学位論文要旨



No 212567
著者(漢字) 藤田,賢一
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ケンイチ
標題(和) 有機セレン試剤を用いたオレフィンの不斉オキシセレン化反応の開発
標題(洋)
報告番号 212567
報告番号 乙12567
学位授与日 1995.11.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12567号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 友田,修司
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 三津橋,務
内容要旨

 オレフィンの炭素-炭素二重結合に対する求電子性セレン試剤のオキシセレン化反応は穏和な条件下で立体特異的にトランス付加で進行し、また生成物は酸化的条件下で容易にセレノ基の脱離が進行し二重結合が導入できるため合成化学的に有用な手法である。このオキシセレン化反応がエナンチオ選択的に進行すれば光学活性アリルエーテル、アリルアルコールなどの光学活性アリルオキシ体の合成が可能となり、この反応の利用価値は高まる。そこで筆者はオレフィンに対する高エナンチオ選択的オキシセレン化反応を目指し、種々の光学活性セレン試剤を設計・合成し不斉メトキシセレン化反応を行い、セレン試剤、オレフィンの構造と不斉収率との関係を考察することにより、高選択的不斉メトキシセレン化反応を達成した。また光学活性求核試剤を併用することによりこの不斉オキシセレン化反応の選択性の向上を検討した。さらに分子内に水酸基やカルボキシル基などの求核点を有するオレフィンを用いて、不斉分子内オキシセレン化反応を行うことにより、光学活性テトラヒドロフラン環、光学活性ラクトンなどの合成を行い、この不斉オキシセレン化反応の有用性を示した。

 本論文は5章から成り立っている。第1章は序論であり、近年の不斉合成の進展と有機セレン試薬を用いた合成反応と本研究の意義、概要についてまとめた。第2-5章は研究の結果・考察を述べた本論であり、第2,3章では光学活性含セレンビナフチル化合物1を用いた不斉オキシセレン化反応について述べ、特にトランス付加での不斉誘起の機構を踏まえ選択性の向上について種々考察した。第4,5章ではアリールセレノ基のオルトベンジル位に光学活性三級アミノ基を導入したジアリールジセレニド2を用い、第4章では不斉メトキシセレン化反応について、第5章では不斉分子内オキシセレン化反応について述べた。以下にその詳細を記す。

 

 第1章では、まず従来の不斉合成反応について述べ、特にオレフィンに対する不斉付加反応及び有機セレン試剤を用いた合成反応について触れ、反応機構的にトランス付加反応の不斉化が興味ある研究対象であり、また導入したセレノ基の他の官能基への変換が容易なことから、オキシセレン化反応の不斉誘起を研究することの意義について述べた。

 第2章では、光学活性ビナフチルジセレニド1(X=NHAc)を用いて種々のアルコール(メタノール、エタノール、2-プロパノールなど)を用いて不斉アルコキシセレン化反応を行うことにより、メトキシセレン化反応が最も速くかつ最も選択的に進行することから、中間体のセレニラニウムカチオンを経る生成スキームを考慮することにより、不斉収率は速度論的に決定されることを述べた。また1(X=H)を用いた不斉メトキシセレン化反応に比べ、ビナフチル骨格の2’位にアミド置換基を導入した1(X=NHAc)を用いた場合では、(E)-オレフィンとの反応では選択性は大きく向上したが、対称(Z)-オレフィンとの反応では選択性の大きな向上はみられなかった(式1)。

 

 この理由として、(E)-オレフィンの場合、生成物の立体化学がセレン試剤のオレフィン面に対する面選択的攻撃の段階で決定するため、光学活性セレン試剤を修飾することにより選択性の向上が可能であるのに対し、対称(Z)-オレフィンの場合は、三員環中間体のセレニラニウムカチオンのオレフィン由来のいずれの炭素原子に求核試剤が求核攻撃するかにより生成物の立体化学が決定するが、この求核攻撃がオレフィン面に対しビナフチル軸不斉の反対側で進行するため、不斉制御が困難であることを述べた。

 第3章ではこのトランス付加機構で進行するオキシセレン化反応のエナンチオ選択性を向上させるため、(E)-,(Z)-それぞれのオレフィンに関して行った検討と考察を述べた。(E)-オレフィンの場合、セレン試剤のオレフィン面に対する面選択性を向上させるため、ビナフチル骨格の2’位に種々の光学活性アミド基を導入したジセレニドを合成し検討を行った。R-体のビナフチル骨格にN-t-ブトキシカルボニル(BOC)-(S)-プロリルアミド基を導入した場合(59%d.e.)と、N-BOC-(R)-プロリルアミドを導入した場合(36%d.e.)とで不斉収率に大きな差が見られることより、(E)-オレフィンとの反応では導入した(S)-プロリン骨格の不斉とビナフチル骨格の軸不斉との二重不斉誘導により、不斉収率が向上することを明らかにした(最高79%d.e.:式2)。一方、対称(Z)-オレフィンとの反応では、求核試剤の求核攻撃の段階で生成物の立体化学が決定するため、メントールや光学活性カルボン酸銀などの光学活性求核試剤を併用することによりビナフチル骨格の軸不斉との二重不斉誘導により、不斉収率が大きく向上することが分かった(式3)。このように(E)-オレフィンとの反応についても、また不斉制御が困難な対称(Z)-オレフィンの場合についても二重不斉誘導により、選択性が大きく向上することを明らかにした。

