学位論文要旨



No 212548
著者(漢字) 藤井,則和
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ノリカズ
標題(和) 食品蛋白質・高濃度糖複合系を基盤にした多面的機能特性の設計とその応用
標題(洋)
報告番号 212548
報告番号 乙12548
学位授与日 1995.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12548号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 中村,厚三
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 清水,誠
内容要旨

 食品蛋白質に新しい機能性を具備させて高品質化を達成させることは、食品素材の有効利用から重要で多くの試みがなされている。本研究は、蛋白質と高濃度糖複合系の機能特性の解明を目的に、可溶化特性、乳化特性、乳化系における抗酸化特性および乳化系における色素安定性の4特性について検討し、以下の結論が得られた。

1、蛋白質・高濃度糖複合系の可溶化特性

 はじめに、糖単独溶液の可溶化力を検討した。難溶性物質のp-dimethyl-aminoazobenzene(DMAB)の可溶化量に対する糖の影響を調べると、DMAB可溶化量はシュークロース、マルトース、フルクトース、グルコースの順であった。また、糖濃度が増加するに従ってDMAB可溶化量は増加した。

 次に、牛血清アルブミン(BSA)・糖混合溶液の可溶化力を調べた。DMAB可溶化量に対する糖の影響では、糖単独と同様に、シュアクロース、マルトース、フルクトース、グルコースの順であった。BSA・糖混合溶液中のDMAB可溶化量は糖単独溶液に比較して4〜10倍に向上した。糖濃度の影響では、DMAB可溶化量は糖濃度が増加するに従って増加し、40%以上で可溶化量は急激に上昇した。蛋白質の影響では、蛋白質と60%シュークロース混合溶液中のDMAB可溶化量はBSA、-ラクトグロプリン、カゼインナトリウム、コンアルブミン、リゾチーム、オポアルブミンの順であった。

 食品に関係する色素としてクロロフィルと-カロチンの可溶化量を調べた。糖単独では、クロロフィル、-カロチンともにほとんど可溶化されなかった。糖にBSAを加えると可溶化量は大幅に増大した。蛋白質の種類では、BSA、カゼインナトリウム、コンアルブミン、リゾチームの順に可溶化量は減少した。

 BSA・糖混合溶液中のBSAとDMABとの間に疎水的相互作用が生じていることが予測されたので、BSAの表面疎水性に対する糖の影響を調べた。BSAの表面疎水性は糖濃度が増加するに従って増大し、40%以上で大幅に増大した。この結果とDMAB可溶化量との間には高い相関があった。蛋白質の影響では、蛋白質・60%シュークロース混合溶液中の蛋白質の表面疎水性とDMAB可溶化量との相関は低かった。

 蛋白質・糖混合溶液中の水の運動性を調べるために、1H-NMRによる水分子シグナルの半値幅の測定、DSCによる不凍水量の測定、ESRによる水分子の回転相関時間の測定の3方法で水の運動性を検討した。1H-NMRスペクトル中の水分子シグナルの半値幅に対する糖濃度の影響を調べると、糖濃度の増加に従って半値幅は増加した。DSCによる不凍水量の測定では、糖が高濃度になるに従って自由水が減少し結合水の割合が増加した。ESRによる水分子の回転相関時間に対する糖濃度の影響でも、糖濃度が40%以上で水分子の運動性が束縛された。

 以上の結果より、BSA・糖混合溶液の可溶化特性に対する糖の影響について以下の通り考察した。糖が高濃度になるに従って自由水が減少し結合水の割合が増加して、水全体の運動性が束縛される。これによりBSAの表面疎水性が増大し、BSAとDMABとの相互作用が増してDMABの可溶化量が増大するものと推測した。また、蛋白質・シュークロース混合溶液中のDMAB可溶化量に対する蛋白質の影響については、蛋白質の表面疎水性以外の因子も可溶化量に対して寄与しているものと推察した。

2、蛋白質・高濃度糖複合系の乳化特性

 蛋白質・高濃度糖複合系を用いて良好なO/Wエマルションの作製を試みた。BSA・高濃度マルトデキストリン混合溶液に大豆油を徐々に加えていくと、透明なゲル状エマルションが形成される。これに水を攪拌しながら加えていくと良好なO/Wエマルションを作製することができる。この方法をゲル乳化法と名付ける。ゲル乳化法を高速回転装置を用いたホモミキサー法と比較しながら乳化活性と乳化安定性について検討した。

