学位論文要旨



No 212535
著者(漢字) 岡部,敏弘
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,トシヒロ
標題(和) 多孔質炭素材料・ウッドセラミックスに関する研究
標題(洋)
報告番号 212535
報告番号 乙12535
学位授与日 1995.11.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12535号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 林,宏爾
内容要旨

 ウッドセラミックスは、木材及び木質材料と熱硬化性樹脂との複合材料を高温無酸素雰囲気中で焼成して得られる新しい多孔質炭素材料である。従来の炭素材料の高純度・高密度化の方向とは反対に、木材の多孔質構造を生かし、熱硬化性樹脂から生ずるガラス状炭素により組織を補強した多孔質炭素材料であり、低コスト、軽量な材料の開発と産業分野への提供、さらには地球環境問題を考慮したエコマテリアルを提供することを目的としたものである。これまで、木炭やガラス状炭素の性質については研究が行われているが、これらの炭素の複合材料であるウッドセラミックスの性質については全く研究が行われていない。そこで本研究においては、ウッドセラミックスの製造方法とその力学的特性や電気的特性を解明し、電磁シールド材や軸受け材などとしての活用の可能性について検討を行った。

 ウッドセラミックスは、図1に示すように、原材料の木材又は木質材料に熱硬化樹脂を注入し、炭化することによって得られる。そのため、樹脂注入工程と炭化工程はウッドセラミックスの性能を支配する最も重要な工程となる。

図1 ウッドセラミックスの製造工程

 樹脂注入工程については、樹脂充填率の向上と組織に均一に樹脂を注入する方法として、減圧含浸方法に超音波振動を併用した方法の検討を行なった。熱硬化性樹脂としてフェノール樹脂を用いた場合について、樹脂濃度と充填率との関係を求めた結果、樹脂液濃度が高くなるのに従い樹脂充填率も多くなり、異なる比重のブナ材辺材部を供試材とした場合に、樹脂充填率とブナ材の比重との関係においては高い負の相関が認められた。また、樹脂充填の分布をブリネル硬さによって調べた結果、樹脂充填に伴い上昇する傾向を示し、無処理のブナ辺材部と比較して、木口面においては3倍、柾目面においては6〜7倍、板目面において5〜6倍増加し、しかも超音波付加減圧法の方が樹脂充填の向上効果と全体的に均一に注入させる効果が得られることを見いだした。

 炭化工程については、窒素雰囲気下において、中質繊維板(medium density fiberboard、以後MDFとする)および樹脂含浸MDFを示差熱により重量変化を測定したところ、無処理のMDFでは、200〜400℃の間で木材の熱分解反応による急激な重量減少を生じたのに対し、樹脂含浸MDFは、重量減少の割合も無処理に比べて少なくなっていることを見いだした。また、焼成温度800℃に設定し、3時間保持した時の昇温速度と収炭率の関係を見たところ、昇温速度10℃/分以上になると明確なクラックが発生した。さらに昇温速度と曲げ強度およびブリネル硬さの関係を調べたところ、曲げ強度の場合には、昇温速度10℃/分までリニアな低下傾向を、それ以上の昇温速度ではほぼ一定の値を示し、ブリネル硬さの場合にも曲げ強度と同様に、昇温速度が速くなるに従って低下する傾向を示した。以上の結果から、最も効率的な焼成条件として昇温速度を5℃/分に設定した。

 製造上の大きな特徴である焼成前に加工ができる点について、MDFを原料に用い、糸鋸盤や木工ロクロなどで加工後、樹脂注入して焼成したところ、焼成前と相似形を保つことを見いだし、大量生産型商品から少量多品種型商品に至るまで、様々な生産方式に対応できることを確認した。

 焼成に伴う変化について、焼成に伴う寸法、重量の変化、曲げ試験、圧縮試験などの力学的特性、無定形炭素とガラス状炭素の分離、電気的特性、潤滑特性について検討した。

 1000℃以下での寸法変化率は、600℃以下では図2に示すように、平面方向で約18%、積層方向で約25%の急激な増大を、1600℃以上では図3に示すようにゆるやかに増大した。また、重量変化率については、600℃以下では図2に示すように約55%の急激な増大を示し、1600℃では寸法変化と同様のゆるやかな増大を示すことを見いだした。さらに、SEMによる構造変化を観察した結果、焼成に伴うの組織構造の変化はなかったが、木材繊維が積層している厚さ方向の寸法変化率(800℃で26%、2000℃で36%)と非常によい一致を見た。

