圧損に影響されないこと、炉心燃料はボイド反応度係数の絶対値が小さいことと軸方向出力分布が平坦で二相流部の圧損割合の小さい熱水力的に安定な設計とすることが領域不安定現象を避ける上で望ましいことが分かった。さらに、検出性の観点からはAPRMによる監視が有効な炉心安定性よりもAPRM信号変化の検出が困難な領域安定性に対してより大きな余裕をとることが望ましく、炉心燃料設計ではボイド反応度係数よりは圧力損失の低減を優先することが望ましいと考えられる。 現行の炉心燃料設計では、圧力損失、特にスペーサや上部タイプレート部等の二相流部の圧損割合を出来るだけ低減する設計としており、既に上記の基本的考え方に従ったものとしている。従って、今後の炉心燃料設計においても現行の設計方針を踏襲することが妥当であることが確認された。 さらに、万一領域不安定現象が発生した場合に振動現象をその発生初期に検出し、これを抑制する方法について検討した。中性子束振動の位相が領域間で異なる領域不安定現象では、入力となるLPRM信号の振動振幅が相殺されることからAPRM信号の振幅が小さい場合があり、LPRMによる振動現象の検出が重要となる。そこで、STANDYコードにより領域不安定現象発生時のLPRM信号と燃料の熱的余裕を評価し、LPRM信号の振動のピーク・ピーク値が10%以下であれば熱的余裕を確保でき、しかも制御棒を挿入することで速やかに振動抑制が出来ることを示した。 これらの知見から、安定性余裕のある炉心燃料設計、LPRMの運転員による監視、安定性余裕の小さい運転領域の制限、ポンプトリップ時の選択制御棒自動挿入機構という万全の設計を採用している現在のBWR設計の妥当性が明らかに出来たと考える。今後、より高度なBWRプラントを開発する場合においても、本研究の成果を反映していくことが望ましいと考える。 |