 はじめに、乳化活性について検討した。ゲル乳化法によるエマルションの乳化活性はマルトデキストリン濃度12.5%以上で急激に上昇して、ホモミキサー法によるエマルションの乳化活性より高い値を示した。BSA濃度については、ゲル乳化法によるエマルションの乳化活性は、0.05%以上でホモミキサー法によるエマルションの乳化活性より高い値を示した。乳化活性に及ぼすマルトデキストリンと蛋白質の種類の影響について検討した。マルトデキストリンについては、ゲル乳化法によるエマルションの乳化活性はdextrose equivalent(DE)が上昇するに従って減少したが、ホモミキサー法によるエマルションの乳化活性と比較するとDEの値にかかわらず高い値を示した。蛋白質については、BSAの乳化活性はカゼインナトリウム、卵アルブミンの乳化活性とほぼ同等だった。

 ゲル乳化法によるエマルションの乳化活性をさらに検討するために、他の蛋白質や乳化剤について調べた。乳化活性は以下の順で減少した:ツイーン>カゼインナトリウム>BSA>卵アルブミン>分離大豆蛋白質>リゾチーム>ショ糖脂肪酸エステル。ゲル乳化法によるエマルションの乳化活性に対する糖やポリオールの影響については、マルトデキストリンの乳化活性が単糖、二糖類及びポリオールの乳化活性よりも高かった。

 次に、乳化安定性について検討した。合一に対する安定性については、ゲル乳化法、ホモミキサー法ともに高い安定性を示した。クリーミングに対する安定性については、ゲル乳化法によるエマルションはDEが上昇するに従って減少したが、ホモミキサー法によるエマルションと比較するとDEにかかわらず高い値を示した。BSAの乳化安定性はカゼインナトリウム、卵アルブミンの乳化安定性とほぼ同等だった。

 以上の結果より、ゲル乳化法によるエマルションはマルトデキストリンと蛋白質の組合せで高い乳化特性を示した。

 ゲル乳化法によるエマルションの高乳化特性の作用機構を明らかにする目的で、BSAとマルトデキストリンの混合溶液中のBSAの表面疎水性を測定した。表面疎水性はマルトデキストリンの濃度に関係なく一定の値を示した。この結果、ゲル乳化法によるエマルションの高乳化活性はBSAの表面疎水性によるものではなかった。

 DSCを用いてBSAとマルトデキストリンの混合溶液中の不凍水量、すなわち結合水量を測定した。不凍水量に対するマルトデキストリン濃度の影響については、マルトデキストリン濃度の増加にしたがって全水分量に対する不凍水量の割合は増大した。BSAを含んだ様々な糖あるいはポリオール溶液の不凍水量と乳化活性との相関を調べると、相関係数は低かった。この結果、ゲル乳化法によりBSAとマルトデキストリンで調製されたエマルションの高乳化活性は、BSAとマルトデキストリン混合溶液中の不凍水量に起因するものではないと考えられた。

 BSAとマルトデキストリンの混合溶液の粘度を測定した。粘度に対するマルトデキストリン濃度の影響については、マルトデキストリン濃度が40%を越えると粘度は急激に上昇した。粘度と乳化活性との相関を調べるために、BSAを含んだ様々な糖あるいはポリオール溶液により調製されたエマルションの乳化活性に対して粘度の対数をプロットすると、相関係数は0.98と高い相関を示した。この結果より、ゲル乳化法によりBSAとマルトデキストリンで調製されたエマルションの高乳化活性は、BSAと高濃度マルトデキストリン混合溶液の高粘度に依存することが示唆された。

3、蛋白質・高濃度糖複合系の抗酸化特性

 前章で蛋白質・高濃度糖複合系を用いたゲル乳化法について示した。このゲル乳化法によって調製されたゲル状エマルション中の、リノール酸メチルの酸化について調べた。マルトデキストリン(DE11)濃度の増加に従って酸化は抑えられ、60%で強く抑制された。蛋白質の種類の影響では、カゼインナトリウム、卵アルブミン、ツイーン60、牛血清アルブミンの順で酸化は抑えられた。糖の影響では、マルトデキストリンが単糖類、二糖類よりもすぐれており、マルトデキストリンのDEが減少するに従って酸化は抑えられた。DE8あるいは11のマルトデキストリンを用いると酸化は顕著に抑制されることが明らかとなった。

4、蛋白質・高濃度糖複合系の色素安定性

 蛋白質・高濃度糖複合系を用いてゲル乳化法で調製した乳化系において、脂溶性色素の安定化を検討した。-、-カロチン、リコビン、クロロフィルa、bの安定化に対するマルトデキストリンおよび蛋白質の影響を調べた。いずれの色素においても、蛋白質・高濃度糖複合系により調製された乳化系では、色素は安定に保たれていた。

 以上述べたごとく、本研究は食品の主要構成成分である蛋白質と糖を用いることにより、界面活性にかかわる多様な機能を発現させることを提示した。蛋白質・高濃度糖複合系が界画活性としての機能のみならず、酸化抑制、色素安定性などの特性を合わせ持つ多機能的な複合系であることを解明した。

