学位論文要旨



No 212542
著者(漢字) 福地,直之
著者(英字)
著者(カナ) フクチ,ナオユキ
標題(和) 細菌の生産する植物生理活性物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 212542
報告番号 乙12542
学位授与日 1995.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12542号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,昭憲
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨

 現在、農業にとって農薬は欠かせないものとなっている。このうち、除草剤、矮化剤、成長促進剤などのいわゆる植物成長調節剤(plant growth regulator)も農業の場で広く用いられ、作物の増産、作業の省力化に大きく貢献している。しかし、近年環境問題が盛んに論じられ、農薬の毒性、残留性などが大きな問題となっており、より選択制が高く、毒性、残留性の低い農薬の開発が望まれている。そこで、筆者は細菌を起源とした、植物成長調節剤として利用可能な植物生理活性物質の探索を試みた。新たな活性化合物を見いだす方法として、植物病原性細菌の生産する植物生理活性物質を見いだす方法と、ランダムスクリーニングによって土壌放線菌より植物生理活性物質を見いだす方法の2通りを行った。すなわち、植物病原性細菌Pseudomonas syringae pv.syringaeからは1968年にsyringomycin、その後syringotoxinと呼ばれる植物毒素が発見され、生理的な研究が広く行われてきた一方、その構造は長い間不明であったが、筆者は日本で単離された同菌の一菌株より、これらとは異なる植物毒素syringostatinを発見し、また他の菌株からはsyringomycinを得た。さらにsyringotoxinの構造についても研究を行った。また、レタス発芽テストを用いたランダムスクリーニングによって土壌放線菌より植物生理活性物質の探索を試みた。その結果、一放線菌Streptomyces graminofaciens 3C02株より、矮化作用を示す新規物質rotihibinを発見した。さらに、細菌と植物の相互関係において、重要な役割を果たす化合物があるが、そのなかにAgrobacterium属細菌が感染植物に生産されるオパインがある。日本で単離されたA.rhizogenesの感染により生じた毛状根から新規のオパインであるmikimopineを得て、その構造を決定した。本論文はこれらの植物生理活性物質の単離、構造解析および生物活性について述べるものである。

(1)Pseudomonas syringae pv.syringaeの生産する植物毒素

 日本で単離されたP.syringa pv.syringae SY12株の培養液よりレタス発芽に対する阻害活性を指標に精製を進めた結果、indole-3-acetic acidが得られた。さらに、これまで報告されているsyringomycin、syringotoxin同様にpotato extractを含む培地を用いて培養を行い、抗真菌活性を指標に活性物質の精製を行ったところ、同様のペプチド性の物質である新規植物毒素syringostatinを単離した。本物質のNMRスペクトルは、多くの溶媒中ではそのシグナルがブロードであったが、CD3CN-H2O(7:2 v/v)という溶媒系を用いることにより、アミドNHプロトンを含めたシャープなシグナルを得ることが出来た。HOHAHA、NOESY、HMBC法を中心とした二次元NMRを測定、解析することで、分解反応を行うことなく、主成分であるsyringostatin A、Bについて環状リポデプシペプチドであるその全構造を決定した。Syringostatin Bはsyringostatin Aの脂肪酸残基3-hydroxytetradecanoic acidが3,4-dihydroxytetradecanoic acidに置換したものであった。

 さらに両物質については塩基加水分解により環が開いた直鎖ペプチドが得られ、そのマススペクトルにおけるフラグメンテーション解析により、その構造が確かめられた。この方法を用いて、微量の類縁体の構造も決定した。

 また、日本で単離された他の菌株SC1株からはsyringomycinを単離した。SyringomycinについてはすでにSegreらによりその構造が報告されsyringostatinと類縁の環状リポデプシペプチドであったが、syringostatinとその構造を比較するといくつかのアミノ酸残基の置換の他に、C-末端の2アミノ酸の順序、および-hydroxyaspartic acid残基の架橋様式に違いが見られた。そこで、単離したsyringomycinについてsyringostatinと同様に構造解析を行ったところ、syringostatinと類似した構造であることを決定した。

図表

 さらにカリフォルニア州立大学デービス校J.E.DeVay教授より恵与された粗精製の標品よりsyringotoxinを単離し、同様のNMRスペクトル、分解物のマススペクトルにおけるフラグメンテーションの解析により、その構造を決定した。

 3種の植物毒素に含まれるアミノ酸残基の立体化学については1-fluoro-2,4-dinitrophenyl-5-alanine amideを用いて誘導化するMarfey法を用いて、脂肪酸についてはMTPAエステルについての合成品との比較により決定することが出来た。

 また、得られた3種の毒素の生物活性、作用点については、これまで様々な報告がなされていたものの、最終的な結論が得られていなかった。本研究において、これらの毒素の示す作用の多くが、界面活性的な効果による膜構造の破壊によるものであることが示されたが、このことはこれまで報告されていた多くの矛盾した結果を説明できるものであった。