 

 

 第4章では、第二の光学活性セレン試剤として、アリールセレノ基のオルトベンジル位に光学活性三級アミノ基を導入したジアリールジセレニドを設計し、良好な選択性を与えるセレン試剤の構造と反応条件について述べた。特にC2対称ピロリジン骨格を導入したジセレニドを種々合成し、これらを用い不斉メトキシセレン化反応を行ったところ、入手容易かつ安価なD-マンニトール由来の三環式骨格を有するジアリールジセレニド2が最も良好な選択性で付加体を与えることが分かった。そこでこのジセレニドを用い種々反応条件の検討を行ったところ、ジクロロメタン中対応するセレノヘキサフルオロホスフェートを調製し、MS.4A存在下-100℃でオレフィンを作用させることにより高選択的に対応する不斉メトキシセレン化反応が進行することを見い出した(式4)。

 

 第5章では、分子内に水酸基やカルボキシル基などの求核点を有するオレフィンを反応基質として用い、前章の反応条件を不斉分子内セレノエーテル化、セレノラクトン化反応に適用することより、不飽和アルコールやカルポン酸から、天然物の基本骨格などに見られる光学活性テトラヒドロフラン環や光学活性ラクトンなどが選択的に収率よく得られ、筆者の開発した不斉オキシセレン化反応の有用性を述べた。特に不斉メトキシセレン化反応と同様に(E)-二置換骨格を有するオレフィンを用いた場合には高選択的に対応する不斉分子内オキシセレン化反応が進行することを見い出した(式5)。

 

審査要旨

 本博士論文は,「有機セレン試剤を用いたオレフィンの不斉オキシセレン化反応の開発」と題する有機合成分野における不斉トランス付加の問題を総合的に扱った初めての研究論文である.本文120ページの比較的短い日本語論文であるが,本論文(full paper)2報,総説1報を含め,全部で8つの報文の全容を詳細な合成実験操作を含めてまとめたものであり,以下に述べる内容を含む.

 オレフィンの炭素-炭素二重結合に対する求電子性セレン試剤のオキシセレン化反応は穏和な条件下で立体特異的にトランス付加で進行し、また生成物は酸化的条件下で容易にセレノ基の脱離が進行し二重結合が導入できるため合成化学的に有用な手法である。このオキシセレン化反応がエナンチオ選択的に進行すれば光学活性アリルエーテル、アリルアルコールなどの光学活性アリルオキシ体の合成が可能となり、この反応の利用価値は高まる。そこで筆者はオレフィンに対する高エナンチオ選択的オキシセレン化反応を目指し、種々の光学活性セレン試剤を設計・合成し不斉メトキシセレン化反応を行い、セレン試剤、オレフィンの構造と不斉収率との関係を考察することにより、高選択的不斉メトキシセレン化反応を達成した。また光学活性求核試剤を併用することによりこの不斉オキシセレン化反応の選択性の向上を検討した。さらに分子内に水酸基やカルボキシル基などの求核点を有するオレフィンを用いて、不斉分子内オキシセレン化反応を行うことにより、光学活性テトラヒドロフラン環、光学活性ラクトンなどの合成を行い、この不斉オキシセレン化反応の有用性を示した。

 本論文は5章から成り立っている。第1章は序論であり、近年の不斉合成の進展と有機セレン試薬を用いた合成反応と本研究の意義、概要についてまとめた。第2-5章は研究の結果・考察を述べた本論であり、第2,3章では光学活性含セレンビナフチル化合物1を用いた不斉オキシセレン化反応について述べ、特にトランス付加での不斉誘起の機構を踏まえ選択性の向上について種々考察した。第4,5章ではアリールセレノ基のオルトベンジル位に光学活性三級アミノ基を導入したジアリールジセレニド2を用い、第4章では不斉メトキシセレン化反応について、第5章では不斉分子内オキシセレン化反応について述べた。以下にその詳細を記す。

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 第1章では、まず従来の不斉合成反応について述べ、特にオレフィンに対する不斉付加反応及び有機セレン試剤を用いた合成反応について触れ、反応機構的にトランス付加反応の不斉化が興味ある研究対象であり、また導入したセレノ基の他の官能基への変換が容易なことから、オキシセレン化反応の不斉誘起を研究することの意義について述べた。

