学位論文要旨



No 212576
著者(漢字) 田中,良彦
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨシヒコ
標題(和) 地域冷暖房に於ける供給熱量の解析と予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 212576
報告番号 乙12576
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12576号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 本論文は、地域冷暖房に於ける供給熱量の実態を把握し、解析した第I章、地域冷暖房に於いて最適運転支援の基礎となる供給熱量の予測手法を提案した第II章、その予測手法を実際の地域冷暖房プラントでフィールド実験を行い、評価を行った第III章の3章より構成される。

 第I章では、地域冷暖房に於ける供給熱量の実態を把握することを目的として、まず第1節において、東京地区の地域冷暖房プラントから熱供給を受ける建物の用途別の冷・温熱負荷について実態を整理した。その結果、

 (1)年間の冷・温熱負荷の平均値について、冷熱負荷は事務所・店舗・ホテルとも80〜90(Mcal/m2a)であるが、温熱負荷では事務所が30〜40(Mcal/m2a)であるのに対して、店舗は約1/2、ホテルは約4倍という傾向があること

 (2)冷・温熱負荷原単位などの諸元について、建築用途別の特徴は見られるが、その標準偏差は大きく、バラつきの原因を建築条件(延床面積、階数、竣工年)のみから説明することは難しいこと

 (3)冷・温熱負荷の経年変化について、事務所ではとくに年間の冷熱負荷に対して年間平均気温並びにGNP成長率との相関が認められること

 等を示した。

 第2節においては、冷・温熱負荷の変動パターンの実態を地域冷暖房施設の熱供給データを用いて、年間(季節)変動、日(週単位)変動、時間変動について解析した。その結果、

 (1)事務所について、年間を通して24時間冷・温熱負荷が発生する大規模建物(10万m2以上)では、冷熱負荷の夏期・平日の時間変動において10時頃にピーク負荷が発生し、ほとんど変化せず8時間近く継続することがあり、また冬期・平日の温熱負荷では朝のピーク負荷が顕著であること

 (2)店舗について、温熱負荷のピーク値は冷熱の1/2以下で小さく、時間変動では、冬期にも朝から冷熱負荷が温熱負荷に遅れて発生し、16時頃にピーク負荷を生じること

 (3)ホテルについて、24時間空調されていることから冷・温熱とも負荷の変動が緩やかである。温熱負荷の時間変動では10時頃と22時頃の2回ピーク負荷が発生すること

 等を事例で示した。事務所の冷熱負荷時間変動では、突出したピーク負荷を形成しないことがあるため蓄熱槽を用いたシステムの「ピークカット」の評価には注意を要する。

 第3節においては、東京地区の地域冷暖房施設から供給される冷・温熱量の実績値を「部分負荷率」等の観点から分析した。その結果、

 (1)部分負荷時の運転時間について、年間を通して24時間冷・温熟負荷が発生し、部分負荷率20%以下の運転時間が冷・温熱とも年間の約70%あり、部分負荷率10%以下の運転時間では、49%(冷熱)、24%(温熱)となり、冷熱と温熱では差異を生じること

 等を示した。これらの実態から、地域冷暖房システム設計には、冷・温熱源機器の適正な台数分割と小負荷用熱源機器の高効率化が必要なこと、また、冷・温熱ともにピーク対応の熱源機器について、熱負荷の実態に即して蓄熱システム等の検討を行う必要があると考えられる。

 第II章では、地域冷暖房に於ける供給熱量の予測手法を提案するにあたり、環境工学的見地から冷・温熱負荷実績値と外気温度・絶対湿度・窓面日射量などの負荷要因との相関を分析し、予測式を組み立てた。

 第1節においては、地域冷暖房プラントから供給される熱量の予測手法を検討する前段として、熱供給を受ける熱需要建物に於ける冷・温熱負荷の時系列変動に対する要因について解析した。その結果、

 (1)冷・温熱負荷と気象要因(外気温度・絶対湿度・窓面日射量・夜間輻射量)の重相関について、曜日・時間・季節分割を行うことにより、某事務所の冷熱負荷で全曜日のデータについて相関係数0.974を得ることができた。本相関に基づく予測式のシミュレーション結果では、季節の変わり目に大きな残差が出るため、何らかの補正が必要であること

 (2)冷熱負荷の時系列データ間の相関について、実測データ間の相関が強く、上記事務所において相関係数で0.991という結果(1時間前のデータに於いて)が得られた。内部要因として時系列データを用い、外部要因として気象要因を用いる予測手法が展開できること

 等について示した。

 第2節においては、個別熱需要家建物の冷・温熱負荷の予測手法の提案を行い、事務所ビルの冷熱負荷を例にとり精度について検討した。その結果

 (1)予測時間について、一般的な電動ターボ冷凍機や吸収式冷凍機を用いたシステムでは、熱源機器の起動時間は1時間弱であるから、予測時間の設定を「1時間」とすること

 (2)冷・温熱負荷の予測手法について、気象要因実測値・熱負荷実測値を変数として変数増減法による重回帰分析を原理とした予測手法(「日単位予測」と称する)で、冷・温熱負荷が予測できること

 等について提案した。

 第3節においては、「日単位予測」手法を用いて、東京地区の地域冷暖房施設から熱供給を受けている用途別建物でシミュレーションを行い、実績値との比較検討をした。その結果、

 (1)予測精度とデータ期間について、精度が安定する期間を冷熱負荷で検討したところ、事務所の場合には平日で4〜6週間、土・日曜で8〜12週間、ホテルの場合は6週間程度であり、さらにデータ期間を長くすると予測精度は低下し、事務所では顕著に下がること

