学位論文要旨



No 212543
著者(漢字) トーマス,ツイマー
著者(英字)
著者(カナ) トーマス,ツイマー
標題(和) Candida maltosaのアルカンー誘導性の小胞体膜タンパク質チトクロームP450の構造-機能相関
標題(洋) Structure-function relationships of the alkane-inducible endoplasmic reticulum membrane proteins,cytochromes P450,of Candida maltosa
報告番号 212543
報告番号 乙12543
学位授与日 1995.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12543号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 中野,明彦
内容要旨

 チトクロームP450(以下P450と略す)は生物界に広く普遍的に存在するheme-thiolateタンパク質である。種々の内因性、外来性由来の化合物を基質とする200以上の分子種が知られており、それらは巨大なスーパーファミリーを形成している。n-アルカン資化性酵母Candida maltosaにおいては、同じ遺伝子ファミリー(CYP52)に属する構造的に相関した複数のP450が見いだされており、これらは本菌が種々の疎水性物質の代謝能を獲得する過程でそれに応じた多様な進化を遂げてきたと考えられている。従って本菌の持つP450の多様性についての研究により、本菌の炭素源資化における個々のP450の役割(位置付け)を明らかにできるのみならず、真核生物のP450における構造-機能相関を考える上で一般的な示唆を与えることが期待される。

1Saccharomyces cerevisiaeにおけるC.maltosa P450の発現

 C.maltosaの有する異なるいくつかのP450の基質特異性の違いを解析し、それぞれのP450のn-アルカン代謝経路での位置づけを明らかにするために、それぞれのP450遺伝子をコードしているcDNAをS.cerevisiaeに導入して高発現することを試みた。この手法の長所は個々のP450を全く別々に発現させることが可能であるという点であり、今後それぞれの構造-機能相関を研究していく上で有利である。反面、このような高発現系を構築する上で2つの問題点がある。まず1つはC.maltosaとS.cerevisiaeにおける遺伝暗号の違いであり、もう1つは高発現させた異種P450が充分機能するためにはNADPHからP450への電子伝達系を同時に高発現させる必要があるという点である。

a)C.maltosaの遺伝暗号は一般とは異なっている

 前述のアプローチを行う上で、Candida属酵母における遺伝暗号の特殊性は無視できない重要な問題である。まず本研究で用いたC.maltosaにおいてCUGコドンが一般的なロイシンでなくセリンとして翻訳されていることをin vitro翻訳実験により明らかにした。人工的に合成したCUGコドンを含むmRNAを鋳型として翻訳実験を行うと、無細胞抽出液としてC.maltosaのものを用いた場合にはセリンが、コントロールとして一般の翻訳実験で通常用いられる小麦胚芽の抽出液を用いた場合にはロイシンが、それぞれの翻訳産物中に取り込まれた。更に小麦胚芽を用いたin vitro翻訳系にC.maltosaより抽出したtRNA画分を加えることでCUGコドンのセリンへの翻訳がみられた。このことはC.maltosaの菌体内にCUGを特異的に認識するセリン-tRNAが存在することを示唆している。

b)C.maltosaのP450のS.cerevisiaeでの発現

 C.maltosaの6種のアルカン誘導型P450のコーディング領域を発現ベクターのYEp51のガラクトース誘導性のGAL10プロモーター下流に導入した。S.cerevisiae中での発現にあたってC.maltosaで発現しているものと全く同じ酵素を得るために、コーディング領域中のCTGコドンをTCTに換える必要があった。スペクトル及び免疫学的な解析から、S.cerevisiae中での発現により、大量のC.maltosa P450が得られた。

c)S.cerevisiae菌体内でのC.maltosa P450の効率的な機能発現

 C.maltosaのP450の小胞体での基質特異性を解析するためには、NADPHからP450への電子伝達を促進するC.maltosaのNADPH-P450レダクターゼをそれぞれのP450と同時に発現させる必要がある。この目的のために、GAL10プロモーターにより調節される2つの独立した発現ユニットを含む発現プラスミドを構築した。このベクターによりS.cerevisiae小胞体膜中のC.maltosa一酸素添加酵素系の効率的なin vivo再構成が可能となった。

d)個々のC.maltosaのP450の基質特異性

 P450及びそのレダクターゼを同時発現させた株より調製したミクロソーム画分を用いて、個々のC.maltosaのP450の種々のn-アルカンや脂肪酸に対する基質特異性を調べた。これによりそれぞれのP450が本菌のアルカンや脂肪酸の水酸化能に重要であることを示した。アルカンや脂肪酸といった比較的限られた物質の水酸化にP450Alk1やP450Alk5Aの他に、この酵母はより広い基質特異性のP450(Alk2A,3A,Cm2)を持つことが分かった。また、アルカンや脂肪酸の-位を優先的に水酸化するP450は主にmono-やdi-terminal degradation pathwayで働くことが示された。そのうえ、P450の活性はn-アルカンからジカルボン酸の生成に必要なすべての反応のステップを触媒するのに十分であることを示した。

e)長鎖炭化水素のP450/レダクターゼ同時発現系を用いた生物変換システム

 P450及びそのレダクターゼを高発現した株のn-アルカンや脂肪酸を基質としたジカルボン酸生体内生産系の可能性について検討を加えた。その結果興味深い結果としてラウリン酸を原料とした非常に効率の良い生物変換系が構築できることを示し、この研究で用いた宿主-ベクター系が疎水性の生物生産に潜在的に応用可能であることを示した。

