RT4ファミリーはエチルニトロソウレアによって誘発されたラット末梢神経系腫瘍に由来する細胞系列であり、4種の細胞系より成る。幹細胞系RT4-ACは神経細胞特異的、及びグリア細胞特異的遺伝子を共に発現しており、カルチャー内で約10-5の頻度で神経細胞系RT4-B、RT4-Eまたはグリア細胞系RT4-Dに分化を起こす。この分化過程は一方向で、分化後表現型は一定し、神経細胞系(RT4-B、RT4-E)ではグリア特異的遺伝子の発現が、グリア細胞系(RT4-D)では神経細胞特異的遺伝子の発現が抑制される。分化の最終段階である成熟(maturation)は、細胞内のcAMPレベルを人為的に高めることによりカルチャー内で再現することが出来る。cAMP処理により、神経細胞系RT4-B、RT4-Eは神経突起を生じ、グリア細胞系RT4-Dは成熟グリア細胞にのみ発現している形質をあらわす。従ってRT4ファミリーは神経系の分化や、神経細胞特異的或いはグリア細胞特異的遺伝子の発現調節を調べる上で理想的な細胞系である。本論文はRT4系の細胞を用い、グリア細胞特異的遺伝子、特にS100遺伝子の発現調節について研究した結果をまとめたもので、4章より成る。 第1章は序論、第4章は方法にあてられている。 第2章はRT4系グリア細胞の性質を更に明らかにした結果を述べている。末梢神経のグリア細胞はミエリンを形成するシュワン細胞である。ミエリン形成シュワン細胞特異的発現遺伝子、即ちPO・glycoprotein、CNP(2’,3’-cyclic nucleotide 3’-phosphodiesterase)、SCIP(suppressed cAMP inducible POU)、MBP(meylin basic protein)の遺伝子の発現をRT4系の細胞についてノーザンブロッティング法によって調べた。RT4-D(グリア細胞系)、RT4-AC(幹細胞系)では、これら何れの遺伝子の発現も認められたが、RT4-B、RT4-E(共に神経細胞系)では全く認められなかった。従ってRT4-Dは末梢神経のミエリン形成シュワン細胞の性質を持つことが示された。 第3章はグリア特異的遺伝子、即ちS100とGFAP(glial fibrillary acidic protein)両遺伝子のRT4系での発現調節について調べた結果を述べたものである。RT4ファミリー内でのこれら遺伝子の発現制御を解析するため、ラット遺伝子ライブラリーより両遺伝子の5’上流領域を単離し、ルシフェラーゼ発現ベクターを作成し、RT4系細胞に導入した。S100遺伝子は2047bPの5’領域、GFAP遺伝子は1857bpの5’領域が欠失導入実験で解析された。その結果、S100遺伝子の5’上流域にはグリア細胞特異的発現を促進する領域が存在しすることが判明した。この領域を含む発現ベクターのグリア細胞系での発現は神経細胞系に比較して10倍という非常に高いレベルであった。更にS100遺伝子の第1エクソン中に細胞非特異的なエンハンサー様の活性を示す領域の存在が明らかとなった。この領域を色々な箇所に挿入することでエンハンサー活性を調べた結果、転写開始点の下流に置いたときのみその転写促進活性が認められたため、真のエンハンサーとは云えないことがわかった。しかし発現ベクターからこの領域が除去されるとグリア細胞系で90%、神経細胞系で50%の発現低下が観察された。以上の結果よりS100遺伝子のグリア細胞系での特異的発現は5’上流領域の発現調節領域で行なわれていると考えられる。一方、GFAP発現ベクターはグリア細胞系と神経細胞系で同レベルの活性を示した。GFAP遺伝子の発現制御に関しては共同研究者により神経細胞系において発現抑制をおこなう3’領域の存在が示されている。従ってS100とGFAPはともにグリア細胞特異的マーカーであるがその発現調節は異なっていることが明らかとなった。 以上、本論文はRT4ファミリーを用い、グリア特異的遺伝子、主としてS100遺伝子のグリア細胞特異的発現機構を解析し転写レベルでの制御に新しい知見を加えたもので学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。 |