学位論文要旨



No 212545
著者(漢字) 道本,千衣子
著者(英字)
著者(カナ) ドウモト,チエコ
標題(和) トウモロコシ種子シスタチンおよびシステインプロテイナーゼに関する分子生物学的研究
標題(洋)
報告番号 212545
報告番号 乙12545
学位授与日 1995.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12545号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 助教授 清水,誠
内容要旨

 システインプロテイナーゼインヒビターであるシスタチンは動植物組織に広く存在し、シスタチンスーパーファミリーを形成していることが知られている。Abeらは、イネ種子中にオリザシスタチンが存在し、動物由来のシスタチンとは構造が異なることを報告し、従来のファミリー1、2、3から成るシスタチンスーパーファミリーのどれにも属さない別のファミリー(phytocystatin)に帰属されるべきものであると提唱し、より多くの実例を得るためにコムギ種子、ダイズ種子についても検討を試みシスタチン遺伝子について多くの知見を得ている。トウモロコシ種子についてもシスタチンcDNAの解析を行い、シグナル配列を持つ新しいシスタチンであることを既に報告している。このトウモロコシシスタチンについての詳細な知見を得ることを目的に第1章の研究を遂行した。 次いでシスタチンの標的酵素と考えられるシステインプロテイナーゼ(CP)についての検討を試みた。穀物種子に多種、多量に存在しタンパク質の合成および分解に深く関与しているCPについては、オオムギ種子のアリューロン層にアリューレインが存在することが遺伝子レベルで初めて確認された。これは植物ホルモンであるジベレリン(GA)によって発現が誘導され、発芽期での種子貯蔵タンパク質の分解に関わっているとされている。Watanabeらはイネ種子中に3種のCPの存在を確認し、オリザインおよびと命名した。オリザインもまた発芽過程でGAの誘導を受けることが明らかにされている。

 トウモロコシ種子中には複数種のCPが存在し、主要タンパク質である数種のツエインの分解に関与していることが酵素学的研究により明らかにされている。しかしながら、遺伝子レベルでの報告は少なく、植物生理を理解する上での基礎的な知見を得ることを目的に第2章の研究を遂行した。

 トウモロコシシスタチン(CC-I)を大腸菌中に発現させ、得られたシスタチンタンパク質を精製し、種々のCPに対する阻害活性を測定したところ、パパインを非拮抗的に阻害した(Ki:3.7X10-8)。パパイン以外のCPについて検討したところ、カテプシンHおよびカテプシンLに対しては強い活性(それぞれKi:5.7X10-9およびKi:1.7X10-8)を示し、カテプシンBに対しては比較的弱い活性(Ki:2.9X10-7)を示した。オリザシスタチン(OC-I、OC-II)と比較すると、パパインに対しては同程度であったがカテプシンBおよびカテプシンHにたいしてはオリザシスタチンよりも強い活性が認められた。

 このCC-Iの種子中での局在性を抗体染色法を用いて調べたところ、アリューロン層と胚の部分が他の部分と比べて濃く染色され、この部分に局在することが確認された。

 トウモロコシ種子中にはCC-I以外に複数種のシスタチンが存在すると考え、更にクローニングを行い得られたクローンの塩基配列からCC-IIを得た。この二つのシスタチンは前半(N末端側)部分の相同性が低く(52%)、CPに対する阻害活性の傾向は似ているが、カテプシンLに対してはCC-Iに比べてがなり強く(Ki:1.1X10-10)、強力なインヒビターであると考えられる。 現在このCC-IIをイネのプロトプラストへ導入し、イネ植物体の再生、外来シスタチンを高度に発現するイネ種子の選抜という、いわゆる植物分子育種の手法を試みている。

 トウモロコシシスタチンについて更に詳細な知見を得るために、シスタチン遺伝子のクローニングを行い得られた遺伝子の解析を行った。全長約2.2kbpで134アミノ酸をコードしており70番目と71番目のアミノ酸の間に882bpの第1イントロン、終止コドンの直後に162bpの第2イントロンが挿入されており、3つのエキソンが2つのイントロンによって分断されていた。イントロンの挿入位置および数はオリザシスタチンと全く同じであり、Abeらが提唱しているファミリー4に属し、植物シスタチンが動物シスタチンと類型を異にするという実例を一つ追加したことになる。一方、5’上流域については相同性が低いことが示された。

