学位論文要旨



No 212536
著者(漢字) 田中,滋
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,シゲル
標題(和) 機能性セラミックス粒界の状態分析
標題(洋)
報告番号 212536
報告番号 乙12536
学位授与日 1995.11.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12536号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 機能性セラミックスの粒界は,結晶粒内と構造・組成が異なる特異な領域であり,その特性が材料全体の特性に大きな影響を与えることが知られている。本論文では,粒界の化学的・物理的な状態およびそれらの不均一性が電気的特性に与える効果を評価することを目的に,SiCセラミックスとZnOバリスターについて等温容量過渡分光法(ICTS法),電子線誘起電流法(EBIC法)およびオージェ電子分光法(AES法)を適用した。さらに分子軌道法(DV-法)による化学結合状態の解析を行い,それら手法の粒界評価法としての有用性および新しく得られた知見をもとに機能発現機構について検討した。

 第一章「緒言」では,研究の背景を述べ,本論文の目的を示す。センサーやバリスターのような「粒界制御型電子セラミックス」を効率良く開発するためには,粒界準位のエネルギー状態や化学結合状態を的確に解析評価する技術の確立が強く求められている。近年,電子顕微鏡技術の発展により粒界の構造を原子オーダーから調べる研究が盛んに行われているが,粒界の電子状態をミクロ領域から直接評価する手法はセラミックスの組織の複雑さのためあまり進んでいないといえる。そこで本研究の主な目的は以下の3点になる。

 (1)ICTS法とEBIC法を粒界の評価に応用し,粒界のミクロな電子状態およびその不均一性を明らかにする。

 (2)高エネルギー分解能AES法を粒界に適用して,その組成分布・欠陥状態を明らかにする。また,DV-法をAESスペクトルの解析に応用する手法を確立し,それを用いて粒界の化学結合状態を明らかにする。

 (3)SiCセラミックスとZnOバリスターの非線形な電流電圧特性の発現機構を粒界の化学結合状態およびそれに依存する粒界準位の状態の視点から検討する。

 第二章「セラミックス粒界の構造及び物性」では,後の議論の基礎となる粒界の考え方について述べる。一般に,セラミックスはイオン結合または共有結合からできているため,イオン間に働くクーロン反発力や結合の方向性により粒界は隙間の多い構造をとっている。このため粒界の特異構造に基づいた異種原子などの安定化が起こり,粒界準位が形成される。電子セラミックスではこの粒界準位が非線形電流電圧特性などの機能発現の起源になっていると考えられている。実際,多くの電子セラミックスについて粒界準位の関与した二重ショットキー障壁モデルや絶縁層を介在する半導体-絶縁体-半導体モデルなどが提唱されている。したがって高機能な「粒界制御型電子セラミックス」を開発する視点から,粒界準位の,(1)エネルギー状態,(2)空間分布,(3)その形成に強い影響を与える粒界の化学結合状態,の3点を明らかにすることが求められる。そこで本研究では,

 (1)については半導体の局在準位評価に用いられているICTS法

 (2)については材料の内部電界を電子線励起による誘起電流として捉えるEBIC法

 (3)については表面数原子層の化学・物理状態に敏感なAES法の検討を行った。

 第三章「熱ICTS法による粒界準位のエネルギー状態評価」では,ICTS法の原理と粒界への応用法について述べる。セラミックス粒界に関するICTS法を用いた研究例はあまり多くない。そこで第三,四章では,キャリアの励起源として熱と光を用いたICTS法を比較することによって,粒界準位のエネルギー状態と電子状態が詳細に評価できることを示す。

 本章では,熱ICTS法を用いてSiCセラミックス(SiC-1%BeO)の,粒界準位のエネルギー位置とその広がりを評価解析する手法について検討した。測定の結果,160℃以上の温度でICTS信号が検出された。この信号は電気容量の時間依存性と電圧パルス依存性から粒界準位によるキャリア放出過程によっていることが明らかになった。このICTS信号を解析した結果,粒界準位のエネルギー的な広がりが0.1eVより小さいことを示した。すなわち粒界準位はほぼ単一の準位であることを明らかにした。

 第四章「光ICTS法による粒界の電子状態評価」では,SiCが透光性材料であることに注目して,可視光励起によるICTS法について検討した。その結果,光照射を行いながらICTSを測定すると,室温でも信号が検出できることを明らかにした。また,光ICTS信号の励起波長依存性と熱ICTS信号のアーレニウスプロットから求めた粒界準位のエネルギー位置が互いに異なることを見いだした。すなわち,配位座標系で表すと約0.4eVのストークスシフトがあることを明らかした。このことから粒界での化学結合状態がSiC本来の共有結合性からイオン結合性を含んだ状態に変化し,それが粒界準位形成に影響を与えると考えられる。

