学位論文要旨



No 212573
著者(漢字) 矢島,哲司
著者(英字)
著者(カナ) ヤジマ,テツジ
標題(和) 繰返し曲げを受ける鉄筋コンクリート梁の累積消費エネルギーを用いた破壊評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 212573
報告番号 乙12573
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12573号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 片山,恒雄
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 前川,宏一
内容要旨

 鉄筋コンクリート(RC)構造物に過大な外力が繰返し作用した場合の損傷評価方法は、耐震性能評価や低サイクル疲労強度推定等の研究において数多くの研究がなされ、有益な知見が集積されている。しかし、RC構造物の損傷および破壊性状の把握は、多くの要因が影響を及ぼし、破壊形態も複雑になるために、その挙動を的確に把握することは難しいと考えられる。本研究は、繰返し載荷されたRC部材の損傷度および破壊時期の推定を材料学の視点から検証したものである。材料が外力を受けて同じモードで破壊する場合、材料が消費する総エネルギー量と破壊とが密接な関係にあるという想定から、複合材であるRC部材が繰返し載荷された場合の破壊までの累積消費エネルギー量と破壊との関係を究明した。そして、その結果より破壊時期の推定および破壊までに部材が消費した累積消費エネルギー量を用いた累積損傷度指標の提案を試みた。対象となる部材は、各種要因による破壊形態等の複雑化を避けるために、曲げが卓越したRC単純梁である。変位制御載荷による破壊時までの累積消費エネルギー量の実験結果の一例を図-1に示す。図に示した2種類の試験体は、形状寸法が同一で、主鉄筋比(T=1.05%,UT=0.59%)のみが異なった試験体である。多少のばらつきはあるものの載荷変位、載荷履歴の相違にもかかわらず同一試験体の累積消費エネルギー量はほぼ一定の値を示した。また、破壊形態は、いずれの載荷においても鉄筋の疲労破断であった。なお、本実験における破壊の定義は、通常の定義にこだわらず、耐荷力が0付近まで低下するかまたは鉄筋が破断するまでとした。他の要因を変化させた試験体も同様な結果を示していることから、これ等の値が本実験で用いた試験体の最大消費エネルギー量(Wmax)を示していると考えられる。これは、本研究のような破壊モードの場合、解析等によってこの最大消費エネルギー量(Wmax)を求めることにより、複合材であるRC梁の破壊時の推定およびランダム波等が作用した場合の累積損傷度の推定の可能性が示された。

図-1 破壊までの累積消費エネルギー量

 実験によって求められた最大消費エネルギー量(Wmax)を解析によって求めた結果を以下に示す。解析は、「離散ひびわれ有限要素法解析」を用いて、各載荷変位の1サイクル当たりの消費エネルギー量、梁全体のエネルギー分布性状、構成材料のエネルギー分担率および鉄筋のひずみ等を求めた。解析による荷重〜変位履歴曲線は、実験結果とよく一致し、本解析が適用可能であることがわかった(図-2)。梁全体の消費エネルギー量の分布性状の検討結果から、図-3に示すように、載荷区間内のひびわれ開口部の上下鉄筋が消費エネルギー量の大部分を分担していることが明らかとなった。このことは、実験における破壊が全て曲げ区間内の鉄筋の疲労破断であることと一致しており、この破壊形態より、梁の破壊の推定を金属材料の疲労によって表現できる可能性が示された。

図表図-2 荷重・変位履歴曲線 / 図-3 消費エネルギーの分布性状

 解析による最大消費エネルギー量は下式によって求める。

 

 ここで、Wmax:最大消費エネルギー量、N:破壊までの繰返し回数、W3:解析による3サイクル目の荷重〜履歴曲線から求められる消費エネルギー量、:消費エネルギー量の繰返しによる材料劣化を考慮した低減係数を示す。なお、破壊までの繰返し回数(N)は、(1)鉄筋の塑性ひずみエネルギーによる算定と(2)鉄筋の塑性ひずみ振幅による算定の2種類の算定法によって求めた。図-4は(1)の算定法による破壊までの繰返し回数(N)の実験結果との比較を示した一例である。算定結果と実験結果は若干の相違がみられるがよく一致した。また、(2)の算定法もほぼ同一な値を示し、本研究の破壊回数の算定法の妥当性が示された。

図-4 破壊回数の算定結果

 図-5は、上式によって求められた最大消費エネルギー量の算定結果の一例である。算定結果は実験結果と同様に載荷変位の相違にもかかわらず試験体固有の一定の値を示した。最後に、求められたこれ等の値を基にしたランダム波が作用した場合の累積損度傷指標を下式に示す。