 (2)予測値と実測値の相関について、シミュレーションの結果、年間を通して相関係数は冷熱負荷で、事務所において0.994、店舗・ホテルにおいて0.98以上、温熱負荷て事務所・店舗において0.93以上になり、ホテルにおいて0.88となること

 等を示した。負荷予測手法として、カルマンフィルタ・ARIMAモデル等があり、HASPによる事務所モデルや地域冷暖房の主に夏期冷熱実測値を用いたシミュレーション結果が報告されているが、本研究では負荷形態の異なる用途別建物の冷・温熱負荷実測値を用いた通年のシミュレーション結果で「日単位予測」手法により汎用的に高い精度で冷・温熱負荷を予測できることが確認された。

 第4節においては、地域冷暖房施設から供給する冷・温熱量を予測する手法について、熱供給を受ける建物の個別予測の合計で予測する方法(個別予測の合計)と、プラントから熱供給する建物群をあたかも一つの建物として扱い予測する方法(総負荷予測)の2つの方法を提案し、実際の地域冷暖房施設の冷熱供給実績値を用いシミュレーションし、比較検討した。その結果、

 (1)両手法ともに、年間を適して相関係数が0.995以上あり、かなり高い精度で予測できること

 (2)立ち上げ時間における予測誤差は、個別予測の合計の方法が比較的に小さいこと

 等を示した。

 第III章では、実際の地域冷暖房プラントに於ける冷・温熱負荷の予測をリアルタイムで行い、1時間後の予測値をオペレーターに提供し、実用上の問題点について検討した。その結果、

 (1)予測値と熱源機器運転への適用について、冷熱源機器の電動ターボ冷凍機2,000RTに対して、発停判断が厳い条件となる夏期の立ち上げ時間に、負荷予測値と実測値との誤差が1,000RT以内であった時間は93.5%あること

 (2)温熱源機器についても、同様に水管ボイラー16T/Hが最小容量であるが、年間を通して負荷予測値と実測値との誤差が8T/H以内であった時間は99.4%であること

 等を示した。本予測手法を用いることにより実際の地域冷暖房プラントで、十分に使用できる高い精度の予測結果になることが確認された。リアルタイムの実測値には、メンテナンス時などの欠測が生じることは避けられず、欠測データについては、適切な処理を行えば、誤差はさらに小さくなると考えられる。

 本論文における重回帰分析による負荷予測手法について、建築用途として「住宅」などの未知の分野があり、今後、より一層の研究が必要である。

審査要旨

 「地域冷暖房における供給熱量の解析と予測に関する研究」と題する本論文は、地域冷暖房における供給熱量の実態を実運転資料に基づいて統計分析し、プラントの最適運転支援の基礎となる供給熱量の予測手法を提案、さらに、その手法を実プラントにおいてフィールド実験して、その実用性を検証したものであって、全3章8節よりなる。

 第1章では、東京地区に立地する地域冷暖房プラントの運転実績データを収集し、全般的な傾向を統計分析している。ここでの要点は、建物用途別に熱負荷原単位の平均値はそれぞれ特徴的に求められるものの、個々の建物によるばらつきが極めて大きく、一般的な建築の設計因子からは説明し難いこと、また、各種用途建築におけるピーク負荷出現時刻の特徴、部分負荷出現頻度の特徴などが示されており、従来漠然と予想されていた事柄を明確に、データに基づいて定量的に提示することに成功している。

 第2章では、まず、供給熱量予測のための時系列による相関分析を行っている。採用した説明変数は、外気温度、湿度、日射量などの気象要素であるが、それに先だって建物の使用に関わる時刻的要因、曜日、祝祭日、季節などの、いわば社会的な要因に基づいてデータをカテゴリー分割することにより、高い相関係数を得ていることが、本論の分析の特色である。こうすることにより、ある場合には0.97という高い相関係数が得られるという。

 また、当然ながら、供給熱量の時系列は強い自己相関を持っており、たとえば1時間前のデータに対する相関係数は0.99を越えるという。この結果から、外部要因として、前述の社会要因と気象要因、内部要因として近い過去の供給熱量を併用する重回帰予測式を導出し、1日の熱負荷に対する最終的な予測精度として、冷熱については事務所について0.994,店舗・ホテルについて0.98,温熱については事務所・店舗で0.93,ホテルで0.88という結果を得ている。なおここに、近い過去としては、事務所の平日は4--6週間、土曜休日で8--12週間、ホテルで6週間程度が最適であり、これを越える長い過去のデータを採用すると予測精度は低下するという。

 次に、プラントからの供給熱量を供給先の個々の建物の負荷予測を合計して予測する方式と、全建物群をあたかも1個の建築物と扱って予測する方式についてシミュレーションによる比較を行い、両方式共年間の予測の相関係数は0.995以上であって実用上問題ないこと、前者は最重要な立ち上げ時間帯の予測精度が高いこと、後者は予測論理が簡明で応用性が高いことを述べている。

 第3章では、実際の地域冷暖房プラントで、負荷予測をリアルタイムで行った上での実用上の問題点について考察している。それによると、本プラントの冷凍機、ボイラーの最小容量機器はそれぞれ2000RT,16T/Hであるのに対して、これら最小機器容量の1/2以下の誤差で予測できた時間が冷熱で93.5%、温熱で99.4%となり、若干の安全側の想定を加えれば、実用に使用することに問題がないと結論している。

 以上を要するに、今後共盛んに建設されることが予想される地域熱供給施設について、その負荷量の1時間から1日程度の短期間予測を行う問題を取り扱って、極めて高精度な予測方式を導き出し、実機による試験運転によってその有効性を実証したものであって、プラントの最適運転制御を図る上で、その実用的価値は高く評価することができる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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