 第五章「EBIC法による粒界電子特性の不均一性評価」では,EBIC法の原理と粒界準位に関連して,その特性の空間分布を評価した結果について述べる。本章ではマイクロ探針を備えた測定装置を製作し,ZnOとSrTiO3バリスターに適用した。その結果,誘起電流量が粒界ごとに変化し,しかも一つ一つの粒界をみても電流の大きさが場所によって変化する現象を見いだした。このことからEBIC法によってセラミックス粒界の粒界準位濃度,内部電界分布などの物理パラメータの不均一性が評価ができることを示した。

 第六章「AES法による粒界の組成分布・化学状態の評価」では,ZnOバリスターの粒界について高エネルギー分解のAESスペクトルの測定を行った。試料としてZnOにBiのみを添加したバリスターを用いた。試料を超高真空中で破断して清浄な粒界面を直接測定した。粒界の深さ方向分析の結果,Biは粒界に偏析し,その厚さが2-3nmであることを示した。この偏析層では金属(Zn+Bi)イオンの濃度が酸素イオンの濃度より高く,そこが還元された状態であることを明らかにした。また酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルに明瞭なショルダーが観測され,そのピーク強度が粒界に偏析したBi濃度とともに成長することを明らかにした。酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルは,酸素の最外殻電子(2p軌道)が関係していることから,Biの偏析量によって酸素-金属間の結合状態が変化することを示唆している。

 ZnOバリスタの場合,Biの添加だけでは非線形特性として充分ではない.これにMnやCoを副成分として加えることで優れた特性が現れる.これらの副成分を含むバリスタの化学組成分布を調べた.その結果,Mnが粒界に高濃度で存在していることを見いだした.副添加成分のうちMnは,粒界準位の形成・安定化に強く関係していることが示唆された.

 第七章「DV-法によるAESスペクトルの解析と粒界の化学結合状態」では前章で観測された酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルの形状変化の意味を明らかにした。分子軌道法としてクラスターを用いたDV-法を適用した。仮定したクラスターはO原子を中心にZn原子が4配位した四面体クラスターである。このクラスターの周囲にZnとOイオンをポテンシャルイオンとして配置して計算した結果,バンドギャップが3.9eVと実測値(3.4eV)に近い結果を得た。また,DV-法に固有な遷移状態法によってオージェ電子スペクトルを計算する手法を検討した。その結果,この方法により実験的に得られたピークを再現できることを示した。この計算結果をもとにBiの偏析量によって酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルが変化するのは,最高被占分子軌道(HOMO)の電子が金属イオンから酸素イオンに移動するためと結論された。このようなHOMOの電子分布の変化,すなわち化学結合状態の変化が粒界準位の安定化,つまりバリスター特性の発現機構に関係していることを示した。

 第八章は本論文の「総括」である。本研究を通じて以下のことを明らかにした。

 (1)熱ICTS法と光ICTS法をSiCセラミックスに適用し,粒界準位のエネルギー位置,電子状態について従来より詳しい結果が得られること示した。

 (2)マイクロ探針を使ったEBIC法によって,粒界の電子特性の不均一性が評価できることを示した。そしてZnOとSrTiO3バリスターに粒界ごとの不均一性が存在することを明らかにした。

 (3)AES法とDV-法により酸素-金属結合の電子分布の解析法を確立し,ZnOバリスター粒界における化学結合状態の特異性を明らかにしバリスタ特性発現機構を考察した。

 本論文では,機能性セラミックスにおける粒界の化学結合状態と粒界準位との関連を明らかにしたが,粒界の状態はまだまだ未知な部分が多くその評価技術もまた不十分である。セラミックス粒界の機能性を理解するため,実験技術と量子化学をベースにした理論体系を確立し,将来の材料設計へつなげることが今後の重要な課題と考えられる。

審査要旨

 本論文は、粒界がその電気的特性を支配している機能性セラミックスに関して、粒界の化学的、物理的状態と導電機構の関係を解明することを目的として行われたものである。粒界微小領域を種々の分光計測法を適用して評価するとともに、分子軌道法による化学結合状態の解析を行い、それらの知見から粒界電気特性の起源を考察している。