図-5 最大消費エネルギー量の算定結果

 

 ここで、D.I.E:エネルギーによる損傷度指標、;解析によって求められたランダム波形中の各変位の消費エネルギー量の累積、Wmax;最大消費エネルギー量、k:供用性能等を考慮した安全係数を示す。なお、損傷度は0〜1.0の範囲で、1.0は破壊である。実験で用いられた試験体および模擬波形による一組のランダム波が作用した場合の累積損傷度を解析によって求めた。累積損傷度の算定結果は、実験結果とよく一致した。これ等の結果から本研究の範囲内での限られた条件の下ではあるが、材料学的視点からのRC部材の破壊時期の推定および累積損傷度評価の可能性が示された。

審査要旨

 鉄筋コンクリート構造物は、「コンクリート」と「鉄筋」という異なった力学的特性を有する構成要素からなる複合体で、両者が一体となって働くことによる数多くの有利性のために広範囲の構造物に利用され、今日の社会の発展に大きく寄与しているのは周知の事実である。このような社会的状況の中で、現在まで鉄筋コンクリート構造物に過大な外力が繰返し作用した場合の損傷評価方法は、耐震性能評価やサイクル疲労強度推定等の研究において数多くの研究がなされ、有益な知見が集積されている。しかし、鉄筋コンクリート構造物の損傷および破壊性状の把握は、多くの要因が影響を及ぼし、破壊形態も複雑になるために、その挙動を的確に把握することは難しいと考えられる。そこで本研究は、累積損傷を考慮した破壊までの損傷度評価を定量的にするために、鉄筋コンクリート構造物の破壊までの累積消費エネルギーに着目し、その損傷度および破壊時期の推定を材料学の視点から検証したものである。

 第1章は序論であり、本研究の位置づけと必要性を説明している。

 第2章はエネルギー的観点から論じた鉄筋コンクリート部材の破壊に関する既往の研究を紹介しており、これによって現在までに明らかとなっていることをまとめ、本研究で行った研究との違い、位置づけについて脱明している。

 第3章は本研究で行った実験方法およびその結果に関してとりまとめたものである。実験では、各主要因による破壊モードの複雑かを避けるために、曲げ破壊する鉄筋コンクリート単純梁を対象とし、変位制御による各種正負繰返し載荷実験を行い、破壊時までの繰返し載荷による履歴ループの劣化特性、消費エネルギー特性および累積消費エネルギー量等を求め、これらと破壊との関係について検討を行っている。なお、この研究では破壊を「耐荷力が0付近まで低下した時点、あるいは鉄筋が切断した時点」と定義して、実験を行っている。

 実験の結果、主鉄筋比、腹鉄筋比を変化させた複鉄筋コンクリート業の外力条件を各種変化させた正負繰返し曲げ載荷実験では、いずれも鉄筋の疲労破断となり、ランダム波が作用した場合も含めた載荷条件であってもほぼ一定の累積消費エネルギーを示すことを明らかにしている。

 第4章では、実験に用いた試験体を主な解析対象として、離散ひび割れ有限要素法解析による弾塑性解析を行い、各種載荷振幅の1サイクルあたりの消費エネルギー量における上、下縁の主鉄筋の消費エネルギー量の分担割合を求めている。その結果、主鉄筋の消費エネルギーは全体の8割以上を占めており、その大部分が曲げ区間内のひび割れ開口部の上、下縁主鉄筋であり、実験における破壊が全て曲げ区間の鉄筋の疲労破壊であることと一致していることを明らかにしている。

 第5章では、第3章の実験結果および第4章の有限要素法解析結果と鋼材の疲労破壊の概念とを結びつけて、「金属の塑性領域の不可逆的エネルギー」と「鋼材の低サイクル疲労」の2種類の破壊までの繰返し回数の算定方法および破壊までの累積消費エネルギー量の算定法方を示し、破壊までの累積消費エネルギー量の定量化を行っている。また、累積消費エネルギー量による新しい損傷度指標の提案を行い、それを用いて正負非対称のランダム波が作用した場合の累積損傷度の検討も行っている。

 第6章は結論であり、本論文の成果をとりまとめたものである。

 以上を要約すると、本研究は複合材料である鉄筋コンクリート部材が繰返し載荷された場合の破壊までの累積消費エネルギー量と破壊との関係を究明し、破壊時期の推定および破壊までに部材が消費した累積消費エネルギー量を用いた累積損傷度指標の提案を行ったものであり、コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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