(2)放線菌Streptomyces graminofaciensの生産する植物成長調節物質rotihibin

 レタス発芽に対する阻害活性を指標に土壌より単離した放線菌を用いてスクリーニングを行った結果、S.graminofaciensと同定された一菌株が成長阻害活性を示す物質を生産することを見いだした。その主成分についてDMSO-d6中における二次元NMRスペクトルの解析の結果、新規のリポペプチドであるその構造を決定しrotihibin Aと名付けた。さらにマススペクトルにおけるフラグメントの解析により、rotihibin Aの構造を確かめるのと同時に、類縁体であるrotihibin Bの構造を決定した。また、構成アミノ酸の立体化学についてはMarfey法を用いて決定した。Rotihibinは細菌、真菌、動物細胞に対しては全く生育阻害活性を示さず、植物のみに成長阻害活性を示した。さらに、rotihibinは高濃度でも植物に対して壊死作用を示さず、またタバコを用いた試験においては葉数の減少を示さず、草丈の伸長のみを阻害する矮化作用を示す物質であることがわかった。

 

(3)Agrobacterium rhizogenesに感染した植物の生産する新規オパインmikimopine

 日本で単離されたA.rhizogenesの一菌株の感染植物によって新規のオパインが生産されることが筑波大学自然科学系鎌田博教授らにより見いだされ、mikimopineと名付けられた。そこで、同菌の感染により生じた毛状根よりmikimopineの精製を行った。その結果、中性条件でmikimopineを、また酸処理をすることによりその誘導体をそれぞれ単離した。構造解析は酸処理誘導体を中心に行い、DMSO-d6中における二次元NMRスペクトルの解析からその構造を決定した。さらにmikimopineについてもその構造を決定し、酸処理誘導体はmikimopineが分子内で脱水縮合したmikimopine lactamであった。mikimopineの平面構造は当時Davioudによって報告された他のA.rhizogenesの感染により生じた毛状根から単離されたオパインcucumopineと同一のものであった。しかし、両物質は化学的、生物学的に異なる物質であることから、mikimopine、cucumopineをL-histidine、-ketoglutaric acidの縮合反応により合成し、その誘導体のNOESYスペクトルの解析からそれぞれの立体化学を決定し、両物質が互いにジアステレオマーであることを証明した。

 

審査要旨

 本論文は,細菌の代謝産物中に植物生理活性を有する新規物質を検索し,それらを単離・構造決定した結果についてまとめたもので,本文3部と序論,及び要約および総括の部等よりなっている。

 第1部は,植物病原細菌Psuedomonas syringae pv.syringaeの生産する植物毒素に関するものである。本論文の著者は,わが国で単離されたP.syringae pv.syringe SY12株の培養液よりレタス種子の発芽阻害を指標に,活性物質の検索をおこなった結果インドール酢酸を単雑した。ところで,この種の細菌からは既にsyringomycin,およびsringotoxin等の植物毒素が単離されているものの,それらの構造には不明の点があった。その点に注目し,抗真菌活性を指標に検索をつづけ,デプシペプチド性の新規植物毒素であるsyringostatin A,およびBを単離した。これら化合物について構造解析の結果,両化合物は構成脂肪酸部分がAでは3-hyroxytetrade-canoic acid,Bでは3,4-dihydr oxytetradecanoic acidである点が異なるものの他のペプチド部分構造は同一であることを明らかにした。さらに,類似の構造を有する,syringomycinやsyringotoxinの構造を再検討し,それらの構造を図1に示すように決定した。

図1 Syringostatin A,syringomycie EおよびSyringotoxinの構造

 なお,本化合物の生物活性について,その毒性は本物質の界面活性作用による膜構造の破壊による可能性があることを示唆した。

 第2部は,放線菌Streptomyces graminofaciensの生産する植物生理活性物質rotihibin関するものである。土壌より分離した放線菌の培養液について,レタス種子の発芽阻害を指標に活性物質の検索を行った結果,S.graminofaciensと同定された1菌株がレタス芽生えの成長阻害活性を示す物質を生産している事を見いだした。そこで,活性の本体の単離を試み主成分としてrotihibinAと命名した新規化合物を単離するとともに,類縁体であるrotihibin Bの存在をも明らかにし,それらの構造を図2のように決定した。

図2 Rotihibin類の構造

 Rotihibinは,試験した各種の細菌,真菌,動物細胞等に対しては全く生育阻害活性を示さず,植物に対してのみ成長阻害活性を示した。なお,rotihibinを,タバコに投与したところ葉数を減少することなく草丈の伸長を阻害する矮化作用を示した。

 第3部は,Agrobacterium rhizogenesisに感染した植物の生産する新規オパインmikimopineに関するものである。わが国で単離されたA.rhizogenesisの1菌株の感染した植物が新規オパインを生産していることが,筑波大鎌田らにより見いだされ,mikimopinと命名された。本論文の著者は,同菌の感染により生じた毛状根より,mikimopinを単離するとともに,mikimopinが酸性条件下で容易にmikimopinのラクタム体に変換される事を見いだした。ミキモビンおよび,そのラクタム体について構造解析をおこない,図3に示すように既知のオパインであるcucumo-pineとジアステレオマーの関係にある事を証明した。

図3 ミキモピンおよびククモピンの構造

 本論文は,細菌類の生産する新規活性物質を単離し,その化学構造を明らかにしたもので,天然物有機化学および生理活性物質化学に対して貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位請求論文として,価値あるものと認めた。

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