これまで、公共投資の効果を推計する際には、効果の波及する範囲を日本国内とすることが通常であり、国外への波及効果については、明示的な分析はほとんど行われてきていない。 公共投資は内政の問題であり、建設業及び建設資材製造業が国内で永久に閉じ続けるという前提に立てば、その効果を国際的な視野から検討する必要はない。しかしながら、世界の総生産の約15%を占める日本は世界有数の大市場でもあり、その門戸を開いていくことは、国際的な調和及び世界経済への貢献と言う観点からますます重要になると考えられる。国内的にも、1980年代半ば以降の円高の進展により、海外から安価な資材を輸入すれば社会資本整備のコストを下げられるのではないかとの見方が出てきている。 実際に公共投資で輸入資材の活用を拡大すれば、日本の公共投資が国外で生産や雇用を誘発し、国内雇用は減少するであろう。また労働コストの低い国々への生産移転は、エネルギー効率や環境負荷の画で課題を生じるのではないか。 本研究は、以上のような問題意識から、日本の公共投資が世界経済に占める比重について明らかにした後、国外への経済波及の条件となる建設資材輸入の可能性について検討し、最後に公共投資基本計画が実施された場合の国外への波及効果を、生産、雇用、エネルギー消費、環境負荷の各側面から推計したものである。内容の概略は以下のとおりである。 (1)公共投資の経済効果を国際的観点から検討する必要性と意義 第1章では、これからの日本の公共投資を国際的視野から検討することの必要性と意義について、三つの観点から述べた。 まず現在の日本の公共投資額は、円高の進展により世界全体の建設市場に占める比率が約1割、世界の総生産に対する大きさが約1%にまで達したと推計し、世界経済の中でも無視できない規模であることを示した。 次に1980年代後半の日米建設協議の経緯をまとめ、大規模プロジェクトを中心に公共事業が日本の建設市場開放の象徴的な位置付けにあることを指摘した。 さらに1980年代末の日米構造協議から公共投資基本計画の策定及びその見直しに至る経緯を整理し、従来は内政そのものであった公共投資に関する政策決定が、近年はアメリカ合衆国の意向に少なからぬ影響を受けるようになってきたことを示した。 以上の三つの圧力要因(円高圧力、市場開放圧力、公共投資規模拡大圧力)が今後とも継続する場合、公共工事における輸入建設資材の利用が拡大する可能性が大きく、従って公共投資の国外への経済波及効果が増大するであろうことを指摘した。 (2)建設資材輪入の経緯と現状 第2章では、公共工事に関わる建設資材の輸入について、時間軸(歴史)と空間軸(国際比較)の観点から検討した。 歴史的な観点からは、明治の鉄道建設及び戦後復興期の大型ダムや高速道路等の建設における海外からの技術、資材、機械、資本等の導入の事例を取り上げ、公共工事に関わる資材等の輸入には多くの前例があることを示した。 国際比較の観点からは、国際産業連関表を用いた比較により、日本の建設業及び公的固定資本形成の投入構造に占める輸入の比率が、欧米及びアジアの主要国の中で最も低い水準にあることを示した。 (3)海外建設資材の活用可能性 第3章では、輸入建設資材の利用拡大の現実的な可能性について、主に価格競争力の面からの検討を行った。 まず、円高の進展とともに内外価格差に関する議論が盛んであるが、建設資材は国によって規格基準や流通形態が異なる上に中間財である(最終消費者の購入を想定しにくい)ため、家計消費の構造を反映した購買力平価で現地価格を割り戻すという一般的な内外価格差比較方法を用いることは適当ではないことを指摘した。そして実際の輸入を想定した試算を行った結果、1994年夏の時点(1ドル=100円前後)でアメリカ合衆国や韓国の一部の二次製品等、国産品に対して価格優位性を持つと考えられる多くの資材が存在する可能性があることを示した。 これらの資材の輸入が進んでいない理由について商社、物価調査機関にインタビュー調査を行い、まず第一に土木工事の約9割を占める官庁工事ではJIS規格を取得していない製品の使用が困難なこと、第二にアフターサービスやメンテナンス、設計変更への機敏な対応の画での不安、第三に為替リスク、第四に海外資材に関する情報不足があることを明らかにした。