審査要旨 | | 微生物利用技術を工業的に実用化するためには,様々な観点から研究を行うことが必要であり,有用生産菌の検索にはじまり,高機能を有する改良菌株の取得,培養および反応方法,生産物の精製方法など各段階でのプロセスの検討が必要である。本研究は,そのようないろいろな観点から研究を行い,そのいくつかにおいては工業的製造法の確立にまで至ったもので6章よりなっている。 まず第1章で,微生物利用技術を工業的に実用化するためには,多くの段階で経済性を考慮した生産プロセスを構築することが必要であることを述べたうえで,第2章では,各種発現ベクターを構築し,Corynebacterium ammoniagenesのFAD合成酵素を大量発現させたことについで述べている。まず,塩基配列を解析し,プロモーター配列,ATP結合配列,オベロン構造などについて考察するとともに,相同性解析を行い,大腸菌やPseudomonas fluorescensのプロテインXと相同性があることを見い出している。また,各種発現ベクターの構築と翻訳開始コドンの改変により,大腸菌での大量発現を達成している。また,C.ammoniagenesからメタリン酸なリン酸供与体として利用できるフラボキナーゼ活性を見い出し,FADの副生のないリボフラビンからの効率的なFMN製造法が可能であることを示している。 第3章では,大腸菌宿主の改良による効率的なタンパク質製造法の確立について述べている。過酸化水素を継続的に生成するのでワリカーゼを染毛反応に利用することが望まれるが,その際にはカタラーゼの完全な除去が必要であるため,効率的なワリカーゼ生産プロセスの構築を目指して研究を行っている。まず大腸菌の2種類のカタラーゼ遺伝子を取得しin vitroで破壊した後,P1ファージ形質導入法により宿主大腸菌の染色体カタラーゼ遺伝子を破壊し,ワリカーゼ発現プラスミドを導入した。その結果,MC1000株由来のカタラーゼ欠損株の生育とウリカーゼ生産性は親株と同等であり,かつ欠損株からはカタラーゼ活性は検出されず精製工程の簡略化が可能となり,高収率のウリカーゼ回収が可能となったことを示している。 第4章では,高密度培養による効率的な物質生産法について述べている。ウリカーゼ生産性の組換え大腸菌を材料に,ジャー培養における培地組成とフィード培地組成,フィード方法,溶存酸素濃度などを検討した結果,乾燥菌体重量で77.4g DCW/1の高密度培養に成功,ウリカーゼ活性も1113.3 U/mlとなり,高密度培養と同時に高発現培養も達成している。なお,その際の基質の添加方法に関しては,DO-stat法よりも連続的に基質を投入することが重要であることを示している。 第5章では,高密度培養に適した宿主の開発について述べている。大腸菌宿主から取得した酢酸耐性変異株は,低通気条件下では野生株と同等の酢酸を生産したが,組換えプラスミドを導入し,外来遺伝子を発現させることによって酢酸生成量が低下し,野生株において酢酸を蓄積して生育や遺伝子発現量が低下するような高糖濃度条件下でも,ウリカーゼ発現プラスミドを導入した酢酸耐性株では高密度培養と高発現培養が可能であることを示した。また,酢酸耐性株ではウリカーゼ活性が親株よりも1.4倍増大した。この高発現化の一般性を検討するため,MC1000株からも酢酸耐性株を取得した結果,同様にウリカーゼ生産性が増大することが示された。また,NY49株由来酢酸耐性株/G-CSF誘導体,MM294株由来酢酸耐性株/モチリン誘導体など複数の酢酸耐性株を造成し,いずれの株においても遺伝子発現量が増大していることから,大腸菌に酢酸耐性変異を付与することで遺伝子発現量を1.5〜2倍程度増大させることができることな見い出している。さらに,宿主に酢酸耐性能を付与することで,糖濃度の影響を受けない安定した培養プロセスの構築も可能であることを示している。 以上要するに,本研究は組換え大腸菌による工業的プロセスを構築するにあたり,発現系の構築,宿主の改良,培養方法の改良などの多くの観点から検討を行い,効率的な物質生産法の確立に成功したもので,これらのうちFAD合成酵素を高発現することに成功した組換え大腸菌やカタラーゼ欠損大腸菌によるウリカーゼ生産方法は工業的に利用されており,その他,本研究で得られた諸成果は,広く微生物利用技術の工業化に応用することが可能であり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |