本論文は、人びとの日常生活動作の為に身体のまわりに必要とされる「アキ(ゆとり)」を計測し、その基礎資料を基に室や建築構成部位におけるアキの所要規模を体系的に整理したものである。ここで開発した身体の動きを含んだアキの計測手法が、建築空間の構成部位の寸法を合理的に計画するための有効な手段であることを数多くの実験研究を通して実証している。 本論文は序論とそれに続く4章および結語からなっている。 序論では人体寸法に端を発する身体まわりの「アキ」に関する諸研究の国内および国外のレビューをし、本論文の流れを(1)静的身体計測、(2)準動的身体計測、(3)動的身体計測、(4)アキ寸法の計測の4段階に整理し、人びとが「ゆとり」をもって動作できる建築空間を実現するための「アキ」の意義を明らかにしている。 第一章では、古典的な解剖学的人体計測の研究を整理した上で、動的身体計測の意義を述べ、日常生活動作の空間の原単位としての動作空間の計測値をまとめている。更に「アキ」寸法計測の準備段階として静的・動的身体計測手法の国際的比較を行っている。 第二章では、基本的な準動的「アキ」寸法として(1)身体の揺れ、(2)着衣時の身体寸法の増加、(3)壁面と身体部位との所要アキの三つに着目し、それぞれの計測を実施している。(1)に関して閉眼時に開眼時と比較して揺れの量の増加を実証し、(2)については1970年の藤井、横山の計測値との比較から、洋服についての着膨れ量の増加を指摘している。(3)に関してはイスに着座したときの隣の人および側面壁との所要アキが何れも11〜13cmであり、これ以上のアキで他人や壁が<気にならない>と評価されることを明らかにしている。これは乗り物、公共的着座における所要寸法の根拠を与える資料となりうる成果である。 第三章では、身体移動に伴う動的状況下におけるアキ寸法の実験的計測の実施・分析・考察が述べられている。動的アキ寸法の計測には種々の方法が存在するが、ここでは被験者に超音波発信機を装着させ、アキを可視化し計測する方法を考案し、ビデオ等による方法より簡便かつ正確なデータを得ることに成功している。身体移勤と空間場面について4つの場面を対象に実験を行って結果を述べている。 第一に歩行者が着座(又は立位)者や椅子の脇を通り過ぎる際のアキについて、身体正面にややふくらんだ卵型のアキ領域の存在を確認し、既往の歩行動作の研究成果を検証するものであることを示している。 第二に、壁と机、机と机の間の通過歩行に必要なアキの考察を行っている。その結果、所要アキを通路幅で除したアキ率が30〜35%の間に収まることを明らかにしている。 第三に、ドアの開口部のくぐり高さと頭上のアキ寸法との関係を分析している。静的身長に25〜20cmのアキ寸法をもったくぐり高さであれば<気にしない>という評価を得られるとしている。 第四は、階段昇降時の頭上のアキ寸法の考察に当てられている。昇降でのアキは後者の方が頭頂点が高く、よりアキを必要とすると、その具体的寸法変化を可視的表現にまとめている。 第四章は、前章までの室内の特定部分に必要とされるアキを更に他の生活場面(公共トイレ、学生食堂、地下鉄車両-ロンドン、公衆浴場、立食パーティー)における実験、フィールドサーベィに基づく分析・考察に当てられている。立食パーティーのように離合集散の激しく、かつ近さ(アキのなさ)も必要とされる場面では、アキに関する異なった見方が必要であることを示唆している。 本章の後半では、対象物のスケール判断における視認、触認との差に関する実験研究、イス座・ユカ座に食卓における「ゆとり」感、更には「ゆとり」に関する語彙を用いた感覚調査の結果を述べている。その結果、アキ領域を数量的に特定するためには、生活場面における人間関係、時間的移行の要因を加味する必要性を指摘している。 結語では、多岐に亘る実験研究を空間時間の次元と対人・対物との関係からアキの体系化の分類軸のなかに位置付け、アキ寸法による空間の質の向上の手掛かりを与えている。 以上要するに本論文は、多様な日常生活動作に必要とされる「アキ(ゆとり)」を具体的に計測し、そのデータを基に室や建築構成部位の適正な規模計画を行うための基礎的研究であり、建築空間を人間の使いやすいものにするという、基本的要請への実験的方法を提示したところに意義が認められ、またここで得られた種々の計測データは実際の建築設計に直接的に応用でき、建築計画研究にも寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |