建築生産のほとんどは、受注してからの個別の生産であり、企画、設計、施工という生産機能が分離している。また、施工も臨時編成の組織で行なわれることが一般的である。建築生産には、これらの工業的ではない仕組みと工業的ではない体質がある。これらのために生産工程を装置化して合理化することが難しく、生産場所に素材を持ち込み、加工して組み立てる典型的な労務集約的な生産となっている。 組み立てる資材の階層レベルが素材に近いほど労務集約的な作業となるのであり、生産性の向上を図る方法の一つは、プレファブ化により資材の階層レベルを完成品に近付けることである。生産性が低迷する原因として、生産技術である構工法の在り方がある。 大型化したプレファブ・モデュールを生産工程に取り入れ、錯綜した作業の受け渡しを少なくして、労務の浪費性を改善する構工法を生産性の向上を達成するためには研究・開発する必要がある。躯体の組み立て工事での錯綜した状況を排除する生産方式として、フロアサイズの床スラブを大型プレファブ・モデュールとして地上でプレファブ生産し、工事の工程をシステム化し、施工の合理化を実現するワッフル型床スラブを用いたフラットプレート構造が考えられる。 一方、わが国は地震国であり、大正時代以降、耐震性や耐火性を目的に鉄筋コンクリート造と鉄骨造、および鉄骨鉄筋コンクリート造が建物の主体構造として発達してきた。これらの構造形式では、線材である柱と梁で構成するラーメン構造が主要構造であり、ラーメン構造を前提として設計法や施工法が確立されている。 フラットプレート構造は、海外で鉛直荷重を対象として発達してきた構造形式であり、それをわが国の建物の主要構造として適用するためには、面材である床スラブと線材である柱との間で地震力をスムーズにやり取りしなければならない構造形式であり、接合部の耐震安全性については限られた範囲を除いては研究例も少なく、設計法の確立が重要な課題である。また、周辺を梁で囲まれたラーメン構造と異なり、床スラブのたわみに対する拘束は小さく、床スラブの長期たわみを制御する構法を確立しないと、たわみ制御の面から床スラブ厚は大きくなり、荷重が増加して建設コストの増加等に結びつく。 本論文は、ワッフル型床スラブを大型プレファブ・モデュールとして用いたフラットプレート構造の構工法を、建築生産の合理化を達成する目的で具体化するための研究である。本論文の全体の構成は、8章より成り立っている。以下に各章の概要を述べる。 第1章「序論」では、製造業の生産性と比較することで、建設業の生産性の水準を明らかにした。そして、施工技術の変遷を振り返り、建設業での生産主体が一貫して労務であり、施工技術の改善が労務の浪費性の改善に至らなかったこと、およびその原因が構工法の在り方にあることを明らかにした。 構工法の考察から、建設業の生産性を向上させるには、構工法を改め、工事で扱う資材の階層レベルを完成品に近いレベルに近付け、工程をシステム化して、労務を主体におく施工技術を改善する必要性を明らかにした。 以上のことより、構工法の中から、工事現場内で製作した大型化したハーフ・プレキャスト床板を用いた構工法が生産性の向上に効果的であることを評価し、フロアサイズの大型プレファブ・モデュールを用いた構工法として、ワッフル型床スラブを用いるフラットプレート構造の施工技術を取り上げ、研究の目的と範囲を明らかとして、本研究の位置づけを行なった。 第2章「ワッフル型床スラブの構造特性」では、鉄筋コンクリート造の建物のスパンが大きくなる傾向にある中で、スパンが大きい場合にはワッフル型床スラブが経済的であることを示した。そして、スパン10mのワッフル型床スラブについて、1/2縮尺モデルでの試験体により、振動性状、たわみ性状、曲げひび割れ性状について検討した。 その結果、ワッフル型床スラブのリブに相当する部分にプレストレスを導入することで、プレストレスによりキャンセルする荷重の約2倍の荷重で、床スラブに曲げひび割れが発生し、また、床スラブの水平性を満足する使用性能から決まる許容曲げひび割れ幅は0.2mmとする必要があることを実験結果により導いた。更に、ワッフル型床スラブとして軽量化した場合には、粘性減衰が小さくなるために、20Hz付近での衝撃に対する振動が大きくなること等ワッフル型床スラブの構造特性について考察した。 第3章「プレストレスによる床スラブの長期たわみ制御」では、ワッフル型床スラブのリプに相当する部分を、プレストレスを導入した格子状のハーフ・プレキャスト床板として製作し、ワッフル型床スラブのフランジに相当する部分の後打ちコンクリートを打ち継いで構築する、ワッフル型床スラブについて長期載荷実験を行なった。 長期たわみ性状を考察するとともに、プレストレスの効果を算入して二方向床スラブの長期たわみを簡便な方法で解析し、実験結果との比較により妥当性を検討し、プレストレスを導入した床スラブの長期たわみの計算法を提案した。 また、施工時の曲げひび割れと長期たわみの制御を目的に、ワッフル型床スラブの格子状のリブ部分に導入するプレストレス量は、自重と施工荷重をキャンセルする値であり、約12kgf/cm2程度の応力度であることを示した。 プレストレスの導入により、床スラブの長期たわみに関する有利性が確認され、その結果、床スラブの大型化が図られ、システム化した工法が可能となることを確認した。 第4章「床スラブと柱の接合部での耐力と応力伝達機構」では、フラットプレート構造の建物をリフトアップ工法により構築することを前提に、ワッフル型床スラブの支板部がねじ込み鉄筋と後打ちコンクリートにより打ち継ぎとなる、床スラブと柱の接合部の応力伝達性状を明らかにした。 縮小モデルでの加力実験を行ない、接合部の伝達応力は柱側面の伝達応力と柱前後面の伝達応力を累加することで求められることを示した。また、耐震安全性に関する床スラブと柱の接合部での終局伝達モーメントの計算法を提案し、実験結果との比較により適合性を確認した。更に、接合部の変形能力を塑性率で評価すると、4程度の値を確保できることを実験結果から導いた。 第5章「支板部の面外せん断耐力とせん断伝達機構」では、床スラブと柱の接合部において、床スラブが連続体であるために発生するコンクリートのせん断耐力を上回る面外せん断力の応力伝達性状を明らかにした。 支板部に配筋されている鉄筋のせん断抵抗を評価する実験を行ない、面外せん断力は、支板部の補強筋とその下部のコンクリートの支圧抵抗を主要因として伝達することを確認した。その結果、部材丈の小さい鉄筋コンクリート部材のせん断伝達機構について検討し、支板部の面外せん断耐力の計算式を提案し、実験結果との比較により適合性を確認した。 第6章「ワッフル型フラットプレート架構の設計法」では、ワッフル型フラットプレート架構が構造特性を発揮するためには、床スラブと柱の接合部の耐力と変形能力を確保する必要があることを述べ、許容応力度設計する場合の接合部まわりでのコンクリートのひび割れ時の応力と、柱前後面の曲げ補強筋が降伏する時の応力の計算法を示した。 また、パネルゾーンの耐力を確保する考え方を述べ、接合部崩壊とならない設計を行なうことで、地震力の作用に対して降伏機構を形成し、限界変形に至るまで破壊しないワッフル型フラットプレート架構とする設計法を述べた。 第7章「ワッフル型フラットプレート架構の施工法」では、地上で生産する大型プレファブ・モデュールの採用が生産性の向上に効果的であることを受けて、フロアサイズの床スラブをリフトアップする工法の新しいコンセプトについて提案した。 提案したコンセプトに基づくプロトタイプの装置を製作し、稼働実験により複数台のリフトアップ装置の同調性を確認して、コンセプトの有効性を確認した。その結果、大型プレファブ・モデュールを精度よくリフトアップでき、大型プレファブ・モデュールを用いたワッフル型フラットプレート架構の構築がリフトアップ工法により可能であることを確認した。 第8章「結論」では、各章における研究成果を総括した。 |