学位論文要旨



No 212556
著者(漢字) 三崎,義堅
著者(英字)
著者(カナ) ミサキ,ヨシカタ
標題(和) 全身性自己免疫疾患における自己抗体の標的分子とそのB細胞応答についての研究
標題(洋)
報告番号 212556
報告番号 乙12556
学位授与日 1995.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12556号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 講師 北村,聖
 東京大学 講師 平井,久丸
内容要旨

 全身性エリテマトーデス(SLE)や強皮症(SSc)などの全身性自己免疫疾患の重要な特徴の一つに自己抗体の出現がある。自己抗体は、抗dsDNA抗体や抗Sm抗体などの様に疾患の診断や活動性を評価する上で、また抗nRNP抗体のように混合性結合組織病(MCTD)という一つの疾患概念を形成する上でも重要な役割を果たしている。こうした自己抗体は核内分子を標的としているものが多いが、それに限らず細胞膜、細胞質分子も自己抗体の標的となりうる。生体内で免疫系はこのような自己の成分に対しては、様々な機序を用いて免疫寛容を維持していると考えられている。従って全身性自己免疫疾患においてこうした自己抗体がなぜ出現してくるかを考えることは、免疫寛容の破綻と自己免疫疾患の病因を考える上で重要なことである。また自己抗原に対する抗原特異的免疫応答の解明は抗原特異的な免疫制御を通じた治療につながる可能性がある。自己抗原となっている分子は転写スプライシング翻訳など重要な働きをしているものが多く自己抗体が自己抗原分子の機能を抑制する例もあり、細胞機能の追求という観点からも注目されてきた。

 この自己抗原に対するB細胞応答を検討することは自己抗体の産生機序を検討する上でも重要なことである。エピトープの存在様式、自己抗体の親和性交差反応性などを検討することにより、自己抗体がポリクローナルなB細胞活性化を通じて出現しているのか、抗原特異的な反応の表現なのか、或いは自己抗原上に特別反応性の強い部分がありその領域がその自己抗原分子の機能上重要な箇所であるのか、またウィルスなどの外来抗原との分子相同性がある領域なのかなどの疑問にこたえられるからである。

 以上のようなことを背景として自己抗原とそれに対する免疫応答について研究した。すなわち自己抗体が認識している自己抗原を明確にする為そのcDNAをクローニングし、さらにB細胞応答を解析した研究をまとめたものがこの論文であり、第一章第二章二つの内容から構成される。

第一章

 SLEやMCTDで出現する抗nRNP抗体は、pre-mRNAのスプライシングに関与する細胞内機能上重要な分子群であるU1snRNP複合体を認識する。U1snRNP-C蛋白はこのU1snRNP複合体の構成成分であり抗nRNP抗体の標的分子の一つである。

方法と結果

 U1-C3’部分を規定するcDNA,PS2を用いてヒト繊維芽細胞及び包皮上皮細胞から作成されたpCDプラスミドライブラリからU1-C全長を規定するクローンFS2をクローニングした。FS2は大腸菌にて全長U1-C蛋白を発現していることが確認された。FS2の3’末端から削った削除変異株M1-M9及びエピトープ領域だけを規定するエピトープ発現株を作成し、これらの変異株が産生するリコンビナント蛋白を患者血清にて免疫染色すると、どの患者血清でもM1とM3の間で大きく抗原性が変化しこのU1-C蛋白の102-125アミノ酸の領域に主要な抗原性決定領域が存在することが示唆された(PCRC領域)。またこの大きな変化以外にも患者血清により異なるエピトープが存在することが示唆された。PCRC領域は抗U1-C抗体陽性血清全例で独立した強い抗原性をもつことが確認され、さらにPCRCはFS2と同じかそれ以上に抗U1-C抗体活性を吸収したので、このPCRC領域が主要エピトープであることが確認された。この主要エピトープPCRC領域は三つに分けて発現させてもそれぞれが独立した抗原性をもつのでエピトープの巣状の集合であると結論した。コンピューターを用いて主要エピトープ領域のアミノ酸配列の外来抗原との相同性の解析を行った結果、単純ヘルペスウィルスI型ICP4蛋白との6アミノ酸の相同性が判明した。U1-C、単純ヘルペスウィルスI型ICP4蛋白それぞれの相同部位を含む合成ペプチド(CE1P,HSVP)また大腸菌にて発現させた融合蛋白(HSVEX)は、ELISAにて検討すると抗nRNP抗体陽性患者血清で認識された。さらにCE1Pへの反応性はHSVPでHSVPへの反応性はCE1Pで互いに阻害された。従ってU1-Cと単純ヘルペスウィルスICP4蛋白相同部位には交差反応性が存在する。CNBr活性化セファロース4Bビーズ固相化リコンビナントPCRCで患者血清より精製した抗U1-C抗体はU1-Cに加えU1-A,B/B’蛋白をも認識した。U1-C蛋白とU1-A、Sm-B/B’蛋白との交差反応性はU1-Cの主要エピトープ領域を介していると結論づけられた。

考察

 U1-Cには、抗体陽性患者血清全例で認識される主要な抗原性決定領域と患者血清によって反応性が異なる幾つかのエピトープが存在し、さらにこの主要エピトープ領域もエピトープの巣状の集合体である。このようなエピトープ存在様式は自己抗原が免疫原として患者免疫系を刺激しているという仮説によく合致する。またこの主要エピトープ領域には二つの交差反応性があり一つは単純ヘルペスウィルスI型ICP4蛋白と、もう一つはU1-A蛋白、Sm-B/B’蛋白との交差反応性である。ヘルペスウィルスの持続感染があると個体ごとに異なる免疫反応のなかでさまざまな抗体が出現してくるがその中に抗ICP4(a4)抗体も出現しうる。この抗ICP4(4)抗体を認識するB細胞が交差反応するU1-C蛋白をとりこみ、自己反応性T細胞を活性化することによってU1-C抗原に対する免疫寛容が破られる。一度U1-C抗原に対して免疫寛容が破られると今度はU1-C抗原と他の自己抗原の交差反応によりU1-AやSm-B/B’抗原も免疫系に認識されていくという道筋が考えられる。実際抗Sm抗体陽性患者血清は殆ど抗nRNP抗体陽性であり、抗nRNP抗体から抗Sm抗体へと進展するのではないかと考えられている。

第二章

 抗56K抗体はRAなどで出現する自己抗体であるが対応抗原が不明でありその病因的臨床的意義へのアプローチが難しかった。全身性自己免疫疾患では特にSLEに代表されるように様々な全身性の自己抗原に対して免疫寛容が破綻していると考えられているが、RAではリウマチ因子やRA-33自己抗原などは知られているが、高力価高親和性の自己抗体の報告は少なくその意味でも抗56K/アネキシンXI抗体は注目される。そこでこの抗56K抗体が認識する未知の分子のcDNA単離及びエピトープマッピングを行った。

方法と結果

 抗56K抗体陽性患者血清を用いてヒト奇形腫より作成したgt11発現ライブラリーより単離された陽性クローンは56K蛋白全長を規定していることが明らかになった。なぜなら1)このcDNAのin vitro翻訳物は、SDS-PAGE上でおおよそ56Kであった。2)この生成物はいずれの抗56K抗体でも免疫沈降できた。3)このクローンをpET8cに組み込み大腸菌にて発現させたリコンビナント蛋白を用いて精製した抗体はHeLa細胞抽出物中の56K蛋白を認識したからである。このcDNAクローンは、1992塩基で最長読み枠は1515塩基で505のアミノ酸を規定しこの予測生成物の分子量は約543%Kで、目的の分子量に非常に近い。この56KcDNAをコンピューター検索するとウシのCa依存性リン脂質結合蛋白アネキシンXIと極めて相同性が高いことが判明した。即ちアネキシンメンバー間でかなり異なるアミノ末端側でも非常に類似しており全体のアミノ酸レヴェルで92.5%の相同で、56KはヒトアネキシンXIと同定された。

 HEp-2単層培養細胞と免疫ウサギ及び患者血清より固相化56K/アネキシンXIで精製した抗56K/アネキシンXI抗体を用いて蛍光抗体法を行ったところ細胞質、核どちらも染色された。以上よりヒト56K/アネキシンXIは細胞内に広く分布する分子であることが判明した。C末端側からの削除変異株5つを選び出しin vitroで転写、翻訳したものを抗56K抗体陽性患者血清を用いて免疫沈降したところ、抗56K/アネキシンXI自己抗体のB細胞エピトープの発現にはN末端より123アミノ酸が必須であり、もしこのエピトープが短いポリペプチドからなる連続性エピトープにちかいものであるならば32番から70番の間にある可能性が強く、アネキシン間でよく保存されているC末端ではなくアネキシンXI特異的なN末端に対する反応であることが判明した。抗56K/アネキシンXI抗体の疾患における分布をELISAで検討したところ慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、全身性硬化症、シェーグレン症候群で6.7-10.1%の陽性率であった。従って抗56K/アネキシンXI抗体はRAやSLEに特徴的とはいえずさまざまな全身性自己免疫疾患で出現するが正常人や慢性に経過するウィルス感染症患者血清などでは稀で抗56K/アネキシンXI抗体の出現は全身性自己免疫疾患に限られている可能性が強い。 抗56K/アネキシンXI抗体の疾患特異的で診断的価値の確立されている他の代表的自己抗体との力価とアイソタイプを比較するために、同様の方法で発現精製した代表的リコンビナント自己抗原Ro60,トポイソメラーゼI,CENP-B,アネキシンXIに対する抗体価をELISAで検討した。抗56K/アネキシンXI抗体はこれらの疾患特異的抗体と同じかそれ以上の力価のIgG型抗体が産生されていることが判明した。

考案

 アネキシンXIはヒトと前後してウシ、ウサギでそれぞれ別々の観点からクローニングされた興味深い分子であり、Ca依存性リン脂質結合蛋白のファミリーを形成しているユニークなアネキシン蛋白群に属する。アネキシンが果たして生体内でどのような役割をはたしているかについては未だに一定の見解はない。