2C.maltosaのP450の構造-機能解析

 構造解析に最も有効な手段はその3次元立体構造を決定することであるが、現在までのところN末端側の疎水性領域がX線解析に必要な安定な結晶体を作る上で妨げとなっていて3次構造の決定はなされていない。そこで、C.maltosaのP450の基質特異性を知るために以下のような実験を行った。

a)P450キメラの構築と解析

 基質特異性を決定するアミノ酸領域を同定する最初の手法として元々のP450と構造-機能が変化することを期待して10種以上のキメラP450を作製した。これには55%の相同性を持ち、ラウリン酸やヘキサデカンの水酸化活性の点で違いを持っている2種のP450を用いた。この解析により基質の結合や変換に関与している3つの領域を同定した。とりわけ、C.maltosaのP450のC末が水酸化や基質特異性の両方に於いて大きく関与していることが示された。

b)CYP52ファミリーにおける527番目のアミノ酸の重要性

 2つの高い相同性を持つP450を組み合わせて構築したキメラP450の手法による基質特異性の決定は、最も有効な手段の1つである。この手法によって527番目のアミノ酸が基質特異性に重要な役割を担っていることが示され、更にそのアミノ酸(527)は他のCYP52ファミリーにおいても重要であることが示された。

3.S.cerevisiaeにおけるC.maltosa P450の局在化と分解

 S.cerevisiaeにおけるC.maltosaのP450の細胞内の局在性を調べるため、細胞分画及び免疫電顕による観察を行った。

a)野生型のC.maltosaのP450と変異型とは、S.cerevisiaeにおいて細胞内局在が異なる

 まず、野生型と種々の変異型のC.maltosaのP450をS.cerevisiaeで高発現させ、それぞれの形質転換体の内部微細構造を免疫電顕で調べた。その結果、野生型のP450を高発現させた場合には細胞質全体にわたって肥大化した棒状の小胞体の誘導が観察された。これに対し変異型P450を高発現させた場合には、一対の膜が積層した構造体が、主に核の周辺で誘導された。これは導入した変異の違いに依らず共通であった。

b)S.cerevisiae菌体内における野生型及び変異型のP450の安定性と分布

 増殖した小胞体におけるP450の分布を決める機構について更に知見を得るため、野生型及び変異型のP450の安定性と細胞内分布を検討した。その結果、棒状小胞体の増殖を誘導する野生型のP450はS.cerevisiae中で非常に安定であった。これに対し、積層した小胞体膜の形成を誘導する変異型のP450の安定性は概して低かった。このことより、P450の"folding state"の違いとそれを認識し細胞内分布を決定する機構が我々の観察した小胞体膜の増殖形態の違いを生ずる初期段階に関与していることが考えられた。さらに、スペクトル的に活性(native)なP450と非活性(malfolded)なものとでは細胞内分布が明らかに異なることが細胞分画実験により示された。以上のことからP450が適切な機能を持ったER(tublar network)に輸送されるか、細胞内分解機構と密接に関与していると推定される積層型小胞体に輸送・保持されるかを決定するquality control systemの存在が強く示唆された。

 本研究により、C.maltosaのn-アルカン誘導性P450の構造-機能相関について興味深い知見が得られた。本研究ではまずC.maltosaでP450が多重遺伝子族を形成していることの重要性を理解する上で重要な知見を示し、P450という小胞体膜蛋白質の基質特異性を決定する一次構造上の機能単位をいくつか同定した。更に酵母S.cerevisiaeが膜結合型P450の細胞内輸送や分解に関わる未知のquality control systemを有している可能性を示唆した。

審査要旨

 チトクロームP450(以下P450と略す)は200以上の分子種が知られており,巨大なスーパーファミリーを形成している。n-アルカン資化性酵母Candida maltosaにおいては,同じ遺伝子ファミリー(CYP52)に属する構造的に相関した複数のP450が児いだされており,これらは本菌が種々の疎水性物質の代謝能を獲得する過程でそれに応じた多様な進化を遂げてきたと考えられている。従って本菌の持つP450の多様性についての研究により,本菌の炭素源資化における個々のP450の役割(位置付け)を明らかにできるのみならず,真核生物のP450における構造-機能相関を考える上で一般的な示唆を与えることが期待される。