 木材由来の無定形炭素とフェノール樹脂由来のガラス状炭素の分離についてX線回折およびラマン分光分析によって分離を試みた。X線回折では、木材繊維由来の無定形炭素が黒鉛化すること、また、ラマン分光分析では、特性波長の相対強度比がガラス状炭素I=0.96>ウッドセラミックスI=0.56>黒鉛棒I=0.19の順であることが判明したが、いずれの方法でも無定形炭素とガラス状炭素の分離については判明しなかった。

 焼成温度800℃以下のウッドセラミックスの曲げ強度については、図4に示すように300〜500℃の温度領域での強度の低下、それ以上の温度領域では強度の向上が見られたが、曲げヤング率については曲げ強度の傾向と異なって、図5に示すように単純に焼成温度に伴って向上する傾向を示した。焼成温度2000℃以上のウッドセラミックスの曲げ強度および曲げヤング率は、いずれも焼成温度の上昇に伴い徐々に低下する傾向を示した。また、圧縮試験については、焼成温度400℃以下の試料や低含浸率の試料では延性的な破壊挙動を示し、フェノール樹脂の含浸率を増加させるとヤング率、圧縮強度とも増加する傾向を示した。さらに、MDFを用いたウッドセラミックスには明瞭な異方性が表われ、積層方向に比べて繊維方向では高い強度が得られた。

図表図2 焼成温度1000℃以下の焼成温度と寸法および重量変化の関係 ● 重量 ○ 縦方向 □ 横方向 ■厚さ方向 / 図3 焼成温度1600℃以上の焼成温度と寸法および重量変化の関係 ● 重量 ○ 縦方向 □ 横方向 ■厚さ方向 / 図4 焼成温度と曲げ強度の関係 / 図5 焼成温度と曲げヤング率の関係

 電気的特性については温度依存性が半導体性を示すことが明らかとなった。この半導体性は、ガラス状炭素を構成するグラファイト-微小結晶子のサイズ効果により微小エネルギーギャップを生ずることに起因すると考えられる。さらに、電磁シールド材としての可能性について検討を行ったところ、体積固有抵抗値は、焼成温度400℃から2800℃の間で約1010・cmから約10-3・cmへと広範囲に変化することを見いだした。電界シールド効果においては、焼成温度600℃以上から、また磁界シールド効果については焼成温度700℃から徐々に現れ、焼成温度の上昇とともに増大することが判明し、電磁シールド材として利用することが可能であることを見いだした。

 潤滑特性について、大気中無潤滑、基油含浸および水中のもとで、種々の荷重・すべり速度条件下でウッドセラミックスと各種材料との摩擦実験を行い、摩擦の基本特性の検討を行った結果、いずれの条件下においても摩擦係数は安定かつ低い値を示し、荷重の増加とともにやや減少しながら、やがて一定の値に落ち着くこと、すべり速度の影響をほとんど受けないことを見いだした。

 摩擦実験と同様に摩耗の基本特性を検討した結果、大気中無潤滑、基油含浸および水中のいずれの条件下においても、比摩耗量は接触圧力パラメータ(W/R2)1/3の増加とともに急激に増加し、接触圧力パラメータがある臨界値以下では、比摩耗量は10-8[mm2/N]以下の実用的に十分な低い値を示すことを見いだした。

 微視的摩耗形態は、通常のファインセラミックスと同様に、flake formation(みかけの接触域における脆性破壊型摩耗)、powder for-mation(真実接触域における脆性破壊型摩耗)、ploughing(脆性破壊型摩耗が生じないマイルドな摩耗)の3種類に分類でき、flake formationの発生は、無次元数Sw≧1で与えられることを見いだした。