 本論文は全8章から構成されている。

 第一章では、研究の背景を述べ、本論文の目的および意義を示している。非線形な電流-電圧特性を示すSiCセラミックスやZnOバリスターなど「粒界制御型電子セラミックス」では、粒界のショットキー型電位障壁を形成する粒界準位が、材料の電子機能に密接に関連している。しかし、これまで粒界の化学結合性の視点から粒界準位の化学的、物理的状態を解析を試みた研究はたいへん少なく、この分野の研究が重要であることが述べられている。

 第二章「セラミックス粒界の構造及び物性」では、粒界準位について概説するとともに、その評価の考え方と解析手法について述べている。一般に、セラミックスの粒界は結晶内に較べ隙間の多い乱れた構造となる。そのため、組成変化や異種原子などの安定化が起こり、粒界準位が形成されやすい。このような粒界を評価するには、粒界準位の(1)エネルギー状態とその不均一性、(2)空間分布、(3)その形成に強い影響を与える粒界の化学結合状態、の3点を明らかにする必要がある。(1)については半導体の局在準位評価に用いられている等温容量過渡分光法(ICTS法)、(2)については材料の欠陥や内部電界を電子線励起による誘起電流として捉える電子線誘起電流法(EBIC法)、(3)については表面数原子層の化学・物理状態に敏感なオージェ電子分光法(AES法)および分子軌道法(DV-法)によるAESスペクトル解析の適用が有効であることを述べている。

 第三章「熱ICTS法による粒界準位のエネルギー状態評価」では、SiCセラミックス(SiC-1%BeO)の粒界準位のエネルギー位置とその広がりを、キャリアの励起源として熱を用いた熱ICTS法により解析した結果を述べている。160℃以上の温度でICTS信号が検出され、その温度依存性から粒界準位の位置は価電子帯の上0.9eVにあることが求められた。また、そのエネルギー的広がりが0.1eVより小さい、ほぼ単一の準位であることを明らかにしている。

 第四章「光ICTS法による粒界の電子状態評価」では、可視光励起による光ICTS測定をSiCセラミックスに試みた結果を述べている。SiCセラミックスの場合、室温でも信号を検出できることを明らかにし、また、光ICTS信号から得られた粒界準位の位置は熱ICTS信号から得られたものより高いことを見い出している。この差は電子励起過程の違いによるものと考えられ、粒界での結晶周期性の乱れが寄与していると考察している。

 第五章「EBIC法による粒界電子特性の不均一性評価」では、マイクロ探針を備えた走査型顕微鏡を使って、ZnOとSrTiO3バリスターの粒界にEBIC法を適用した結果を述べている。電子線によって誘起される電流量が各粒界ごとに変化し、また個々の粒界においても場所により電流量が異なることを見いだしている。これより、EBIC法により粒界の粒界準位濃度、内部電界分布などの物理的パラメータの不均一性が評価できることを明らかにしている。

 第六章「AES法による粒界の組成分布・化学状態の評価」では、ZnOバリスター粒界について高エネルギー分解のAESスペクトルを測定した結果を述べている。Biのみを添加したZnO試料を超高真空中で破断し、清浄な粒界面を直接測定した結果、Biは粒界に偏析しており、その厚さが2〜3nmであることを明らかにした。この偏析層では金属(Zn+Bi)イオンの濃度が酸素イオン濃度より高く、化学量論比よりも還元されている状態であることを指摘している。さらに、副成分として添加されたMnも粒界に存在することを明らかにしている。また酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルに明瞭なショルダーが観測され、その強度からBi偏析量によって酸素-金属間の結合状態が変化することを示唆している。

 第七章「DV-法によるAESスペクトルの解析と粒界の化学結合状態」では、分子軌道計算と、オージェ電子スペクトルのシミュレーションを行った結果を述べている。O原子を中心にZn原子が4配位した四面体クラスターを仮定し、エネルギーバンド構造とオージェ電子スペクトルを計算した結果、実験的に得られたスペクトルのピークを再現することに成功している。これより、酸素KL2,3L2,3遷移スペクトルが変化する理由は、最高被占分子軌道(HOMO)の電子が金属イオンから酸素イオンに移動するためと結論している。この結果を基に、粒界でのHOMOの電子分布の変化と粒界準位の安定化、つまりバリスター特性発現機構との関連を考察している。

 第八章は「総括」であり、本研究を要約し得られた成果をまとめている。

 以上述べたように、本論文は、粒界制御型電子セラミックスの粒界の化学的・物理的状態の評価技術を確立し、それを基に粒界機能の起源を検討したものである。その成果は、粒界利用セラミックスの材料設計に寄与するとともに、固体物理化学、無機材料科学の分野での今後の発展に大きく貢献するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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