1.Saccharomyces cerevisiaeにおけるC.maltosa P450の発現

 C.maltosaの有する異なるいくつかのP450の基質特異性の違いを解析し,それぞれのP450のn-アルカン代謝経路での位置づけを明らかにするために,それぞれのP450遺伝子をコードしているcDNAをS.cerevisiaeに導入して高発現することを試みた。

a)C.maltosaの遺伝暗号は一般とは異なっている

 前述のアプローチを行う上で,Candida属酵母における遺伝暗号の特殊性は無視できない重要な問題である。まず本研究で用いたC.maltosaにおいてCUGコドンが一般的なロイシンでなくセリンとして翻訳されていることをin vitro翻訳実験により明らかにした。更に小麦胚芽を用いたin vitro翻訳系にC.maltosaより抽出したtRNA画分を加えることでCUGコドンのセリンへの翻訳がみられた。このことはC.maltosaの菌体内にCUGを特異的に認識するセリン-tRNAが存在することを示唆している。

b)C.maltosaのP450のS.cerevisiaeでの発現

 S.cerevisiae中での発現にあたってC.maltosaで発現しているものと全く同じ酵素を得るために,コーディング領域中のCTGコドンをTOTに換える必要があった。スペクトル及び免疫学的な解析から,S.cerevisiae中での発現により,大量のC.maltosa P450が得られた。

c)S.cerevisiae菌体内でのC.maltosa P450の効率的な機能発現

 C.maltosaのP450の小胞体での基質特異性を解析するため,NADPHからP450への電子伝達を促進するC.maltosaのNADPH-P450レダクターゼをそれぞれのP450と同時に発現させ,S.cerevisiae小胞体膜中のC.maltosa一酸素添加酵素系の効率的なin vivo再構成が可能となった。

d)個々のC.maltosaのP450の基質特異性

 P450及びそのレダクターゼを同時発現させた株より調製したミクロソーム画分を用いて,個々のC.maltosaのP450の種々のn-アルカンや脂肪酸に対する基質特異性を調べた。これによりそれぞれのP450が本菌のアルカンや脂肪酸の水酸化能に重要であることを示した。

 又,P450の活性はn-アルカンからジカルボン酸の生成に必要なすべての反応のステップを触媒するのに十分であることを示した。

2.C.maltosaのP450の構造-機能解析

 構造解析に最も有効な手段はその3次元立体構造を決定することであるが,現在までのところN末端側の疎水性領域がX線解析に必要な安定な結晶体を作る上で妨げとなっていて3次構造の決定はなされていない。そこで,C.maltosaのP450の基質特異性を知るために以下のような実験を行った。

a)P450キメラの構築と解析

 基質特異性を決定するアミノ酸領域を同定する最初の手法として元々のP450と構造-構能が変化することを期待して10種以上のキメラP450を作製した。その解析により基質の結合や変換に関与している3つの領域を同定した。とりわけ,C.maltosaのC末が水酸化や基質特異性の両方に於いて大きく関与していることが示された。

b)CYP52ファミリーにおける527番目のアミノ酸の重要性

 2つの高い相同性を持つP450を組み合わせて構築したキメラP450の手法による基質特異性の決定は,最も有効な手段の1つである。この手法によって527番目のアミノ酸が基質特異性に重要な役割を担っていることが示され,更にそのアミノ酸(527)は他のCYP52ファミリーにおいても重要であることが示された。

3.S.cerevisiaeにおけるC.maltosa P450の局在化と分解

 S.cerevisiaeにおけるC.maltosaのP450の細胞内の局在性を調べるため,細胞分画及び免疫電顕による観察を行った。

a)野生型のC.maltosaのP450と変異型とは,S.cerevisiaeにおいて細胞内局在が異なる

 野生型のP450を高発現させた場合には細胞質全体にわたって肥大化した棒状の小胞体の誘導が観察された。これに対し変異型P450を高発現させた場合には,一対の膜が積層した構造体が,主に核の周辺で誘導された。

b)S.cerevisiae菌体内における野生型のP450の安定性と分布

 増殖した小胞体におけるP450の分布を決める機構について更に知見を得るため,野生型及び変異型のP450の安定性と細胞内分布を検討した。その結果,棒状小胞体の増殖を誘導する野生型のP450はS.cerevisiae中で非常に安定であった。これに対し,積層した小胞体膜の形成を誘導する変異型のP450の安定性は概して低かった。P450が適切な機能を持ったER(tublar network)に輸送されるか,細胞内分解機構と密接に関与していると推定される積層型小胞体に輸送・保持されるかを決定するquality control systemの存在が強く示唆された。

 本研究により,C.maltosaのn-アルカン誘導性P450の構造-機能相関について興味深い知見が得られ,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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