審査要旨

 木材は人類の歴史を通じて最も生活に密着した素材の一つであり、力学的性質や加工の難易さ、木目や材色などが樹種によって異なるなど他の素材に見られない特徴を有しているが、特に再生可能資源であること、炭素の固定化源になり得ることなどは地球環境問題の解決が急務となるこれからの材料開発において重要な意義を持っている。これまで木材のもつ膨潤、収縮、力学的性質の異方性を解決する方法として、木材を細分化した後で合成樹脂接着剤により熱圧成形したパーティクルボード及びファイバーボードのような木質材料と、木材にビニール系モノマーなどを注入し放射線照射等により重合させたプラスチックとの複合材料が開発されてきた。

 本研究は木材とプラスチックの複合材料を更に炭化させることによって新たな炭素材料(木材起源のセラミックスということで論文提出者によりウッドセラミックスと命名されている)を製造し、その製造方法、構造、力学的性質、電気的性質、潤滑特性を調べ、工業材料としての応用可能性の検討を目的としたものである。

 本論文は6章からなっている。第一章は序論であり、木材と木質材料、薬剤注入あるいは炭素化による材質改良研究の歴史的概要と、本研究の位置付け及び本論文の構成と内容について述べている。第2章ではウッドセラミックスの製造方法として、樹脂注入方法と製炭方法について詳述している。木材試料としては主として青森県産の広葉樹ブナ辺材部をブロック状にしたものと中質繊維板を用いている。樹脂注入工程については樹脂充填率の向上と木材の組織に均一に樹脂を注入する方法として、減圧含浸法に超音波振動を併用する方法が最も効果的であると結論している。炭化工程については樹脂を含浸させた中質繊維板を用いて焼成温度を変えて検討した結果、クラックが入らず収炭率も高い昇温速度は5℃/分であると結論している。

 第3章はウッドセラミックスの構造と力学的特性について述べている。ウッドセラミックスは高温無酸素雰囲気中で焼成されるため、その構造は木材由来の軟質の無定形炭素とフェノール樹脂由来の硬質のガラス状炭素が複雑に絡み合ったものであることがSEM観察により明らかにされている。木材由来の無定形炭素が脱色、脱臭などの吸着性能をもつのに対して、ガラス状炭素の場合はヘリウムガスも通過させないという大きな性質の違いがあることが知られている。焼成温度800℃以下の曲げ強度については300〜500℃で低下し、それ以上の温度では強度の上昇が見られている。焼成温度2000℃以上では曲げ強度が徐々に低下する傾向を示している。これは炭素の結晶化は進むものの、全体から見た組織構造の結合度は減少しているためであると説明されている。フェノール樹脂の含浸量を増加させるとヤング率、圧縮強度共に増加する。これはウッドセラミックス中の硬質性ガラス状炭素量が増加するためと説明されている。

 第4章では電気的性質について述べている。焼成温度を400℃から2800℃へと上昇させて得られる試料の室温における電気抵抗は絶縁体から導体までと広い範囲に変化する。電気抵抗は試料の密度が高いほど小さい傾向を示している。また極低温領域で見られる半導体的特性はガラス状炭素を構成するグラファイトの微小結晶子によるものであるとしている。電磁シールド効果については、焼成温度600℃以上の試料からシールド効果を示し始め、焼成温度の上昇と共に増大する傾向を示した。

 第5章では潤滑特性について述べている。大気中無潤滑、基油含浸および水中下で、種々の荷重すべり速度条件下でウッドセラミックスと各種材料との摩擦実験を行っている。例えばブナ材にフェノール樹脂を注入し800℃で焼成した試料では平均静摩擦係数、平均勤摩擦係数ともに0.16〜0.24の低い値を示し、フェノール樹脂を注入しないものに比べ耐摩耗性も著しく向上することを見出している。これらの一連の実験により、ウッドセラミックスは低摩擦、耐摩耗摺動部材として実用可能であると結論している。

 第6章は総括である。

 以上要するに本研究はフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を含浸させた木材を炭化させて新しい多孔性炭素材料を製造し、その構造、力学的及び電気的性質、潤滑特性を解明し、クラフト用材料、マイクロ波用の電磁シールド材、自動車のクラッチ板用材料への応用可能性について論じたものであって、材料学の発展に大きく寄与している。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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