 CPについては、まずトウモロコシの発芽0、1、3、5、7日目の種子よりgt10cDNAライブラリーを作製し、オリザインをプローブにスクリーニングを行い、得られた陽性クローンより制限酵素地図の異なるCCP1およびCCP2の解析を行った。CCP1は全長1311bpで371アミノ酸をコードし、CCP2は全長1382bpで360アミノ酸をコードしていた。両者とも活性中心となるC、H、Nを保存しておりCPであるると判断した。CCP2にはオリザイン、アリューレインに見られる液胞へのソーテイングシグナルと類似する配列(NPIRPV)が存在したがCCP1には見られなかった。この二つのCPの相同性は低く(42%)、CCP1は乾燥によって発現が誘導されるエンドウマメのPea 15aおよびシロイヌナズナのRD19との相同性が高く(それぞれ72%および79%)、CCP2はオリザインおよびアリューレインとの相同性が高く(それぞれ87%および89%)、異なったタイプのCPであると考えられた。

 登熟期および発芽期のmRNAの発現様式について検討した。CCP1mRNAは開花と共に発現し、3週目に強くなりその後弱まり、完熟時には開花時程度になり、乾燥しても同程度で、発芽1日目で強く発現し3日目でピークになり7日目迄継続していた。つまり、CCP1は登熟期に弱いながらも発現し続けていることから、シスタチンと同一時期に発現していることになりお互いに相互作用し得る可能性が示唆された。CCP2は開花時わずかに発現が認められるが、登熟後半にも、完熟乾燥種子にも発現せず、発芽1日目に弱い発現が認められ5日目にピークになるなど、発現様式も異なり、機能的にもCCP1と異なると判断した。またCCP1とCCP2の局在生も異なるのではないかと考えられる。すなわち、CCP1はトウモロコシシスタチンの局在する胚およびアリューロン層に、CCP2は胚乳に局在する可能性がある。

 次にこれらのCPについて植物ホルモンであるジベレリン(GA3)およびアブシジン酸(ABA)の影響について検討したところ、1mMのGA3およびABAで発芽させたものと水だけで発芽させたものとのmRNAの差は認められなかった。しかしながら、発芽すなわち吸水が始まると非常に強く発現することから、種子中で生合成される内生ジベレリンの影響が大きく、外からの添加による影響が見られなかったと考え、GA合成系がブロックされている矮性種(d5)およびGA合成阻害剤(BX-112)を用いて検討した。CCP1mRNAに対して、d5は正常種に比べ1日目の発現がかなり弱く3日目で同程度になったが、このd5をGA3添加で発芽させたものは1日目から強く発現し、GAの誘導を受けることが認められた。BX-112については、BX-112を添加した方は発芽第1日目ではCCP1mRNA発現がわずかに弱まる程度であるが、3日目にはかなり弱くなっていた。CCP2mRNAは1日目にはかなり弱まり、3日目にはコントロールと同程度になった。

 CCP1が乾燥によって誘導されるCPと相同性が高いことから、トウモロコシ種子を乾燥し発現状態を調べたところ変化は認められず、これらのCPとは別種のものであり、異なった役を担っていると考えられる。

 トウモロコシ種子中に存在するCPとして、CCP1およびCCP2について検討を続けてきたが、他の穀実に見られるように、トウモロコシ種子中にもこれらのCP以外に数種類のCPが存在しており、種々の生理作用に関与し、ホルモンによる影響にも差があると考え、CCP1およびCCP2をプローブに低ストリンジェントな条件でスクリーニングを行い、得られたクローンの解析中である。

 以上本研究において、トウモロコシシスタチン遺伝子を単離し構造の解析を行い、阻害活性、種子における局在性を明らかにし、プロテイナーゼインヒビターとしてのその生理作用を検討すると共に、シスタチンの標的酵素となり得るシステインプロテイナーゼについても、これらをコードするcDNAの構造を解析し、植物ホルモンによる作用機構について検討した。

審査要旨

 タンパク質のシステインプロテイナーゼインヒビターであるシスタチンは動物組織に広く存在し、3つのファミリーから成るシスタチンスーパーファミリーを形成するとされる。しかし、イネ種子に見いだされたオリザシスタチンは、いずれのファミリーにも属さず、第4のファミリー(フィトシスタチンファミリー)を新設することが提唱されている。本論文は、トウモロコシ種子中に存在するシスタチンを解析してフィトシスタチンの類型に新たな知見を加えると同時に、その標的酵素と考えられるシステインプロテイナーゼ(CP)に関する研究についても述べたもので、2章よりなる。

