学位論文要旨



No 212566
著者(漢字) 鈴木,靖
著者(英字) Suzuki,Yasushi
著者(カナ) スズキ,ヤスシ
標題(和) 非線形および消散効果を考慮した全球波浪モデルの構築と応用
標題(洋) Development and Application of a Global Ocean Wave Prediction Model Including Nonlinear Interactions and Dissipation
報告番号 212566
報告番号 乙12566
学位授与日 1995.11.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12566号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 教授 新田,勍
 東京大学 教授 平,啓介
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 教授 山形,俊男
内容要旨

 一般に、造船・海運・海洋開発の分野においては、船舶や海洋構造物の設計・安全確保などのために、海洋の環境条件、すなわち海上風や風浪・うねりに関する情報は潮流・海流に関する情報とともに、環境外力条件を推定するための基礎情報として最も重要なものである。そのため、世界中のすべての海域のできるだけ長期にわたる波浪統計資料が必要とされている。従来より、波浪の目視観測資料に基づく統計資料が広く用いられてきたが、観測者の個人差や観測密度の不均一性などの問題点が指摘されてきた。この問題点を解決するために、新しい波浪モデルを用いた長期間の波浪追算を行うことによって、グローバルな波浪特性を調べた。

 この研究のために、独自の物理過程と差分スキームを取り込んだ新しい第三世代波浪モデルJWA3Gを構築した。成分波間の非線形相互作用によるエネルギー輸送の近似計算手法として、改良Discrete Interaction近似を用いることによりピークの鋭い波浪スペクトルに対する近似精度を向上させた。エネルギーの消散過程に関しては、風波平衡領域におけるエネルギーソース関数のバランスに関する考察から、次元解析により、その関数形は周波数の-3乗に比例する形となることが明らかとなった。またエネルギー消散項の新しいモデルは、発達過程にある風波の経験則としてよく知られているToba(1972)の波高と周期の3/2乗則を考慮すると、消散項は波高と周期には依存しない関数形となっていることが分かった。移流項の空間差分として、数値拡散の少ないHybrid Upstreamスキームを提案し、その安定性と波浪モデルへの適用性を議論した。これらの改良点をふまえて構築した新しい波浪モデルの計算精度に関しては、SWAMP(1985)の比較実験を行ってその挙動を確認した。

 NOAAブイおよびGeosat衛星データを用いて波浪モデルの比較検証を行った。その結果、新しい波浪モデルは風の場の急変時および波高の減衰過程における計算精度が優れていること、空間的な波浪の場の変動をよく再現できることが分かった。波高の計算精度はRMS誤差で約0.7-0.9mであるが、太平洋についてはモデル計算値が常に数十cm高めとなるバイアス誤差が顕著であることが分かった。この原因として、海上風の解析値の精度の問題および波浪モデルにおけるうねりの減衰機構に関する問題点が考えられた。

 新しい波浪モデルを用いた10年間の全球波浪計算結果からグローバルな波浪の分布を調べた。その結果、従来の船舶データの目視観測資料からは分からなかった、海域毎の細かな波浪特性、10年間の最大波高の分布、南極海で発生したうねりが伝播する様子、海難と関連する二方向波浪の出現頻度などの新たな波浪特性が明らかとなった。

 この研究で開発された精度の高い波浪モデルは、波浪予測精度のさらなる向上のための衛星データ同化手法の研究および気候モデルとの結合に関する研究等に役立てられるであろう。また長期間の波浪計算資料は、従来の船舶目視波浪観測資料の精度不足および資料の偏り等の欠点を補った客観的な波浪の資料として、造船、海運等の諸分野で生かされるものと期待される。