 ウシアネキシンXIには選択的スプライシングにより生じるA,B二つのアイソフォームがあり、全体の長さは2アミノ酸しか違わないが、N末端より21から60アミノ酸の部分が異なる。ウシではタイプAが優位で今回クローニングしたヒトアネキシンXIはこのタイプAのホモログと考えられる。互いの異なる部分はウサギアネキシンXIではカルサイクリンとの結合部分でありさらに抗56K/アネキシンXI抗体の認識エピトープともかさ重なっているので、抗56K/アネキシンXI抗体はタイプAのみを認識するのか、ヒトアネキシンXIもカルサイクリンと結合しているのかなどの問題が提起されるであろう。

 抗56K自己抗体は他のアネキシンとは交差反応せず、RA,SLEに限らず自己免疫疾患全体で広く8-10%出現するものの、他の代表的自己抗体と同じく高親和性高力価のIgG型の抗体である。従ってアネキシンXIに対する特異的免疫応答もこれらの自己免疫疾患でおきている可能性が強い。この抗56K抗体が出現する意義については、アネキシンに対する自己抗体が炎症を鎮める働きのあるリポコルチンの作用を阻害することが炎症の増悪に意味があるのではないかという説、アネキシンファミリーはリン脂質結合蛋白であり抗凝固作用をもつことから抗リン脂質抗体症候群との関連などが考えられる。アネキシンVが2グリコプロテインIと同じく抗リン脂質抗体のコファクターとして注目されている。アネキシンXIが抗リン脂質抗体のコファクターである可能性を検討したが、予備的な実験では否定的であった。今後アネキシンXIの本当の細胞内機能の追求と併せてなされるべき課題であろう。

審査要旨

 本研究は、全身性自己免疫疾患の病因究明において重要な鍵を握っていると考えられる自己抗体産生機序をB細胞応答の面から解析しようとした研究である。抗nRNP抗体、抗56K抗体二つの自己抗体を対象としてその対応抗原のcDNAクローニング、自己抗体認識領域の決定に加えて交差反応性の解析などを行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.全身性エリテマトーデスや混合性結合組織病で出現する抗nRNP抗体の標的分子の一つであるU1snRNP-C蛋白全長を規定するクローンをヒト繊維芽細胞及び包皮上皮細胞から作成されたpCDプラスミドライプラリからクローニングし、大腸菌にて発現させた。

 2.削除変異株やエピトープ発現株を用いての患者血清による免疫染色の結果から、このU1-C蛋白の102-125アミノ酸の領域に主要な抗原性決定領域が存在することが示唆され、さらにこの領域が主要エピトープでありエピトープの巣状の集合であることを、エピトープ発現株の免疫染色、ELISA、反応性の吸収試験を用いて示した。

 3.コンピューター検索から6アミノ酸の相同性が判明したこの主要エピトープ領域と単純ヘルペスウィルスI型ICP4蛋白との交差反応性を、両者のペプチドによる反応性の相互抑制にて示した。

 4.また同じU1snRNP複合体に属するU1-A、Sm-B/B’蛋白にも交差反応性がありその反応はU1-C主要エピトープを介してのものであることを、主要エピトープ発現株で精製した抗体で明らかにした。

 5.抗56K抗体陽性患者血清を用いてヒト奇形腫より作成したgt11発現ライブラリーより単離された陽性クローンは目的の56K分子全長を規定するcDNAであることを、in vitro翻訳物の免疫沈降及びリコンビナント蛋白による精製抗体にて示し、さらにコンピューター検索からウシのCa依存性リン脂質結合蛋白アネキシンXIと極めて相同性が高いことに基づき、RAなどで出現する自己抗体である抗56K抗体が認識する未知の分子はアネキシンXIであることを決定した。

 6.免疫ウサギ及び患者血清より精製した抗56K/アネキシンXI抗体を用いて蛍光抗体法を行ったところ細胞質、核どちらも染色され、ヒト56K/アネキシンXIは細胞内に広く分布する分子であることを示した。

 7.抗56K/アネキシンXI自己抗体のB細胞エピトープの発現にはN末端より123アミノ酸が必須であり、アネキシン間でよく保存されているC末端ではなくカルサイクリンとの結合部分であリアネキシンXI特異的なN末端に対する反応であることを削除変異株のin vitro転写翻訳物の免疫沈降にて明らかにした。

 8.リコンピナント蛋白を用いた抗56K/アネキシンXI抗体のELISA法を確立し、慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、全身性硬化症、シェーグレン症候群で6.7-10.1%の陽性率であり、疾患特異的で診断的価値の確立されている他の代表的自己抗体と同じかそれ以上の力価のIgG型抗体が産生されていることを示した。

 以上、本論文は特に、自己抗原上には特定のB細胞応答領域が存在しその部分に対して患者の免疫系は強く反応していること、そしてこの領域はウィルスや他の自己抗原と交差反応する、あるいはその分子機能上ユニークな部分であることが示唆される箇所であることを明らかにした。自己抗体が、外来抗原との分子相同性を通じて免疫系に認識され、複雑な自己抗体出現パターンへと進展していくという道筋の存在の示唆は自己抗体産生機序を解明する上で重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53928