 第2章では、光学活性ビナフチルジセレニド1(X=NHAc)を用いて種々のアルコール(メタノール、エタノール、2-プロパノールなど)を用いて不斉アルコキシセレン化反応を行うことにより、メトキシセレン化反応が最も速くかつ最も選択的に進行することから、中間体のセレニラニウムカチオンを経る生成スキームを考慮することにより、不斉収率は速度論的に決定されることを述べた。また1(X=H)を用いた不斉メトキシセレン化反応に比べ、ビナフチル骨格の2’位にアミド置換基を導入した1(X=NHAc)を用いた場合では、(E)-オレフィンとの反応では選択性は大きく向上したが、対称(Z)-オレフィンとの反応では選択性の大きな向上はみられなかった(式1)。この理由として、(E)-オレフィンの場合、生成物の立体化学がセレン試剤のオレフィン面に対する面選択的攻撃の段階で決定するため、光学活性セレン試剤を修飾することにより選択性の向上が可能であるのに対し、対称(Z)-オレフィンの場合は、三員環中間体のセレニラニウムカチオンのオレフィン由来のいずれの炭素原子に求核試剤が攻撃するかにより生成物の立体化学が決定するが、求核攻撃がオレフィン面に対しビナフチル軸不斉の反対側で進行するため、不斉制御が困難であることを述べた。

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 第3章ではこのトランス付加機構で進行するオキシセレン化反応のエナンチオ選択性を向上させるため、(E)-,(Z)-それぞれのオシフィンに関して行った検討と考察を述べた。(E)-オレフィンの場合、セレン試剤のオレフィン面に対する面選択性を向上させるため、ビナフチル骨格の2’位に種々の光学活性アミド基を導入したジセレニドを合成し検討を行った。R-体のビナフチル骨格にN-t-ブトキシカルボニル(BOC)-(S)-ブロリルアミド基を導入した場合(59%d.e.)と、N-BOC-(R)-プロリルアミドを導入した場合(36%d.e.)とで不斉収率に大きな差が見られることより、(E)-オレフィンとの反応では導入した(S)-プロリン骨格の不斉とビナフチル骨格の軸不斉との二重不斉誘導により、不斉収率が向上することを明らかにした(最高79%d.e.:式2)。一方、対称(Z)-オレフィンとの反応では、求核試剤の求核攻撃の段階で生成物の立体化学が決定するため、メントールや光学活性カルボン銀などの光学活性求核試剤を併用することによりビナフチル骨格の軸不斉との二重不斉誘導により、不斉収率が大きく向上することが分かった(式3)。

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 このように(E)-オレフィンとの反応についても、また不斉制御が困難な対称(Z)-オレフィンの場合についても二重不斉誘導により、選択性が大きく向上することを明らかにした。

 第4章では、第二の光学活性セレン試剤として、アリールセレノ基のオルトベンジル位に光学活性三級アミノ基を導入したジアリールジセレニドを設計し、良好な選択性を与えるセレン試剤の構造と反応条件について述べた。特にC2対称ビロリジン骨格を導入したジセレニドを種々合成し、これらを用い不斉メトキシセレン化反応を行ったところ、入手容易かつ安価なレマンニトール由来の三環式骨格を有するジアリールジセレニド2が最も良好な選択性で付加体を与えることが分かった。また2より誘導したセレネニルプロミドの77Se-NMRを測定した結果、光学活性ビロリジン環の三級窒素がセレン原子に強く配位していることが明らかとなり、導入したビロリジン骨格の不斉が、有効に反応点のセレンに影響するものと思われる。そこでこのジセレニドを用い種々反応条件の検討を行ったところ、ジクロロメタン中対応するセレノヘキサフルオロホスフェートを調製し、M.S.4A存在下-100℃でオレフィンを作用させることにより高選択的に対応する不斉メトキシセレン化反応が進行することを見い出した(式4)。

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 第5章では、分子内に水酸基やカルボキシル基などの求核点を有するオレフィンを反応基質として用い、前章の反応条件を不斉分子内セレノエーテル化、セレノラクトン化反応に適用することより、不飽和アルコールやカルボン酸から、天然物の基本骨格などに見られる光学活性テトラヒドロフラン環や光学活性ラクトンなどが選択的に収率よく得られ、筆者の開発した不斉オキシセレン化反応の有用性を述べた。特に不斉メトキシセレン化反応と同様に(E)-二置換骨格を有するオレフィンを用いた場合には高選択的に対応する不斉分子内オキシセレン化反応が進行することを見い出した(式5)。

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 以上の研究は総計8この英語論文にまとめられている.本論文の研究の一部は,村田和久氏,岩岡道夫氏,臼杵克之助氏の三氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって合成実験および解析を行ったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する.また,本論文の研究テーマは主査から与えられ,研究指導を主査友田修司が行ったため,全章を通じて主査友田修司との共同研究となっているが,論文提出者が主体となって実験研究を行ったものである.

 したがって,博士(理学)を授与できる条件を満たすものと認める.

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