審査要旨

 この論文は、全地球的なスケールで海洋でおきる波浪の発生予測の問題について、論文提出者によって新たに開発された推定予測方法の理論的背景と、具体的な計算方法、および実際の波浪観測例との照合を行い、その有効性を述べたものである。従来、風の場のデータを与えて、波高の値を推定する実用的な方法としてSMB法、東北大で1981年に提案されたHybrid法、波浪スペクトルを考慮したMRI法、WAM法等が提案されてきたが、方法によっては波浪スペクトルが求まらない、物理的機構の計算精度や空間差分の精度の不足などから、最終的な波浪予測として精度の良いものが算出されない、などの欠点が指摘された。またどのモデルにも共通する欠点として、波浪の減衰過程の見積りが甚だ不十分である、ということが指摘されていた。

 本論文の第1章では、以上のような従来の波浪予測モデルの不十分な点を指摘したのち、第2章では、波浪の波数kの成分のエネルギーは、風によってもたらされるSin項と、非線形相互作用によって波長成分間でやりとりされる分Snl、および内部粘性や底面摩擦によって失われる分Sds、の3つの要素をの和で変化するのであって、それぞれ的確に見積らなければならないと指摘して、そのおのおのについて新しい提案が行われている。風によるユネルギー流入を表すSin項については、Milesなどによる純理論解が合わないことは従来から知られていたが、本研究ではMitsuyasuら(1982)の室内実験式とBsiaoら(1983)の野外観測から得たデータによる回帰式を提案している。奔線形効果を表すSnl項については、Basselmann(1962)の4成分波の共鳴関係を表す3重積分式の厳密な計算が非常に困難であることから、Hasselmann自身(1985)による簡易式が提案されていたが、本論文提案者は、この式の精度上の難点のあった鋭いピークの波浪スペクトルに対しても大幅に近似度を高めるようこの簡易式を改良した。減衰を表すSds項として、次元解析から周波数の3乗に反比例する関数形で与えた。以上の改良点のほか、移流項の空間差分を計算するさい、この種の通常の数値計算で用いられている単純差分では数値不安定が起き易く不十分な結果しか得られないことを見いだし、数値拡散の少ない混合上流差分(Hybrid upstream)を導入している。

 第3章では、以上の改良を導入した結果、ミクロに、あるいは単純化された波浪の初期条件を与えたとき、どのようなな結果が算出されるか、その結果が合理的に解釈されうるものかどうかが検討されている。またSWAMP(1985)の成果などと比較して検討されている。すなわち、混合上流差分の導入によってはじめて、単純な進行波の数値計算結果に不条理な減衰が起きなくなることが検証され、さらに球面座標上に発進した波群が進行方向によって異なるという不合理な伝播特性を示すことが排除されることが検証された。さらに、波浪発達の途中で、卓越周波数波より短い周期の波が一時的に過剰に発達するという「オーバーシュートの問題」、周波数成分相互間のエネルギーのやり取りの問題、方向による伝播分布の広がり特性の問題などが検討されており、個々に従来論じられてきた成果との比較検討がなされている。

 第4章では、実際の地球上で吹いた過去の風のデータを与え、ここに提案された波浪予報モデルを適用して得られた波浪推算値と、米国NOAAのブイ観測などによって得られた波浪実測データとの比較検証が行われており、発達過程、減衰過程を含めて、きわめて現実との一致のよい推算結果が得られていることが確かめられている。そして5章に、ここに得られた波浪推算モデルを応用しての一つの成果として、日本周辺海域を含む世界全体のある瞬間の波浪の場、10年間最大波の分布図などが全体の成果として掲げられている。

 本研究では、海洋、気象学研究での研究手法での主流を占めるといってよい前進差分型の数値計算において、従来の大多数の研究で余り省みられることのなかった空間差分を単純差分で計算されることの本質的な欠点を指摘して混合上流差分を導入したこと、厳密計算がきわめて困難なため敬遠されていた非線形相互作用による成分間エネルギー交換を、実用的な形で良い精度の近似計算する手法を提案したこと、波浪エネルギー減衰の本質に迫ることはしていないまでも、減衰特性の関数形を次元解析によって定め、それががToba(1978)の野外観測成果と調和するこきを指摘した上で、波浪予報の実際の計算上の使用に耐えうる公式化をしたこと、などの諸点に、この研究の独自性が見られ、海洋物理学的に高い評価を得られるべきものであると認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50673