その上で、現在では公共工事のコスト削減に対する社会的要請が強まり、行政(建設省)も「公共工事の建設費の縮減に関する行動計画」(1994年12月)の中で輸入資材の活用を挙げていることから、これらの問題点は順次解消され、輸入建設資材の利用が促進される可能性が高いと想定した。 (4)輸入資材活用促進の影響 第4章では、公共投資基本計画に示されたように、今後10年間で630兆円の公共投資が行われた場合の海外への波及効果を、輸入建設資材の活用拡大等のケースを設定して推計した。対象とする効果としては、生産波及、雇用創出(付加価値)、エネルギー消費、二酸化炭素排出量の4項目を取り上げた。推計方法は、理想的には国際産業連関表を用いることが望ましいが、データ上の制約により1985年以降の円高の進展を反映した分析ができないため、日本の直近の産業連関表と貿易統計を併用した簡便な予測モデルを作成した。 公共投資額の将来値は、公共投資基本計画による10年間の投資総額630兆円を、年増加率を一定と仮定して年度配分し、2005年度の公共投資額はおよそ74.1兆円(1990年度の2.2倍)に達すると見込んだ。 現在の公共投資の内容に今後とも変化がなく、資材輸入も進まなければ、2005年度の輸入誘発は1990年度の2倍(約4.4兆円)、海外雇用創出は2.2倍(約644万人)に、エネルギー消費とCO2排出量(国内外計)は2.1倍に増大すると推計された。 公共投資基本計画に示されたとおり、生活環境関連投資の公共投資総額に占める比率が現在の50%前後から65%前後へと増加された場合、輸入誘発額、海外での雇用、エネルギー消費(内外計)、CO2排出量(内外計)も増加するが、増加率はそれぞれ1%に満たない僅かなものと推計された。 2005年度において建設資材輸入が金額ベースで建設業中間投入の20%にまで拡大した場合(現在は約6%)、拡大しない場合に比較して輪入誘発額は88%(約4兆円)、海外雇用は77%(約500万人)増加すると推計された。またエネルギー消費、CO2排出量も大幅に増加すると推計された。労働生産性が低く、単位生産当りのエネルギー消費量やCO2排出量の多いアジア共産圏におけるインパクトはきわめて大きく、雇用は2.8倍、エネルギー消費とCO2排出量は2.0倍に増加すると推計された。 (5)今後の課題 本研究で行った将来予測では、日本における公共投資のコストダウンの手段として輸入資材活用が促進された場合、国内で発生するはずであった雇用が国外に移転するとともに、生産過程における環境負荷が増大するという問題を取り上げた。このような問題設定は、「環境と貿易」というテーマで既にOECD等で様々な産業分野を対象に議論されているものである。本研究のオリジナリティは、従ってこの枠組みの中で初めて公共投資に焦点を当てた定量的な検討を行ったことにある。 今後の課題については、政策課題と研究課題の二つの面から整理しておくことが育用と考えられる。 まず政策課題としては技術移転の促進が挙げられる。内政の観点からは、納税者や利用者の負担軽減のために、公共投資のコスト削減は望ましい方向性であり、その一つの手段としての輸入建設資材の活用にも大きな意義がある。しかしながら、本研究で見たように、日本の公共投資が世界経済の1%にも相当する現在、環境負荷の増大など、内政の視野を超える問題についても十分な検討と対策が望まれる。資材生産国に対する省エネルギーや環境負荷軽減に関わる技術の移転が当面の課題であり、技術移転コストまで含めて輸入資材活用の費用便益分析を行うことが求められよう。 研究課題としては、本研究では産業連関表や貿易構造について直近のデータを将来にも適用したが、より詳細な議論のためにこれらの将来予測を含めてさらに精緻な分析を行うことが必要である。また本研究では、海外諸地域の生産増を日本への輸出増で捉えたが、本来は輸出増は国内生産波及効果を持つはずであり、国際産業連関表の整備と、これを用いた分析が望まれる。さらに今日のように産業活動がグローバル化した状況では、社会資本整備の効果は本研究でとりあげた事業効果だけでなく、施設効果についても国際的な波及を考慮する必要性が高いが、分析のツールは主としてマクロ経済モデルに限られており、今後は多国間産業立地モデルなどの検討が求められると考えられる。 |