 本複合系は蛋白質の修飾と比較して、安全性、栄養性の面で優れたものである。食品蛋白質の新たな機能特性の創出の一手段として、未利用蛋白質資源の有効活用として、本複合系はその可能性を示唆するものである。

審査要旨

 食品蛋白質に新しい機能性を具備させて高品質化を達成させることは、食品素材の有効利用から重要で多くの試みがなされている。本論文は、蛋白質と高濃度糖複合系の機能特性の解明を目的に、可溶化特性、乳化特性、抗酸化特性および色素安定性の4特性についての解析の結果をまとめたもので、5章よりなる。

 第1章で研究の背景と意義について概説した。

 第2章では、可溶化特性について論じている。蛋白質・糖混合溶液中におけるp-dimethyl-aminoazobenzene(DMAB)の可溶化量に対する糖の影響をしらべた結果、糖濃度が増加するに従ってDMAB可溶化量は増大し、40%以上で可溶化量は急激に上昇した。蛋白質・糖混合溶液中のDMAB可溶化量は糖単独溶液に比較して大幅に向上していた。DMAB可溶化量に対する蛋白質の影響もしらべた。可溶化の作用機構を検討するために、牛血清アルブミン(BSA)の表面疎水性に対する糖の影響をしらべた。表面疎水性は糖濃度が増加するに従って増大し、40%以上で大幅に上昇した。この結果とDMAB可溶化量との間には高い相関があった。蛋白質の影響では、蛋白質と60%シュークロースの混合溶液中の蛋白質の表面疎水性とDMAB可溶化量との相関は低かった。蛋白質・糖混合溶液中の水の運動性をしらべた結果、糖濃度の増加に従って水の運動性は抑制された。以上の結果より、BSA・糖混合溶液の可溶化特性に対する糖の影響について、以下の通り考察した。すなわち、糖が高濃度になるに従って水の運動性が抑制される。これによりBSAの表面疎水性が増大し、BSAとDMABとの相互作用が増してDMABの可溶化量が増大するものと推測した。また、蛋白質・シュークロース混合溶液の可溶化特性に対する蛋白質の影響については、蛋白質の表面疎水性以外の因子も可溶化量に寄与しているものと推察した。

 第3章では、乳化特性について論じている。蛋白質・高濃度糖複合系を用いて良好な水中油滴型エマルジョンの作製を試みた。このゲル乳化法を、従来法であるホモミキサー法と比較しながら乳化活性および乳化安定性について検討した。乳化活性については、ゲル乳化法はホモミキサー法より高い値を示した。乳化安定性については、合一に対する安定性では、ゲル乳化法、ホモミキサー法ともに高い安定性を示し、クリーミングに対する安定性では、ゲル乳化法はホモミキサー法よりも高い値を示した。ゲル乳化法によるエマルジョンの高乳化活性の作用機構を検討した。BSAとマルトデキストリンの混合溶液中のBSAの表面疎水性は、マルトデキストリン濃度に関係なく一定の値を示した。不凍水量はマルトデキストリン濃度の増加に従って増大した。不凍水量と乳化活性との相関をしらべると、相関係数は低かった。BSAとマルトデキストリンの混合溶液の粘度は、マルトデキストリン濃度が40%を越えると急激に上昇した。粘度の対数と乳化活性との相関をしらべると、相関係数は0.98と高い相関を示した。この結果より、ゲル乳化法で調製したエマルジョンの高乳化活性は、BSAと高濃度マルトデキストリン混合溶液の高粘度、すなわち溶液全体の運動性に起因することを明らかにした。

 第4章では抗酸化特性について論じた。ゲル乳化法で調製したエマルジョン中のリノール酸メチルの酸化について検討した。その結果、マルトデキストリン濃度の増加に従って酸化は抑えられ、60%で強く抑制された。蛋白質の影響では、カゼインナトリウムが最も酸化を抑えた。糖の影響では、マルトデキストリンが単糖類、二糖類よりもすぐれていた。ゲル乳化法によりマルトデキストリンとカゼインナトリウムの組合せで調製されたエマルジョンにおいて、酸化は顕著に抑制されることを明らかにした。

 第5章では、色素安定性について論じた。ゲル乳化法で調製した乳化系において、-カロチン、-カロチン、リコピン、クロロフィルaおよびbの安定化に寄与するマルトデキストリンおよび蛋白質の影響をしらべた。その結果、ゲル乳化法で調製したエマルジョン中では、いずれの色素も安定に保つことを明らかにした。

 以上本論文は、食品の主要構成成分である蛋白質と糖を用いることにより、界面活性にかかわる多様な機能が発現することを提示した。蛋白質・高濃度糖複合系が界面活性としての機能のみならず、酸化抑制、色素安定性などの特性を合わせ持つ多機能的な複合系であることを解明した。このように、食品蛋白質の新たな機能特性の創出の一手段として、本複合系はその可能性を示唆するものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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