 第1章はシスタチンに関して述べたもので4節よりなっている。

 第1節には、トウモロコシシスタチン(CC-I)を大腸菌中に発現させ、得られたシスタチンを精製して種々のCPに対する阻害活性を測定し、2つのオリザシスタチン(OC-IおよびOC-II)と比較した結果が示されている。CC-Iはパパインを非拮抗的に阻害する(Ki:3.7x10-8)。パパイン以外のCPについては、カテプシンHおよびLに対して強い阻害活性(それぞれKi:5.7x10-9およびKi:1.7x10-8)を示し、第2節ではCC-Iの種子中での局在性を抗体染色法を用いて調べ、アリューロン層と胚に局在することを確認した。第3節には、新たに確認したトウモロコシシスタチン(CC-II)とCC-Iとの一次構造の相同性、阻害活性の相違が示されている。2つのシスタチンは互いにN末端領域の相同性が低く(52%)、CPに対する阻害スペクトルは似ているが、CC-IIはCC-Iに比べてカテプシンLに対する阻害活性がかなり強い(Ki:1.1x10-10)のが特徴的であった。第4節には、トウモロコシシスタチンの構造と機能についての詳細な知見を得るためのシスタチン遺伝子のクローニングと、得られた遺伝子の解析の結果を述べている。この遺伝子は、全長約2.2kbpで134アミノ酸をコードしており、Ala70とAsn71の間に882bpの第1イントロン、終止コドンの直後に162bpの第2イントロンが挿入されていた。これは動物シスタチン遺伝子の場合と大きく異なり、オリザシスタチン遺伝子におけると同様であることから、第4のファミリーに帰属させうると考えられた。

 第2章はシステインプロテイナーゼに関して5節に分けて述べている。

 第1節には、トウモロコシの発芽0日から7日目までの種子よりcDNAライブラリーを作製し、オリザインcDNAをプローブにして得た2つのCP(CCP1およびCCP2)のcDNAの解析の結果を述べている。CCP1cDNAは全長約1.3kbpで371アミノ酸をコードしており、CCP2cDNAは全長約1.3kbpで360アミノ酸をコードし、両者共に推定の一次構造中に触媒トリアッドを保存していることからCPであることを確認した。この2つのCPの相同性は低く(42%)、CCP1は乾燥によってその発現が誘導されるエンドウマメ葉茎のPea15aおよびシロイヌナズナ葉茎のRD19との相同性が高く(それぞれ72%および79%)、CCP2はオリザインおよびアリューレインとの相同性が高く(それぞれ87%および89%)、機能が互いに異なることが予想された。第2節には、CCP1およびCCP2の登熟期および発芽期におけるmRNAの発現様式を述べている。CCP1mRNAは開花と共に発現し、3週目には強くなり、その後弱まりながらも完熟時まで継続して発現し、発芽1日目で強く発現し3日目でピークになり7日目まで継続していた。CCP2mRNAは開花時にわずかに発現が認められるが、登熟期後半にも完熟乾燥種子にも発現せず、発芽1日目にはじめて顕著な発現が始まり、3日目に強くなり、5日目にピークに達するという発現様式の特異性がみられた。第3節では、CCP1はPea15aやRD19と異なって、乾燥によって発現が誘導されないことからトウモロコシ種子におけるCCP1の特異な機能の存在を示唆した。第4節では、植物ホルモンの影響について述べている。ジベレリン合成系がブロックされている矮性種(d5)およびジベレリン合成阻害剤(BX-112)を用いて検討した結果、d5では正常種に比べてCCP1、CCP2共に発現が弱く、GA3添加のd5は正常種と同程度に発現することから、ジベレリン誘導性であると判断した。この場合、正常種であってもBX-112を添加したものは発現が弱まることも確認している。第5節ではCCP1およびCCP2以外のCPの存在について検討し、その存在を確認して今後の研究の拡がりの可能性を示した。

 以上本論文は、トウモロコシシスタチン遺伝子を単離・解析し、阻害活性、種子における局在性を明らかにしつつ、プロテイナーゼインヒビターとしてその生理作用を検討すると同時に、その標的酵素となり得るシステインプロテイナーゼについてもcDNAのクローニングおよび構造解析を行い、植物ホルモンによる発現誘導をも確認したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50962