本研究は、保健医療資源の配分に際し、常に問題となる「効率性」と「公正さ」のバランスをとる方法・考え方について検討したものである。昨今、資源配分の効率性についての言及が多数なされる中、複眼的な視点で行われた研究であり、今後の保健医療資源の配分にあたって示唆するところは大きい。 広範な文献研究を行ない理論的分析を加えた上で、一般住民と医療従事者に質問紙により調査を行い、実証データを得ていることが本研究の大きな特徴である。 研究結果は以下のとおりである。 1.初めに、保健・医療資源のミクロ的配分に関して、既存研究の文献レビューにより、理論的検討を行ったところ、ミクロ的配分の具体的な原則・考え方としては大きく分けて、(1)必要性に応じた配分、(2)平等な配分、(3)社会貢献・実績に応じた配分、(4)最も恵まれない人に恩恵があるような配分、(5)自由経済原則に基づく配分、の5つが選択肢として考えられたが、いずれも理論的な問題点を有することを明らかにした。 2.同配分に関し、一般住民と医療従事者に社会調査を行ったところ、一般住民に受容される、稀少な保健・医療サービスの配分方法(抽選方式、自由経済方式、社会貢献方式)は、平等を含意すると解される抽選方式が大半であり、いわば現状追認的な結果であった。一方、医療従事者のうち、医師では自由経済方式への選好が高く、現行の配分方法を否定する傾向がみられた。一般住民と医療従事者の双方の共通の特徴として、生死に直接関係する医療(エイズの特効薬等)では、生死に関係のない医療に比べて、最も選好の高い抽選方式に続き、社会貢献方式に対する選好が高く、功利主義的考え方の関与が示唆された。 4.稀少な保健・医療サービスの配分基準(性、年齢、家族状況、職業、等)としては、一般住民では「年齢」「家庭内責任」[保健行動」に高い選好があり、ここでも功利主義的考え方がみられた。医療従事者では、年齢以外には高い選好がみられなかった。 5.稀少な保健・医療サービスの配分割合としては、双方の対象者とも、病気の程度が異なる人々に資源配分する際には、全体の効率が下がっても、結果としては平等となる配分への選好が高かった。年齢が異なる人々に資源配分する際には、若い人を結果として長く生存できるようになる配分への選好が高く、それぞれの結果をマクシミン原理により説明することができた。 以上、理論的検討で得た結論と同様、ミクロ的配分については、全てのケースに適用しうる決め手となる原則・考え方はなく、さまざまな理論が拮抗していることが実証研究より明らかになった。ミクロ的配分の決定に際しては、医療サービスの種類、配分対象者の特質等に応じて、適用すべき原則・考え方を決定するのが望ましいことを明らかにした。本研究はこれまで、実証的に明らかにされることのなかった、保健医療資源のミクロ的配分のあり方の解明に重要な貢献をなすと同時に、今後の保健医療資源のよりよき配分に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |